上 下
349 / 379
竜の恩讐編

三年前にて…… その19

しおりを挟む
「? 繋鴎けいおうさん?」
 繋鴎の様子が変わったことを察し、ピオニーアは振り返った。
「どうかしまし―――」
 理由を聞こうとした矢先、 繋鴎はピオニーアに窓際に行くよう、手で指示を出した。
 その意味・・を理解したピオニーアは、ドアから目を離さずに、窓際まで静かに移動した。
 直後、鍵穴がはじけ、施錠を失ったドアがゆっくりと開かれた。
 数秒ほどってから、黒子くろこのような衣装をまとった者が、軽機関銃サブマシンガンを構えながら室内へ入ってきた。
「随分と物々しい強盗だな。軽機関銃そんなモンまで持ち出してきて採算合うのか?」
「もちろん、充分すぎるほどの報酬があるから、こうしてまかり越したんですよ、播海繋鴎はるみけいおう殿」
 黒子の後ろから入室してきたのは、黒装束の上から黒い外套マントを羽織った、長身の男だった。
 漆黒のよそおいに合わせたような黒の長髪と相まって、部屋の明るいの中にあってそこだけ闇がわだかまっているように見える。
「へっへっへ、別に播海家と事を構える気はねえ。そこの女さえ渡してくれりゃあ、俺たちは引き上げてやるさぁ」
 続いて入ってきたのは、黒装束は同じだが、先の男より短い外套を羽織った中背ちゅうぜいの男だった。
 低い笑い声と、剣山のように逆立てた髪が、見るからに攻撃性の高さを印象付けられる。
「……誰だ、お前らは?」
 黒装束の二人に対し、繋鴎は少し考えた末にそう質問した。
播海家オレのこと知ってるなら、二十八家にじゅうはっけに関わってるんだろうが、生憎あいにくオレはお前らに会ったことないぞ? どこの家系のやつだ?」
「……ふっ、まぁ俺たちのことを知らないのも無理はないでしょうし、この場で知らしめる必要もない。こっちはそのお嬢さんを渡してもらえれば良いだけなんでね」
 長身の男は外套の中から大型拳銃を出し、中背の男も背後から軽機関銃を出して構えた。
 それぞれ繋鴎とピオニーアに銃口を向けて。
「そののこと知ってるようだが、手荒なマネするのはマズくないか?」
「何も問題ありませんよ。損傷が少なければ死体でも構わないんですから」
「へへっ、コッチにも赤の一族ジェラグがついてっからなぁ。その女さえ持ち帰れば、旦那だんなが取り計らってくれらぁ」
(コチニール、やはり関わっているんですね)
 繋鴎と黒装束の二人の会話を無言で聞いていたピオニーアは、その背後にいる存在について確信を得ていた。
「さて、おしゃべりはここまで。こちらも余計な時間をかけたくない」
 長身の男が一歩踏み出すと、室内にさらに三人の黒子が入り、繋鴎とピオニーアを十字砲火できる位置で止まった。
「そのお嬢さんを引き渡してもらいま―――」
 長身の男がそう言い終わるよりも早く、繋鴎の目配せを受けたピオニーアは、すぐ後ろの窓にび込んだ。
 窓はピオニーアをのがれさせようとするようにすんなりと開き、ピオニーアは別邸二階の空中におどり出た。

「この窓のことを憶えておいてくれ」
「窓、ですか?」
「ああ。この窓は外からはどうやっても開かないが、内側からは少しの力でもすんなり開く構造になっている。いざという時には、この窓に跳び込むんだ」

 空中に舞ったピオニーアは、重力に従って落下する。
 窓の直下にある植え込みに向かって。

「窓の下は植え込みに偽装した特殊繊維の緩衝材かんしょうざいが設置してある。消防隊が使う救助マットよりは劣るが、体を丸めれば二階程度ならほぼ無傷だ」

 体を丸めたピオニーアは、植え込みの中に軽い音を立てて落下した。

「最後は建物沿いの、あの壁だ。あそこの一角は飴細工あめざいく並みにもろい素材で作ってある。ちょっと体当たりするだけで外に出られる」

 着地したピオニーアはすぐさま起き上がり、建物沿いにある壁の一角に走りこんだ。
 両腕で前面をガードしながら壁に衝突すると、ピオニーアを素通りさせるように壁は粉々に砕けた。
「よし、憶えてたみたいだな」
「貴様! 何を―――」
「じゃあな。オレも退散する」
 黒子たちが発砲する前に、繋鴎も同じ構造の窓から外へ脱出をはかる。
 しばらく黒装束の二人は呆気あっけにとられていたが、
「――――――お、追え! 何をしている! すぐに追え!」
「ふっざけやがって! 蜂の巣にしてやらぁ!」
 状況を理解すると、命令を飛ばしてピオニーアたちの追跡を開始した。

「はあっ! はあっ! ピオニーアさんあそこにいるかな?」
「ほかにいそうなとこしらない! あそこにいくしかない!」
 洋館の地下から脱出した結城ゆうき媛寿えんじゅは、危機がせまっているであろうピオニーアの元へ、急ぎ疾走していた。
 ピオニーアと会える可能性のある場所は、二人とも一箇所しか心当たりがなかった。
 なので夜更けのみちを二人は駆けて向かう。
 せいフランケンシュタイン大学病院へ。
しおりを挟む

処理中です...