小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

媛寿の憂鬱

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「む~~~~~」
「WΛ3↓。AΞ8→TS(どうしたんだよ、媛寿えんじゅ。もう火点かてんライダー始まってる時間だろ)」
「ろくがしてあるからいい」
「媛寿、変。フルーツヨーグルト、まだ冷蔵庫」
「あとでたべるの」
 マスクマンとシロガネに対し、少々ぶっきらぼうに答える媛寿。
 二人が変に思うのも当然、媛寿は朝食が終わった後、ソファに突っ伏し、頬をふくらませてうなったままだった。朝8時放送の『火点ライダー』を生で観ることもなく、デザートを冷蔵庫から出すこともなく。
「DΘ9←? EΦ(何があったんだ? 媛寿のヤツ)」
 マスクマンは小声でそれとなくシロガネに聞いた。
「たぶん、結城ゆうきのこと」
 朝食の片付けをしながら、シロガネも小声で答えた。
「YΠ? MΨ1→?(結城の? そういえばあいつどこだ?)」
「もう、出かけた」
「Oω? TΔ5→WS……Pμ?(出かけた? あいつ最近朝から出かけてるようだが……三日連続で媛寿を置いて?)」
 シロガネから聞いた結城の動向に、マスクマンは少し驚いて媛寿の方を見た。
 結城が出かける際、大抵の場合は媛寿も一緒に付いていくのが常だった。
 諸々の意味で『引き』が強くはなるが、結城は媛寿と出かけることを拒むようなことはなかった。
 ちょっとした用事程度ならまだしも、結城と媛寿が外出時に別々にいるのは非常に珍しいことだった。それも様子を見る限りでは、媛寿が置いていかれたパターンらしい。
「Oδ2↑。Pφ? Qλ7←HS?(結城あいつが媛寿を置いて出かけるって。よほどプライベートなことか? 何か聞いてないのかよ、シロガネ)」
「何、も」
 シロガネは首を横に振る。無表情ではあるが、シロガネも残念そうにしていた。
「む~ぐぐぅ~」
 そうしている間にも、媛寿は悶々もんもんとした気分を抱えたまま、ソファの上で足をばたつかせていた。
(ゆうき、あのときからすこしへん……)
 数日前、献花をした帰りに結城と媛寿は別行動になったが、媛寿は結城がどこへ向かったかよく分かっていた。その後でアイスクリームのセットを買って帰ってくるのも恒例だった。
 しかし今回、結城はカップアイスを一個、誰かに譲っている。
 その時に感じた小さな違和感が、今では媛寿の中で大問題に発展していた。
(ゆうき、だれにあいすあげたんだろ……)
 媛寿の脳裏に三年前の記憶が過ぎる。淡く光るような、優しい笑顔が。
(まさか……ね……)
 ふと頭の中で浮かんだ可能性を払い、媛寿は再び悶々とし出した。
(う~~~~……ゆうきもひとりになりたいときあるだろうし~……でもどこいってるのかしりたいよ~……)
「う~~! む~~!」
 まるでソファの上で水泳でもしているかのように、媛寿のばたつきは激しくなっていた。
「H†9→WD?(なあ、媛寿が本格的に機嫌そこねる前に何か手を打った方がよくないか?)」
「おやつは、パフェにする」
 いよいよ媛寿の機嫌が悪くなる前に、対策を講じようとするマスクマンとシロガネ。
 二人としても、以前住んでいたアパート全壊の二の舞は避けたいところだった。
「E∟3↑FP(おい媛寿。シロガネが三時のおやつはパフェ作るってよ)」
「ぱふぇ…………そうだ!」
 動きを止めた媛寿は、何か思いついたのか、急に立ち上がるとリビングのサイドボードに走った。
 引き出しの中からお菓子の家型のポーチを取り、サイドボードの上に置くと、
「とお~~~、はあ~~~、ふお~~~」
 深い呼気とともに、火点ライダーの変身ポーズばりの動きをした。
 媛寿いわく、それが座敷童子ざしきわらしが付く家を変える際の儀式であるらしい。
「とおあああ~……よし」
 特に変わりはないが、これで媛寿が付いている『家』は、古屋敷ふるやしきからポーチに切り換わった、らしい。こうしなければ、古屋敷は座敷童子が去った家という扱いになってしまい、ものの数分で倒壊の危機さえあり得るのだ。
「Lθ6→GX?(どっか行くのかよ? 媛寿)」
「『すなのまじょ』いってくる」
 ポーチを肩掛けにした媛寿は、それだけ答えると玄関まで全速力で駆け出した。
「いってきまーすっ!」
 あわただしく玄関ドアが開閉された後には、静かになったリビングでマスクマンとシロガネが呆気あっけに取られていた。
「W∵? E∝8↑DS?(何だ? 結城のツケで飲み食いでもしに行ったのか?)
「さ、あ?」

 午前の陽光が窓から差し込み、ゆったりとしたBGMが流れる店内で、喫茶『砂の魔女』の店主カメーリアは、気だるげにカウンターのサイフォン内が沸騰する様を眺めていた。
 そして獣人であり、『砂の魔女』のウェイトレスを勤める少女クロランは、せっせとモップで床を掃除している。
 別段コーヒーを待っている客がいるわけでもなく、店内は掃除が必要なほど汚れてもいない。
 要は今日の『砂の魔女』は、暇なのである。
 二人とも特にやることがないので、適当に時間をつぶしていたところ、
「たのもー!」
 扉に付けられたカウベルをけたたましく鳴らし、着物姿の少女が勇ましく来店した。
「あっ! 媛寿!」
 着物姿の少女、媛寿が来店したのを確認したクロランは、持っていたモップを手放して媛寿に飛びついた。
「また来てくれたんだー! クロラン嬉しー!」
 媛寿を抱きしめるクロランは、嬉しさのあまり媛寿に頬擦ほおずりしたり、顔中にキスの雨を降らせている。尻尾こそないが、もしあったならクロランは激しく尻尾を振り乱していたことだろう。
「くろらん、おちついて」
「いらっしゃいまし、媛寿ちゃん。メロンソーダにします? それとも果汁100%ジュース?」
「きょうはそっちじゃないの」
 カメーリアがすすめてくるメニューを、媛寿は軽く首を振って断った。
「くろらん、かしてほしいの」
「えっ……」
 媛寿の言葉を聞いたクロランは、見る見るうちに顔が赤くなった。
「媛寿、クロランいつでもいいって思ってたけど、こんなタイミングだったなんて。あっ、でも、できれば初めての時は結城も一緒の方がいいなって……」
 赤面しながら何かを期待する目を向けてくるクロランの意図が分からず、媛寿は眉根を寄せて首をかしげた。
「今日はそれほど忙しくないので問題ありませんわ。でもどんな要件で?」
「おんなのこのひみつ」
 カメーリアへの回答として、媛寿は人差し指を唇に当てた。なぜかそれを見たクロランが、ハッとして今度は耳まで赤くなった。
「……よろしいですわ。夕方の五時まででしたら」
「ありがとっ!」
 了承を得た媛寿は、早速クロランの手を引いて店の外へと出て行った。
 カウベルの音の余韻が響く店内で、カメーリアはしばらく沈黙していたが、
「小林くんのこととなると、座敷童子もただの女の子ですわね」
 誰に聞かせるわけでもなく、ぽそりと独り言を呟いた。

「ええぇ~!」
 『砂の魔女』の外に出たクロランは、媛寿から要件を聞いて声を上げた。
「ダ、ダメだよ媛寿。そんな、結城の後を尾行けるだなんて」
「くろらん、おねがい!」
 媛寿を止めようとするクロランだが、媛寿は頭を下げて押し通そうとする。
「ゆ、結城だって一人で出かけたいこともあると思うし……それにもしバレちゃったら怒られるかもしれないよ? クロランそんなのヤダよぉ」
「……えんじゅのおねがいきいてくれたら、くろらんのおねがいもきいてあげる」
 その言葉に、カチューシャに隠れたクロランの獣耳がぴくりと反応した。
「お願いって……何でもいいの?」
「なんでもいいよ!」
 そう言い切った媛寿に、顔を赤くしたクロランはごくりとのどを鳴らした。
「じゃあ……」
 ゆっくりと媛寿に顔を近づけたクロランは、ひそひそと『お願い』の内容を耳打ちした。
「ゆうきのしゃつと、えんじゅの足袋たび?」
「うん! うん!」
 興奮気味にうなづくクロラン。媛寿は『なぜそんなものを欲しがるのか』と、頭に疑問符を浮かべていた。
「しんぴんでいいの?」
「使ったのがいいの! 洗濯してないのがいいの!」
「?」
 ますますワケが分からなかったが、無茶な頼みをする立場でもあり、媛寿は『いいよ』と答えた。
「~~~~~! やった~! やった~! や――――――はひっ!」
 媛寿の了承に大喜びしていたクロランは、唐突にスカートを押さえて背を曲げた。
「どしたの?」
「え、媛寿……クロランちょっとお着替えしてくるから、ここで待ってて……」
「え? うん」
「す、すぐに戻るから」
 内股になって店内に入っていったクロランを不思議そうに見つめながら、媛寿はその場で待つことにする。
(ごめんね、ゆうき。でも……)
 空の下のどこかにいる結城に対し、後ろめたさから媛寿は心の中で謝罪した。
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