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竜の恩讐編

狂宴

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 私立皆本みなもと学園の生徒会室には、一部の者しか知らない扉がある。
 そこは見取り図の上では存在せず、外観からも部屋があるようには決して見えないように設計されている。
 広さは教室一つ分。出入りは扉一つのみ。
 室内にはキングサイズ以上の特注ベッドが据えられ、壁には高級ワインの数々を収めたワインセラー、最新の大型冷蔵庫、磨き上げられたグラスが並ぶ食器棚が置かれている。
 ベッドの真ん中で下着姿になった千春ちはるは、目の前で繰り広げられる狂宴をさかなに、グラスの中のワインを飲み干して口角を上げた。
 秘密の部屋に充満しているのは、むせ返るような欲望の熱気と、人であることを忘れたようないくつもの嬌声きょうせい
 何人もの男女が対になり、または複数で、獣の如くひたすらにまぐわい続けている。
 その誰もが、千春が目を付けた皆本学園の生徒、あるいは教師だった。
「ああ! こ、こんな男じゃなくて会長が! 会長がいいのに!」
「ぼ、僕だって君なんかじゃなくて会長を! 会長とこうしたいのに!」
「ふふふ、月醐つきごさんも葦中よしなかくんも、この前まで処女と童貞はじめてだったとは思えないくらいになっちゃったわね」
 二人の交合を眺めながら、千春はうっとりと顔をほころばせる。
「だ、だって会長が! 私の初めてを! ああ!」
「か、会長がいなかったら知らなかった! こ、こんなキモチイイこと!」
「二人とも初々しかったな~。でも、もう簡単にイッちゃダメ。先にイッた方はおあずけだからね」
「くっ! 早くイッちゃいなさいよ! この下手くそ! 会長の方がよっぽど―――あう!」
「何だと! 君の穴こそ会長に比べれば―――ぐあ!」
 ヒートアップしていく月醐と葦中の乱れる様を、千春は実に愉快な見世物のように眺めていた。
「も、もうだめ! 皆本さん、許して!」
 千春の足を悲痛な声で訴えながら掴んでくる者がいた。
「あらあら桃芭ももは先生、もうギブアップですか?」
「こ、こんなに何人も、もうできない! お付き合いしてる人とだってこんなにしたことない!」
 端正な顔を涙とよだれで汚しきった桃芭の顔に、千春はそっと手を置いた。
「本当にそう思ってます?」
「え?」
「品行方正で清楚を絵に描いたような桃芭先生は、本当にそう思ってます? 実は彼氏との関係に満足してないんじゃないですか?」
「あ……あぁ……」
「あたしはここに留まれなんて一言も言ってませんよ? 扉の鍵は開いてるし、他の生徒たちにも強制してないんですから。なのに出ていかないのは先生が望んでいるから」
「あ……あ……」
「ほらほら、部活終わりの生徒たちがまだまだお待ちかねですよ」
 千春にうながされて桃芭が振り返った先には、部活動後の男子生徒たちが何人も待ち構えていた。それを見た桃芭の顔からは悲壮感が失せ、き出しの欲望から笑みすら浮かべていた。
「ふふふ、みんなイイ感じに仕上がってきてる――――――お?」
 ベッド脇に置いていたスマートフォンの着信に気付いた千春は、手にとって応答の操作をした。

「もしも、し、千春?」
『ヴィクトリア、何かあった?』
「次の、依頼、の、こと。いつ、ごろ、動、く?」
『そうね……まだ当面は動かないと思うわ。標的ターゲットのことも調べないといけないし、その上で依頼者と折衝しないといけないし。それがどうかした?』
「この、前、の、依頼、まだ、長、引き、そう、だから」
 ヴィクトリアは後ろを振り返った。
 地下に設けられた空間には、手術用のベッドがいくつも並べられている。
 そこに余すことなく、男たちが拘束具によって縛り付けられ、絶え間ない悲鳴と絶叫を発していた。手術着をまとった女たちが、思い思いの凶器で男たちの身体を破壊し続けていたからだ。
『ああ、なるほどね。分かった、好きなようにさせてあげて』
「あり、が、とう」
 千春からの了解を得ると、ヴィクトリアは通話を切った。同時に、心電図モニターの停止音が聞こえてくる。
「さ、て……修、理、修、理」
 手術用の手袋を付けたヴィクトリアは、医療器具を満載したカートを引き、心停止した者がいるベッドに歩いていった。

「次の依頼、か。ルーシーが何か情報掴んでるかな?」
 ヴィクトリアとの通話を終えた千春は、履歴からルーシーの番号を検索してタップした。

 バイブ設定にしていたスマートフォンに着信が入り、ルーシーは気だるげにベッドボードへ手を伸ばした。
「……もしもし?」
『ルーシー? 寝てた?』
「いいえ、『食事』してたところ。何かあった?」
『次の依頼のことで情報入ってない?』
「情報、ね……標的の個人情報は大方そろってるけど、どれもパッとしなくて、伝えるほどでもないわね。あっ、でも一つだけ厄介そうなことが……」
『何?』
「標的の活動範囲が、『潰王かいおう』の出現地点に近いってこと』
『……そう』
「千春、変な気は起こさないでね。あなた個人でならともかく、わたしたちは『潰王』と事を構えたくないわ」
りたい気持ちはあるけど、そこまで考えなしじゃないから安心して』
「ならいいわ。後でファイルを転送するから」
『ありがと。お楽しみのところゴメンね』
 通話の切れたスマートフォンを、ルーシーは再びベッドボードに戻した。
「お、お姉様ぁ~、も、もっとぉ~」
 ベッドに沈んでいた美女が、よろよろと体を起こしてルーシーにり寄ってきた。
「これ以上血を吸ったら死んでしまうわよ?」
「イイ、それでもイイからぁ~。もっと、もっとキモチよくなりたい~」
 美女は上気した顔で目をうるませながら、ルーシーに力なくしがみ付く。首、腕、腰、腿には、すでに二本の牙が突き立てられた痕があり、血の筋が流れていた。
「しょうがないわね。血は吸えないけど――――――」
 ルーシーは美女と位置を入れ替え、逆に組み敷くような体勢になった。
「変わりにコッチで可愛がってあげる」
「あっ―――」
 ルーシーの右手が美女の胸元に添えられ、体の中心をなぞるように下方へおりていった。
「あっ! あぁ~!」
 薄暗い室内に、嬌声とベッドがきしむ音だけが鳴り響いていた。

「……『潰王』、か。あっ、そうだ」
 何か思い当たることがあったのか、千春はもう一件、履歴から番号を検索した。

 キッズ用スマホから『ターミネーヤン』のテーマ曲が流れ、千秋は床に落ちていたスマホを取り上げた。
「我が愉悦のときを妨げる者にはあかつきの呪いが――――――」
『せめて電話してる時くらいは中二病はやめてくれない?』
「……千春ねぇ、何?」
 少し口を曲げながら、千秋ちあきは電話相手に応答した。まともな口調で。
『ちょっと聞きたいんだけど、子どもあなたたちの間で『潰王』のうわさとか立ってない?』
「『潰王』? ホントかどうか分からない噂しかない」
『例えば?』
「例えば、う~ん……コンビニ強盗の撃ったボーガンを指で受け止めて返り討ちにした、とか。暴走族の一団が偶然ケンカを売ったら壊滅させられた、とか」
『どんな見た目だったって聞いてる?』
「それもまちまち。細い感じの男だったとか、ムキムキの女だったとか」
『そう。ホントに噂レベルなのね』
「何? 『潰王』とるの?」
『戦るかどうかはともかく、当たりそうってだけ。ありがと、じゃ』
 千春の真意がはっきりしない通話に、千秋は通信が切れたスマホを複雑な顔でにらんでいた。
「……坐欺野ざぎのくん、続き」
「も、もう許してくれよ、天坂あまさかさん!」
 ベッドに横たわる少年は、半泣きになって千秋に許しを求めた。
「こ、これ以上やったら、す、擦り切れちまうよ!」
「万引きしてた写真を拡散されるのがいい? それとも藍原あいはらさんをイジめてる写真の方がいい?」
「そ、それは……」
「有名中学に入るのあきらめる?」
「うぅ……」
「あたし、まだ満足してない」
「うぐあああ!」
 悔し涙に顔をゆがめながら、坐欺野はベッドの上で腰を振り続けた。

(……思ってたよりも難しいお仕事になるのかも)
 スマートフォンを脇に放り投げた千春は、生徒手帳に挟んであった写真を取り出して見つめた。
(何の変哲もないような男だから、割とあっさり片付くと思ってたけど、そうでもないみたいね)
 写真に映る男、小林結城ゆうきを指ではじき、千春はわずかに微笑ほほえんだ。
(全然好みじゃないけど、『潰王』とぶつかるかもしれないなら、ちょっとワクワクしてきたわ)
 期待感に鼓動を早める千春は、性欲とは別の興奮に歓喜をおぼえていた。自他の血が流れることを求めてまない、鬼としての本能がうずいているのだ。
(どっちに転がるか、楽しみね)
 静かに歯を剥いて破顔する千春は、写真を再び生徒手帳に戻した。
「うぐっ! あぁ!」
「あっ、あつ……イ、イッたわね。じゃあ私が会長と――――――ひぎぃ! ちょ、ちょっと! 腰めなさいよ!」
「ぼ、僕だって止めたいけど―――うぐっ! ああ!」
「ふふふ、月醐さん、もう少し葦中くんに付き合ってあげなさい。彼が満足するまで、ね」
「そ、そんな~」
 月醐のあえぎ声を聞きつつ、千春はもう一方へ目を向けた。
「あひっ! も、もっと! もっと先生に熱いの注いで~!」
 熱気に満ちた男子生徒たちに囲まれた桃芭が、あられもない姿でひたすら嬌声を上げている。そこには清楚さも、教育者としての威厳も、欠片も見受けられない。
 室内で繰り広げられる、欲望と快楽に堕ちる人間たちの様に、千春は愉悦の笑みを浮かべていた。
(これだから面白いのよね、人間って)

「ありがとうございましたー」
 花屋で花束を購入した結城は、店員に一礼してきびすを返した。
 色とりどりの花とは対照的に、道を歩く結城の表情はどこか暗い。
 そんな結城を心配そうに見つめながら、媛寿えんじゅは横に並んで歩く。結城とは別の花を一輪持って。
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