小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

決勝直前

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「だ、第五回戦! 電撃の速拳! ダーティー・クラウド!」
「ハッハー! オレ様の番までつとは運のぇ女だ! この電撃グローブがテメェの肉を焦がしたくてウズウズしてるぜ! ちょっとずつ焼いてやるからイイ声でいてくれよなぁ!」
「レ、レディー……ファイッ!」

 一分後。
「ふぁぺぴゃぷろぽげれべ!」
「この程度の電撃、雷槍ケラウノスを扱う私に通用するはずがありません」
 あっさりとパンチを手で受け止めたアテナは、そのまま拳を押し返し、電撃グローブをダーティー・クラウドの顔面にあてがった。
「おぺひゃねろろ※#†∮≡」
 顔面から絶えず電気を浴びせられているダーティー・クラウドの声は、いよいよもって言葉や発音が成り立たなくなってきた。
 そうしているうちに、背面に背負っていたバッテリーが小さな爆発を起こし、ようやくグローブの通電は途絶えた。
「終わりましたか―――む? これは……腕周りがより軽くなっています」
 アテナは片方ずつ腕を回し、その調子を確かめる。一方のダーティー・クラウドは体中から煙をくすぶらせ、立ったまま気を失っていた。
「弱い電撃もそれなりに効果があるものですね」
 アテナは黒焦げになっているダーティー・クラウドの額に、軽いデコピンを見舞った。バランスを崩したダーティー・クラウドの体は、マネキン人形のようにリングに横たわる。
 アテナは肩を回しながら上機嫌でリングサイドに戻るが、黒炭と化したダーティー・クラウドを引きずっていく様を見ていた野摩やまは、そろそろ精神が限界に達しようとしていた。
(こ、この女、絶対に人間じゃねぇ! 人間の形してるだけの『ウルティメイトマン』だ! でなきゃ人間のままで『巨神きょしん』の力が使えるアレだ! オ、オレのバカ! クソバカヤロウ! こんな船に乗る前に逃げときゃよかったんだ! じゃなきゃこんな化け物に関わることなんて―――)
「『ウルティメイトマン』も『震撃しんげきの巨神』も気に入っていますが、化け物呼ばわりは心外に思います」
 リングサイドに戻る途中のアテナは、足元に落ちていたコンクリートの欠片を一つ拾うと、あえて野摩に見せるように握り砕いた。
「ひ、ひいいぃ! いや、あの! 決してそのような―――」
「あなたは審判の務めを果たしていればよいのです」
「は、はいぃ~!」
 それだけ言うと、アテナは再びリングサイドへすたすたと歩き出した。
(か、神しゃま~! ボクしゃんもう悪いことしません! 明日から清く正しく生きますから~! どうか命だけは! 命だけは~!)
 リング上でひざまずいて手を合わせている野摩を気にすることなく、アテナはリングサイドに設けた『休憩スペース』に戻っていった。

(やはりここまでの相手に強者はいませんでしたね)
 アテナは心の中で一人ごちながら、テーブル―――一回戦で倒したグロース・アクスト―――の上に置かれていた新しいワインボトルを手に取った。
(早く強者シードと闘いたいものです。これでは囮として注目を集め、結城ゆうきたちが動きやすい状況を作れません)
 アテナは左手でボトルを持つと、右手で手刀を作り、ボトルの口を切り飛ばした。飛んでいったボトルの口は野摩の目の前に落ち、その鋭すぎる形状を見て、またも顔を引きつらせている。
(ふむ、決勝まであと何人勝ち抜かねばならなかったでしょうか)
 小物置き―――二回戦で倒した切り裂きクローバー―――の上にあったグラスを取り、アテナはワインを静かに注ぐ。
(一、二、三……いえ、数えなくとも対戦者を倒していけば、じきに闘うことになるのです。気にするほどのことでもありません。つまらない試合が少し多いだけで)
 椅子―――三回戦と四回戦で倒したドゥロとピーカ―――に腰かけ、ワインを一口飲んだアテナは、次にフォークですくったチーズケーキの欠片を口に含んだ。なお、チーズケーキの皿はダーティー・クラウドの頭に置かれている。
(ひとまず次の対戦者が現れるまで、ゆるりと待つことにしましょう。チーズケーキとワインを味わいながら)
 再びグラスのワインを飲むと、アテナは空いたグラスをうっとりと眺めた。その透明な輝きの先に、真の強者きょうじゃを見透かすように。

「おお~! あてなさま、『ばんばゆうじろう』や『しゃうざー』みたい~!」
「そ、そうだね……」
 大喜びではしゃぐ媛寿えんじゅに頷きつつ、結城はジト汗をかきながらリングサイドを見つめていた。
 ちなみに媛寿が言っているのは、『BAKOバコ』に登場する天性の武闘家『蛮場牛次郎ばんばぎゅうじろう』と、『北闘の拳』に登場する南闘火鳥拳なんとうかちょうけんの使い手『シャウザー』のことである。
 結城も読んだことがあるので例えは分かるのだが、結城としてはむしろ『ケンゴロウ』の兄の『レオウ』に見えてしまっていた。
(アテナ様、すでにメチャクチャ目立ってます……しかもチョット悪役っぽい……)
 非合法の格闘大会に出場する悪辣な闘士たちを、何事もないようにねじ伏せて家具扱いしている様は、観戦する客たちを完全に凍りつかせていた。結城も含めて。
(クロランなんてこうなってるし……)
 一回戦から目を丸くしっぱなしだったクロランは、三回戦あたりで限界点が来たのか、ついには気絶してしまっていた。いまは結城にぐったりともたれたまま目を回している。
(一、二、三、四……さっきの真っ黒こげにされた人で五人か。ここまでで一時間、いや四十分ちょっとしか経ってない……)
 作戦としてはアテナが格闘大会で客の注意を引きつけている間に、結城たちが船内を探索する、という手筈だったが、
(この状況でボックス席ここを離れたら……僕たちの方が目立つよね?)
 アテナの実力の凄まじさに、観客たちは熱狂するどころか凍えきってしまっている。自然じねん、会場は静まり返っており、ここで結城たちが動けば逆に目立ちそうなものだった。
(もう媛寿に頼んで気配を消して移動しようか……な)
 結城はちらりと媛寿に目をるが、当の媛寿は次の試合が楽しみらしく、見るからにワクワクしながら待っている。ボックス席ここを離れそうになさそうだ。
(……どうしよう……)
 アテナの試合に大興奮の媛寿と、気絶して目を回すクロランの二人を抱え、いま結城にできるのはおとなしく座って観戦することだけだった。

 静まり返っていた会場に、突如、重厚な機械音がこだました。
「ん?」
 それはアテナが陣取るリングサイドとは反対側に設置された、対戦者の登場を演出する昇降装置の起動音だった。
(え? もう次の試合? 早すぎるんじゃ……)
『野摩、今から決勝戦だ。すぐに開始しろ』
「オスタケリオン様!?」
 野摩が耳に着けていた特殊イヤホンマイクから、骨伝導でオスタケリオンの声が聞こえてきた。
「け、決勝!? もう始めるんですか!?」
『そうだ。シード選手がウォームアップが終わり次第、すぐにやりたいと言い出してな』
「わ、分かりました。あの~、それから~」
『ああ、そうだ。私に許可なく対戦表を変えた件についてだが』
「あ……え……」
『お前は決勝戦が終わったら屍狂魚ピラニアゾンビエサになる予定だ。ご苦労だったな』
「は……」
 その言葉を最後に、オスタケリオンからの通信は途切れた。
(……………………オ……オレ終了おわった~!)
 通信が途切れて十数秒後、野摩はムンクの『叫び』と化した。
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