小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
上 下
242 / 418
豪宴客船編

決勝直前

しおりを挟む
「だ、第五回戦! 電撃の速拳! ダーティー・クラウド!」
「ハッハー! オレ様の番までつとは運のぇ女だ! この電撃グローブがテメェの肉を焦がしたくてウズウズしてるぜ! ちょっとずつ焼いてやるからイイ声でいてくれよなぁ!」
「レ、レディー……ファイッ!」

 一分後。
「ふぁぺぴゃぷろぽげれべ!」
「この程度の電撃、雷槍ケラウノスを扱う私に通用するはずがありません」
 あっさりとパンチを手で受け止めたアテナは、そのまま拳を押し返し、電撃グローブをダーティー・クラウドの顔面にあてがった。
「おぺひゃねろろ※#†∮≡」
 顔面から絶えず電気を浴びせられているダーティー・クラウドの声は、いよいよもって言葉や発音が成り立たなくなってきた。
 そうしているうちに、背面に背負っていたバッテリーが小さな爆発を起こし、ようやくグローブの通電は途絶えた。
「終わりましたか―――む? これは……腕周りがより軽くなっています」
 アテナは片方ずつ腕を回し、その調子を確かめる。一方のダーティー・クラウドは体中から煙をくすぶらせ、立ったまま気を失っていた。
「弱い電撃もそれなりに効果があるものですね」
 アテナは黒焦げになっているダーティー・クラウドの額に、軽いデコピンを見舞った。バランスを崩したダーティー・クラウドの体は、マネキン人形のようにリングに横たわる。
 アテナは肩を回しながら上機嫌でリングサイドに戻るが、黒炭と化したダーティー・クラウドを引きずっていく様を見ていた野摩やまは、そろそろ精神が限界に達しようとしていた。
(こ、この女、絶対に人間じゃねぇ! 人間の形してるだけの『ウルティメイトマン』だ! でなきゃ人間のままで『巨神きょしん』の力が使えるアレだ! オ、オレのバカ! クソバカヤロウ! こんな船に乗る前に逃げときゃよかったんだ! じゃなきゃこんな化け物に関わることなんて―――)
「『ウルティメイトマン』も『震撃しんげきの巨神』も気に入っていますが、化け物呼ばわりは心外に思います」
 リングサイドに戻る途中のアテナは、足元に落ちていたコンクリートの欠片を一つ拾うと、あえて野摩に見せるように握り砕いた。
「ひ、ひいいぃ! いや、あの! 決してそのような―――」
「あなたは審判の務めを果たしていればよいのです」
「は、はいぃ~!」
 それだけ言うと、アテナは再びリングサイドへすたすたと歩き出した。
(か、神しゃま~! ボクしゃんもう悪いことしません! 明日から清く正しく生きますから~! どうか命だけは! 命だけは~!)
 リング上でひざまずいて手を合わせている野摩を気にすることなく、アテナはリングサイドに設けた『休憩スペース』に戻っていった。

(やはりここまでの相手に強者はいませんでしたね)
 アテナは心の中で一人ごちながら、テーブル―――一回戦で倒したグロース・アクスト―――の上に置かれていた新しいワインボトルを手に取った。
(早く強者シードと闘いたいものです。これでは囮として注目を集め、結城ゆうきたちが動きやすい状況を作れません)
 アテナは左手でボトルを持つと、右手で手刀を作り、ボトルの口を切り飛ばした。飛んでいったボトルの口は野摩の目の前に落ち、その鋭すぎる形状を見て、またも顔を引きつらせている。
(ふむ、決勝まであと何人勝ち抜かねばならなかったでしょうか)
 小物置き―――二回戦で倒した切り裂きクローバー―――の上にあったグラスを取り、アテナはワインを静かに注ぐ。
(一、二、三……いえ、数えなくとも対戦者を倒していけば、じきに闘うことになるのです。気にするほどのことでもありません。つまらない試合が少し多いだけで)
 椅子―――三回戦と四回戦で倒したドゥロとピーカ―――に腰かけ、ワインを一口飲んだアテナは、次にフォークですくったチーズケーキの欠片を口に含んだ。なお、チーズケーキの皿はダーティー・クラウドの頭に置かれている。
(ひとまず次の対戦者が現れるまで、ゆるりと待つことにしましょう。チーズケーキとワインを味わいながら)
 再びグラスのワインを飲むと、アテナは空いたグラスをうっとりと眺めた。その透明な輝きの先に、真の強者きょうじゃを見透かすように。

「おお~! あてなさま、『ばんばゆうじろう』や『しゃうざー』みたい~!」
「そ、そうだね……」
 大喜びではしゃぐ媛寿えんじゅに頷きつつ、結城はジト汗をかきながらリングサイドを見つめていた。
 ちなみに媛寿が言っているのは、『BAKOバコ』に登場する天性の武闘家『蛮場牛次郎ばんばぎゅうじろう』と、『北闘の拳』に登場する南闘火鳥拳なんとうかちょうけんの使い手『シャウザー』のことである。
 結城も読んだことがあるので例えは分かるのだが、結城としてはむしろ『ケンゴロウ』の兄の『レオウ』に見えてしまっていた。
(アテナ様、すでにメチャクチャ目立ってます……しかもチョット悪役っぽい……)
 非合法の格闘大会に出場する悪辣な闘士たちを、何事もないようにねじ伏せて家具扱いしている様は、観戦する客たちを完全に凍りつかせていた。結城も含めて。
(クロランなんてこうなってるし……)
 一回戦から目を丸くしっぱなしだったクロランは、三回戦あたりで限界点が来たのか、ついには気絶してしまっていた。いまは結城にぐったりともたれたまま目を回している。
(一、二、三、四……さっきの真っ黒こげにされた人で五人か。ここまでで一時間、いや四十分ちょっとしか経ってない……)
 作戦としてはアテナが格闘大会で客の注意を引きつけている間に、結城たちが船内を探索する、という手筈だったが、
(この状況でボックス席ここを離れたら……僕たちの方が目立つよね?)
 アテナの実力の凄まじさに、観客たちは熱狂するどころか凍えきってしまっている。自然じねん、会場は静まり返っており、ここで結城たちが動けば逆に目立ちそうなものだった。
(もう媛寿に頼んで気配を消して移動しようか……な)
 結城はちらりと媛寿に目をるが、当の媛寿は次の試合が楽しみらしく、見るからにワクワクしながら待っている。ボックス席ここを離れそうになさそうだ。
(……どうしよう……)
 アテナの試合に大興奮の媛寿と、気絶して目を回すクロランの二人を抱え、いま結城にできるのはおとなしく座って観戦することだけだった。

 静まり返っていた会場に、突如、重厚な機械音がこだました。
「ん?」
 それはアテナが陣取るリングサイドとは反対側に設置された、対戦者の登場を演出する昇降装置の起動音だった。
(え? もう次の試合? 早すぎるんじゃ……)
『野摩、今から決勝戦だ。すぐに開始しろ』
「オスタケリオン様!?」
 野摩が耳に着けていた特殊イヤホンマイクから、骨伝導でオスタケリオンの声が聞こえてきた。
「け、決勝!? もう始めるんですか!?」
『そうだ。シード選手がウォームアップが終わり次第、すぐにやりたいと言い出してな』
「わ、分かりました。あの~、それから~」
『ああ、そうだ。私に許可なく対戦表を変えた件についてだが』
「あ……え……」
『お前は決勝戦が終わったら屍狂魚ピラニアゾンビエサになる予定だ。ご苦労だったな』
「は……」
 その言葉を最後に、オスタケリオンからの通信は途切れた。
(……………………オ……オレ終了おわった~!)
 通信が途切れて十数秒後、野摩はムンクの『叫び』と化した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜

彩華(あやはな)
恋愛
 一つの密約を交わし聖女になったわたし。  わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。  王太子はわたしの大事な人をー。  わたしは、大事な人の側にいきます。  そして、この国不幸になる事を祈ります。  *わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。  *ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。 ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

処理中です...