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豪宴客船編
幕間 暗躍する狐
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クイーン・アグリッピーナ号の副船長室。調度品、絨毯、広さまでが、他の船員の部屋とは一線を画す模様になっている。
ただ、その中で、部屋の豪華さに似つかわしくない物がある。天井に取り付けられた鉄製の滑車と、そこに通された荒いロープだ。
ロープの一端はベッドの金具にきつく縛って固定されている。そして、もう一端は、
「うぅ……ひぐ……」
褐色肌の少女の両手を縛り、宙に吊り下げていた。
嗚咽を漏らす少女の胴体には、幾本もの細剣が刺され、背中まで突き抜けている。それでも少女は絶命することなく、肉体を傷付けられる痛みに咽び泣く。
「ひひひ、い~い買い物だった。ゾンビならこれだけやっても死なないから、な!」
「ひぎっ!」
少女の前に立った男は、手に持った細剣を少女の臍に突き入れた。その部屋の主である、クイーン・アグリッピーナ号の副船長だった。
「いいぞいいぞ~、その顔だ。普通の人間ならもうとっくに死んでるからな」
苦痛に歪み、涙を流す少女の様子を、副船長は恍惚に満ちた表情で愉しんでいる。
「ひひひ、興奮してきたぞ~。ではそろそろ――――――!?」
ズボンのベルトに手をかけようとした副船長は、部屋の扉に何か違和感を感じ振り向いた。が、そこには何の異変もない。
「何だ、気のせい――――――!?」
再び少女に向き直った副船長だったが、生暖かい風のようなものが耳に入った感覚に、思わず片耳を手で押さえた。
「? な――――――いっ! ぐぇぎゃあああ!」
耳に入った何かを確かめる間もなく、副船長は急激な頭痛に襲われた。その痛みは凄まじく、床の上を激しく転げ回る。
「あぎゃ! ぎぎゃああ! やめろ! やめろおぉ!」
激痛に暴れ狂いながら、副船長は無意識に『それ』の侵食を制止しようとした。
副船長を苦しめているのは、単純な痛覚だけではない。自分自身が失われ、意味消失していく、魂を一口ずつ喰われていく痛みが最も大きかった。
「ああああ! ああああ!」
副船長は痛みに耐え切れず、壁に血が滲むほど何度も頭を打ちつける。しかし、それも時間とともに打ちつける力が弱々しくなっていった。
「………………終わりましたよ、キュウ様」
「ごくろうさま~」
狂乱が収まり振り返った副船長の先には、漆黒のチャイナドレスを纏い、九本の尾をたなびかせた美女が立っていた。
白面金毛九尾の狐ことキュウだった。その手には、小さな竹筒が握られている。
「で、おいらはこれからどうすれば?」
「その人の~、記憶はぜ~んぶ食べましたね~?」
「ええ、この船動かすのはわけありませんぜ。どこ持ってきます?」
「んっふっふ~」
キュウはファーの付いた扇で口元を隠しながら、意味ありげに含み笑う。
「合図をしたら~、東京湾まで進路を取ってくださいね~」
「? そんだけでいいんですかい?」
「いいんですよ~」
なおも含み笑いを続けるキュウ。
その様子に副船長もとい、副船長の身体に憑依した管狐でさえ、長い付き合いながらキュウの考えを読むことは適わなかった。
「あっ、そうそう~」
キュウはベッド脇にあった小物入れを開けると、そこから拳銃を取り出し、副船長に渡した。
「邪魔する人がいたら~、それで殺っちゃってくださいね~。もちろん結城さんたちはダメですよ~」
「……分かりやした」
副船長は装填された弾を確認すると、銃を懐にしまって踵を返した。
「あっ、そうだ」
部屋を出ようとしたところで、副船長は何かを思い出して振り返った。
「この『死体』どうしやす?」
副船長は自身を指差してキュウに聞く。
「東京湾に着いたら~、そのままポイしていいですよ~」
「じゃ、そうしやす」
キュウの指示を聞いた副船長は、今度こそ部屋を後にした。
残ったのはキュウと、未だ吊り下げられている少女のみだった。
「あ……あぁ……」
少女は縋るような目でキュウを見る。その目の意図するところはキュウにも解っていた。
キュウはしばらく冷たい視線を少女に向けていたが、
「……仕方ありませんね」
少女の首元に尾の一本を軽く触れさせた。
「せめてもの情けですよ?」
首元に触れていた尾が離れると同時に、少女の体は一瞬で蒼い炎に包まれた。
少女は体の端から消し炭すら残さず崩れていき、最後には髪の一本に至るまで痕跡が消え去った。
「あとはカメーリアの準備が整うのを待つばかり、ですね」
広げていた扇をたたみ、キュウは副船長室の窓から望む夜の海に目を向けた。
「『大物』が来ますよ、結城さん、アテナ様」
不気味に静まり返った海を見つめ、キュウは獣の微笑を浮かべていた。
ただ、その中で、部屋の豪華さに似つかわしくない物がある。天井に取り付けられた鉄製の滑車と、そこに通された荒いロープだ。
ロープの一端はベッドの金具にきつく縛って固定されている。そして、もう一端は、
「うぅ……ひぐ……」
褐色肌の少女の両手を縛り、宙に吊り下げていた。
嗚咽を漏らす少女の胴体には、幾本もの細剣が刺され、背中まで突き抜けている。それでも少女は絶命することなく、肉体を傷付けられる痛みに咽び泣く。
「ひひひ、い~い買い物だった。ゾンビならこれだけやっても死なないから、な!」
「ひぎっ!」
少女の前に立った男は、手に持った細剣を少女の臍に突き入れた。その部屋の主である、クイーン・アグリッピーナ号の副船長だった。
「いいぞいいぞ~、その顔だ。普通の人間ならもうとっくに死んでるからな」
苦痛に歪み、涙を流す少女の様子を、副船長は恍惚に満ちた表情で愉しんでいる。
「ひひひ、興奮してきたぞ~。ではそろそろ――――――!?」
ズボンのベルトに手をかけようとした副船長は、部屋の扉に何か違和感を感じ振り向いた。が、そこには何の異変もない。
「何だ、気のせい――――――!?」
再び少女に向き直った副船長だったが、生暖かい風のようなものが耳に入った感覚に、思わず片耳を手で押さえた。
「? な――――――いっ! ぐぇぎゃあああ!」
耳に入った何かを確かめる間もなく、副船長は急激な頭痛に襲われた。その痛みは凄まじく、床の上を激しく転げ回る。
「あぎゃ! ぎぎゃああ! やめろ! やめろおぉ!」
激痛に暴れ狂いながら、副船長は無意識に『それ』の侵食を制止しようとした。
副船長を苦しめているのは、単純な痛覚だけではない。自分自身が失われ、意味消失していく、魂を一口ずつ喰われていく痛みが最も大きかった。
「ああああ! ああああ!」
副船長は痛みに耐え切れず、壁に血が滲むほど何度も頭を打ちつける。しかし、それも時間とともに打ちつける力が弱々しくなっていった。
「………………終わりましたよ、キュウ様」
「ごくろうさま~」
狂乱が収まり振り返った副船長の先には、漆黒のチャイナドレスを纏い、九本の尾をたなびかせた美女が立っていた。
白面金毛九尾の狐ことキュウだった。その手には、小さな竹筒が握られている。
「で、おいらはこれからどうすれば?」
「その人の~、記憶はぜ~んぶ食べましたね~?」
「ええ、この船動かすのはわけありませんぜ。どこ持ってきます?」
「んっふっふ~」
キュウはファーの付いた扇で口元を隠しながら、意味ありげに含み笑う。
「合図をしたら~、東京湾まで進路を取ってくださいね~」
「? そんだけでいいんですかい?」
「いいんですよ~」
なおも含み笑いを続けるキュウ。
その様子に副船長もとい、副船長の身体に憑依した管狐でさえ、長い付き合いながらキュウの考えを読むことは適わなかった。
「あっ、そうそう~」
キュウはベッド脇にあった小物入れを開けると、そこから拳銃を取り出し、副船長に渡した。
「邪魔する人がいたら~、それで殺っちゃってくださいね~。もちろん結城さんたちはダメですよ~」
「……分かりやした」
副船長は装填された弾を確認すると、銃を懐にしまって踵を返した。
「あっ、そうだ」
部屋を出ようとしたところで、副船長は何かを思い出して振り返った。
「この『死体』どうしやす?」
副船長は自身を指差してキュウに聞く。
「東京湾に着いたら~、そのままポイしていいですよ~」
「じゃ、そうしやす」
キュウの指示を聞いた副船長は、今度こそ部屋を後にした。
残ったのはキュウと、未だ吊り下げられている少女のみだった。
「あ……あぁ……」
少女は縋るような目でキュウを見る。その目の意図するところはキュウにも解っていた。
キュウはしばらく冷たい視線を少女に向けていたが、
「……仕方ありませんね」
少女の首元に尾の一本を軽く触れさせた。
「せめてもの情けですよ?」
首元に触れていた尾が離れると同時に、少女の体は一瞬で蒼い炎に包まれた。
少女は体の端から消し炭すら残さず崩れていき、最後には髪の一本に至るまで痕跡が消え去った。
「あとはカメーリアの準備が整うのを待つばかり、ですね」
広げていた扇をたたみ、キュウは副船長室の窓から望む夜の海に目を向けた。
「『大物』が来ますよ、結城さん、アテナ様」
不気味に静まり返った海を見つめ、キュウは獣の微笑を浮かべていた。
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