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竜の恩讐編

三年前にて…… その18

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「う……うぅ……うああああ!」
 こみ上げてきた大きな悔しさをどうにもできないまま、媛寿えんじゅは板張りの床に拳を打ちつけた。
「――――――ん?」
 だがその時、媛寿は叩いた床に違和感をおぼえた。
 もしやと思い、座敷童子ざしきわらしの能力を使い、改めて部屋全体を探査する。
「やっぱり! これって!」
 媛寿は急いで左袖ひだりそでから掛け矢ハンマーを取り出し、
「とおっりゃあああ!」
 渾身の力で振り下ろし、床板を割り砕いた。
「あった!」
 割られた床板の下には、石造りの階段が続いていた。
「ここならもしかしたら」
 もはや火の手がすぐそこまでせまっている以上、迷っている時間はなかった。
 媛寿は失神している結城ゆうきを階段の中へ運び込み、さらに室内に置いてあったテーブルを逆さにして、階段のある穴の近くに引き寄せた。
「これで、よし!」
 階段の穴におさまった媛寿は、テーブルを勢いよく引っ張ると同時に、穴の中に素早く身をひそめた。
 逆さになったテーブルがふたの代わりを果たし、その後、ドアを破って侵入した炎が室内を焼き尽くした。
 テーブルと、その下にある地下室を除いて。

「どうした?」
「あ、いや……なんか音がしているような気がして」
 消防隊員の一人が耳をますと、逆さになったテーブルの下から、何かをつつくような音が聞こえていた。
 その音は一突ひとつごとに大きくなっていき、ついには逆さのテーブルを強く揺さぶるほどになった。
「あれ? 静かになったか?」
 急に音が途絶えたので、隊員がよりテーブルに近付いて耳を澄ましていると、
「どわっ!?」
「うおっ!?」
 まるでバネ仕掛けが仕込まれていたかのように、テーブルは勢いよくね上がった。
 テーブルがあった場所からは、どういうわけか掛け矢ハンマーがにょきりと突き出していた。
「よっし、でられた! もうだいじょうぶだよ、ゆうき」
「うわっ! 本当に焼けちゃってる」
 テーブルでふさがれていた地下ワインセラーから、媛寿と結城が顔を出し、焼け野原になった洋館跡を見回した。
 火が室内に侵入してくる直前、媛寿は部屋の地下にワインセラーとして使われていた空間があることを突き止め、そこへ結城を避難させていた。
 頑丈なテーブルを蓋の代わりに置き、そこで火が収まるまで身を潜めていたのだ。
 どこまで耐え切れるかは賭けだったが、座敷童子のもたらす強運が、見事、燃え落ちる洋館から結城を守り抜いた。
「ゆうき! はやくいこ! ぴおにーあがあぶない!」
「あっ! そうだ! あの人たちはピオニーアさんを―――」
「あ~、ちょっとそこの君たち」
「え?」
 結城が振り向いた先には、防火服を着た消防隊員が二人立っていた。
「君たち、この火事のこと何か知ってるの?」
「一応、現場にいたわけだし、事情を聞きたいんだけど」
「あ、いや、その~……」
 事情を知っているといえば知っている結城だったが、全て正直に答えるわけにもいかず、かといって消防隊員相手に嘘も言えず、
「媛寿、どうしよ……媛寿?」
 媛寿に向かって首を巡らすと、媛寿はなぜかチャッカマンを取り出し、導火線に火をけていた。
「媛寿!? 何して―――」
「くもがくれのじゅつ!」
 導火線に点火した煙玉の大玉を地面に放り、煙が充満する頃には、媛寿は結城の手を引いて走り出していた。
「いこ、ゆうき!」
「あ、うん。けど、これ大丈夫かな?」
 あたりを煙が包む中、走り去る結城たちの後ろでは、消防隊員たちが『待てー!』や『卑怯だぞー!』と、きこみながら叫んでいる。
「いまはぴおにーあのところに!」
「……うん、そうだね」
 少し心苦しいが、媛寿の言う通り今はピオニーアの危機を優先し、結城は媛寿を肩車して洋館跡から駆け出して行った。

 播海家はるみけの別邸にピオニーアが定住するようになってからは、播海家専属の家政婦メイドたちが別邸内外の管理を任されていた。
 ピオニーアの身辺を整えつつ、多少の荒事にも対応できるよう、護身術も訓練されている。
 今は繋鴎けいおうの命令で、別邸の戸締りを確認しつつ、一定時間で屋内を巡回しているところだった。
 玄関フロアで二人の家政婦がすれ違い、その際、互いに軽く会釈えしゃくをする。
 それが『異常なし』をげるサインでもあったのだが、会釈から頭を持ち直す瞬間、二人の家政婦はほぼ同時に胸を射抜かれた。
 直前に小さく空気がはじけるような音がした以外は、ほとんど気配も前兆もなく、二人は何が起きたか確かめる間もなく倒れ伏した。
 その後、数名の黒衣をまとった者たちが玄関フロアに姿を現し、家政婦二人の様子を確認すると、ハンドサインだけで分担を決定し、それぞれ別方向に散っていった。
 だが、家政婦の一人はまだかろうじて息があった。
 最後の力で右腕を屈曲させ、えりのバッジに偽装させたボタンを押し、そこで息を引き取った。

 繋鴎の携帯電話が、普段の着信音とは違うからすの泣き声に似た音を発した。
「っ!? これは」
 その音を聞いた繋鴎は、緊張に顔を強張こわばらせながら、部屋のドアをにらみつけた。
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