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竜の恩讐編
出雲大社の奥の奥 その1
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出雲大社の本殿よりもさらに先。人には知覚できない巨大な社が建っている。
神無月に日本全国より神々が集まり、一年間の方針を話し合い、良案を決定するための場所。
八百万の神が一気に訪れてもなお余るほどの広さを持つその社には、温泉保養施設をはじめ、ゲームセンターからスポーツジム、全国の特産品を調理して出す宴会場、東西の洋を問わず様々な酒を取り揃えたバーまで完備されている。
別に最初からこうであったわけではない。ただ、あまりにも広く作りすぎたため、余ったスペースが文字通りあり余ってしまい、もったいなかったので天照が管理者である大国主に持ちかけて増設した結果こうなった。
設置する内容も、天細女や弁財天、恵比須らが時代のニーズに合わせて提案していったため、最近では社の中とは思えない様相になってきている。
要は『皆で年一回集まるんだから、ちょっとハメを外せるくらいはいいだろう』ということである。
もちろん一年間の施策の話し合いは真剣にする。が、それ以外はフリーということわけだ。
自由時間では神々は飲み食いや入浴、運動、さらには個々神で開くイベントなどを楽しんだりするわけだが、近年においては、男神、女神、両方から熱い支持を受けているイベントがある。
それは、
「はあああ!」
「ごわっぽぉ!」
『おお~っと! 決まったー! アテナ様必殺のアッパーカットが炸裂だー! 高い高い! 播節籠手神様、天井を突き破ってまだ上がる上がるー!』
スポーツジムに増設された観覧席つきの格技場にて、アテナがまた一柱、男神を敗退せしめていた。
天照が出したアテナが日本において活動する際の条件。神無月には出雲にて天照が見繕った男神と見合いをすること。
アテナはそれを了承したが、アテナの方も条件を付けた。自分より弱い男神の元には嫁がない、と。
そんなわけで三年前から、アテナを嫁に迎え入れたい男神たちと、アテナとの対決が繰り広げられているのである。
この勝負の行方が賭けの対象にもなっているのだが、これまででアテナに勝てた男神は一柱もいない。全戦完勝状態だった。
三回目となるこの嫁取り試合では、もはや単純な勝負だけでは賭けにならないので、
『さあー、何秒で落ちてくるか! ここが賭け時だー! 張った張ったー!』
「六十秒!」
「百秒!」
「いや大穴で三百秒だ!」
と、賭けの対象になりそうなことが発生すれば、即、賭けが始まる始末だった。
「やっぱアテナちゃん強いな~。しかも年々強くなってる感じ。もうこの等級の武神くらいじゃ相手にならないかも」
VIP席に腰かけた天照が、李ジュースをストローで吸いながら分析している。
さすがに古屋敷滞在時の装いではなく、太陽の意匠を施した金の髪飾りに、見る角度によって七色に変わる衣を纏った正装での観戦だった。
「姉者、まだあの外様の女神を引き入れることを諦めんつもりか」
天照の席の隣に座る長髪の少年が、天照に向くことなく聞いた。
「トーゼンでしょ。アテナちゃんはあのゼウス神の娘。持ってる権能は測り知れないわ。しかも全盛期から衰えてもあの強さ。ぜひとも今の日本に欲しいわ」
ジュースを飲みながらアテナに目を輝かせる天照に、少年は小さく溜め息を吐いた。
「しかし見合いに用意した男神たちがこうも悉く負かされているとあってはな。皆武神として名を連ねる者であるのに、これでは立つ瀬もないだろう」
「そう思うんならあんたが挑戦してみたら? 月読」
天照の挑発に、少年もとい月と理を司る神、月読は一瞬だけ目を向け、すぐに逸らした。
「オレは生粋の武神ではないし、須佐之男のように破壊の神でもない」
「あれ? アテナちゃん好みじゃない?」
「そういうことを言ってるんじゃない。単に勝てない勝負をしないだけだ。オレを推すより弟をあてがえば良いだろう」
「須佐之男はアテナちゃんのこと美神だとは思っても好みじゃないのよね~。ほら、あいつの趣味ってアレだし」
「……だから格技場にも来ていないのか」
「今頃クシナダちゃんとカムオオイチちゃんと一緒に温泉入ってるわよ。単純な実力なら一番の有望株だったのにな~。あっ、ジュースおかわり」
残念がりつつも傍仕えの神使に代わりの飲み物を注文する天照。
だが、口では残念がっていても、どこかそんな雰囲気を持たない様子を、月読は訝しげな目で見やっていた。
「オレもギリシャの神について少し調べた。が、あの女神がそう易々と靡くとは思えん。正真正銘の筋金入りだ」
「だからこそ……」
運ばれてきた新しいジュースを一口飲むと、それとは別に天照は満足そうに微笑んだ。
「今のままでも結構助かってるけど、もしアテナちゃんが良人を得たら、この日の本に定住してくれるかもしれないじゃない。それどころか子も成してくれたなら、ギリシャ最強の戦女神の血を引く新しい神になるのは間違いない。これからの日の本のためにも是非ほしいわ」
天照の浮かべた笑みは、外見の年相応の少女のものではなく、どこか策謀を秘めた老獪さが表れていた。
それを横目で見ながら、月読は表情には出さずに、姉である天照に慄いた。
「なら、なぜあいつを出さんのだ? 弟と違ってあの女神は趣味の範囲であろうし、武威も申し分ないはずだか?」
「あ~、一応声はかけてるんだけど、何でか動かないのよね~。乗り気ではあるみたいなんだけど」
天照は格技場の天井に空いた穴から見える、青い空の向こうを眺めた。
「いい勝負になると思うんだけどな~、建御雷神兄ちゃん」
天照がそう呟いた時、飛ばされていた播節籠手神が天井の穴を通って落ちてきた。
『結果が出ましたー! 勝者! アテナ様ー! そして落下までの時間はなんと二百九十九秒だー!』
審判の高らかな声に、観戦していた神々は皆悔しげな声を漏らした。
神無月に日本全国より神々が集まり、一年間の方針を話し合い、良案を決定するための場所。
八百万の神が一気に訪れてもなお余るほどの広さを持つその社には、温泉保養施設をはじめ、ゲームセンターからスポーツジム、全国の特産品を調理して出す宴会場、東西の洋を問わず様々な酒を取り揃えたバーまで完備されている。
別に最初からこうであったわけではない。ただ、あまりにも広く作りすぎたため、余ったスペースが文字通りあり余ってしまい、もったいなかったので天照が管理者である大国主に持ちかけて増設した結果こうなった。
設置する内容も、天細女や弁財天、恵比須らが時代のニーズに合わせて提案していったため、最近では社の中とは思えない様相になってきている。
要は『皆で年一回集まるんだから、ちょっとハメを外せるくらいはいいだろう』ということである。
もちろん一年間の施策の話し合いは真剣にする。が、それ以外はフリーということわけだ。
自由時間では神々は飲み食いや入浴、運動、さらには個々神で開くイベントなどを楽しんだりするわけだが、近年においては、男神、女神、両方から熱い支持を受けているイベントがある。
それは、
「はあああ!」
「ごわっぽぉ!」
『おお~っと! 決まったー! アテナ様必殺のアッパーカットが炸裂だー! 高い高い! 播節籠手神様、天井を突き破ってまだ上がる上がるー!』
スポーツジムに増設された観覧席つきの格技場にて、アテナがまた一柱、男神を敗退せしめていた。
天照が出したアテナが日本において活動する際の条件。神無月には出雲にて天照が見繕った男神と見合いをすること。
アテナはそれを了承したが、アテナの方も条件を付けた。自分より弱い男神の元には嫁がない、と。
そんなわけで三年前から、アテナを嫁に迎え入れたい男神たちと、アテナとの対決が繰り広げられているのである。
この勝負の行方が賭けの対象にもなっているのだが、これまででアテナに勝てた男神は一柱もいない。全戦完勝状態だった。
三回目となるこの嫁取り試合では、もはや単純な勝負だけでは賭けにならないので、
『さあー、何秒で落ちてくるか! ここが賭け時だー! 張った張ったー!』
「六十秒!」
「百秒!」
「いや大穴で三百秒だ!」
と、賭けの対象になりそうなことが発生すれば、即、賭けが始まる始末だった。
「やっぱアテナちゃん強いな~。しかも年々強くなってる感じ。もうこの等級の武神くらいじゃ相手にならないかも」
VIP席に腰かけた天照が、李ジュースをストローで吸いながら分析している。
さすがに古屋敷滞在時の装いではなく、太陽の意匠を施した金の髪飾りに、見る角度によって七色に変わる衣を纏った正装での観戦だった。
「姉者、まだあの外様の女神を引き入れることを諦めんつもりか」
天照の席の隣に座る長髪の少年が、天照に向くことなく聞いた。
「トーゼンでしょ。アテナちゃんはあのゼウス神の娘。持ってる権能は測り知れないわ。しかも全盛期から衰えてもあの強さ。ぜひとも今の日本に欲しいわ」
ジュースを飲みながらアテナに目を輝かせる天照に、少年は小さく溜め息を吐いた。
「しかし見合いに用意した男神たちがこうも悉く負かされているとあってはな。皆武神として名を連ねる者であるのに、これでは立つ瀬もないだろう」
「そう思うんならあんたが挑戦してみたら? 月読」
天照の挑発に、少年もとい月と理を司る神、月読は一瞬だけ目を向け、すぐに逸らした。
「オレは生粋の武神ではないし、須佐之男のように破壊の神でもない」
「あれ? アテナちゃん好みじゃない?」
「そういうことを言ってるんじゃない。単に勝てない勝負をしないだけだ。オレを推すより弟をあてがえば良いだろう」
「須佐之男はアテナちゃんのこと美神だとは思っても好みじゃないのよね~。ほら、あいつの趣味ってアレだし」
「……だから格技場にも来ていないのか」
「今頃クシナダちゃんとカムオオイチちゃんと一緒に温泉入ってるわよ。単純な実力なら一番の有望株だったのにな~。あっ、ジュースおかわり」
残念がりつつも傍仕えの神使に代わりの飲み物を注文する天照。
だが、口では残念がっていても、どこかそんな雰囲気を持たない様子を、月読は訝しげな目で見やっていた。
「オレもギリシャの神について少し調べた。が、あの女神がそう易々と靡くとは思えん。正真正銘の筋金入りだ」
「だからこそ……」
運ばれてきた新しいジュースを一口飲むと、それとは別に天照は満足そうに微笑んだ。
「今のままでも結構助かってるけど、もしアテナちゃんが良人を得たら、この日の本に定住してくれるかもしれないじゃない。それどころか子も成してくれたなら、ギリシャ最強の戦女神の血を引く新しい神になるのは間違いない。これからの日の本のためにも是非ほしいわ」
天照の浮かべた笑みは、外見の年相応の少女のものではなく、どこか策謀を秘めた老獪さが表れていた。
それを横目で見ながら、月読は表情には出さずに、姉である天照に慄いた。
「なら、なぜあいつを出さんのだ? 弟と違ってあの女神は趣味の範囲であろうし、武威も申し分ないはずだか?」
「あ~、一応声はかけてるんだけど、何でか動かないのよね~。乗り気ではあるみたいなんだけど」
天照は格技場の天井に空いた穴から見える、青い空の向こうを眺めた。
「いい勝負になると思うんだけどな~、建御雷神兄ちゃん」
天照がそう呟いた時、飛ばされていた播節籠手神が天井の穴を通って落ちてきた。
『結果が出ましたー! 勝者! アテナ様ー! そして落下までの時間はなんと二百九十九秒だー!』
審判の高らかな声に、観戦していた神々は皆悔しげな声を漏らした。
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