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竜の恩讐編

三年前にて…… その22

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 一発の銃声が響き渡った直後、結城ゆうきは足をもつれさせると、コンクリートの地面に頭から倒れこんだ。
「ゆうき!?」
「結城さん!」
 媛寿えんじゅとピオニーアが結城に駆け寄ろうとするも、
「動くな!」
 続いて飛んできた怒声によって制止させられた。
 その声の主を知っていたピオニーアは、鋭い目を向けながらゆっくりと顔を上げた。
「……コチニール」
「動かない方が賢明ですよ、ピオニーア姫」
 コチニールは手に構えていた散弾銃ショットガンに、新たに弾を装填そうてんした。
「いま撃ったのは非殺傷弾でしたが、次は本物の散弾バックショット。そこに倒れている凡俗もろともに撃てるのですよ?」
 ピオニーアは一瞬結城の方を見て、再びコチニールの眼を見た。
 狂気がにじみ出ている今のコチニールでは、本当に結城も巻き添えに撃ちかねない状況だった。
 媛寿もその危険を察し、なるべく気付かれないように左袖ひだりそでに手を伸ばそうとしたが、
「動くな小妖怪! そこの凡俗が肉塊にくかいになるところを見たいか!」
 銃口が結城に向けられ、歯噛はがみしながら手を引いた。
「そうだ、それでいい。さて、ピオニーア姫」
 コチニールは銃口を結城に固定したまま、ピオニーアに左手を差し伸べた。
我輩わがはいとともに参りましょう。あなたがその身に宿すお力は、赤の一族ジェラグが長きに渡って待ち望んだもの。ここであなたが持って生まれてきたのは、もはや天命と呼ぶほかありますまい」
「先ほども言ったはずです、コチニール。こんな力が一つあったところで、世界が変革することはありません。赤の一族ジェラグはもう、太古の栄光にすがるべきではないのです」
「いや違う! その力が我らに再び畏怖いふ崇敬すうけいをもたらす! かつて人間どもを震撼させた、我ら赤の一族ジェラグの始祖が持ちえた力が―――」
 声を荒げるコチニールに、ピオニーアは一歩だけ歩み寄った。静かであったはずがなぜか力強く見えた一歩に、コチニールも言葉を止めた。
「あなたの元に行けば、結城さんや媛寿ちゃん、いえ、他の誰も傷つけないと約束しますか?」
「は、はは、お心を決めていただけたようで。ええ、もちろんですとも。あなたに来ていただけるのでしたら、他の者には些事さじもありません」
「……」
 ピオニーアは何も答えなかったが、コチニールの方へ歩き出したことが、明白な答えとなっていた。
「ぴおにーあ!」
 媛寿の呼びかけに、ピオニーアは一度だけ立ち止まった。
「……媛寿ちゃん、ごめんなさい。結城さんにもよろしく言っておいてください。私は、大丈夫だからって」
 それだけ言って、ピオニーアは再び歩き出した。
「う……うぐ……うぅ」
 媛寿はピオニーアと別れる悲しみと、ピオニーアを奪い去っていくコチニールへの悔しさで、顔をくしゃくしゃにして涙を流した。
 その媛寿の気持ちを、背中で痛いほど受けていたピオニーアも、表情こそ変えなかったが、苦痛をこらえるように目を閉じた。
 そして、ちょうどピオニーアがコチニールの真横に差し掛かる頃だった。
 コチニールは空いていた左手をそっとふところに入れ、隠していた物を音もなく取り出した。
 安全ピンを口で抜いた音を聞き、ようやくピオニーアと媛寿は事態を察した。
 コチニールが結城と媛寿に向かって、手榴弾を投げようとしていることに。
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