小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

播海家からの警告

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 古い大時計の秒針が立てる音が響く書斎の中、佐権院蓮吏さげんいんれんりは執務机の椅子に座り、目を鋭く細めていた。
 眼鏡を外したその視界はブレて判然としないが、今の佐権院にはちょうど良い気がした。
 視界に入るものを気にすることなく、思考を巡らせるには。
「……」
 佐権院は机の上にある固定電話の方を見た。視界がボヤけているのではっきり見えないが、そこにあることだけはわかる。
 考えているのは、今しがたかかってきた電話の内容だった。
 それは佐権院にとっても安易には手をつけられない話だったからだ。

 十五分ほど前、固定電話の呼び出し音が鳴った。
「もしもし、佐権院です」
『蓮吏か? 久しぶりだな。繋鴎けいおうだ』
「繋鴎!? ああ、久しぶりだ。元気にしていたか?」
『ああ、おかげ様でな。お前の話も聞いてるぞ。なかなかの辣腕らつわん振るってるそうじゃないか』
「職務に忠実なだけだ。表でも裏でもな。それより君が連絡を寄越してきたというなら、何かあったんじゃないのか?」
『相変わらずマメなヤツだな。こういう時は軽い近況報告で場をなごますモンだろ?』
「君の……『播海家はるみけ』が持ち込んでくる話は、和んだ後に聞くよりは直接聞いた方が心労が少ない』
『……まっ、そうだな。悪い』
「いいさ。それで?」
『蓮吏、お前、谷崎町ってトコにある『古屋敷ふるやしき』について知ってるよな?』
「……そのことは佐権院家わたし祀凰寺家しおうじけ多珂倉家たかくらけの連名で、問題になることはないと報告したはずだが?」
『そういう話じゃない。確かに『二十八家にじゅうはっけ』の中には危険視している家もいくつかあるが、そっちの話じゃないんだ』
「では、どういうことだ?」
小林結城こばやしゆうきって男。ヤツにはしばらく関わるな』
「? どういう意味だ?」
「警告だ。ヤツに関わったことがある家に言って回ってる。いいか? しばらくヤツには関わるなよ」
「どういうことだ? 彼の身に何か起こるのか?」
『……』
「繋鴎、君の立場は私も充分に理解している。播海家きみが詳しい理由を言えないのは、よほどの事情があるということも。しかし、彼のことを知っているなら、彼についている神霊しんれいの情報も知っているはずだな?」
『……』
「もし彼に何かあった場合、あの神霊たちがどんな行動に走るか、君に予測ができるのか?」
『………………………………『ジェラグ』……』
「っ!?」
「オレが言えるのはここまでだ。蓮吏、悪いが理解わかってくれ」
 その言葉を最後に、通信は途絶え、後には受話器から断続的な電子音が聞こえてくるだけだった。

 電話が切れた後も、佐権院はおののいた表情で受話器を見つめていた。

「……」
『さっきの電話が気になるの?』
 佐権院のかたわらに置かれた丸眼鏡がわずかに音を立てると、すぐに白いもやが現れ、それは人の形に変わっていった。
 フレームレスの眼鏡にアップにした髪、黒のスーツ姿の女性の姿となったのは、佐権院のパートナーである古い丸眼鏡の化身、トオミだった。
「小林くんに危機が迫っているらしい。それも尋常ではない様子の、な」
「あの神霊たちかたがたがついているなら、大した問題ではないと思うけど」
「普通ならそうだが、どうも今回は別の方面でも危ういようだ」
「別の方面?」
 そこからはトオミに答えず、佐権院はさらに鋭く宙をにらんだ。
 播海家が『二十八家』で司るのは外交、それも妖魔精霊に関わる裏の外交を長く担ってきた家系だった。
 その播海家の者が強く念押ししてくるというのは、裏の外交において相当な問題が起こる可能性があるということだ。
 それがいかに大事おおごとであるか、佐権院も充分に知っている。恐ろしいほどに。
「~~~!」
 通常なら、佐権院も『二十八家』の一つを預かる者として、その意向に沿うのは当然だった。私的な感情は抜きにしても。
 だが、小林結城がからんでくるとならば、それは別の意味での恐ろしさがき立ってくる。
 個人としての小林結城はただの一般人だ。しかし、その周りにいる神霊たちは、そこらの有象無象とは確実に違う。
 もしも小林結城の身に何かあれば、それが人為的な要員によってもたらされたならば、神霊たちはどんな逆襲に出るか、悪い意味で未知数だ。
 高位の座敷童子ざしきわらし、ギリシャ最強の戦女神、原初の精霊の生き残り、どんな刃も自在に操る九十九神つくもがみ。この四柱は本気で暴走を起こして、
『二十八家』のどれほどの力を犠牲に止められるだろうか。
 想像するだけでも、佐権院の背筋は凍りつくように冷えた。
 それでも播海家の意向であるならば、佐権院は動けない。
(もどかしいことだ。が、黙って静観することもまた、『二十八家われわれ』、ひいてはこの国のためにならんな)
 意を決した佐権院は引き出しから予備の眼鏡を取り出すと、それを顔にかけてすぐさま固定電話の受話器を取った。
「何か決めたのね?」
「ああ。私らしくないが、少々しょうしょう悪あがきをするとしよう」
 トオミにそう答えると、佐権院は電話番号をプッシュした。
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