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竜の恩讐編

三年前にて…… その9

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 30+1サーティープラスワンアイスクリームの『店員の気まぐれ6個ボックス』を買った結城ゆうき媛寿えんじゅは、せいフランケンシュタイン大学病院の病棟裏にやって来た。
 案の定、そこに置かれたさびれたベンチに、ピオニーアが座っていた。
「こんにちは、ピオニーアさん」
「こんちゃ、ぴおにーあ」
「あっ、こんにちは。結城さん、媛寿ちゃん」
 二人の挨拶あいさつに、ピオニーアも笑顔で手を振って返す。
 ベンチに並んだ三人は、いつも通りにボックスを開け、中から好みのカップアイスを手に取った。
「ところで今回はどんな依頼ですか? また旅行も兼ねてということなら、いつでも準備しますよ?」
 ピオニーアはミントアイスを食べながら、上機嫌で結城たちが持ってきたであろう依頼内容を聞いた。
 結城たちの受ける依頼にピオニーアが普通に参加するようになってから、ピオニーア自身もまた、依頼に挑むことをどこか楽しむようになっていた。
 媛寿の影響もあったかもしれないが、こと遠出する時は特に楽しそうにしているので、旅行が好きなのだろうかと結城は思っていた。
 ただ、今日ピオニーアに会いに来たのは依頼のことであるのは確かだが、その内容はピオニーアに話しづらいものがあった。
 楽しみにしているピオニーアを見ていると、少々気が重いところではあるが、
「そのことなんだけど、ピオニーアさん。これ、ちょっと見てもらえます?」
 結城は昨日、依頼者が持ってきた写真の画像データを携帯電話に出し、ピオニーアに見せた。
「……」
 液晶画面に映し出された画像を見た途端、ピオニーアの動きが止まった。文字通り硬直したのだ。
 その驚きように、結城も媛寿も、画像に写っている内容が只事ただごとではなかったと察した。
「……これを、どこで?」
 ようやく出たピオニーアの声は、ほんのわずかに震えているようだった。
「その……昨日アパートうちに依頼に来た人が写真を持ってきて、写ってる人をさがしてほしいって。だいたい十年くらい前の写真らしいんですけど……」
 反応が少し予測できていたとはいえ、結城の答えはたどたどしい言葉になってしまっていた。それほどピオニーアの表情は鬼気迫ききせまるものがあり、近寄りがたい圧力のような雰囲気を放っていた。
「――――――っ」
 写真の画像データを充分に確かめたピオニーアは、ほんの小さな息を吐くと、ゆっくりと目を閉じた。同時に圧力をともなった空気も消失した。
「結城さん、媛寿ちゃん」
 まだ食べかけだったミントアイスのカップをベンチに置くと、ピオニーアはすっと立ち上がった。
「ごめんなさい。今日は急用ができたので、ここで失礼します」
「ピオニーアさん?」
「それとこの依頼、少し待っててもらえますか? この意味、わかってもらえますね?」
「ピオニーアさん、じゃあ写真これって―――」
「それから」
 結城が全て言う前にピオニーアはさえぎったが、それはいつものピオニーアと比べればかなり強引なものだった。
「もしかしたら……お二人とはもう、お別れすることになるかもしれません」
「えっ!?」
「どゆこと!? ぴおにーあ」
 ピオニーアは何も答えることなく、二人に背を向けると即座に歩き出した。
 その答えることなどないという無言の回答が、媛寿にはなぜか非常に腹立たしく思えた。
「ピオニーア!」
 ベンチから降り立った媛寿は、名を呼ばれても歩みを止めないピオニーアの背に、強めの語気で言った。
「もし媛寿たちに何も言わずにどっか行ったら、媛寿、ピオニーアのこと絶対許さない」
 そう言われてなお、ピオニーアは歩みを止めることなく、病棟のかどを曲がっていった。
 その際も、ピオニーアの表情をうかがい知ることはできなかったが、依頼者が持ってきた写真について、結城と媛寿は読みが当たっていたことを嫌というほどみしめていた。
 まだ携帯電話の液晶画面に映し出されている。
 よく手入れされた緑ゆたかな庭園を背景に、赤い薔薇ばらを一本手に持った、ドレス姿の少女が微笑ほほえんでいる。
 十年前に撮られた写真だとしても、その美貌と印象的なプラチナブロンドの髪は見間違みまちがえようがなかった。

「そいつ、信用できるのか?」
「ああ、うわさ通り、そいつには座敷童子ざしきわらしいてやがった。十中八九どころか、九分九厘くぶくりん見つけてくれるだろうよ」
「ならいいが。オリジナルの所在は敷岐内家しきうちけでも把握していないようだからな。いや、この日本にること自体、知らされていないだろう」
「くっくっく。俺たちは運がいいぜ。敷岐内家ですら知らない情報を先につかんだんだからな」
「ああ。このこうを元に、敷岐内家の頂点に……いや、それ以上に成り上がってみせる。俺たち、琥外家こがいけが」
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