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豪宴客船編
相思相戦
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「ぐ……おぉ……」
楠二郎は闘いが始まって以来、いま最も驚愕していた。
アテナのマウントポジションを返し、逆に両腕を押さえたにも関わらず、アテナはそれを力で押し返して起き上がろうとしてきている。
ここまででアテナの膂力は自分と同等か、それより少し上と楠二郎は考えていた。しかし、その読みは間違っていた。
アテナの膂力は、楠二郎を数段上回っていた。
現に楠二郎は全力を出してなお、アテナに悠々と押し返されてしまっているのだ。力を発揮するには、明らかに不利な状態であるはずなのに。
「こ……の……」
力比べで敵わないと知っても、楠二郎はアテナの両腕を離すわけにはいかなかった。離してしまえば、楠二郎が体勢を立て直す前に、アテナが攻撃を仕掛けてくる。
連続のマウントパンチは耐え切ったが、次に同じものを受けてしまえば、さすがの楠二郎も意識を保てるか自信がない。楠二郎は引くでも押すでもなく、現状を維持しようとするしかできなかった。
「く……あ……――――――が!?」
アテナの力に押し負ける寸前、不意にアテナの力が消失した。
あまりにも唐突だったために、楠二郎は抵抗していた力を抜き損じ、前のめりに倒れこみそうになる。
そこで楠二郎は気付いた。力比べに乗ってしまった自身の迂闊さを。
前方へ倒れこもうとする楠二郎の腹部に、アテナの右足がそっと添えられる。
「っ――――――は!」
刹那のタイミングを見計らい、アテナは楠二郎の身体を蹴り飛ばした。
楠二郎自身の力を利用した、見事な巴投げが決まった。
「ぐあああ!」
砲弾もかくやという速度で飛んだ楠二郎は、一般用の観客席に背中から激突した。
鉄骨で組まれた観客席は、楠二郎がぶつかった衝撃で積み木が崩れるように倒壊する。
セントラルパークにまた一つ瓦礫の山が築き上げられたが、その山は楠二郎が振るった腕の一撃によってすぐに爆散した。
アテナは向かってくる破片を全て弾き返す。そのうちの一つが座りながら失神していた野摩に当たり、
「あう―――うぅ……ん……」
野摩は頭にタンコブを膨らませると、今度こそ夢の世界に落ちていった。
「ふっ、あんたもズルい女だ。今まで三味線弾いてやがったとはな」
瓦礫の中から復活した楠二郎は、そう言いつつどこか嬉しそうに微笑を浮かべた。
「全力を出して船を沈めるわけにはいかなかっただけです」
(沈没となればユウキに危険が及んでしまいます)
アテナは髪をかき上げると、左手首に残った楠二郎の手形を見た。
(オイルを塗ってすらこれ程の力。そして練り上げられた技と、鍛え抜かれた精神)
「バラキモト・クスジロウ。あなたの持つ力、改めて賞賛します。しかし、船場で私を倒せないのであれば、私を伴侶とするには届かないと心得なさい」
「船場で、か。なら俺にもまだ勝機はあるってことだな、女神サマ。いや―――」
楠二郎はそれまでの微笑から一転、波風が消えたような真剣な顔つきになり、
「アテナ」
最強の戦女神の真名を口にした。
「改めて言うまでもねぇことだが、あんたには本気で惚れたぜ。今までの女なんか目じゃねぇ。他の誰のものでもなく、俺だけの女にしてやりたくなった」
「……」
アテナは楠二郎の言葉を反するでもなく、貶めるでもなく、ただ黙って耳を傾けている。
「ここであんたを手に入れられるかもしれねぇっていうなら、とことん喰らいつかせてもらうぜ。あんたが身も心も丸裸になって、俺の腕の中に収まるまでな」
「その気概も認めましょう。そして……」
両手の指を数回握って放してを繰り返した後、アテナは再び構えを取った。
「私も『本気』で応えてさしあげます」
「上等だ。『本気』のあんたに勝って、すぐに新婚初夜に入らせてもらうぜ。三日三晩は眠れないと思っとけ」
「いいえ。眠るのはあなたです、バラキモト・クスジロウ……ここで!」
アテナは地を蹴り、楠二郎に向かって真っ直ぐ突進した。
楠二郎の角力に対し、待ちに徹したところで不利にしかならない。闘いが長引くほどに、『流水』の精度も落ちてくる。ならば速攻あるのみと定め、アテナは楠二郎に突貫を仕掛けた。
だが、楠二郎もそれをおとなしく待つようなことはしない。アテナの意図を見抜き、同じく突貫して応対する。
(あれだけの拳を受けて、なお意識を失わなかった。ならば、それ以上の衝撃を頭部に与えて、意識を確実に奪うのみ。そのための技のコンビネーションは構築済みです。あとは技をかける隙さえ見出せれば―――)
アテナは楠二郎に肉薄しながら、右ストレートを放つべく腕を引く。
(こいつの頑丈さは尋常じゃねぇ。なら、脳を揺らして意識を刈り取るのみ。他への攻めは全て囮に使い、首から上には確実に当ててやる。こいつが気を失うまで、俺の能力と意識が保ったなら―――)
楠二郎はアテナの拳に合わせ、自らも右ストレートで迎え撃つ。
(勝つのは私です!)
(勝つのは俺だ!)
「うぅ~……神さま~……クモの糸なんて贅沢は言いません~……納豆の糸でもいいのでお慈悲を~……」
アテナと楠二郎の激しい闘いが続く端で、野摩は地獄の底から必死に手を伸ばす夢にうなされていた。
楠二郎は闘いが始まって以来、いま最も驚愕していた。
アテナのマウントポジションを返し、逆に両腕を押さえたにも関わらず、アテナはそれを力で押し返して起き上がろうとしてきている。
ここまででアテナの膂力は自分と同等か、それより少し上と楠二郎は考えていた。しかし、その読みは間違っていた。
アテナの膂力は、楠二郎を数段上回っていた。
現に楠二郎は全力を出してなお、アテナに悠々と押し返されてしまっているのだ。力を発揮するには、明らかに不利な状態であるはずなのに。
「こ……の……」
力比べで敵わないと知っても、楠二郎はアテナの両腕を離すわけにはいかなかった。離してしまえば、楠二郎が体勢を立て直す前に、アテナが攻撃を仕掛けてくる。
連続のマウントパンチは耐え切ったが、次に同じものを受けてしまえば、さすがの楠二郎も意識を保てるか自信がない。楠二郎は引くでも押すでもなく、現状を維持しようとするしかできなかった。
「く……あ……――――――が!?」
アテナの力に押し負ける寸前、不意にアテナの力が消失した。
あまりにも唐突だったために、楠二郎は抵抗していた力を抜き損じ、前のめりに倒れこみそうになる。
そこで楠二郎は気付いた。力比べに乗ってしまった自身の迂闊さを。
前方へ倒れこもうとする楠二郎の腹部に、アテナの右足がそっと添えられる。
「っ――――――は!」
刹那のタイミングを見計らい、アテナは楠二郎の身体を蹴り飛ばした。
楠二郎自身の力を利用した、見事な巴投げが決まった。
「ぐあああ!」
砲弾もかくやという速度で飛んだ楠二郎は、一般用の観客席に背中から激突した。
鉄骨で組まれた観客席は、楠二郎がぶつかった衝撃で積み木が崩れるように倒壊する。
セントラルパークにまた一つ瓦礫の山が築き上げられたが、その山は楠二郎が振るった腕の一撃によってすぐに爆散した。
アテナは向かってくる破片を全て弾き返す。そのうちの一つが座りながら失神していた野摩に当たり、
「あう―――うぅ……ん……」
野摩は頭にタンコブを膨らませると、今度こそ夢の世界に落ちていった。
「ふっ、あんたもズルい女だ。今まで三味線弾いてやがったとはな」
瓦礫の中から復活した楠二郎は、そう言いつつどこか嬉しそうに微笑を浮かべた。
「全力を出して船を沈めるわけにはいかなかっただけです」
(沈没となればユウキに危険が及んでしまいます)
アテナは髪をかき上げると、左手首に残った楠二郎の手形を見た。
(オイルを塗ってすらこれ程の力。そして練り上げられた技と、鍛え抜かれた精神)
「バラキモト・クスジロウ。あなたの持つ力、改めて賞賛します。しかし、船場で私を倒せないのであれば、私を伴侶とするには届かないと心得なさい」
「船場で、か。なら俺にもまだ勝機はあるってことだな、女神サマ。いや―――」
楠二郎はそれまでの微笑から一転、波風が消えたような真剣な顔つきになり、
「アテナ」
最強の戦女神の真名を口にした。
「改めて言うまでもねぇことだが、あんたには本気で惚れたぜ。今までの女なんか目じゃねぇ。他の誰のものでもなく、俺だけの女にしてやりたくなった」
「……」
アテナは楠二郎の言葉を反するでもなく、貶めるでもなく、ただ黙って耳を傾けている。
「ここであんたを手に入れられるかもしれねぇっていうなら、とことん喰らいつかせてもらうぜ。あんたが身も心も丸裸になって、俺の腕の中に収まるまでな」
「その気概も認めましょう。そして……」
両手の指を数回握って放してを繰り返した後、アテナは再び構えを取った。
「私も『本気』で応えてさしあげます」
「上等だ。『本気』のあんたに勝って、すぐに新婚初夜に入らせてもらうぜ。三日三晩は眠れないと思っとけ」
「いいえ。眠るのはあなたです、バラキモト・クスジロウ……ここで!」
アテナは地を蹴り、楠二郎に向かって真っ直ぐ突進した。
楠二郎の角力に対し、待ちに徹したところで不利にしかならない。闘いが長引くほどに、『流水』の精度も落ちてくる。ならば速攻あるのみと定め、アテナは楠二郎に突貫を仕掛けた。
だが、楠二郎もそれをおとなしく待つようなことはしない。アテナの意図を見抜き、同じく突貫して応対する。
(あれだけの拳を受けて、なお意識を失わなかった。ならば、それ以上の衝撃を頭部に与えて、意識を確実に奪うのみ。そのための技のコンビネーションは構築済みです。あとは技をかける隙さえ見出せれば―――)
アテナは楠二郎に肉薄しながら、右ストレートを放つべく腕を引く。
(こいつの頑丈さは尋常じゃねぇ。なら、脳を揺らして意識を刈り取るのみ。他への攻めは全て囮に使い、首から上には確実に当ててやる。こいつが気を失うまで、俺の能力と意識が保ったなら―――)
楠二郎はアテナの拳に合わせ、自らも右ストレートで迎え撃つ。
(勝つのは私です!)
(勝つのは俺だ!)
「うぅ~……神さま~……クモの糸なんて贅沢は言いません~……納豆の糸でもいいのでお慈悲を~……」
アテナと楠二郎の激しい闘いが続く端で、野摩は地獄の底から必死に手を伸ばす夢にうなされていた。
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