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豪宴客船編

遭遇戦 その4

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「ん?」
 体当たりで勢いよく飛び込んだ結城ゆうき媛寿えんじゅだったが、部屋の様相があまりに異様だったために、思わず足が止まってしまった。
 ここまで通ってきた部屋もかなり異様だったが、今度はそれに輪をかけて理解が及ばない。
 まず目を引くのが、部屋にいくつも設置されている円柱状の水槽だった。上下にチューブが何本も接続された機械が取り付けられ、重々しい音を常に響かせている。
 水槽の中は薬液で満たされているが、それ以外には何も入っていないように見える。
「ん~?」
 結城が目を凝らしてみると、水槽の中心あたりに小石程度の大きさの影が見えた。歪な形をしたそれは、薬液の中で一定感覚で脈打っている。
(生き物の……肉片?)
 水槽の横に据えられたモニター付きの端末を見ると、薬液内の状態が表示され、その上に『HAK―679 RAJOMON』と記されていた。
「お~?」
 媛寿も別の水槽を覗いてみる。薬液の中にはスーパーボール程度の球体が一個収められていた。こっちは『EDE―1776 DODOMEKI』というナンバリングが振られている。
「む~」
 水槽から目を離した媛寿は、さらに室内を見回してみる。
 先程の試験場よりは少し狭いものの、それなりの広さがある。水槽のほかに、ノートパソコンや書類が置かれた机、用途不明の装置や薬品棚、グラフとメモ書きが貼り付けられたホワイトボードなど、さながら実験室という言い方がしっくりきそうだった。
「『ばいようはざーど』で『てぃらのっと』がでてきたへやみたい」
 媛寿は部屋の様子を、『培養ハザード』の最終ラスボスである生物兵器、『ティラノット』との対決の場に似ていると評した。
「何かの実験をしていたんだろうけど、何してたんだろ……っと、こうしちゃいられなかった! 媛寿! クロランを追わないと!」
「あ! そーだった!」
 姿を消したクロランのことを思い出し、結城と媛寿は部屋の奥へと進もうとするが、
「おいおい。まさか上無芽かみなめのヤツ負けちまったのか?」
 そう言いながら、水槽の陰から現れる者がいた。
「へっ! エラぶってた割りには大したことな―――――あっ! てめぇらは!」
 黒のベストに蝶ネクタイ、髪を炎のように逆立てたディーラー風の男は、結城と媛寿を見るなり敵意満々ににらみつけてきた。
「まさかてめぇらが来るとはな。ちょうどいいぜ。ここであん時のウサ晴らししてやらぁ」
 男は歯軋はぎしりしながら右手にメリケンサックを装着する。
 結城と媛寿はいつになく真剣な表情で相対していた。
 男はそれを自分に対し脅威を感じているのだと思っていたが、
「あなたは………………誰ですか?」
「だれ?」
 真剣な表情から一転、結城と媛寿はごくごく自然に、男の名前を尋ねた。前に会ったことがあるのか、真剣に思い出そうとしていたらしい。
「なっ!? カジノでディーラーやってた覚獲かくえだ! おい、そこのガキ! てめぇは憶えてるだろ! 忘れたとは言わせねぇぞ!」
「う~ん……」
 覚獲に指摘され、媛寿は改めて目を細めて思い出そうとするが、
「媛寿、知ってるの?」
「ううん、しらない」
 清清しいほどにあっさりと言い切った。
「こ、このヤロウども……冗談抜きで知らないって思い・・やがって……」
 二人の態度に、いよいよ覚獲は怒りに震えだした。
(何なのか知らないけど、この人も上無芽かみなめさんと同じで戦わなきゃいけないのかな。でも一応……)
「こ―――」
「『ここを通してください』って言おうと思ってるだろ……却下に決まってんだろうが! ボケが!」
 覚獲は手近にあった顕微鏡を、結城目がけて投げつけた。
 結城に当たる直前、媛寿が掛け矢ハンマーを振って顕微鏡を砕いた。
「結城にモノ投げたな。ゆ―――」
「『許さない』ってか? それがどうした!」
 覚獲は怒号とともに、今度は薬瓶を投げつける。
 二人が避けると、割れた薬瓶の中身は床で煙を発生させた。
(危ない薬だった!? 助かっ―――)
 薬瓶を避けたのも束の間、その隙に覚獲は結城の前まで接近していた。メリケンサックを着けた右拳が振りかぶられるのを見た結城は、
(少し左に入りつつ、パンチの軌道から逸れ―――)
「『少し左に入りつつ、パンチの軌道から逸れる』って思ってるな? 甘いんだよ、ゴラァ!」
 結城が左に移動しようとしたのに合わせて、拳ではなく前蹴りを繰り出す覚獲。その足は見事に結城の腹部にめり込んだ。
「ぐあ!」
「でもって食らえ!」
 呻いた結城のこめかみに、追い打ちとして覚獲は右フックを叩き込んだ。メリケンサックの鋭角で、結城のこめかみが切れて血飛沫が舞う。
「よくも結城をー!」
 覚獲の背後から、媛寿は掛け矢を大きく振りかぶる。
 完全な死角からの攻撃で、確実に覚獲の後頭部を捉えていた―――――はずだった。
 覚獲は結城の襟元えりもとを掴んで強引に引っ張ると、自分と結城の位置を入れ替えた。そのまま媛寿が掛け矢を振るえば、覚獲ではなく結城の頭を打つことになってしまう。
「あぎ!」
 媛寿は振りかかった掛け矢を無理やり引き戻した。しかし、そのせいでバランスを大きく崩し、その間に覚獲が投げつけてきた結城の体と正面衝突してしまった。
「ぐは!」
「わう!」
 結城と媛寿はもつれ合いながら、床を二転三転して止まった。
「うぅ~、いった~。ゆうき、だいじょうぶ?」
「う……ぐ……」
 こめかみに受けた一撃と、床に叩きつけられた衝撃のせいで、結城はまだ意識が朦朧もうろうとしていた。
「ぐう~! よくも―――」
「『結城を殴ったな』か? はっ! てめぇらの思ってることなんざ、マル分かりなんだよ!」
 床に伏した結城と媛寿を見下ろしながら、覚獲は懐から手錠を取り出して二人に見せつけた。
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