小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

蝕み その3

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「えぐっ……ひっぐ……結城ゆうき~」
 金毛稲荷神宮こんもういなりじんぐうにあるもう一つの空き部屋。カメーリアの荷物持ちとして付いてきたクロランは、ひとまずそこで待つように言われていた。
 結城の怪我の具合が心配なあまり、部屋に入ってからはティッシュで涙をき、鼻をかむことばかりを繰り返し、すでにゴミ箱にはティッシュの山ができていた。
「ぐずっ……ずびっ……」
 室内には外からの雨音と、クロランの鼻をすする音だけが聞こえている。
 何とか結城を助けたいとは思いつつも、怪我の治療は専門外で、カメーリアに任せるしかない。
 なぜ結城が怪我をしたのか知りたいと思いつつも、媛寿えんじゅは意気消沈していて声をかけづらく、マスクマンやシロガネもかなり空気が張り詰めた様子だった。
 どうすることもできないクロランは、こうして空き部屋ですすり泣くことしができず、それがさらに情けなくなって悲しみが連鎖していた。
「ううぅ~……結城~……媛寿~……」
 また涙があふれてきたので、次のティッシュに手を伸ばそうとした時、
「ふえ?」
 部屋の障子が開かれ、クロランは誰が来たのかと顔を向けた。
 涙でにじんだ視界がはっきりしてくる。
 黒い髪に小柄な体格。次第にその人物が桜色の着物を着ていることまで分かってきた。
「っ!」
 そこまで分かれば、もう誰が来たのか、クロランには考えるまでもなかった。
「媛寿~!」
 部屋に来たのが媛寿だと知ったクロランは、感情が溢れるままに媛寿に飛びついた。
「媛寿! 媛寿! 媛寿~!」
 これまでのさびしさと悲しさが爆発してしまったクロランは、媛寿にしがみついたまま泣きじゃくる。
「あっ!」
 そこでふと我に返り、クロランは媛寿の両肩を掴んで相対した。
「媛寿! 結城は!? 媛寿が来たってことは、結城もう大丈夫なの!?」
 クロランは媛寿の肩を揺らして問うが、媛寿はまだ何も言わず、固い表情のままでいる。
「はっ! まさか――――――」
 クロランの中で一瞬、最悪の想像が浮かぶが、
「ゆうきならだいじょうぶ」
 ようやく媛寿が発したその言葉で、クロランは一気に胸をでおろした。
「よかった~。結城、良くなったんだ~」
「くろらん、おねがいしたいことある」
 落ち着いた口調でそう言うと、媛寿は左袖ひだりそでから大き目の布を取り出した。
「これって……結城のシャツ?」
 媛寿が見せたのはメンズ用の長袖シャツであり、クロランはそれが結城のものだとすぐに看破した。
「クロラン、結城のシャツが欲しいって言ったけど、今のこんな時じゃ――――――!?」
 そう言いかけたクロランの表情は、一瞬で険しいものへと変わった。
 クロランの優れた嗅覚きゅうかくは、結城のシャツに残されたにおいをぎ取り、そこからわかる情報を正確にとらえていた。
 結城の血、金属製の刃物、そこに付けられた毒、そしていつか嗅いだ女の匂い。
 なぜ結城が瀕死の怪我を負ったのか。クロランは差し出されたシャツに残された匂いだけで突き止めてしまった。
「あいつが……あいつが結城を……刺したの?」
 落ち込んでいたクロランの獣耳は怒髪のように立ち上がり、両手の爪は骨がきしむような音とともにナイフのごとく伸びようとしていた。が、
「くろらん、めっ」
「っ!?」
 媛寿が低い声でそう言うと、クロランは少し肩を震わせ、獣耳を下げて爪も収めた。
「ごめん、くろらん。おこるのはわかるけど……でも……それでもえんじゅのおねがいきいてほしい」
 今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、媛寿はクロランの耳にそっと『おねがい』をげた。

 私立皆本みなもと学園の生徒会室の奥にある、一部の者たちしか知りえない隠し部屋。
 音楽室並みの防音壁がほどこされたその部屋では今、外で降りしきる雨音など一部も入らず、男女入り混じった嬌声に満ち満ちていた。
 ある者たちはシーツがかれた床の上で、ある者たちは壁際で、ある者たちは立ったままでと、思い思いに欲望をき散らしている。
 その様子を、部屋にえられたキングサイズのベッドに座る千春ちはるが、一糸纏いっしまとわぬ姿でながめていた。
 千春が目を付けた生徒たちが、理性を失ったけだもののように交わり続ける様を『さかな』に、千春は手に持ったワイングラスの中身を飲み干す。
 だが、今日はただ『肴』をでる以上に、ワインの味は甘く芳醇ほうじゅんだった。
 千春自身もまた、満足のいく『行為』を終えた後だったからだ。
「皆本会長! お手すきのようでしたら次は自分と!」
 一際ひときわ体格の良い男子生徒が、千春のベッドの前で姿勢を正して進言した。
真叉山まさやまくん、もうあなた目当ての女子たちとヤリ終わっちゃったの?」
「はい! 全員満足ゆくまでお相手いたしました!」
 見事な敬礼をする真叉山の後ろでは、床の上で恍惚こうこつとした表情を浮かべ、絶え間なく痙攣けいれんする女生徒たちがいた。
 その中には、先日千春が『メンバー』に引き入れた咲陽良阿夜さくひらあやの姿もあった。全力疾走の後のように息を切らせながら、その実、幸せそうにほおを紅潮させて。
(やっぱり素質あったみたいね)
「ん~、どうしよっかな~。あたしも今シたところだし」
「ではお待ちしております! その間、そちらの方とよろしいでしょうか!」
 真叉山が視線を向けた先、ベッドの上では、千春の横にうずくまるように身を横たえる少女がいた。プラチナブロンドで隠れた顔からは、どんな感情でいるのかうかがい知れない。
「このはダ~メ。最近手に入れたとっておきの――――――いえ、そうね」
 言いかけた千春は、少女に振り返りながら口角こうかくを吊り上げた。
 欲望と邪悪に満ちた目で少女の肢体をめるように見た後、
「ちゅ~も~く!」
 千春は右手を上げて号令を発した。交合にふけっていた誰もが、一瞬で千春の方に目を向けた。
「今からこのに『声を出させる』ことができたら――――――あたしが一対一で相手してあげる」
 千春が蹲る少女の腕を強引に掴んで宣言すると、室内にいた男女全員が色めきだった。
「か、会長が……」
「お、お相手してくれる……」
「い、何時いつぶり!?」
「わ、私、また会長にしてほしい!」
 えさを前にした亡者よろしく、その場にいた全員が少女を囲ってにじり寄る。
「あ~、待って待って」
 今にも少女に群れをなして襲いかかろうとする一団を制した千春は、まくらの下から手のひら程のプラスチックのケースを取り出した。中に入っていたカプセル錠を一個つまむと、少女の前髪を掴み上げ、開いた口にカプセル錠を放り込んだ。
「はい、コレでいくらヤってもOK。さっ、誰が一番に声を上げさせるかな♪」
 カプセル錠が少女の喉奥のどおくを通過したことを確認した千春は、少女の背中を押してベッドの外側へと出した。
 途端、それが合図であったように、全員が少女に殺到した。
「ふふっ、なかなかイイ光景よね。高貴な者がなぶられ、堕ちていくのって」
 千春は笑みを浮かべながら脇においてあったスマートフォンを取ると、動画モードでカメラを起動した。
「ちょっと気に入らないこともあったけど、コレは報酬としては悪くないわ。リズベルちゃん?」
 さながら砂糖に群がるありの大群を見る愉快さで、千春はスマートフォンのレンズが写す場面を観賞し続けていた。
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