小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
上 下
294 / 419
竜の恩讐編

見送り……

しおりを挟む
「では言って参ります」
「い、いってらっしゃい、アテナ様」
 翌日の十月一日、アテナは結城ゆうきたちに見送られ、出雲へと旅立つことになった。
(やっぱりお見合いしに行くっていうよりは決闘か戦争しに行くような感じだな)
 古屋敷ふるやしきの玄関に立つアテナの姿を見た結城は、そんな感想を心の中で述べていた。
 アテナは古代ギリシャ装束ペプロスの上に、胴鎧、腰鎧、手甲、脚甲を身に付けたフル装備で、かたわらには布で包んだ槍と神盾アイギスを置いている。
 まだ出発すらしていない時分から闘志をみなぎらせているので、結城でなくとも、それがお見合いに行くような雰囲気とは到底思えない。
 むしろ、適当な手荷物を詰めた中くらいの鞄の方が違和感をおぼえてしまうレベルだった。
(お見合いする神様全員倒しちゃうつもりでいるんだろうなぁ)
 本気になったアテナの拳を受け天高く打ち上げられるお相手の神様を想像すると、結城はそれだけで背筋が寒くなってしまった。アテナの膂力りょりょくを目の当たりにしてきた結城には、その光景が容易に思い浮かんだ。
「じゃ、アテナちゃんも準備できたみたいだし、そろそろ行こっか」
 つば広帽を被った天照アマテラスがそう言うと、古屋敷のドアをシロガネがうやうやしく開いた。
「お面ちゃん、イノシシの頭ありがとね。コレあるとイワナガちゃんの機嫌よくなって助かるんだ」
「OΠ。Jω1↑HT(ああ、ちょうどよかったようで何よりだ)」
 マスクマンが獲ってきたイノシシの半分は、シロガネがうまくさばいて出雲に行く天照たちの手土産として渡された。
 それでもまだ天照が持ってきた土産の一部にも満たっていないので、結城としては心苦しいところはあったが。
「あ~あ、これからまた八百万やおよろずの神たちの前で仰々しい格好して堅っ苦しい態度でいなきゃいけないのか~。もっと休みが取れてたら、もう少し古屋敷ここでゆっくりできたのに」
 天照は名残惜しそうに宙を蹴った。
 古屋敷に一泊した天照は、アテナとお茶をしたり、媛寿えんじゅとゲームをしたり、結城たちを伴って山を散歩したり、リビングのソファで昼寝をしたりと、かなり羽を伸ばして過ごしていた。
 そんな天照の様子を毎回見ながら、結城は『天照様も大変なんだろうな』と思い、古屋敷滞在中はなるべく好きなようにさせていた。いきなり訪ねてこられて驚かされるのも毎回のことだが。
「媛寿ちゃん! 今度来る時は牛一頭いっとうと海のさちたくさん持ってくるからね! それでバーベキューしよう! バーベキュー!」
「う、うん……」
 一方の須佐之男スサノオは媛寿の手を熱烈に握り、次に会う約束を取り付けていた。やはり媛寿は須佐之男相手にたじたじになってしまっている。
「そして小林結城! 次こそはお前を媛寿ちゃんの前でコテンパンにしてやるからな!」
「え? あ、はい……」
 須佐之男の勢いに押されてつい返事をしてしまう結城。ちなみに一応『鞠男まりおデリバリーエイト特急便スペシャル』で勝負して結城が負けたのだが、今回も媛寿が認めなかったので無効になった。
「今度は特別に八塩折ヤシオリの酒を持ってきてやる! それで飲み勝負だ! グデングデンに酔っ払って、媛寿ちゃんの前でみっともない姿をさらすがい――――――ぐぁ!」
「何言ってんの! あんなもの人が飲んだら一滴でも危ないでしょ! 結城ちゃんを急性アルコール中毒にする気!?」
 須佐之男が高らかに宣言しているところを、天照がゲンコツで止めに入った。
「ぐうぅ、姉貴……」
「ごめんね、結城ちゃん。愚弟コイツが毎回毎回」
「い、いえいえ……」
 天照に無理やり頭を下げさせられている須佐之男を見ていると、やはり申し訳ない気持ちになってしまう結城であった。特に何もしていないはずなのだが。
「じゃ、泊めてくれてありがとね、結城ちゃん。お土産は悪くならないうちに食べてね。アテナちゃんは長くても一週間くらいで帰って来るから安心して」
「わ、分かりました」
 天照は太陽神の役名よろしく、陽のように明るい笑顔と雰囲気でそう告げた。勢いが何となく須佐之男に似ているので、その点は姉弟なんだなと結城は思っていた。
「それじゃ出発しよっか、アテナちゃん」
「かしこまりました。ユウキ、戻るまで大事ないように過ごすのですよ」
「はい」
「エンジュ、あまり菓子を食べ過ぎないように」
「は~い」
「マスクマン、シロガネ。ユウキをよろしくお願いします」
「YΓ(分かった)」
「了、解」
「アテナちゃん、割と世話焼きというか、心配性なトコあるよね……」
 アテナと結城たちのやりとりを見て、天照はそんな感想を漏らした。
「さっ、アテナちゃん、出雲へGOゴーだよ。気合の入った男神たちが待ってるよー」
「いかなる武神であろうと、一柱残さず叩き伏せてみせましょう」
「ふふ~ん、そうはいくかな~? 今回はちょっとりすぐっちゃったから、アテナちゃんのお相手決まっちゃうかもよ~?」
 そんなことを話しながら、天照とアテナは山を下りていった。
「媛寿ちゃん、またね~! そして小林結城、首を洗って待ってろよ!」
 そしてそんな二人の後を須佐之男が追っていき、三柱の神々は出雲へと旅立っていた。
「ふっはぁ~、つかれたよ~、ゆうき~」
「はは、媛寿、おつかれ」
 天照たちが見えなくなると、媛寿は結城の脚にもたれかかるようにしがみ付いた。
 須佐之男がいる間、媛寿は求婚とアプローチの嵐を受けてばかりで、普段のように気を抜く暇がなかったので、珍しくヘトヘトになってしまっている。
「天照様からもらったお菓子でも食べて元気出そ」
「うん」
 媛寿を肩に抱え上げ、古屋敷の中へ戻っていく結城。
「ところで媛寿は何で須佐之男様と付き合わないの? アテナ様はああいうかただからしょうがないけど」
「え!? そ、それは、その~……」
 結城からの唐突な質問に、媛寿は顔を赤らめてそっぽを向いた。
「まぁ、媛寿はどっちかというと人を振り回しちゃうタイプだから、須佐之男様とかぶっちゃうだろうね。逆に媛寿の方が振り回されて、借りてきた猫みたいになっちゃう――――――あいふぇふぇふぇ! 媛寿えんひゅどうしたのひょうしひゃの?」
「しらないっ!」
 ちょっと不機嫌になった媛寿に頬をつねられながら、結城は古屋敷のリビングへと戻っていった。
『本日より十月。残暑の厳しかった九月から一転、運動会シーズンとなります』
 リビングのテレビからは、ニュースキャスターが月の替わりを淡々と告げていた。
「……」
 それからは特に当たりさわりのないニュースが流れているが、『十月』という単語を聞いた結城は、立ったまましばらくテレビ画面を見つめた。
「そうか。十月になったんだ……」
「ゆうき……」
 そうつぶやく結城の姿に、媛寿もまた何かを察して神妙な顔になった。
「媛寿、四日に出かけようか……」
「……うん」
 結城の提案に、重々しくうなずく媛寿。
「もう二年になるんだな……」
 壁にある十月のカレンダーを見つめる結城の目は、どこか遠く、そして意気消沈しているようだった。
 そんな結城の心情を、媛寿は痛いほどに感じ取っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜

彩華(あやはな)
恋愛
 一つの密約を交わし聖女になったわたし。  わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。  王太子はわたしの大事な人をー。  わたしは、大事な人の側にいきます。  そして、この国不幸になる事を祈ります。  *わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。  *ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。 ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...