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豪宴客船編

探索者たち その4

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「中身がないっテ!? どういうことダ!?」
「WΞ、SΘ1→(まぁ、見てろよ)」
 マスクマンは燕尾服の背後から樫製のブーメランを取り出し、コンテナの上から下方に投擲した。
 旋回したブーメランは全身甲冑フルプレートアーマーの背後に回り、ヘルムの後頭部に的確にヒットした。
 重い金属音を響かせた兜は床に転がり、残った本体を見たシトローネは絶句した。
 兜が外れた甲冑の中身は、誰も入っていない空っぽの闇だけがあったからだ。
「本当に……中身がなイ」
「NΑ?(な?)」
 目を丸くするシトローネの横で、マスクマンは戻ってきたブーメランを軽くキャッチした。
「MΩ4↑GL(たぶんゴーレムって奴ヤツだ)」
「ゴーレム!? あれが!?」
 シトローネもゴーレムのことは知っていたが、そのイメージは泥人形か、せいぜい動く石像くらいのものだった。全身甲冑を使ったゴーレムなど見たこともなかったので、驚くのも当然だった。
「どうして気付いタ?」
「IΛ2↓。BΠ6←DY。Mω3↑AP(中身がないのは嗅覚においで分かった。それに前に結城ゆうきが似たようなのと戦ったって話してたからな。あれはたぶん鎧だけをゴーレムにしたタイプなんだろうな)」
「なら『emeth』の文字を探して『e』を消せバ―――」
「NΔ9→(そう簡単にはいかないようだぜ)」
 マスクマンは下方をあごで指し、シトローネに甲冑を見るように促した。
 首なしとなった甲冑は、床に落ちた兜を拾って首に戻すが、その間もう一体の甲冑が盾となるように立ち塞がっている。
「あれハ……」
「BΓ1←BB。S→……(一方がやられたらもう一方がカバーするようになってるんだろうよ。つまり……)」
「つまリ?」
「Tχ2→CA(あのゴーレムは二体同時に倒さなきゃいけないってことだな)」
 マスクマンはあっさりと言ってのけるが、シトローネは少なからず戦慄していた。
 ゴーレムそのものは厄介な敵ではない。どれだけ複雑な術式が組み込まれていたとしても、所詮はプログラム通りに動く機械と変わらない。柔軟に行動するには限界があり、『emeth』の文字を『meth』に書き換えられれば、簡単に機能停止に追いやれる。
 だが、同時に二体、さらに互いをフォローするように制御された甲冑型アーマータイプのゴーレムとあっては難度が違う。
 ことにシトローネはルーンが使えるとしても、基本の攻撃手段は弓矢なのだ。ロングソードを手にした甲冑を二体相手にするには分が悪い。
「……」
 シトローネはマスクマンをちらりと見た。
 頼みの綱といえば偶々たまたま組むことになったマスクマンだが、果たしてどんな武器と能力を持っているのかが問題だった。
 ブーメランを使うのは今しがた確認しているものの、それだけなら弓矢とあまり変わらず、甲冑に対する破壊力は期待できない。
 残るは精霊としての能力となるが、司るのが『雨』と『霧』というのは、シトローネも疑わしく思っていた。そして仮に本当だったとしても、その能力でこの窮地を脱せるのか不明でもある。
 目的地に辿り着くも、予想以上の障害に見舞われ、シトローネは内心焦りを覚えていた。
「CΨ(来るぜ)」
「え?」
 マスクマンの声で再び甲冑に視線を戻すと、二体の甲冑はほぼ同じ動作で身を屈めていた。
 そこから何をしてくるか、マスクマンは元より、シトローネも理解した。
 二体の甲冑はタイミングを合わせて床を蹴り、マスクマンとシトローネが乗っているコンテナの高さまで跳躍してきた。
「FΞ(避けろ)!」
「くっ!」
 動きを合わせた二体の甲冑は、ほぼ同時にロングソードを振り下ろしてきた。二人が乗っていたコンテナは、肉厚のある刀身によって紙箱のように潰されてしまった。
 マスクマンとシトローネは、それぞれ逆方向に跳んで着地する。が、二体の甲冑はその回避行動も補足していた。
 コンテナの外装に食い込んだ剣を強引に振るい、相反方向に引っ張られたコンテナは真っ二つに裂ける。その二つに裂けたコンテナがそれぞれ、マスクマンとシトローネが着地した地点に向かって飛来した。
 間一発、二人は飛んできたコンテナの破片を避けるが、甲冑たちは体勢が崩れた隙を見逃さず、剣を掲げて二人に肉薄する。別方向にいる二人に、全く同じ動きでもって。
(Oφ(ヤバい)!)
(まずイ!)
 回避行動を取った直後で急襲されては、さすがに攻撃をかわすのは難しい。
 二人とも、あと一歩踏み込まれれば剣が届く距離まで、甲冑の接近を許してしまっていた。
「!?」
「なッ!?」
 甲冑が剣を振り下ろそうとした瞬間、床が大きく下がった。いや、正確には部屋全体、船そのものが大きく揺さぶられた。
 マスクマンとシトローネはバランスを崩したが、床に横倒しにされたのは、二体の甲冑も同じだった。
 鋼鉄の鎧そのものである分、甲冑のゴーレムたちは二人よりも立ち上がりが遅れてしまった。
 船体が揺さぶられたことで、ラックから床に落ちたコンテナ群の中に紛れ、マスクマンとシトローネはその場をやり過ごした。
(何だったんダ? 今の揺れハ? 地震……いや、ここは海の上……海流……にしては急に大きく揺れすぎていル)
 偶然起きた謎の揺れに助けられはしたが、シトローネは海上で見舞われた揺れの不可解さに首を傾げた。
(Nω1……MΔ12↑。D☆5←SD↓(今の揺れ……たぶんアテナだな。派手にやるとか言ってたが、まさか船を沈めたりしないだろうな))
 突然の揺れの原因について、マスクマンは見当がついていたが、むしろ別の心配事が出てきてしまっていた。
(Mι、BΓ2→。Aδ7↑DK……O!(まっ、その前に甲冑あれを何とかしないとな。さて、どうやるか……お!))
 コンテナの陰から顔を覗かせたマスクマンは、思いがけないものを見つけた。
 立ち上がって周囲を見回し、マスクマンたちを探す二体の甲冑、のさらに先。そこに船体の外装と一体となった、搬入用の大型ゲートがあった。
 先の揺れでシステムに何かの不具合が起こったのか、開閉用のパネルが誤作動を起こし、ゲートが重い音をたてて開いていくではないか。
 開いたゲートの向こうには、暗い夜に染まった大海原が拡がっている。
(I‡(コイツは……))
「Hε、Lξ3→(なぁ、ちょっと頼みたいことがあるんだが)」
「?」
 マスクマンと同じくコンテナの陰から様子を見ていたシトローネに、マスクマンは思いついた『作戦』を小声で伝えた。

「!、?」
 まだ朦朧もうろうとする頭を何とか持ち上げ、上半身を起こしたシロガネだったが、まだ状況をうまく掴めないでいた。
 遭遇した頼鉄らいてつとの戦闘になるも、頼鉄はなぜか刃物を通さない肉体を持っており、主武装のないシロガネは苦戦を強いられる羽目になった。
 スローイングナイフは尽き、サバイバルナイフも折られ、太刀打ちできなくなったところに、壁をも容易く突き破る体当たりにさらされたシロガネ。
 おかげで数十秒も気を失ってしまったが、目を覚ましたシロガネには、その空白の数十秒で何が起こったのか不可解だった。
 壁際に立つ頼鉄と、眼前に仁王立ちする、黒のライダースーツ風の衣装を纏った謎の人物。
 ボディラインから女性であることは分かる。が、頭部そのものを覆うヘルメットのせいで、顔はおろか髪型や髪の色すらも分からない。
 シロガネは急に現れた第三者が、敵か味方か判別できないでいたが、その両手に持った武器、手甲鉤てっこうかぎ暗殺爪バグ・ナウには見覚えがあった。
「……、あ」
 それは昨夜、武器展示スペースに陳列されていた品物であり、その爪状の武器に興味を示した人物が一人いた。
 記憶の糸を辿り、『グリム』という名前を思い出したが、シロガネがその名前を出す前に、グリムはシロガネに肩を貸して立ち上がらせた。
「何だ、お前?」
 有無を言わさず壁に叩きつけられた頼鉄は、突然現れたグリムに対し、敵意をむき出しにしていた。
「その女は今からオレ様の玩具オモチャになる予定だ。邪魔をするなら許さんぞ」
 頼鉄は指の関節を鳴らしながら、岩のようになった拳を握りこんだ。
「女を置いてさっさと失せろ。でなければ―――お前もオレ様の玩具だぁ!」
 床を蹴った頼鉄は右ストレートを放つが、グリムはそれを軽くかわし、もと来た侵入路をへ駆けていった。
「……いいだろう。お前もオレ様の玩具にしてやる。たっぷり可愛がってから海に投げ入れてやるからな!」
 シロガネを連れて走り去ったグリムを追うべく、頼鉄は怒声を上げながら壁を突き破った。

「な、何で!?」
 半壊したVIP用のボックス席で、結城は驚きの声を上げた。
 アテナがコンクリート製のリングをたった一発で砕いたことに、ではない。その程度なら、結城もアテナが普通にやってのけるだろうと知っている。
 驚いたのは、半径7メートルのコンクリートの塊を一瞬で粉々にするアテナの拳が、顔面にクリーンヒットしたにも関わらず、あっさりと起き上がってきた楠二郎くすじろうに対してだ。
「ゆうき、はなぢはなぢ」
「へ? ああ、ありがとう、媛寿えんじゅ
 ぼたぼたと鼻血が垂れているのも構わず身を乗り出す結城の鼻に、媛寿は丸めたティッシュを軽く突っ込んだ。無論、楠二郎がアテナの胸を直に揉みしだいた場面を目撃した際に出た鼻血である。
(裏拳とはいえアテナ様の一撃を受けて立ち上がったうえに……お、おっぱ……胸を触るなんて……)
 結城の憶えている限りでは、よほど人智を超越した相手、たとえば神や鬼の類でなければ、アテナの拳をまともに受けて無事な者は滅多にいなかった。そしてもっと言えば、アテナに不埒な真似をしようとした者は、触れる前に大概が手酷い制裁を受けていた。
 どの程度手加減していたかはともかく、アテナの攻撃を受けて平然と立ち上がり、あっさりと背中を取って胸を揉みしだくような者を、結城はほとんど見たことはない。
 だからこその驚きだったが、もう一つ、
(それに、何で……)
 結城を驚かせていることがあった。
(何であの人……怪我が治ってるんだ!?)

「……」
 戦いの女神を前に不敵に構える楠二郎を、アテナは冷静な目で捉えていた。
 アテナが裏拳を見舞った際、確かに楠二郎の頬骨は砕けていた。それ以前に、アテナと撃ち合った右拳は、複雑骨折といえるほどに損傷したはずだった。
 本来なら、楠二郎は立ち上がるまではできたとしても、戦闘を継続することは不可能だった。
 しかし、楠二郎は何事もなかったように立ち上がり、アテナに対して構えを取っている。その右拳も、左頬も、試合開始前と変わらず、健在なままに。
「……一筋縄ではいかない、というのは本当のようですね。『それ』もオニの力なのですか?」
「へぇ~、あまり驚かないんだな」
「戦いにおいて立ち会う相手は千差万別。能力もまたしかり。あなたとは少し違いますが、似た力を持つ『蛇』に心当たりがあります」
 楠二郎の反応から、アテナは推測が正しいことを確信した。
「『再生能力』、ですね?」
「ご名答……って言いたいが、コイツは微妙に違うな」
 楠二郎は一旦構えを解くと、近くに落ちていた瓦礫を手に取った。他の瓦礫とは違い、鋭利に尖ったコンクリート片だった。
「俺の先祖は右手を斬り落とされたらしいが、その手は七日経っても動き続けていたそうだぜ。先祖が手を取り返してくっつけたら、元通りになったんだとよ」
 楠二郎は一際尖った面を下に向けると、そこに置いた右の前腕に躊躇ためらいなく突き刺した。
「斬られた手を生やすことはできなかったが、くっつければ元に戻った。『再生』じゃねぇ。言ってみれば……」
 刺したコンクリート片を引き抜いた楠二郎は、その傷口をアテナに見えるようにかざした。流れ出た血はそのままだが、腕に空いたいびつな傷は、端から見る見るうちに結合されていき、やがては綺麗に塞がった。
「『細胞活性』ってところか。俺に勝つのが難しいワケが分かったろ、女神サマ?」
「……その力」
 アテナもまた、近くにあった瓦礫を手に持った。やや大きめのフラッグフットボールに似た形のコンクリート片。
 それを軽く上に投げると、落下して眼前を通る瞬間、アテナはコンクリート片に手刀を一閃した。
「首をねたとしても有効ですか?」
 地面に落ちたコンクリート片は、鋭利な刃物で切断されたように綺麗に割れた。
「さすがに試したことねぇな。いや……先祖の知り合いが首だけになっても生きてたって聞いたな」
「そうですか」
「何だったら試してみるか?……できるもんならな」
 自らの首を手刀で軽く叩く楠二郎は、挑発じみた凶悪な笑みをアテナに送った。
「……いいえ、それには及びません」
 楠二郎の挑発を受け流したアテナは、再び構えを取った。ゆっくりと流れるように、指先の動きまで確かめるように。
「完膚なきまでに、叩き伏せて差し上げましょう」
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