316 / 421
竜の恩讐編
凶撃……
しおりを挟む
「ゆうき! だいじょうぶ!?」
「媛寿!」
千春に掛け矢での一撃を見舞った媛寿は、一旦地面を蹴ると、結城の前に着地して構え直した。
そして千春を警戒しつつ、後ろを振り返り、
「っ!」
右腿を斬られ血を流している結城を見た媛寿は、怒り心頭となって千春を睨みつけた。
「よっくもゆうきを――――――!?」
が、千春を正面から睨んだ媛寿は、何かに気付いて驚愕し、言葉を詰まらせた。
「……ゆうき、こいつはえんじゅにまかせて。はやくいって」
「媛寿?」
結城も媛寿の様子が変わったことに気付いた。
普段の媛寿なら、頭に血が上ればどんな相手であろうと、あらゆる手段を使って叩きのめしにかかるところ。
しかし、媛寿は千春の姿を確認した途端、なぜか冷静になったようだった。
より正確に言えば、とてつもない強敵を前に、怒りだけで向かって行ってはいけないと、自身を抑えたような感じだった。
「ゆうき! はやく!」
「わ、分かった。ラナンさん、こっちに!」
右手で痛む脚を押さえつつ、結城は沈黙したままのラナンの手を取って歩き出す。
まだ筋肉を完全に断ち切られてはいなかったので、何とか歩けるものの、とても走って逃げられる状態ではない。
それでもよたよたと去っていく結城を見届けると、媛寿は千春に再び一撃を加えるべく、掛け矢を虫取り網のように構えた。
「久しぶりね。坂本龍馬と一緒にいた座敷童子」
にやりと口元を歪めて笑いかける千春。
「おまえ、しんせんぐみにいた……」
歯噛みしながら目を鋭く細め、媛寿はより強く千春を睨みつけた。
「くっ……うぅ……」
脚の痛みに耐えながら、結城は少しでもラナンを遠くに逃がそうと歩き続けた。
出血が響いてきているのか、身体が重く、視界も少し霞んできている。
それでも、媛寿をはじめ、皆が作ってくれた時間を精一杯使おうと、結城もまた必死の思いでラナンを手を引いて歩く。
(こ、このままじゃ捕まってしまうかもしれない……何とかラナンさんだけでも……)
ラナンを安全な場所まで連れて行くことは不可能でも、この場を脱出させられる手段はないものかと、結城は動きながら周りを探る。
(え? ここは……)
辺りを見回した結城は、その場所の意外さに一瞬痛みを忘れた。
都会の喧騒の中にありながら、忘れ去られたように静かな土地。
ビル郡の陰に入り、日中でも陽が届かず、薄暗い雰囲気。
もはや誰も使わない資材やドラム缶が、古びたコンクリートの地面に置き去りにされている。
その寂しい空き地に、結城はほんの少し前に訪れたことがあった。
その時に供えた花がまだ、空き地の真ん中で風に吹きさらされている。
(あっ、そうだ!)
「ラナンさん!」
「はい?」
「泳げる?」
感傷に浸りそうだった結城は、その空き地が川べりにあったと思い出し、ある方法を思いついた。
「あの川を泳いで対岸に渡って! それで道路に出たら何でもいいから自動車に乗せてもらって! それで目的地まで!」
「で、でも小林さんが―――」
「僕はこの脚じゃもう泳げないし、このまま一緒にいても捕まっちゃうだけだ。最後まで一緒にいられなくて申し訳ないけど、ここからはラナンさんだけで逃げて。もし相手が追ってきたら、僕がここで食い止めるから」
結城は置き去りにされた資材に目をやった。古くなっているが、角材や通行止めの棒があるので、いざとなればそれらを武器にできるだろう。
「ラナンさん、早く! さっきの人は絶対に危ない! もし追いつかれたら」
「は、はい!」
結城に促され、ラナンは空き地の横を通る川へ走り出した。
だが、その走り去る背中から、何か光る物が落ちるのを結城は見ていた。
(何だ?)
目を凝らした結城は、それが銀色の小さなペンダントだと判った。
「ラナンさん、コレ落とし――――――」
落とした物が大切な物であってはいけないと、結城はラナンに声をかけ、そのペンダントを拾おうとした。
しかし、地面に落ちた衝撃で開いたであろうペンダントの蓋、その中身を見た結城の思考は止まってしまった。
「蜻蛉の構えを取っておきながら、打ち込んでこないの?」
「……」
掛け矢を右側に構えた媛寿は、千春と向き合ったまま動こうとしなかった。
結城たちはとっくに逃げ果せているが、媛寿は仕掛けることも、退くこともなく、その状態のままでいる。
「まっ、魂胆は解ってるけどね。あたしとまともに闘っても勝てないし、ここで退いたらあたしは二人を追う。だから時間稼ぎするしかないって」
「……」
全てお見通しとばかりに語る千春を、媛寿はできる限り反応せずに睨み続ける。
千春の言ったことは寸分違わず当たっており、媛寿にできるのは無言の虚勢を張って千春をこの場に留めておくことだけだった。
まともに闘えば媛寿は負ける。それは百五十年以上前に既に承知していた。
「そういうとこ、変わってないわね。坂本龍馬や桂小五郎を守ってた時から」
「ゆうきのことだって、えんじゅはぜったいにまもる!」
「守る? ぷっ……くく……くはっ―――あはははは!」
ようやく媛寿の口から出た言葉を聞いた千春は、左手で腹を抱えて笑い出した。
「なにがおかしいんだ!」
千春の態度が気に障った媛寿は怒号を発する。
「はは、は―――これが笑わずにいられますか。随分と甘くなったのね。幕末の頃のあなたなら、こんな間抜けた失態なんかなかったはずなのに」
「?」
千春がなぜ嘲笑ったのか以上に、その後の言葉が媛寿には理解できなかった。この場で一番の脅威は、眼前にいる千春であるはずなのに。
「あの小林結城を守るというなら、あたしにかかずらわっているのはとんだ見当違いよ」
ペンダントの中に収められていた写真の女性、いや、少女に、結城は見覚えがあった。
鮮やかな赤いドレスを着込み、細かな装飾が施された椅子に淑やかに座るプラチナブロンドの髪の少女。
年齢こそ違うが、その姿を、結城は見間違えるはずはなかった。
「――――――――――ピオニーアさん」
「やっぱり、憶えてたのね」
ペンダントを拾おうと屈んでいた結城の頭上から、氷よりも冷たい声が降ってきた。
その声はラナンのものと判ったが、結城はラナンがもう川の方へ走っていったものとばかり思っていた。
それがなぜ自分のすぐ傍にいるのか。
確かめようと立ち上がった時、結城の胸に鋭く硬い何かが入ってきた。
痛みは感じない。むしろ、肉体が感じ取れる痛みを超えてしまったから、脳が痛みを遮断してしまったのだ。
結城が視線を下に向けると、結城の胸に短剣が柄の部分まで入っていた。
そして、その短剣を握っているのは、結城が必死で守ろうとしたラナン・キュラス本人だった。
いつの間にか曇り始めていた空で、稲光が雨の前兆を告げていた。
「媛寿!」
千春に掛け矢での一撃を見舞った媛寿は、一旦地面を蹴ると、結城の前に着地して構え直した。
そして千春を警戒しつつ、後ろを振り返り、
「っ!」
右腿を斬られ血を流している結城を見た媛寿は、怒り心頭となって千春を睨みつけた。
「よっくもゆうきを――――――!?」
が、千春を正面から睨んだ媛寿は、何かに気付いて驚愕し、言葉を詰まらせた。
「……ゆうき、こいつはえんじゅにまかせて。はやくいって」
「媛寿?」
結城も媛寿の様子が変わったことに気付いた。
普段の媛寿なら、頭に血が上ればどんな相手であろうと、あらゆる手段を使って叩きのめしにかかるところ。
しかし、媛寿は千春の姿を確認した途端、なぜか冷静になったようだった。
より正確に言えば、とてつもない強敵を前に、怒りだけで向かって行ってはいけないと、自身を抑えたような感じだった。
「ゆうき! はやく!」
「わ、分かった。ラナンさん、こっちに!」
右手で痛む脚を押さえつつ、結城は沈黙したままのラナンの手を取って歩き出す。
まだ筋肉を完全に断ち切られてはいなかったので、何とか歩けるものの、とても走って逃げられる状態ではない。
それでもよたよたと去っていく結城を見届けると、媛寿は千春に再び一撃を加えるべく、掛け矢を虫取り網のように構えた。
「久しぶりね。坂本龍馬と一緒にいた座敷童子」
にやりと口元を歪めて笑いかける千春。
「おまえ、しんせんぐみにいた……」
歯噛みしながら目を鋭く細め、媛寿はより強く千春を睨みつけた。
「くっ……うぅ……」
脚の痛みに耐えながら、結城は少しでもラナンを遠くに逃がそうと歩き続けた。
出血が響いてきているのか、身体が重く、視界も少し霞んできている。
それでも、媛寿をはじめ、皆が作ってくれた時間を精一杯使おうと、結城もまた必死の思いでラナンを手を引いて歩く。
(こ、このままじゃ捕まってしまうかもしれない……何とかラナンさんだけでも……)
ラナンを安全な場所まで連れて行くことは不可能でも、この場を脱出させられる手段はないものかと、結城は動きながら周りを探る。
(え? ここは……)
辺りを見回した結城は、その場所の意外さに一瞬痛みを忘れた。
都会の喧騒の中にありながら、忘れ去られたように静かな土地。
ビル郡の陰に入り、日中でも陽が届かず、薄暗い雰囲気。
もはや誰も使わない資材やドラム缶が、古びたコンクリートの地面に置き去りにされている。
その寂しい空き地に、結城はほんの少し前に訪れたことがあった。
その時に供えた花がまだ、空き地の真ん中で風に吹きさらされている。
(あっ、そうだ!)
「ラナンさん!」
「はい?」
「泳げる?」
感傷に浸りそうだった結城は、その空き地が川べりにあったと思い出し、ある方法を思いついた。
「あの川を泳いで対岸に渡って! それで道路に出たら何でもいいから自動車に乗せてもらって! それで目的地まで!」
「で、でも小林さんが―――」
「僕はこの脚じゃもう泳げないし、このまま一緒にいても捕まっちゃうだけだ。最後まで一緒にいられなくて申し訳ないけど、ここからはラナンさんだけで逃げて。もし相手が追ってきたら、僕がここで食い止めるから」
結城は置き去りにされた資材に目をやった。古くなっているが、角材や通行止めの棒があるので、いざとなればそれらを武器にできるだろう。
「ラナンさん、早く! さっきの人は絶対に危ない! もし追いつかれたら」
「は、はい!」
結城に促され、ラナンは空き地の横を通る川へ走り出した。
だが、その走り去る背中から、何か光る物が落ちるのを結城は見ていた。
(何だ?)
目を凝らした結城は、それが銀色の小さなペンダントだと判った。
「ラナンさん、コレ落とし――――――」
落とした物が大切な物であってはいけないと、結城はラナンに声をかけ、そのペンダントを拾おうとした。
しかし、地面に落ちた衝撃で開いたであろうペンダントの蓋、その中身を見た結城の思考は止まってしまった。
「蜻蛉の構えを取っておきながら、打ち込んでこないの?」
「……」
掛け矢を右側に構えた媛寿は、千春と向き合ったまま動こうとしなかった。
結城たちはとっくに逃げ果せているが、媛寿は仕掛けることも、退くこともなく、その状態のままでいる。
「まっ、魂胆は解ってるけどね。あたしとまともに闘っても勝てないし、ここで退いたらあたしは二人を追う。だから時間稼ぎするしかないって」
「……」
全てお見通しとばかりに語る千春を、媛寿はできる限り反応せずに睨み続ける。
千春の言ったことは寸分違わず当たっており、媛寿にできるのは無言の虚勢を張って千春をこの場に留めておくことだけだった。
まともに闘えば媛寿は負ける。それは百五十年以上前に既に承知していた。
「そういうとこ、変わってないわね。坂本龍馬や桂小五郎を守ってた時から」
「ゆうきのことだって、えんじゅはぜったいにまもる!」
「守る? ぷっ……くく……くはっ―――あはははは!」
ようやく媛寿の口から出た言葉を聞いた千春は、左手で腹を抱えて笑い出した。
「なにがおかしいんだ!」
千春の態度が気に障った媛寿は怒号を発する。
「はは、は―――これが笑わずにいられますか。随分と甘くなったのね。幕末の頃のあなたなら、こんな間抜けた失態なんかなかったはずなのに」
「?」
千春がなぜ嘲笑ったのか以上に、その後の言葉が媛寿には理解できなかった。この場で一番の脅威は、眼前にいる千春であるはずなのに。
「あの小林結城を守るというなら、あたしにかかずらわっているのはとんだ見当違いよ」
ペンダントの中に収められていた写真の女性、いや、少女に、結城は見覚えがあった。
鮮やかな赤いドレスを着込み、細かな装飾が施された椅子に淑やかに座るプラチナブロンドの髪の少女。
年齢こそ違うが、その姿を、結城は見間違えるはずはなかった。
「――――――――――ピオニーアさん」
「やっぱり、憶えてたのね」
ペンダントを拾おうと屈んでいた結城の頭上から、氷よりも冷たい声が降ってきた。
その声はラナンのものと判ったが、結城はラナンがもう川の方へ走っていったものとばかり思っていた。
それがなぜ自分のすぐ傍にいるのか。
確かめようと立ち上がった時、結城の胸に鋭く硬い何かが入ってきた。
痛みは感じない。むしろ、肉体が感じ取れる痛みを超えてしまったから、脳が痛みを遮断してしまったのだ。
結城が視線を下に向けると、結城の胸に短剣が柄の部分まで入っていた。
そして、その短剣を握っているのは、結城が必死で守ろうとしたラナン・キュラス本人だった。
いつの間にか曇り始めていた空で、稲光が雨の前兆を告げていた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる