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竜の恩讐編
病棟裏の出会い(現在)
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「あ――――」
無意識に名前を呼んでしまったと気付いた結城は、一瞬頭が真っ白になって固まってしまった。
ベンチに座る人物も驚いている様子だったが、互いにどうしていいか分からない中、
「……えっと……こ、こんにちは」
とりあえず結城は軽く会釈して挨拶した。
「ご、ごめんなさい。知り合いと間違えちゃったんです。その、ここ使ってらっしゃるようなら僕は遠慮させていただきますので、あ、その、それじゃ――――」
「待って!」
慌ててその場を去ろうとした結城を、ベンチに座る人物は呼び止めた。
「……あなたの名前は?」
「え……あ……」
呼び止められた上に名前まで尋ねられている状況に、結城は少しばかり困惑したが、そのまま去るのも悪い気がしたので名乗ることにした。
「こ、小林結城です」
「…………」
結城の名前を聞いたその人物は、驚いたのか、他の理由があるのか、なぜか押し黙ってしまった。前髪で目元がほとんど隠れてしまっているので、表情は全く窺い知れないが。
「あ、あの~……」
何か変なことを言ってしまったか心配になった結城は、その人物に声をかけようとした。
見たところ入院着を着ているので、聖フランケンシュタイン大学病院の入院患者だと思われる。
無造作に伸ばされた黒髪は背中まで届き、前髪に至っては顔の半分を隠してしまっている。
声と体型からかなり若い女性と判るが、そんな人物がこんな誰も来ないような場所にいるというのも珍しいことだった。
結城が以前聞いたところによると、その場所はほとんど人の寄り付かない穴場だったからだ。
何かワケありなのではと結城が勘繰っていると、
「少しお話しませんか?」
意外な言葉が返ってきたので、今度は結城が驚きの表情になった。
「ベンチ、まだ座れますし」
手でベンチを示され、結城は古びたベンチに目を移した。そこに三人で座っていた頃の記憶がわずかに過ぎる。
「……いいんですか?」
「病室に一人でいるばかりで退屈してたんです。少しでいいのでお話しませんか?」
その言葉も雰囲気も、ありし日の人物に重なり、結城は切ないような、懐かしいような感覚を抱いた。
「分かりました、僕でよければ。あっ、ところであなたの名前は?」
急に名前を聞かれて名乗ったが、結城はまだ相手の名前を聞いていなかった。
「ただいま~」
古屋敷の玄関ドアを開けた媛寿が帰宅を告げる。が、いつものような元気さがない。
リビングで動物番組を見ていたマスクマンも、キッチンで猪肉の腸詰めを作っていたシロガネも、媛寿の不調に気付いていた。
「DΓ、OΞ1→。SΘ(なんだ、一人で帰ってきたのか。珍しいな)」
「うん。ゆうきまだ?」
「まだ、帰ってない」
「そう……」
媛寿は肩掛けにしていたお菓子の家型のポーチを外すと、リビングのテーブルの上に力なく置いた。
媛寿が一人でも遠出できるようにと結城が購入した物だが、媛寿は大抵は結城と行動をともにしているので、ほとんど使う機会のない代物と化していた。
「はあ……」
媛寿はポーチを見ながら溜め息を吐いた。ポーチを使う時は、必然、結城と行動を別にする時であるため、使うこと自体が悲しくなってしまう。
できれば使う機会などなければいいと思いつつも、結城からのプレゼントだけに無下にもできないのが、それもまた悲しい。
「はあ……」
「WΣ7。Bπ4↓。CΛ8↑DK?(何だよ、媛寿。さっきから溜め息ばっか吐いて。ココナッツミルクのパインジュース割りでも飲むか?)」
「……ますくまんはおとこのこだからわかんないよ」
「Φ? WΔ9(は? 何だそりゃ)」
媛寿の反応に困惑するマスクマン。
「ワタシが、相談に乗る」
「……しろがねはへんたいだからわかんないよ」
「ショッ、ク」
媛寿の意外な返答に衝撃を受けるシロガネ。
「ただいまー」
「っ!」
そうしているうちに玄関ドアが再び開き、媛寿は聞き慣れた声に即座に頭を上げた。
リビングから急いで廊下に出ると、さもいま玄関をくぐってきた相手の胸に飛び込んだ。
「ゆうきー!」
「おわっと!」
媛寿のヘッドバッドに少しよろめくが、それに慣れていた結城はすぐに体勢を整えた。
「おかえりおかえり!」
「あ、ああ、ただいま媛寿。これ、30+1のアイス。ちょっと溶けたかもしれないけど」
「やったー!」
結城からアイスが入った箱を受け取ると、媛寿は小さく飛び跳ねて喜んだ。どんなお大尽からもらう高級菓子よりも、結城から渡される菓子の方が、媛寿にとっては何百倍も価値がある。
「あっいす~♪ あっいす~♪ あれ?」
早速リビングのテーブルに箱を置いて開けた媛寿だったが、中身の違和感に首を傾げた。
箱の中には五個のカップアイスが入っていたが、不自然に一個分の空白がある。保存用のドライアイスが入っていたわけでもない。
「ゆうき、いっこたべた?」
「いや、今日知り合った人に一個あげたんだ。たしかミントだったかな。食べたかった?」
「う~ん……みんとはいいや。えんじゅ、くっきーあんどくりーむがすき」
「それならちゃんと入れてもらったよ。媛寿が食べていいよ」
「やったー!」
先程までの落ち込みはどこへやら、媛寿の変わりように微妙な雰囲気になっているマスクマンとシロガネ。
クッキー&クリームのカップを掲げて小躍りしている媛寿を見ながら、結城は数時間前の記憶を思い起こしていた。
「分かりました。僕でよければ。あっ、ところであなたの名前は?」
結城の方から名前を問われ、相手は何か迷ったように間を置くと、わずかに聞こえる程度の声で名乗った。
「……ラナン……ラナン・キュラス」
無意識に名前を呼んでしまったと気付いた結城は、一瞬頭が真っ白になって固まってしまった。
ベンチに座る人物も驚いている様子だったが、互いにどうしていいか分からない中、
「……えっと……こ、こんにちは」
とりあえず結城は軽く会釈して挨拶した。
「ご、ごめんなさい。知り合いと間違えちゃったんです。その、ここ使ってらっしゃるようなら僕は遠慮させていただきますので、あ、その、それじゃ――――」
「待って!」
慌ててその場を去ろうとした結城を、ベンチに座る人物は呼び止めた。
「……あなたの名前は?」
「え……あ……」
呼び止められた上に名前まで尋ねられている状況に、結城は少しばかり困惑したが、そのまま去るのも悪い気がしたので名乗ることにした。
「こ、小林結城です」
「…………」
結城の名前を聞いたその人物は、驚いたのか、他の理由があるのか、なぜか押し黙ってしまった。前髪で目元がほとんど隠れてしまっているので、表情は全く窺い知れないが。
「あ、あの~……」
何か変なことを言ってしまったか心配になった結城は、その人物に声をかけようとした。
見たところ入院着を着ているので、聖フランケンシュタイン大学病院の入院患者だと思われる。
無造作に伸ばされた黒髪は背中まで届き、前髪に至っては顔の半分を隠してしまっている。
声と体型からかなり若い女性と判るが、そんな人物がこんな誰も来ないような場所にいるというのも珍しいことだった。
結城が以前聞いたところによると、その場所はほとんど人の寄り付かない穴場だったからだ。
何かワケありなのではと結城が勘繰っていると、
「少しお話しませんか?」
意外な言葉が返ってきたので、今度は結城が驚きの表情になった。
「ベンチ、まだ座れますし」
手でベンチを示され、結城は古びたベンチに目を移した。そこに三人で座っていた頃の記憶がわずかに過ぎる。
「……いいんですか?」
「病室に一人でいるばかりで退屈してたんです。少しでいいのでお話しませんか?」
その言葉も雰囲気も、ありし日の人物に重なり、結城は切ないような、懐かしいような感覚を抱いた。
「分かりました、僕でよければ。あっ、ところであなたの名前は?」
急に名前を聞かれて名乗ったが、結城はまだ相手の名前を聞いていなかった。
「ただいま~」
古屋敷の玄関ドアを開けた媛寿が帰宅を告げる。が、いつものような元気さがない。
リビングで動物番組を見ていたマスクマンも、キッチンで猪肉の腸詰めを作っていたシロガネも、媛寿の不調に気付いていた。
「DΓ、OΞ1→。SΘ(なんだ、一人で帰ってきたのか。珍しいな)」
「うん。ゆうきまだ?」
「まだ、帰ってない」
「そう……」
媛寿は肩掛けにしていたお菓子の家型のポーチを外すと、リビングのテーブルの上に力なく置いた。
媛寿が一人でも遠出できるようにと結城が購入した物だが、媛寿は大抵は結城と行動をともにしているので、ほとんど使う機会のない代物と化していた。
「はあ……」
媛寿はポーチを見ながら溜め息を吐いた。ポーチを使う時は、必然、結城と行動を別にする時であるため、使うこと自体が悲しくなってしまう。
できれば使う機会などなければいいと思いつつも、結城からのプレゼントだけに無下にもできないのが、それもまた悲しい。
「はあ……」
「WΣ7。Bπ4↓。CΛ8↑DK?(何だよ、媛寿。さっきから溜め息ばっか吐いて。ココナッツミルクのパインジュース割りでも飲むか?)」
「……ますくまんはおとこのこだからわかんないよ」
「Φ? WΔ9(は? 何だそりゃ)」
媛寿の反応に困惑するマスクマン。
「ワタシが、相談に乗る」
「……しろがねはへんたいだからわかんないよ」
「ショッ、ク」
媛寿の意外な返答に衝撃を受けるシロガネ。
「ただいまー」
「っ!」
そうしているうちに玄関ドアが再び開き、媛寿は聞き慣れた声に即座に頭を上げた。
リビングから急いで廊下に出ると、さもいま玄関をくぐってきた相手の胸に飛び込んだ。
「ゆうきー!」
「おわっと!」
媛寿のヘッドバッドに少しよろめくが、それに慣れていた結城はすぐに体勢を整えた。
「おかえりおかえり!」
「あ、ああ、ただいま媛寿。これ、30+1のアイス。ちょっと溶けたかもしれないけど」
「やったー!」
結城からアイスが入った箱を受け取ると、媛寿は小さく飛び跳ねて喜んだ。どんなお大尽からもらう高級菓子よりも、結城から渡される菓子の方が、媛寿にとっては何百倍も価値がある。
「あっいす~♪ あっいす~♪ あれ?」
早速リビングのテーブルに箱を置いて開けた媛寿だったが、中身の違和感に首を傾げた。
箱の中には五個のカップアイスが入っていたが、不自然に一個分の空白がある。保存用のドライアイスが入っていたわけでもない。
「ゆうき、いっこたべた?」
「いや、今日知り合った人に一個あげたんだ。たしかミントだったかな。食べたかった?」
「う~ん……みんとはいいや。えんじゅ、くっきーあんどくりーむがすき」
「それならちゃんと入れてもらったよ。媛寿が食べていいよ」
「やったー!」
先程までの落ち込みはどこへやら、媛寿の変わりように微妙な雰囲気になっているマスクマンとシロガネ。
クッキー&クリームのカップを掲げて小躍りしている媛寿を見ながら、結城は数時間前の記憶を思い起こしていた。
「分かりました。僕でよければ。あっ、ところであなたの名前は?」
結城の方から名前を問われ、相手は何か迷ったように間を置くと、わずかに聞こえる程度の声で名乗った。
「……ラナン……ラナン・キュラス」
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