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竜の恩讐編
三年前にて…… その11
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三年前。十月二日。
「う~ん、どうしよ」
卓袱台に置かれた電話番号付きの名刺を見て、結城は少し困ったように呟いた。
「ゆうき、やっぱりそのかいしゃないよ」
結城のすぐ横では、媛寿がノートパソコンを使い、いくつものウインドウを開いていた。
ピオニーアを捜してほしいと依頼してきた相手をまず調べると決めた結城だったが、さっそく難題にぶつかっていた。
渡された名刺に書かれていた企業を調べてみると、非常に巧妙に偽装されていたが、存在しない会社であることが判明した。
媛寿が偽のホームページに違和感を持ち、方々で情報を集めていくと、その会社の存在は何一つ証明できなかった。
依頼者が身分を偽っていたというなら、いよいよピオニーアに対して良からぬことを企んでいる可能性が高くなった。
それが判ったのは収穫ではあるが、同時に勤めている会社で待ち伏せて追跡するという手段が使えなくなり、さらに足取りを追うのが余計に難しくなってしまった。
(ん~……この電話番号にかけてみる?)
あとは連絡先として書かれた電話番号だが、結城としても下手に連絡するのはリスクが高いと考えていた。
(連絡したら依頼を受けるか受けないかの話に絶対なる。それはちょっと……)
どうしても依頼者に辿りつく手段がないのであれば、連絡してもう一度会うのも仕方ないが、相手側に自分たちの思惑を勘繰られても困る。
そうなったら、ピオニーアへの危険度も、間接的に上がってしまうかもしれない。
「ふ~……ゆうき、つぎどうしよっか」
ノートパソコンの電源を切り、ディスプレイを畳んだ媛寿が振り返って聞いた。
「ん~……」
結城は媛寿の顔をちらりと見た。
捜索する範囲がそれなりに限定されているならば、媛寿と一緒に歩き回っていれば、媛寿の力で見つけ出すことができるかもしれない。
ただ、相手がどこに住んでいるのか、どこから来たのかすら分からないのでは、その方法も使うことはできない。
「どうしてもって時は――――――お?」
名刺を手に取って目の前に持ってきた結城だったが、その際、偶々目に入ってきた物があった。
玄関の土間に置かれていた、結城の靴だった。
「…………そうか!」
「わっ! ゆうき、どしたの!?」
急に声を上げた結城に驚く媛寿。
「媛寿、ちょっとあの人にお願いしてみよう。確かそういうこともできるって言ってたし」
「あのひと?」
媛寿が首を傾げている間に、結城は携帯電話のアドレス機能を開いていた。
「よぉ~、小林くん。おっ待たせ~」
「あっ、九木刑事。ありがとうございます、わざわざ来てもらって」
「いいっていいって。金霊の事件や首塚家の事件の時は、いろいろ協力してもらってっから。おかげで警察も世間様に鼻が高いってもんさ」
世界的な大怪盗を追っている刑事のような、よれよれのコートと帽子を身に着けた男は、腰に両手を当てて胸を張り、いかにも気分よさそうに高笑いをした。
結城が電話で協力を仰いだのは、よく警察関連の依頼を持ってくる、自身も警察組織に身を置く九木洸一刑事だった。
「よっ、媛寿ちゃんもお久~」
九木は結城の後ろにいた媛寿にも挨拶するが、媛寿は結城の脚の裏に隠れ、九木に訝しげな視線を送っていた。
依頼をこなしているうちに、霊能者の端くれである九木と知り合い、以後、警察が手を焼く事件に協力を要請される機会が度々あるのだが、媛寿は微妙に九木のことは気に入っていないらしい。
媛寿曰く、『こころがすこしばっちい』らしい。それでも媛寿から見れば、心がドブ川よりも汚い人間もいるので、まだマシな部類なのだそうだ。
ちなみに持ってくる依頼自体は媛寿好みのものが多いので、そちらに関しては別であるとのこと。
「で? オレに捜してほしいヤツがいるって話だったっけ?」
「ええ。この人を」
結城はA4サイズの紙面を差し出した。媛寿作、件の依頼者の似顔絵が、日本画風に書かれていた。
「なんか、テンプレのサラリーマンって顔だな」
「僕たちもそう思いました」
「こんなんそこらの街に出れば、いくらでも歩いてそうだよな。他に何かないの?」
「あとは、これですね」
続けて結城は電話番号付きの名刺を渡した。
「この会社が当てにならないって言ってたね?」
「そうなんです。媛寿が調べてくれたんですが、存在しない会社だったみたいで」
「怪しいな~。怪しい臭いがぷんぷんするぜ」
そう言いながら、九木は懐から紐の付いた十円玉を取り出した。
「よっし! 君らには毎回ホネ折ってもらってるしな。そいつの足取り、オレが掴んでやるぜ」
「ありがとうございます、九木刑事」
「あっ、ちなみにイイ感じの事件に発展しそうだったら、警察に手柄ちょうだいね」
最後にこそっとそう告げて、九木は結城たちのアパートの玄関に紐付きの五円玉を垂らした。
開かれた窓のすぐ傍らに椅子を置き、ピオニーアは緩やかな風を送ってくる外を見つめていた。
その表情は、いつも結城たちに見せる柔和な笑みではなく、どことなく憂いを帯びたものだった。
前に置かれた小さなテーブルには、一冊の本だけがぽつんと乗っていた。
タイトルは『テルマーと十三番目の竜』。
一瞬だけ吹いた強風に、本の表紙とページが捲られる。
ピオニーアはその開かれたページの文面を、目だけで追って黙読した。
『十三番目の竜は嫌われ者。どこに行ってもひとりぼっち。だから竜は旅に出ることにした。必ず幸せになれる場所があるのだと信じて』
「う~ん、どうしよ」
卓袱台に置かれた電話番号付きの名刺を見て、結城は少し困ったように呟いた。
「ゆうき、やっぱりそのかいしゃないよ」
結城のすぐ横では、媛寿がノートパソコンを使い、いくつものウインドウを開いていた。
ピオニーアを捜してほしいと依頼してきた相手をまず調べると決めた結城だったが、さっそく難題にぶつかっていた。
渡された名刺に書かれていた企業を調べてみると、非常に巧妙に偽装されていたが、存在しない会社であることが判明した。
媛寿が偽のホームページに違和感を持ち、方々で情報を集めていくと、その会社の存在は何一つ証明できなかった。
依頼者が身分を偽っていたというなら、いよいよピオニーアに対して良からぬことを企んでいる可能性が高くなった。
それが判ったのは収穫ではあるが、同時に勤めている会社で待ち伏せて追跡するという手段が使えなくなり、さらに足取りを追うのが余計に難しくなってしまった。
(ん~……この電話番号にかけてみる?)
あとは連絡先として書かれた電話番号だが、結城としても下手に連絡するのはリスクが高いと考えていた。
(連絡したら依頼を受けるか受けないかの話に絶対なる。それはちょっと……)
どうしても依頼者に辿りつく手段がないのであれば、連絡してもう一度会うのも仕方ないが、相手側に自分たちの思惑を勘繰られても困る。
そうなったら、ピオニーアへの危険度も、間接的に上がってしまうかもしれない。
「ふ~……ゆうき、つぎどうしよっか」
ノートパソコンの電源を切り、ディスプレイを畳んだ媛寿が振り返って聞いた。
「ん~……」
結城は媛寿の顔をちらりと見た。
捜索する範囲がそれなりに限定されているならば、媛寿と一緒に歩き回っていれば、媛寿の力で見つけ出すことができるかもしれない。
ただ、相手がどこに住んでいるのか、どこから来たのかすら分からないのでは、その方法も使うことはできない。
「どうしてもって時は――――――お?」
名刺を手に取って目の前に持ってきた結城だったが、その際、偶々目に入ってきた物があった。
玄関の土間に置かれていた、結城の靴だった。
「…………そうか!」
「わっ! ゆうき、どしたの!?」
急に声を上げた結城に驚く媛寿。
「媛寿、ちょっとあの人にお願いしてみよう。確かそういうこともできるって言ってたし」
「あのひと?」
媛寿が首を傾げている間に、結城は携帯電話のアドレス機能を開いていた。
「よぉ~、小林くん。おっ待たせ~」
「あっ、九木刑事。ありがとうございます、わざわざ来てもらって」
「いいっていいって。金霊の事件や首塚家の事件の時は、いろいろ協力してもらってっから。おかげで警察も世間様に鼻が高いってもんさ」
世界的な大怪盗を追っている刑事のような、よれよれのコートと帽子を身に着けた男は、腰に両手を当てて胸を張り、いかにも気分よさそうに高笑いをした。
結城が電話で協力を仰いだのは、よく警察関連の依頼を持ってくる、自身も警察組織に身を置く九木洸一刑事だった。
「よっ、媛寿ちゃんもお久~」
九木は結城の後ろにいた媛寿にも挨拶するが、媛寿は結城の脚の裏に隠れ、九木に訝しげな視線を送っていた。
依頼をこなしているうちに、霊能者の端くれである九木と知り合い、以後、警察が手を焼く事件に協力を要請される機会が度々あるのだが、媛寿は微妙に九木のことは気に入っていないらしい。
媛寿曰く、『こころがすこしばっちい』らしい。それでも媛寿から見れば、心がドブ川よりも汚い人間もいるので、まだマシな部類なのだそうだ。
ちなみに持ってくる依頼自体は媛寿好みのものが多いので、そちらに関しては別であるとのこと。
「で? オレに捜してほしいヤツがいるって話だったっけ?」
「ええ。この人を」
結城はA4サイズの紙面を差し出した。媛寿作、件の依頼者の似顔絵が、日本画風に書かれていた。
「なんか、テンプレのサラリーマンって顔だな」
「僕たちもそう思いました」
「こんなんそこらの街に出れば、いくらでも歩いてそうだよな。他に何かないの?」
「あとは、これですね」
続けて結城は電話番号付きの名刺を渡した。
「この会社が当てにならないって言ってたね?」
「そうなんです。媛寿が調べてくれたんですが、存在しない会社だったみたいで」
「怪しいな~。怪しい臭いがぷんぷんするぜ」
そう言いながら、九木は懐から紐の付いた十円玉を取り出した。
「よっし! 君らには毎回ホネ折ってもらってるしな。そいつの足取り、オレが掴んでやるぜ」
「ありがとうございます、九木刑事」
「あっ、ちなみにイイ感じの事件に発展しそうだったら、警察に手柄ちょうだいね」
最後にこそっとそう告げて、九木は結城たちのアパートの玄関に紐付きの五円玉を垂らした。
開かれた窓のすぐ傍らに椅子を置き、ピオニーアは緩やかな風を送ってくる外を見つめていた。
その表情は、いつも結城たちに見せる柔和な笑みではなく、どことなく憂いを帯びたものだった。
前に置かれた小さなテーブルには、一冊の本だけがぽつんと乗っていた。
タイトルは『テルマーと十三番目の竜』。
一瞬だけ吹いた強風に、本の表紙とページが捲られる。
ピオニーアはその開かれたページの文面を、目だけで追って黙読した。
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