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豪宴客船編

逆襲 その1

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 シロガネを肩に担いだグリムは、美術品がいくつも飾られた廊下や部屋を駆け抜けていく。
「逃がさんぞぉ!」
 それを叫びながら追ってくる頼鉄らいてつ。しかし、意外にも距離は離されている。
 グリムはシロガネを担いですら軽やかに疾駆しているのに対し、頼鉄の速力はあまり高くない。
 そのため、グリムは逃走しながら後方の頼鉄も時折確認できるほどの余裕があった。
「どう、して……」
 グリムの肩でぐったりしていたシロガネは、ようやくそれだけ口にできた。まだ頼鉄から受けたダメージから回復できていない。
「あの下衆には私も用があるの。それに……」
 グリムが走る道の先、目当ての扉がいよいよ近付きつつあった。
「あなたは私と同じ『におい』がするから、かな」
 ドアの前に立ったグリムは、空いた手でドアノブを回そうとした。が、乾いた金属音が鳴るだけで、扉が開くことはなかった。
「よりにもよってこの部屋の鍵だけはきっちりかけておくなんて」
 グリムは苛立たしげにドアノブをがちゃつかせるが、やはり扉は開かない。
「降ろ、して」
「? 何をする気?」
 グリムは意図が分からないままシロガネを降ろすと、シロガネは右手で髪の中を探り始めた。
「あっ、た」
 シロガネが手を引くと、指先には縫い針程度の針金がつままれていた。その針金を鍵穴に通して扉を開けようというのだ。しかし、
「この扉、電子ロックなんだけど」
「…、…」
 二人の間にしばし冷たい空気が流れていると、
「捕まえたぁ!」
 とうとう頼鉄に追いつかれてしまった。
 目前に迫った頼鉄の突進を、二人は通路の脇に寄って回避する。
 勢い余った頼鉄は扉に激突し、木製に見せかけていた鉄扉を見事に破壊した。
「外したか、クソ!」
 頼鉄は振り返るも、廊下には二人の姿はすでになかった。
「もう逃げたか。すばしっこい」
「逃げて、ない」
「!?」
 シロガネの声が室内から聞こえ、頼鉄は再び顔を正面に向ける。
 部屋の中央には、先程まで徹底的に痛めつけたはずのシロガネが立っていた。
 だが、その眼には闘志、いや昂ぶりが刃のように鋭く光っていた。
 右手に曲刀シャムシール、左手に闘剣グラディウス、口にはダガーナイフ。ロングスカートを短く切り離し、あらわになったもものガーターベルトには、差し込めるだけの苦無くないが挟まれていた。
 グリムが連れてきた部屋は、古今東西の刀剣が揃う武器展示室。シロガネはその部屋で頼鉄を討つべく、第二戦を仕掛ける気満々だった。
「武器が手に入っていい気になってるんだろうが、そんなもんがオレ様の『鉄鼠てっそ』の妖力ちからに効くと思ってんのか? 悪あがきしたところでお前らはオレ様の玩具オモチャになる運命なんだよ」
 頼鉄はシロガネの様相を一顧だにせず、下卑た薄笑いを浮かべながら滔々とうとうと語る。
「どのみち魚の餌になるなら、下手に逆らうより大人しく玩具になった方がキモチよく死ねるぜ。キキキ、今までのヤツらもそうだったなぁ。ちょっと痛めつけてやったら、あっさり静かになってよぉ。もっとも、愉しんだ後は海に投げ捨ててやったがなぁ」
「下衆が」
 なおも語り続ける頼鉄を遮ったのは、グリムの手甲鉤てっこうかぎによる一撃だった。
 鉤爪は確かに頼鉄の左頬を捉えたはずだが、頼鉄はものともせず、粘着的な笑みを返した。逆に鉤爪の先端が一本、ぽきりと折れて床に落ちた。
「キキキ、この身体に刃物なんか通らねぇよ。なんなら試してみるといいぜぇ。かすり傷でも付けることができたら見逃してやるよぉ。付けることができたら、なぁ?」
 頼鉄はそう言いながら、長く伸びた二本の剣歯の一方をべろりと舐める。
「そう言っておきながら、お前は約束を守る気なんか無い。相変わらず腐ってるな」
 ヘルメット越しに頼鉄をにらみ、グリムは静かに怒りを露にした。
「んあ? どこかで会ったか?」
「じっくり思い出させてやる……お前を細切れにしながら!」
 グリムは瞬発力を効かせた突進から、今度は左手の暗殺爪バグ・ナウで頼鉄の腹部を斬り上げる。
 派手な火花が散るも、頼鉄の石の表皮にはわずかな傷も付いていない。
「そんな爪じゃあ」
 頼鉄は振り上がったグリムの左手首を掴むと、
「足りなさすぎて欠伸あくびが出るってぇ!」
 空いた手でグリムの腹部を殴打した。
「かはっ!」
 岩石のような拳の威力を内臓に届き、グリムは掠れた息を吐く。
「キキキ。さぁ~て、このまま大人しくオレ様の玩具になるなら、ここまでにしといてやる。まだ抵抗するならもっと痛めつけてやる。どっちでもいいぜぇ。オレ様を愉しませるだけ―――――」
 グリムにそう呟いていた頼鉄の右目に、苦無が真っ直ぐ飛来した。
 直前で察知した頼鉄は回避したが、すかさず床を蹴ったシロガネが、グリムを掴んでいた腕にシャムシールを振り下ろした。
 頼鉄の肘の関節を狙った的確な斬撃だったが、あえなくシャムシールの刀身が折れてしまう。
 シロガネは着地を待つことなく、左に持ったグラディウスを横にぎ、頼鉄の腹部に叩き込んだ。こちらも肉厚な刀身が真っ二つに折れる。
 着地して少し姿勢を低くしたシロガネは、口にくわえていたダガーナイフを逆手に取り、跳び上がりながら切っ先を突き入れた。頼鉄の空いた口内、その上顎に。
「ぎぎゃあ!」
 グリムを掴んでいた手を離し、頼鉄は口を抑えて後退あとずさりする。さすがに頼鉄も気付いたのか、突き込まれる前に身を引いていたため、刺さりは浅かった。
「ぐ、ぎぃ……よ、よくもぉ!」
しゃべり、過ぎ」
 シロガネは無表情ながらも、敵意に満ちた目を向けながら指摘する。
「傷、付けた」
「あ?」
「見逃す、約束」
「んなもん関係あるかぁ!」
 逆上した頼鉄がシロガネを掴もうとするが、シロガネは軽く後ろに跳んで避けた。
「許さねぇぞ、てめぇらぁ! 手足をもぎ取って嬲り殺しにしてやらぁ!」
 怒りのままに暴言を吐く頼鉄に、シロガネはすっと目を細めた。さながら冷たい刃物を思わせる。
「まずはてめぇからだぁ!」
 両手を前に突き出しながら、頼鉄はシロガネを掴まえようと肉薄する。
 シロガネは大きく横っ跳びすると、壁に掛けられていた青龍刀を取り、不規則に回転しながら頼鉄に斬りつけた。
 袈裟けさ掛けに斬るも、青龍刀の刀身は石の表皮の前にあっさりと砕け散る。
「そんなもんが効くかぁ!」
 頼鉄が振るった腕をかわし、シロガネは今度は逆側の壁に手を伸ばす。右手に洋剣サーベルを、左手に護剣マインゴーシュを構えた。
「いくら武器があってもなぁ! この身体は斬れねぇよ!」
 シロガネを壁に挟んでし潰すべく、頼鉄は強力なタックルを仕掛ける。それに合わせてシロガネも駆け出し、すれ違いざまに二刀で胴を薙いだ。またも刀身が折れ砕ける。
「ちょこまかするなぁ!」
 振り向きざまに伸びてきた頼鉄の手を、シロガネを跳躍して避けつつ、空中でガーターベルトに挟んだ苦無を一斉に撃ち放つ。だが、一本たりとも刺さらない。
 シロガネはまたも壁に飾られた武器を取る。次に手にしたのは二本の舶刀カトラスだった。
「もう飽きてんだよぉ! さっさとその腕千切ちぎらせろぉ!」
 懲りずにシロガネに突進する頼鉄。シロガネは二振りのカトラスを構えるが、今度はその場に留まったままだった。
「観念し―――」
 頼鉄がシロガネの腕を取る直前、シロガネは緩やかに踊るようにして、頼鉄の脇腹と背中を斬りつけながらかわした。
「この―――」
 頼鉄は裏拳を振るうが、それをシロガネはかがんで避け、同時に腰を薙ぎ払う。
 避けながら斬りつけ、避けながら斬りつけ、シロガネは頼鉄の周りを踊るように攻撃を加えていく。その間にもカトラスの刃はこぼれ、刀身にはひびも浮かんできた。
鬱陶うっとうしい! いつまで続けやがる! さっさとオレ様の玩具になれぇ!」
 頼鉄はがむしゃらに腕を振るうも、シロガネはさらに加速して斬撃を見舞う。
 だが、ついに二振りのカトラスも限界を迎え、刀身はバラバラに砕け散った。
「取ったぁ!」
「う、ぐ」
 カトラスが砕けた瞬間を狙って、頼鉄はシロガネの首を掴んだ。
「キヒャヒャヒャ、もう逃げられねぇぞ! この腕ぶっこ抜いてや―――るおあぁ!」
 シロガネの腕を引き抜こうとした頼鉄の左眼から鮮血が飛ぶ。
「私がいることを忘れるな」
 グリムの暗殺爪が、頼鉄の左眼を斬り裂いた。
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