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竜の恩讐編
凶撃 その5
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「殺す………………!?」
目の前に立つブレザーの制服姿の少女、千春の言葉を、結城はしばらく理解できなかった。あまりにも突飛、息をするように、何の遠慮もなく殺意を口にしてきたことが信じられなかったからだ。
が、その意味に思い至った時、結城の緊張はより強くなった。
「な、何でラナンさんを!?」
「あ~、それ聞いちゃう? こういうのって依頼主やその目的を聞くのは野暮ってモンなんだけど?」
とぼけたような態度を取る千春だが、それは場を誤魔化そうという意図ではなく、本当に結城の反応に辟易しているという様子だった。
それが一層、結城に重圧をかけることになる。
千春と名乗った少女は、殺戮に、命を絶つ行為に、何の躊躇も呵責もない。
『殺し』のために、この場にやって来た存在なのだと。
「で?」
「?」
「あなたの質問に答えるつもりはない。あたしから言うことは一つだけ。その女、渡してくれるの? くれないの?」
千春は右手の人差し指で軽くラナンを指し示した。あくまでラナンの処遇をどうするのか、それだけを結城に聞いている。
「……」
結城は歯を震わせながら、逃げ出しそうな足を必死にその場に押し留めた。
その媛寿たちの状況がどうなったのかは分からない。通信の様子から見るに、何かしらの妨害に遭っているのだろう。
そして、それを仕組んだのはおそらく千春。
媛寿もマスクマンもシロガネもいない以上、今は結城がラナンを守らなければならない。
しかし、千春が人間を裕に超える残虐さと強さを持っているのは明らかだ。
どう転んでも結城だけでは勝ち目はない。
かといってラナンを置いて逃げるわけにもいかない。そもそも千春が無事に逃がしてくれるとは思えない。
結城には背を向けた瞬間、千春によって肉塊にされる想像がありありと浮かんでいた。
「あっ、もしかして恐くて何も言えなくなっちゃったとか、そういうの?」
黙ったままの結城の様子を見て、千春はそのように解釈したらしい。
「へ~、あたしの殺気をこれだけ受けて珍しいね。大抵は漏らすか背中向けて逃げるかなんだけど」
屈託なくそう言う千春は、本当に結城を珍しがっているようだった。
恐怖で動けないのは本当だが、結城は未だラナンを背に庇い、ラナンを守ろうとする気持ちを保っていた。
それが千春には珍しく見えているのだろう。
「う~ん、どうしようかな~……そうだ! ちょっとセオリーからは外れるけど、あなたの命、助けてあげてもいいよ?」
良いことを思いついたという晴れやかな表情で、千春は結城を指差して言った。
「た、だ、し、あなたはこれから一生、あたしのペットになるって条件でね。あたしの命令には絶対服従。生殺与奪も全てあたしが決めてあげる。少なくともここで死ぬことはないけど、どう?」
一瞬、結城は恐怖を忘れていた。千春の言葉の数々が、結城にとっては信じられないものばかりだったからだ。
おおよそ人間が考えることでも、口にすることでも、ましてや行うことでもない。
非道。その一言に尽きる。
それを平然と言い放ってくる千春という少女を、結城は本当に人間とは思えなくなってきた。
「……仮にそうしたとして、ラナンさんはどうなるんですか? 助けてくれるっていうんですか?」
震えを押さえながら、結城はそう問いかける。今は恐怖による震えではなく、怒りによる震えに変わっている。
「そんなわけないじゃない。もちろん殺すよ? あっ、でもあなたがペットになってくれるっていうなら、殺す前にその女を犯させるっていうのも面白いかも。イイ余興になりそ―――」
「ふざけるな!」
静まり返った道に響くほどに叫んだ時には、結城はもう恐れていなかった。
「あなたなんかにラナンさんを渡せるもんか」
結城は怒りを一杯に湛えた目で千春を睨んだ。
立ち向かったとしても敵わないのは解っている。
だが、それでも、目の前にいる人から外れた者に、ラナンの身を委ねることだけは決して許せない。許さない。
そんな気持ちが結城の心の底から湧き上がってきていた。
「……じゃあ『渡さない』でいいのね? そっかそっか~」
愉悦に満ち満ちていた表情から一転、涼しげな表情になった千春は、左手に持っていた細長い袋の紐を解き、
「なら、あなたにも死んでもらうから」
結城が反応できない速さで居合い抜きを放った。
「――――――ぐっ!? あああぁ!」
気付いた時には、結城の右腿は真一文字に斬られ、傷口から血が溢れていた。
「残念だったわね。ペットになるって言ってたら、その女を渡すって言ってたら、もう少し楽な死に方できていたのに」
膝をついた結城を見下ろす千春の目は、取りに足らない虫を踏み潰す際のそれと何ら変わらないものだった。
「これで一番苦しい死に方することになっちゃったわね」
「させて……たまるものか!」
出血する脚を押さえ、結城は再び立ち上がる。
そもそもの戦力差がある上に、右脚も斬られてまともに動けない。
敵うはずがないと知っていても、それでも千春の思い通りにはさせないと、気持ちだけで抵抗する。
「ラナンさんに……手は出させない!」
背後にいるラナンは黙ったままだ。おそらく自分以上に恐い思いをしているのだろうと、結城は察していた。
そんなラナンを、人の姿をした悪鬼に取らせる真似だけは、断じてしたくなかった。
たとえ何もできずに立っているだけだとしても。
「そう。じゃあ次は左足首を斬っちゃおうかな。それでちょっとずつ手足が短くなっていくのを堪能して――――――」
「ちぇええすとおおお!」
静寂を打ち壊す裂帛の気合とともに、上空から掛け矢が振り下ろされた。
「っ! 示現流!?」
攻撃の気配を感じた千春は、気合が飛んできた方向に鞘を構えて防御する。
掛け矢は千春の頭部に衝突するところ、間一髪、鞘で受け止められた。代わりに鞘は真っ二つに割れることとなった。
(掛け矢で…… 示現流?)
鞘が割れ、掛け矢を振るってきた相手とすれ違う際、千春はその姿を目で確認し、そして、
(あっ――――――)
それが着物姿の小柄な少女であったことに、密かに驚いていた。
目の前に立つブレザーの制服姿の少女、千春の言葉を、結城はしばらく理解できなかった。あまりにも突飛、息をするように、何の遠慮もなく殺意を口にしてきたことが信じられなかったからだ。
が、その意味に思い至った時、結城の緊張はより強くなった。
「な、何でラナンさんを!?」
「あ~、それ聞いちゃう? こういうのって依頼主やその目的を聞くのは野暮ってモンなんだけど?」
とぼけたような態度を取る千春だが、それは場を誤魔化そうという意図ではなく、本当に結城の反応に辟易しているという様子だった。
それが一層、結城に重圧をかけることになる。
千春と名乗った少女は、殺戮に、命を絶つ行為に、何の躊躇も呵責もない。
『殺し』のために、この場にやって来た存在なのだと。
「で?」
「?」
「あなたの質問に答えるつもりはない。あたしから言うことは一つだけ。その女、渡してくれるの? くれないの?」
千春は右手の人差し指で軽くラナンを指し示した。あくまでラナンの処遇をどうするのか、それだけを結城に聞いている。
「……」
結城は歯を震わせながら、逃げ出しそうな足を必死にその場に押し留めた。
その媛寿たちの状況がどうなったのかは分からない。通信の様子から見るに、何かしらの妨害に遭っているのだろう。
そして、それを仕組んだのはおそらく千春。
媛寿もマスクマンもシロガネもいない以上、今は結城がラナンを守らなければならない。
しかし、千春が人間を裕に超える残虐さと強さを持っているのは明らかだ。
どう転んでも結城だけでは勝ち目はない。
かといってラナンを置いて逃げるわけにもいかない。そもそも千春が無事に逃がしてくれるとは思えない。
結城には背を向けた瞬間、千春によって肉塊にされる想像がありありと浮かんでいた。
「あっ、もしかして恐くて何も言えなくなっちゃったとか、そういうの?」
黙ったままの結城の様子を見て、千春はそのように解釈したらしい。
「へ~、あたしの殺気をこれだけ受けて珍しいね。大抵は漏らすか背中向けて逃げるかなんだけど」
屈託なくそう言う千春は、本当に結城を珍しがっているようだった。
恐怖で動けないのは本当だが、結城は未だラナンを背に庇い、ラナンを守ろうとする気持ちを保っていた。
それが千春には珍しく見えているのだろう。
「う~ん、どうしようかな~……そうだ! ちょっとセオリーからは外れるけど、あなたの命、助けてあげてもいいよ?」
良いことを思いついたという晴れやかな表情で、千春は結城を指差して言った。
「た、だ、し、あなたはこれから一生、あたしのペットになるって条件でね。あたしの命令には絶対服従。生殺与奪も全てあたしが決めてあげる。少なくともここで死ぬことはないけど、どう?」
一瞬、結城は恐怖を忘れていた。千春の言葉の数々が、結城にとっては信じられないものばかりだったからだ。
おおよそ人間が考えることでも、口にすることでも、ましてや行うことでもない。
非道。その一言に尽きる。
それを平然と言い放ってくる千春という少女を、結城は本当に人間とは思えなくなってきた。
「……仮にそうしたとして、ラナンさんはどうなるんですか? 助けてくれるっていうんですか?」
震えを押さえながら、結城はそう問いかける。今は恐怖による震えではなく、怒りによる震えに変わっている。
「そんなわけないじゃない。もちろん殺すよ? あっ、でもあなたがペットになってくれるっていうなら、殺す前にその女を犯させるっていうのも面白いかも。イイ余興になりそ―――」
「ふざけるな!」
静まり返った道に響くほどに叫んだ時には、結城はもう恐れていなかった。
「あなたなんかにラナンさんを渡せるもんか」
結城は怒りを一杯に湛えた目で千春を睨んだ。
立ち向かったとしても敵わないのは解っている。
だが、それでも、目の前にいる人から外れた者に、ラナンの身を委ねることだけは決して許せない。許さない。
そんな気持ちが結城の心の底から湧き上がってきていた。
「……じゃあ『渡さない』でいいのね? そっかそっか~」
愉悦に満ち満ちていた表情から一転、涼しげな表情になった千春は、左手に持っていた細長い袋の紐を解き、
「なら、あなたにも死んでもらうから」
結城が反応できない速さで居合い抜きを放った。
「――――――ぐっ!? あああぁ!」
気付いた時には、結城の右腿は真一文字に斬られ、傷口から血が溢れていた。
「残念だったわね。ペットになるって言ってたら、その女を渡すって言ってたら、もう少し楽な死に方できていたのに」
膝をついた結城を見下ろす千春の目は、取りに足らない虫を踏み潰す際のそれと何ら変わらないものだった。
「これで一番苦しい死に方することになっちゃったわね」
「させて……たまるものか!」
出血する脚を押さえ、結城は再び立ち上がる。
そもそもの戦力差がある上に、右脚も斬られてまともに動けない。
敵うはずがないと知っていても、それでも千春の思い通りにはさせないと、気持ちだけで抵抗する。
「ラナンさんに……手は出させない!」
背後にいるラナンは黙ったままだ。おそらく自分以上に恐い思いをしているのだろうと、結城は察していた。
そんなラナンを、人の姿をした悪鬼に取らせる真似だけは、断じてしたくなかった。
たとえ何もできずに立っているだけだとしても。
「そう。じゃあ次は左足首を斬っちゃおうかな。それでちょっとずつ手足が短くなっていくのを堪能して――――――」
「ちぇええすとおおお!」
静寂を打ち壊す裂帛の気合とともに、上空から掛け矢が振り下ろされた。
「っ! 示現流!?」
攻撃の気配を感じた千春は、気合が飛んできた方向に鞘を構えて防御する。
掛け矢は千春の頭部に衝突するところ、間一髪、鞘で受け止められた。代わりに鞘は真っ二つに割れることとなった。
(掛け矢で…… 示現流?)
鞘が割れ、掛け矢を振るってきた相手とすれ違う際、千春はその姿を目で確認し、そして、
(あっ――――――)
それが着物姿の小柄な少女であったことに、密かに驚いていた。
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