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竜の恩讐編
三年前にて…… その4
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九木から特殊詐欺グループ壊滅のための証拠を持ち出す依頼を受けたのとほぼ同じ頃、結城と媛寿の元にもう一つ依頼が舞い込んできた。
それは、家に定期的に送られてくる怪文書の差出人を調べてほしい、という内容だった。
差出人は不明でも、送り元は聖フランケンシュタイン大学病院とはっきり書かれており、しかし受取人にはそんな場所から手紙が来るような心当たりはない。
さらに手紙の内容も意味が解らず、危険な人物から送られてきているなら怖いからと、結城たちが密かに送り主を調べることになっていた。
ちなみに鞠男水道設備の作業着で来たのは、特に診察にかかる用もなく、誰の見舞いに来たわけでもないので、怪しまれないようにと媛寿が見繕ったからだった。
そして来る途中に30+1アイスクリームに寄った二人は、『店員の気まぐれ6個ボックス』を買い、それを落ち着いた場所で食べようとしていたところをピオニーアに出逢い、今に至っていた。
「書いてある内容が解ったらよかったんですけど、僕も媛寿も何が書いてあるのか解らなくって。それで病院の人たちに地道に聞いて回ろうかなって」
「む~、えんじゅもとけなかった。どいるくんにはまだとおい」
結城は申し訳なさそうに頭を掻き、媛寿は二個目のアイスを食べながら少し顔をしかめた。
「ふふふ」
二人が手紙の内容に困ったようにしていると、不意にピオニーアが小さく笑い出した。
「ど、どうしたんですか? ピオニーアさん」
「も、もしかしてえんじゅたちがわらわれてる?」
「あっ、ごめんなさい。そうではなくってですね……可愛らしいなって思って」
「可愛らしい?」「かわいらしい?」
ピオニーアの一言に、二人とも首を傾げる。
「この手紙の内容のことですよ。とても可愛らしいことが書かれていましたから」
持っていた便箋の表を結城たちに見せ、はにかみながらピオニーアは言った。
「可愛らしいって……」
「? どこが?」
結城と媛寿からすれば、便箋に書かれているのは数字と―ばかりであり、とても可愛らしい内容には見えない。
「ここで説明するよりは、実際に見てもらった方が良さそうですね」
困惑している二人に種明かしをするため、ピオニーアはベンチからゆっくり立ち上がった。
「あの手紙はオッテンドルフの暗号なんです」
病院の廊下を先導しながら、ピオニーアはそう切り出した。
「オッテンドルフの暗号?」
「書籍暗号とも呼ばれてまして、特定の本のページ数と行数だけで暗号によるメッセージを作るんです。その特定の本を知っていたり、持っていたりする人だけが、暗号を読み解くことができます。とても昔からある暗号なんですよ」
「へ~」「お~」
ピオニーアの説明を聞き、結城と媛寿は感心の声を上げた。
「あれ? でもそれじゃあその『特定の本』が分からないと暗号は読めないってことですよね? ピオニーアさんはその本を知ってるんですか?」
「ええ、知ってました。それですぐ手紙の内容も読めました。とっても可愛らしいことが書かれてますよ」
ピオニーアに案内されたのは、院内にいくつかある待合室の一つだった。
そこに置かれている二段程度の小型の本棚から、一冊の本を取り出し、表紙を結城たちに見えるように差し出した。
「これが解読に必要な本です。手紙にあるページ数と行数を当てはめていくと……『お、ね、え、ちゃ、ん、しゅ、じゅ、つ、お、わ、っ、た、よ、ま、た、あ、そ、ぼ、う、ね』、と」
結城が本を受け取ってページをめくり、媛寿が手紙の数字を合わせていくと、
「本当だ」
「ほんとによめる」
ピオニーアが言った暗号の答えと確かに一致し、二人は驚きの表情を浮かべた。
「多分ですけど、その手紙を送ったのは入院していた子どもではないでしょうか。何かの手術を終えたので、離れたところにいるお姉さんにそのことを伝えようとした、弟さんか妹さんではないかと。暗号を使ったのは、二人の間でそうした遊びをよくしていたからか、別の事情があったか、ですね。封筒の字はしっかりしてますから、看護師さんが書いたんでしょう。病棟の看護師さんに聞けばすぐに分かると思いますよ」
二人が連れてこられたのは小児科の病棟であり、解読のための本も『テルマーと十三番目の竜』という絵本だった。
「ピオニーアさん、よくこの本が暗号の元になってるって分かりましたね」
絵本のページを閉じた結城は、ピオニーアの推理もさることながら、絵本自体を見ずに暗号を解読してしまったことに驚いていた。
「……この絵本」
ピオニーアは絵本の表紙をそっと撫でた。まるで愛おしいものに触れるかのように。
「日本に来る前から好きだったんです。日本に来てからも、時々懐かしくなって日本語版を読んでるうちに、何ページにどんな文が書いてあるかも憶えちゃって」
ほんの少し寂しさの混ざった温かみのある目で、ピオニーアは結城の手にある絵本を見つめる。
それが遠い故郷を想っている目だと、結城もそれとなく察していた。
「あっ、ごめんなさい。つい私情を」
「あっ、いえいえ。こちらこそ余計なこと聞いちゃったかも」
お互いに申し訳なさそうにしながら、頭を下げるピオニーアと結城。そんな二人の様子を、媛寿は不思議そうに交互に見ていた。
「そうだ。ちゃんとした自己紹介してなかったんだ。改めまして、小林結城です」
「えんじゅはえんじゅ」
「私は……ただのピオニーアです。よろしく、結城さん、媛寿ちゃん」
これが、聖フランケンシュタイン大学病院での、三人の出逢いだった。
それは、家に定期的に送られてくる怪文書の差出人を調べてほしい、という内容だった。
差出人は不明でも、送り元は聖フランケンシュタイン大学病院とはっきり書かれており、しかし受取人にはそんな場所から手紙が来るような心当たりはない。
さらに手紙の内容も意味が解らず、危険な人物から送られてきているなら怖いからと、結城たちが密かに送り主を調べることになっていた。
ちなみに鞠男水道設備の作業着で来たのは、特に診察にかかる用もなく、誰の見舞いに来たわけでもないので、怪しまれないようにと媛寿が見繕ったからだった。
そして来る途中に30+1アイスクリームに寄った二人は、『店員の気まぐれ6個ボックス』を買い、それを落ち着いた場所で食べようとしていたところをピオニーアに出逢い、今に至っていた。
「書いてある内容が解ったらよかったんですけど、僕も媛寿も何が書いてあるのか解らなくって。それで病院の人たちに地道に聞いて回ろうかなって」
「む~、えんじゅもとけなかった。どいるくんにはまだとおい」
結城は申し訳なさそうに頭を掻き、媛寿は二個目のアイスを食べながら少し顔をしかめた。
「ふふふ」
二人が手紙の内容に困ったようにしていると、不意にピオニーアが小さく笑い出した。
「ど、どうしたんですか? ピオニーアさん」
「も、もしかしてえんじゅたちがわらわれてる?」
「あっ、ごめんなさい。そうではなくってですね……可愛らしいなって思って」
「可愛らしい?」「かわいらしい?」
ピオニーアの一言に、二人とも首を傾げる。
「この手紙の内容のことですよ。とても可愛らしいことが書かれていましたから」
持っていた便箋の表を結城たちに見せ、はにかみながらピオニーアは言った。
「可愛らしいって……」
「? どこが?」
結城と媛寿からすれば、便箋に書かれているのは数字と―ばかりであり、とても可愛らしい内容には見えない。
「ここで説明するよりは、実際に見てもらった方が良さそうですね」
困惑している二人に種明かしをするため、ピオニーアはベンチからゆっくり立ち上がった。
「あの手紙はオッテンドルフの暗号なんです」
病院の廊下を先導しながら、ピオニーアはそう切り出した。
「オッテンドルフの暗号?」
「書籍暗号とも呼ばれてまして、特定の本のページ数と行数だけで暗号によるメッセージを作るんです。その特定の本を知っていたり、持っていたりする人だけが、暗号を読み解くことができます。とても昔からある暗号なんですよ」
「へ~」「お~」
ピオニーアの説明を聞き、結城と媛寿は感心の声を上げた。
「あれ? でもそれじゃあその『特定の本』が分からないと暗号は読めないってことですよね? ピオニーアさんはその本を知ってるんですか?」
「ええ、知ってました。それですぐ手紙の内容も読めました。とっても可愛らしいことが書かれてますよ」
ピオニーアに案内されたのは、院内にいくつかある待合室の一つだった。
そこに置かれている二段程度の小型の本棚から、一冊の本を取り出し、表紙を結城たちに見えるように差し出した。
「これが解読に必要な本です。手紙にあるページ数と行数を当てはめていくと……『お、ね、え、ちゃ、ん、しゅ、じゅ、つ、お、わ、っ、た、よ、ま、た、あ、そ、ぼ、う、ね』、と」
結城が本を受け取ってページをめくり、媛寿が手紙の数字を合わせていくと、
「本当だ」
「ほんとによめる」
ピオニーアが言った暗号の答えと確かに一致し、二人は驚きの表情を浮かべた。
「多分ですけど、その手紙を送ったのは入院していた子どもではないでしょうか。何かの手術を終えたので、離れたところにいるお姉さんにそのことを伝えようとした、弟さんか妹さんではないかと。暗号を使ったのは、二人の間でそうした遊びをよくしていたからか、別の事情があったか、ですね。封筒の字はしっかりしてますから、看護師さんが書いたんでしょう。病棟の看護師さんに聞けばすぐに分かると思いますよ」
二人が連れてこられたのは小児科の病棟であり、解読のための本も『テルマーと十三番目の竜』という絵本だった。
「ピオニーアさん、よくこの本が暗号の元になってるって分かりましたね」
絵本のページを閉じた結城は、ピオニーアの推理もさることながら、絵本自体を見ずに暗号を解読してしまったことに驚いていた。
「……この絵本」
ピオニーアは絵本の表紙をそっと撫でた。まるで愛おしいものに触れるかのように。
「日本に来る前から好きだったんです。日本に来てからも、時々懐かしくなって日本語版を読んでるうちに、何ページにどんな文が書いてあるかも憶えちゃって」
ほんの少し寂しさの混ざった温かみのある目で、ピオニーアは結城の手にある絵本を見つめる。
それが遠い故郷を想っている目だと、結城もそれとなく察していた。
「あっ、ごめんなさい。つい私情を」
「あっ、いえいえ。こちらこそ余計なこと聞いちゃったかも」
お互いに申し訳なさそうにしながら、頭を下げるピオニーアと結城。そんな二人の様子を、媛寿は不思議そうに交互に見ていた。
「そうだ。ちゃんとした自己紹介してなかったんだ。改めまして、小林結城です」
「えんじゅはえんじゅ」
「私は……ただのピオニーアです。よろしく、結城さん、媛寿ちゃん」
これが、聖フランケンシュタイン大学病院での、三人の出逢いだった。
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