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豪宴客船編
遭遇戦 その6
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「うわっ!」
「チッ! ちょこまか避けてんじゃねぇ!」
覚獲が振るってくるバタフライナイフを、結城は大げさなくらいに距離を取って避ける。
結城もここまでの戦いで、覚獲が心を読む力を持っているというのは何となく分かっていた。
だが、逆に言えばそれだけであり、身体能力や格闘能力はそこまで高くはない。
なので結城は『とにかく距離を空ける』ということを念頭に置き、覚獲の攻撃を回避し続けていた。
さすがの覚獲もそこまで大雑把な思考をされては、相手の先を読んで攻撃することは不可能だった。
(媛寿が戻ってくるまで、僕が持ちこたえないと!)
覚獲の攻撃は当たらないが、代わりに結城も攻撃はできない。下手に攻撃しようとすれば、また心を読まれて返り討ちに遭う。
結城だけでは覚獲に勝てないが、先程のように媛寿と連携すれば、あるいは勝てるかもしれない。
ダストシュートに落ちた媛寿が戻ってくるのを信じつつ、覚獲の攻撃をとにかく避け続けることが、今の結城にできる精一杯の戦法だった。
「あのガキが戻ってくるわけねぇだろ! てめぇはさっさとくたばれや!」
回避に徹する結城に苛立った覚獲は、テーブルの上にあったファイルを掴んで投げつけた。
「くっ!」
結城はとっさに両腕で顔を庇うが、
「死ねえぇ!」
そこへすかさず覚獲がナイフを腰だめにして突進してくる。
(ま、まずい!)
顔を防御するために両腕をかざしてしまったせいで、結城の視界は塞がれ、どう避けていいか判断できなくなっていた。そうしている間に、ナイフの刃先は結城の鳩尾手前まで迫ってきた。
万事休す――――――――――――と、結城が思いかけた瞬間だった。
一筋の電撃のようなものが、結城の脳裏を横切った。
それは思考よりも速く、意識するよりも速く、結城の足を動かし、後ろに跳躍させた。
理性よりも先に、本能がその感覚を憶えていたのだ。『媛寿が何かどエラいことをやらかす』時の感覚を。
(何だ? 今の動きは? 野郎、何も考えてなかったぞ?)
結城が後ろに跳躍したことを、覚獲も不可思議に思った。が、すでに遅かった。
結城と覚獲のちょうど間に位置する床が一瞬盛り上がると、轟音を立てて爆発が巻き起こったからだ。
「けほっ! けほっ!」
爆発による煙と粉塵に晒され、結城はしばらくの間咳きこんでいた。
「こほっ! こほっ! いったい何が……」
本能的に察した直感に突き動かされたはいいが、爆発というあまりに突飛な出来事に、結城は状況が飲み込めていなかった。
「ん?」
少し煙が晴れてくると、先程まで結城がいた位置に、人一人がすっぽり入ってしまえそうな穴が空いていた。
「ほ、ほんとに何が起こったの?」
どう考えても破壊力のある何かが炸裂したであろう穴に結城が見入っていると、穴を挟んだ向かい側に人影がぼんやりと現れた。
煙が取り除かれて見えたのは、爆発によって髪がパンチパーマに変貌し、ディーラー服もボロボロになった覚獲の姿だった。
「……こほっ―――うぅ……ん」
口の中に溜まった煙を力なく吐き出すと、覚獲はぱたりとうつ伏せに倒れてしまった。爆心地近くにいたせいで、爆風をもろに受けてしまったらしい。
「うわぁ……」
結城も腹に据えかねた相手だったが、さすがにこんな姿を見てしまえば惨めに思えてきてしまう。
「―――って、そうだ! 媛寿は?」
衝撃的なことが立て続けに起こり、理解が追いついていなかった結城は、媛寿の所在を思い出して立ち上がろうとしたが、
「ん?」
突然、穴の中から先端にフックが付けられたロープが投げられ、そちらに目を移した。
「よいっしょ、よいっしょ、よいっしょ―――あっ、ゆうき!」
「媛寿!?」
ロープを伝って上ってきたのは、ダストシュートに入ってしまったはずの媛寿だった。
「ゆうきー!」
「わっ!」
穴から這い上がってきた媛寿は、結城の胸に思い切り飛び込んだ。
「ゆうき、だいじょうぶ? いたくない? いたくない?」
「あ、ああ、とりあえず大丈夫……かな?」
覚獲に散々殴られた結城を心配する媛寿だったが、結城としてはなぜ爆発で空いた穴から媛寿が出てきたのか、まるで因果関係が掴めなかった。
「え~と、ところで媛寿。あれ、どしたの?」
結城は媛寿が出てきた―――もとい媛寿が空けた―――穴を指差して尋ねるが、
「『説明動画を見たのよ!』―――あっ!」
「え? なんて?」
媛寿はうっかり『まずいこと言った』と思い口を塞ぐが、結城としてはなぜこのタイミングで『止マランドー』の台詞が出るのかと、頭に疑問符を浮かべるのみだった。まさか媛寿がロケットランチャーをぶっ放したとは露ほども思い至っていない。
「う……ぐぐ……」
そうしていると呻き声を上げながら、倒れていた覚獲が体を起こそうとしていた。
「ふ……ざけやが……てぇ……ンの……クソやろう……どもがぁ」
「むっ。まだいきてた」
殺意を剥き出しにして立ち上がる覚獲に、媛寿も敵意満々で対峙する。
「てめぇら……もう許さねぇからな……ピラニアのエサにしてやらぁ」
「許さないのは媛寿の方。一生下痢ピーになる呪いかけてやる」
媛寿は左袖に手を入れ、自慢の手毬を取り出そうとするが、覚獲の方が一手早かった。
睨んでいた媛寿ではなく、結城目がけて持っていたバタフライナイフを投げつけてきたのだ。
「! ゆうき!」
「うわっ!」
間一髪でナイフの狙いに気付いた媛寿は、結城を押し倒すようにして射線から外させた。
しかし、覚獲の本当の狙いはここからだった。
「しゃあああ! もらったぁ!」
肉薄してきた覚獲は、結城の頭部を右手でがっしりと掴んだ。
「ブッ殺してやるぜ! ゴミクズ野郎が!」
覚獲は自らが持つ『覚』の力を最大限に発揮した。
人の心を読む妖力を持つ妖怪『覚』。それは転じて人間の精神に干渉する能力といえる。
距離を取っていれば相手の心を読むだけに留まるが、直接触れれば相手の精神に侵入することさえ可能となる。介入した相手の精神を修復不可能なまでに破壊してしまえば、それは『個人』の消失を意味する。
「ヒャハハハ! 結城は終わりだ!」
侵入、介入、破壊の一連の手順は、現実世界ではほんの一瞬で済む。覚獲は結城の死を確信し、それによって媛寿が悲しむ顔を想像し、哄笑した。
(あ? 何だこりゃ?)
結城の精神に侵入を果たした覚獲だったが、そこで見た景色に顔をしかめた。
一面に薄暗い平野が広がり、それ以外が何も見当たらない。
本来なら、個人の人格を構成する思考や記憶が、物品、現象、建造物などで表されているはずだった。
これまで何度も妖力の実験で他者の心に侵入した覚獲も、こんな何もない心象風景は見たことがない。
(コイツの精神が空っぽなんてことはありえねぇ……いや、ここは精神の一番端、薄皮の部分か。じゃあ―――!?」
場所の見当をつけた覚獲が振る向くと、背後には巨大な壁がそびえ立っていた。
(壁!? 何でこんなモンが?)
高さ50メートルはあろうかという壁が、平野の端から端まで続いている。まるで覚獲の侵入を阻むかのように。
(結城が用意したってのか? いや、そんな芸当できるようなヤツじゃねぇ。じゃあ一体誰が……)
考え込んでいた覚獲の頭上に、何やら重たい音と衝撃があった。
(ん?)
覚獲が壁を見上げると、壁の頂上に何かが乗っていた。最初は何なのか分からなかったが、目を凝らすとその正体が分かった。
四本の巨大な『指』だった。
(は?)
それを『指』だと理解したものの、覚獲はその意味を理解していなかった。いや、理解以前にあり得ないと思っていたのだ。
もしそれが本当に『指』だとするならば、その『指』の持ち主はそれだけの巨体を持っていることになる。精神世界で巨体を持つというのは、それだけ巨大な力の魂を持つということなのだ。
そんな相手を覚獲は知らない。だからこそ、あり得ないと思っていたのだ。次の瞬間までは。
「ぬうう~ん」
壁に指をかけて立ち上がったのは、壁の高さすら超える巨大な媛寿の姿だった。
(は? え? え?)
覚獲は巨大な媛寿を前に理解が追いつかなかった。先程までいいようにあしらっていた小さな子どもが、巨神や怪獣もかくやというサイズで来襲したのだから。
「ゆうきをいじめただけじゃなく、ゆうきのこころにまではいってきた……」
壁越しに媛寿は覚獲を睨みつけた。覚獲はまだ事態を飲み込めず、目を丸くして立ち尽くしている。
「ぜったいにゆるさない……くちくしてやる~!」
媛寿は怪獣の如く吼えると、覚獲に向かって壁を砕いて前進した。
(へ? わ!? わああああ!)
崩れてくる壁から一目散に背を向けて逃げようとする覚獲。その時、覚獲は恐慌と後悔に苛まれていた。
どんな方法を使ったのかは分からないが、媛寿もまた結城の精神に入り込むことが可能だったのだ。そして媛寿は覚獲が侵入するよりも前に、結城の精神に防御壁を張り、覚獲を精神の外縁部に追いやった。
さらに計算外だったのは、媛寿の魂が、人間を遥かに超える力を有していたことだ。精神世界でその差は、直接的な実力に繋がる。巨神対只人ほどの体格差があるのでは、もはや勝負にもならない。
覚獲は、座敷童子・媛寿を舐めていたことを、文字通り必死に後悔していた。
「つかまえた~!」
(ぎゃあああ!)
すぐに結城の精神から脱出を図ろうとした覚獲だったが、その前に媛寿の両手に昆虫のように掴まれてしまった。
「くちくしてやる~!」
両手で掴んだ覚獲を、媛寿は大きく開いた口に持っていこうとする。
(あああああ! やめろぉ! やめてくれぇ~!)
精神に侵入している覚獲が傷を負えば、それは覚獲自身の魂の損傷になる。破壊でもされようものなら、それは覚獲の『魂』の死を意味する。
(ぎゃあああ! 喰われる~!)
いくらもがいても媛寿の手から抜け出せず、覚獲の頭はついに媛寿の口の中に入れられようとしていた。
「チッ! ちょこまか避けてんじゃねぇ!」
覚獲が振るってくるバタフライナイフを、結城は大げさなくらいに距離を取って避ける。
結城もここまでの戦いで、覚獲が心を読む力を持っているというのは何となく分かっていた。
だが、逆に言えばそれだけであり、身体能力や格闘能力はそこまで高くはない。
なので結城は『とにかく距離を空ける』ということを念頭に置き、覚獲の攻撃を回避し続けていた。
さすがの覚獲もそこまで大雑把な思考をされては、相手の先を読んで攻撃することは不可能だった。
(媛寿が戻ってくるまで、僕が持ちこたえないと!)
覚獲の攻撃は当たらないが、代わりに結城も攻撃はできない。下手に攻撃しようとすれば、また心を読まれて返り討ちに遭う。
結城だけでは覚獲に勝てないが、先程のように媛寿と連携すれば、あるいは勝てるかもしれない。
ダストシュートに落ちた媛寿が戻ってくるのを信じつつ、覚獲の攻撃をとにかく避け続けることが、今の結城にできる精一杯の戦法だった。
「あのガキが戻ってくるわけねぇだろ! てめぇはさっさとくたばれや!」
回避に徹する結城に苛立った覚獲は、テーブルの上にあったファイルを掴んで投げつけた。
「くっ!」
結城はとっさに両腕で顔を庇うが、
「死ねえぇ!」
そこへすかさず覚獲がナイフを腰だめにして突進してくる。
(ま、まずい!)
顔を防御するために両腕をかざしてしまったせいで、結城の視界は塞がれ、どう避けていいか判断できなくなっていた。そうしている間に、ナイフの刃先は結城の鳩尾手前まで迫ってきた。
万事休す――――――――――――と、結城が思いかけた瞬間だった。
一筋の電撃のようなものが、結城の脳裏を横切った。
それは思考よりも速く、意識するよりも速く、結城の足を動かし、後ろに跳躍させた。
理性よりも先に、本能がその感覚を憶えていたのだ。『媛寿が何かどエラいことをやらかす』時の感覚を。
(何だ? 今の動きは? 野郎、何も考えてなかったぞ?)
結城が後ろに跳躍したことを、覚獲も不可思議に思った。が、すでに遅かった。
結城と覚獲のちょうど間に位置する床が一瞬盛り上がると、轟音を立てて爆発が巻き起こったからだ。
「けほっ! けほっ!」
爆発による煙と粉塵に晒され、結城はしばらくの間咳きこんでいた。
「こほっ! こほっ! いったい何が……」
本能的に察した直感に突き動かされたはいいが、爆発というあまりに突飛な出来事に、結城は状況が飲み込めていなかった。
「ん?」
少し煙が晴れてくると、先程まで結城がいた位置に、人一人がすっぽり入ってしまえそうな穴が空いていた。
「ほ、ほんとに何が起こったの?」
どう考えても破壊力のある何かが炸裂したであろう穴に結城が見入っていると、穴を挟んだ向かい側に人影がぼんやりと現れた。
煙が取り除かれて見えたのは、爆発によって髪がパンチパーマに変貌し、ディーラー服もボロボロになった覚獲の姿だった。
「……こほっ―――うぅ……ん」
口の中に溜まった煙を力なく吐き出すと、覚獲はぱたりとうつ伏せに倒れてしまった。爆心地近くにいたせいで、爆風をもろに受けてしまったらしい。
「うわぁ……」
結城も腹に据えかねた相手だったが、さすがにこんな姿を見てしまえば惨めに思えてきてしまう。
「―――って、そうだ! 媛寿は?」
衝撃的なことが立て続けに起こり、理解が追いついていなかった結城は、媛寿の所在を思い出して立ち上がろうとしたが、
「ん?」
突然、穴の中から先端にフックが付けられたロープが投げられ、そちらに目を移した。
「よいっしょ、よいっしょ、よいっしょ―――あっ、ゆうき!」
「媛寿!?」
ロープを伝って上ってきたのは、ダストシュートに入ってしまったはずの媛寿だった。
「ゆうきー!」
「わっ!」
穴から這い上がってきた媛寿は、結城の胸に思い切り飛び込んだ。
「ゆうき、だいじょうぶ? いたくない? いたくない?」
「あ、ああ、とりあえず大丈夫……かな?」
覚獲に散々殴られた結城を心配する媛寿だったが、結城としてはなぜ爆発で空いた穴から媛寿が出てきたのか、まるで因果関係が掴めなかった。
「え~と、ところで媛寿。あれ、どしたの?」
結城は媛寿が出てきた―――もとい媛寿が空けた―――穴を指差して尋ねるが、
「『説明動画を見たのよ!』―――あっ!」
「え? なんて?」
媛寿はうっかり『まずいこと言った』と思い口を塞ぐが、結城としてはなぜこのタイミングで『止マランドー』の台詞が出るのかと、頭に疑問符を浮かべるのみだった。まさか媛寿がロケットランチャーをぶっ放したとは露ほども思い至っていない。
「う……ぐぐ……」
そうしていると呻き声を上げながら、倒れていた覚獲が体を起こそうとしていた。
「ふ……ざけやが……てぇ……ンの……クソやろう……どもがぁ」
「むっ。まだいきてた」
殺意を剥き出しにして立ち上がる覚獲に、媛寿も敵意満々で対峙する。
「てめぇら……もう許さねぇからな……ピラニアのエサにしてやらぁ」
「許さないのは媛寿の方。一生下痢ピーになる呪いかけてやる」
媛寿は左袖に手を入れ、自慢の手毬を取り出そうとするが、覚獲の方が一手早かった。
睨んでいた媛寿ではなく、結城目がけて持っていたバタフライナイフを投げつけてきたのだ。
「! ゆうき!」
「うわっ!」
間一髪でナイフの狙いに気付いた媛寿は、結城を押し倒すようにして射線から外させた。
しかし、覚獲の本当の狙いはここからだった。
「しゃあああ! もらったぁ!」
肉薄してきた覚獲は、結城の頭部を右手でがっしりと掴んだ。
「ブッ殺してやるぜ! ゴミクズ野郎が!」
覚獲は自らが持つ『覚』の力を最大限に発揮した。
人の心を読む妖力を持つ妖怪『覚』。それは転じて人間の精神に干渉する能力といえる。
距離を取っていれば相手の心を読むだけに留まるが、直接触れれば相手の精神に侵入することさえ可能となる。介入した相手の精神を修復不可能なまでに破壊してしまえば、それは『個人』の消失を意味する。
「ヒャハハハ! 結城は終わりだ!」
侵入、介入、破壊の一連の手順は、現実世界ではほんの一瞬で済む。覚獲は結城の死を確信し、それによって媛寿が悲しむ顔を想像し、哄笑した。
(あ? 何だこりゃ?)
結城の精神に侵入を果たした覚獲だったが、そこで見た景色に顔をしかめた。
一面に薄暗い平野が広がり、それ以外が何も見当たらない。
本来なら、個人の人格を構成する思考や記憶が、物品、現象、建造物などで表されているはずだった。
これまで何度も妖力の実験で他者の心に侵入した覚獲も、こんな何もない心象風景は見たことがない。
(コイツの精神が空っぽなんてことはありえねぇ……いや、ここは精神の一番端、薄皮の部分か。じゃあ―――!?」
場所の見当をつけた覚獲が振る向くと、背後には巨大な壁がそびえ立っていた。
(壁!? 何でこんなモンが?)
高さ50メートルはあろうかという壁が、平野の端から端まで続いている。まるで覚獲の侵入を阻むかのように。
(結城が用意したってのか? いや、そんな芸当できるようなヤツじゃねぇ。じゃあ一体誰が……)
考え込んでいた覚獲の頭上に、何やら重たい音と衝撃があった。
(ん?)
覚獲が壁を見上げると、壁の頂上に何かが乗っていた。最初は何なのか分からなかったが、目を凝らすとその正体が分かった。
四本の巨大な『指』だった。
(は?)
それを『指』だと理解したものの、覚獲はその意味を理解していなかった。いや、理解以前にあり得ないと思っていたのだ。
もしそれが本当に『指』だとするならば、その『指』の持ち主はそれだけの巨体を持っていることになる。精神世界で巨体を持つというのは、それだけ巨大な力の魂を持つということなのだ。
そんな相手を覚獲は知らない。だからこそ、あり得ないと思っていたのだ。次の瞬間までは。
「ぬうう~ん」
壁に指をかけて立ち上がったのは、壁の高さすら超える巨大な媛寿の姿だった。
(は? え? え?)
覚獲は巨大な媛寿を前に理解が追いつかなかった。先程までいいようにあしらっていた小さな子どもが、巨神や怪獣もかくやというサイズで来襲したのだから。
「ゆうきをいじめただけじゃなく、ゆうきのこころにまではいってきた……」
壁越しに媛寿は覚獲を睨みつけた。覚獲はまだ事態を飲み込めず、目を丸くして立ち尽くしている。
「ぜったいにゆるさない……くちくしてやる~!」
媛寿は怪獣の如く吼えると、覚獲に向かって壁を砕いて前進した。
(へ? わ!? わああああ!)
崩れてくる壁から一目散に背を向けて逃げようとする覚獲。その時、覚獲は恐慌と後悔に苛まれていた。
どんな方法を使ったのかは分からないが、媛寿もまた結城の精神に入り込むことが可能だったのだ。そして媛寿は覚獲が侵入するよりも前に、結城の精神に防御壁を張り、覚獲を精神の外縁部に追いやった。
さらに計算外だったのは、媛寿の魂が、人間を遥かに超える力を有していたことだ。精神世界でその差は、直接的な実力に繋がる。巨神対只人ほどの体格差があるのでは、もはや勝負にもならない。
覚獲は、座敷童子・媛寿を舐めていたことを、文字通り必死に後悔していた。
「つかまえた~!」
(ぎゃあああ!)
すぐに結城の精神から脱出を図ろうとした覚獲だったが、その前に媛寿の両手に昆虫のように掴まれてしまった。
「くちくしてやる~!」
両手で掴んだ覚獲を、媛寿は大きく開いた口に持っていこうとする。
(あああああ! やめろぉ! やめてくれぇ~!)
精神に侵入している覚獲が傷を負えば、それは覚獲自身の魂の損傷になる。破壊でもされようものなら、それは覚獲の『魂』の死を意味する。
(ぎゃあああ! 喰われる~!)
いくらもがいても媛寿の手から抜け出せず、覚獲の頭はついに媛寿の口の中に入れられようとしていた。
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