小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

献花

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 公道から離れ、高速道路とビル郡の陰になった、コンクリートで補強された川べり。
 そこにぽっかりと空いた、何の用途にも使われない空き地がある。
 いつから置かれているのか分からない資材やドラム缶を除けば、他には何もない忘れ去られたような場所。
 その真ん中に花束を置いた結城ゆうきは、目を閉じてそっと手を合わせた。
 結城の後に続き、媛寿えんじゅも同じところに花を添える。ただ一輪だけを包んだ紫苑しおんの花を。
「……媛寿」
 結城に名前を呼ばれ、媛寿はわずかに反応した。
「あの人は……確かにここに死んだんだよね?」
 それは、ここへ来れば必ず結城が聞く質問だった。
「……うん」
 媛寿もそれに対し、いつもと・・・・同じ返事を返す。
「……そう」
 その場所に花を供えに来る度、結城と媛寿は必ずこの受け答えをしていた。
 結城は媛寿を疑っているわけではない。それは媛寿もわかっている。
 ただ結城は、その人の最期を見ておらず、媛寿だけが事実を確認していたから、このやり取りによって確かめたいだけだった。
 この場所であの人が息を引き取ったのだ、と。
「……行こうか」
「……うん」
 特に何のきっかけもなく、結城はその場から歩き出し、媛寿もその後をついていった。
 何もないコンクリートの空き地に残された、一つの花束と一輪の花が、静かに吹く風に揺られていた。

「う~~~~……」
 喫茶『砂の魔女』のカウンター席に座った媛寿は、上半身をカウンターに突っ伏してうなっていた。
 結城に『砂の魔女』に寄って行きたいむねを伝え、こうして来店したわけだが、全く浮かれている様子はない。
「媛寿、大丈夫?」
 ウェイトレスの衣装に身を包んだ、獣人の少女クロランが、飲み物のおかわりを差し出しつつ媛寿の身を案じる。
「だ~いじょ~ぶ、だ~いじょ~ぶだよ~、くろらん」
「その割にはいつもみたいに楽しんで飲んでるように見えませんわよ、媛寿ちゃん」
 カウンターの向こうから、『砂の魔女』店主のカメーリアもまた、媛寿の様子を不審に思い声をかけた。
「む~、だいじょうぶだって~」
 媛寿はカウンターにあごを乗せたまま、ストローの先をくわえてメロンソーダを吸う。元気がないのは明らかだった。
「媛寿、ほんとに大丈夫? クロランのおっぱいむ?」
 心配そうにするクロランに、媛寿はちらりと目を向け、
「……うん」
 とだけ答えた。
「ん……んぅ……」
 媛寿は衣装の上からクロランの胸をこね回し、クロランは媛寿の手が動く度に刺激に耐えるような声を漏らす。
(くろらん、またおっきくなってる……)
 媛寿は心の中で感想を述べつつ、クロランの胸を無表情のまま揉みしだく。
「はぐっ!」
 唐突にクロランの体がびくりと跳ね、運動後のように呼吸が荒くなった。
「はあ……はあ……カ、カメーリアさん……」
「……三十分ほど休憩をあげますから、お部屋で済ませてきなさい」
「は、は~い……え、媛寿、ちょっとごめんね……」
 よろよろとおぼつかない足取りで、クロランは店の奥へと歩いていった。
「それから『オモチャ』を使う時、ちゃんと『ゴム』を被せなさい。でないと不衛生ですわ」
「はあ……はあ……は~い……」
 そう返事をした後、クロランの姿は見えなくなった。
媚薬びやくの効果が弱まるどころか、だんだん強くなってきてますわね……」
「『おもちゃ』に『ごむ』ってなんのこと?」
「……媛寿ちゃんはまだ知らなくて良いことですわ。それよりも」
 カメーリアは媛寿が飲みかけていたメロンソーダの中に、アイスクリームディッシャーですくったバニラアイスを落とした。
「何か悩み事があるようですわね。それも女の子の」
 媛寿に向き合ったカメーリアは、少しだけ真剣な表情になった。
「何か胸につかえていることがあるなら、聞いて差し上げますわ。今なら他に誰もいませんし」
「……」
 カメーリアからの申し出に、媛寿はしばし迷ったが、
「まだかなわないのかな、っておもった……だけ」
 溜め息を吐くようにそれだけをつぶやき、スプーンでバニラアイスの端を取って口に運んだ。

 『砂の魔女』に行く媛寿を見送った結城もまた、その足で別の場所に来ていた。
 聖フランケンシュタイン大学病院。近々ではかなり大きな施設を持つ病院であり、医療分野における研究実験も盛んに行われているということで、近場で傷病者が出ればまず頼れと言われるほどの病院だった。
 別に結城は何かわずらっているわけではない。
 ただ入院棟の裏にある、忘れ去られたようにポツンと置かれたベンチに来たかっただけだ。
 小分けのアイスクリームが入った手提てさげ箱を片手に持って。
(相変わらず人がいないんだな)
 少し雑草の伸びた裏庭を通って、結城はベンチが置かれた場所へと向かう。
 十月になって少し空気の冷たさを感じる中、思い出されるのは真夏の暑さと照りつける日光だった。
 結城は三年前の夏を追憶しながら、入院棟の角を曲がった。
「!?」
 誰も座る者がいない寂れたベンチがあるだけだと思っていた結城は、そこに誰かが座っている姿をとらえて息をんだ。
 その様子が、ありし日の人物とあまりに重なってしまい、
「――――さん!」
 結城は反射的に名前を呼んでいた。
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