小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

凶事 その2

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「………………な―――」
 オスタケリオンが示した、結城ゆうきが戦うことになる相手。その姿を見て、結城はすぐに言葉を発することができなかった。
 いや、人質に取られた媛寿えんじゅと引き換えに戦わされることすら忘れた。
「何で…………」
 結城の意識をホワイトアウトさせた相手の装い。赤毛に合わせてあつらえた真紅のワンピースドレス。ダークブルーのリボンを載せたカチューシャ。そして媛寿と同じくあどけなさの残る容貌。
 それらは結城が見間違えるはずのない特徴だった。
「―――――――――クロラン」
 オスタケリオンの背後にたたずんでいたのは、結城と媛寿が追っていた獣人の少女、クロランだった。
「クロラン……どうして……」
「ほぉ、コレにそんな名前を付けたのか」
 驚愕する結城を気にすることなく、オスタケリオンはクロランの頭に左手を置き、カチューシャを取り去った。しかし、クロランはそのことに何の反応も示さない。
「だが……」
 オスタケリオンは少し姿勢を低くすると、クロランの胸元に右手を添え、
「武器に名前など必要ない」
 事もなげに真紅のドレスを引き裂いた。
「っ!」
 アテナのしつらえたドレスが無残に破り捨てられてなお、クロランは全く反応しない。
識別番号シリアルナンバーで管理できれば良いだけのことだ」
 オスタケリオンはクロランの前髪を掴み、顔を上に向かせた。クロランの目はマネキン人形のように、何を見るでもなく虚空に向かうのみだった。
 クロランは気弱な性格ではあっても、決して無感情ではなかったと結城は知っている。
 この短時間でクロランにいったい何があったのか、結城は知るよしもないが、少なくともオスタケリオンが何かしたというのは察しがついた。
 そして、おそらくそれはクロランにとって非常に残酷なことであるに違いない。そう思うと結城は、またオスタケリオンへの怒りが再燃した。
「あ、あなたという人は!」
 もはや我慢ならず、怒りのままに拳を振るおうとする結城。
 だが、結城の拳はオスタケリオンに届くどころか、踏み込む前に制止させられた。
 クロランが結城の鳩尾みぞおちに、強力な蹴りをめり込ませたからだ。
「か……は……」
 結城は呼吸困難を起こしてその場にうずくまった。
 蹴りの衝撃と威力が、内臓全体に伝わり意識が混乱する。が、結城はそれ以上にクロランに攻撃されたことが信じられなかった。
「ぐ……ごはっ……クロラン……なんで……」
 結城は息も絶え絶えにクロランを見上げる。結城を見下ろすクロランの目は、一切の情を排した、冷たい視線だけを発していた。
「まだ開始の合図は出していない。コレには私を守るように命じてあるから気をつけたまえ」
 結城の行動とクロランの迎撃は予想していなかったようだが、オスタケリオンは何も慌てることなく淡々としている。結城が見返したその目は、いまのクロラン以上に感情がこもっていない、砂漠か荒野のようにも感じられた。
 だからこそ、結城は確信してしまった。オスタケリオンは、本気で結城とクロランを殺し合わせようとしていると。
「い……嫌だ……僕は……クロランと……戦いたくない……」
 嗚咽おえつのようなか細い声で、結城は訴えた。
 失語症になっていたクロランが、いったいどんな目にってきたのか、結城は知りえない。だが、結城にもそれとなく分かることがあった。
 おそらくクロランは、とても恐くて、とても酷い目に遭ったのだろうと。
 身体の傷以上に、心に大きな傷を負い、その痛みから逃れたい一心で古屋敷ふるやしきまでやって来たのだろうと。
 結城はそう直感したからこそ、クロランを助けたいと思った。クイーン・アグリッピーナ号に乗船したのも、その一環だった。
 しかし、ここへ来てクロランと戦えというのは、結城には到底受け入れられるはずがなかった。助けたいと願った少女と、殺し合いを演じろなどとは。
「君に拒否権はない。見たまえ」
 結城の言い分など構うことなく、オスタケリオンはクロランからぎ取ったカチューシャを放り投げた。海風に揺られながら宙を舞い、飛び込み用プールの中へと着水する。
 途端、その瞬間を待ち構えていたように、激しい水飛沫しぶきとともにカチューシャは細かく引き裂かれていく。
「なっ!?」
 十秒と経たずに跡形もなくなったカチューシャに、結城はただただ目を丸くした。
「『屍狂魚ピラニアゾンビ』だ。ピラニアを呪術によってゾンビ化している。この意味が分かるかな?」
 結城は慌てて飛び込み用プールの上を見た。そこには最上部まで上がった飛び込み用リフトのゴンドラ。そして力なく倒れている媛寿と、その拘束を握っている覚獲かくえ
「このガキが魚のクソになるトコが見たいってんなら、そこで小さくなって泣いてやがれクソが! いや、魚どもはとっくに腹が破れちまってるから、クソじゃなくてそのままミンチだな、ヒャハハ!」
「ぐう!」
 結城をあざけりながら覚獲は鎖を強く引き、絞めつけられた痛みで媛寿が苦悶する。
 クロランと戦わされるというのも受け入れ難いが、媛寿がプールに落とされた後のことも、結城を激しくさいなんだ。
 人としての情を全く感じないオスタケリオン。結城と媛寿に憎悪を燃やす覚獲。どちらもクロランと媛寿にむごたらしい仕打ちをすることに、何の躊躇ためらいもないだろう。
「あ……う……」
 鳩尾を押さえながら結城は立ち上がった。まだダメージが癒えておらず、足元がおぼつかない。
 まだクロランと戦うと決めたわけではない。しかし、何もしなければ媛寿が屍狂魚ピラニアゾンビうごめくプールに投げ落とされる。
 いまの結城にできることは、立って、逃げないことだけだった。
「了承してくれたようで何よりだ。では始めよう」
 オスタケリオンは懐から携帯端末を取り出し、いくらかの項目を操作した。
 ディスプレイに浮かぶ、『GLEIPNIR‐SYSTEM STAND BY』の表示に対し、オスタケリオンは冷徹に指示を出した。
「F‐06、その男を八つ裂きにしろ」
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