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豪宴客船編

幕間 シード枠

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「だ、第三回戦! 無敵の鎧! ドゥロ・アルマドーラ!」
「ガハハハ! この真銀ミスリルの鎧の前にはどんな攻撃も無力! そのか細い体を抱きすくめて、背骨をへし折ってやるわ!」
「レディー……ファイッ!」

 五分後。
「ギンニク! バースター!」
「ぐぎげっ!」
 アテナ渾身の『ギンニクバスター』が炸裂し、ドゥロ・アルマドウラは首折り、背骨折り、股裂きを凶悪な威力でくらった上、自慢の鎧は木っ端微塵に砕け散った。
「その鎧、まがい物だったようですね」
 鉄球クレーン並みのラッシュを浴びせられ、プレス機並みのベアハッグを受けていたせいで、ひびだらけにされていた鎧は、『ギンニクバスター』がとどめの一撃になってしまった。
「三種のダメージを同時に与えられる良い技ですが、あまり連続使用はできませんね。臀部でんぶを痛めてしまいそうです」
 放った技を冷静に分析しながら、アテナは尻の周りに付いたほこりを軽く払った。
 一方野摩やまは、アテナの尻が着地したコンクリートに亀裂が入っているのを見て青ざめていた。

「だ、第四回戦! 万物必通の大矛おおほこ! ピーカ・シート!」
「カカカカ! この名槍に貫けぬ物なし! その柔き肉を見事串刺しにして、それがしが用意したこのひつぎに詰めてくれるわ!」
「レディー……ファイッ!」

 二分後。
「お、降ろしてくれ~! 高いところコワい~!」
 槍の端をあっさり掴んだアテナは、そのまま柄を垂直に持ち上げ、槍の柄を掴んでいたピーカ・シートも一緒に宙に上げられてしまった。なまじ槍が長かっただけに、ピーカ・シートは風を受けていない旗のようになってしまっている。
「……よろしい、すぐに降ろしましょう」
 アテナはピーカ・シートが用意したという棺をちらりと見ると、距離を調整して向き直り、槍の柄を両手で持った。
「え? ちょっ! あああああ―――――ごばひゅ!」
 リング上の棺めがけて槍を振るったアテナは、目測通りにピーカ・シートを棺に叩きつけた。棺は粉々に砕け、ピーカ・シートはコンクリートのリングにめり込んで体を痙攣けいれんさせている。
樫材かしざいこしらえるべきでしたね。もろすぎます。この槍もあまり名品ではない」
 アテナは柄がぽっきりと折れてしまった槍を一瞥いちべつすると、それをリングサイドへ放り投げた。
 一方野摩は、砕けた棺の破片のうち、十字が描かれた部分が目の前に落ちてきたのを見て、顔を強張こわばらせていた。その上、十字がぱきりと真っ二つに割れてしまい、なおさら不吉さを感じ取っていた。

 第四回戦も終わり、新しいチーズケーキとワインを注文したアテナは、次の対戦相手と品物が届くのを待った。その間、アテナは大型液晶モニターに映し出されている対戦表に目を向けた。
 アテナが強引に対戦表を変えさせたので、そこに映し出されている当初の対戦表はもはや意味はないのだが、アテナには気になっていることが一つあった。
(右端のシード枠)
 対戦表の右端から、決勝進出者と当たるように伸びている独立した枠がある。特別枠として出場しているアテナとは対照的な、たった一試合だけしか闘わない出場者。
 アテナが期待しているのは、これまでの有象無象ではなく、最初からそのシード枠のみだった。
 その枠を見る度に、戦女神の直感がささやき続けているのだ。
(あれは間違いなく、正真正銘の強者)

「ふ~む……」
 第三回戦、第四回戦をモニターで観戦していたオスタケリオンは、腕を組みながら軽くうなった。
(やはり時間をかけずに試合を進めているな。よほど対戦相手がつまらないと見える)
 第四回戦に至るまでの闘いで、アテナはかすり傷一つ負うどころか、完全勝利を果たし続けている。
(全盛期より力を落としたとはいえ、やはり戦いの女神に太刀打ちできる者など、そう簡単には現れまい)
 だが、無人の野を行くように勝ち進むアテナに、オスタケリオンは特に動揺していない。むしろ冷静に事実を認めている。
「奴を引き入れておいてよかった。さて、そろそろウォーミングアップも終わった頃か?」

 第二回戦が終わった直後、オスタケリオンは一時モニター室を空けていた。
 通常の選手控え室とは別で設けられた、最上級スイートにも引けを取らないほどの一室。そこにいるシード選手に出場を打診するためだった。
「ひぐっ! あぁ! や、やだぁ! もぉやらあぁ!」
 ドアを開けたオスタケリオンの耳に入ってきたのは、キングサイズのベッドから必死に逃げようとしている女の悲鳴だった。しかし、女は腰をがっしりと押さえ込まれ、泣きながら両手でシーツをかきむしることしかできない。
「ああっ! あ……あ……あぁ……」
 女は背をらせ、数回ほど体を震わせた後、ベッドの端から脱力して床に転げ落ちた。
「やれやれ。百戦錬磨の高級娼婦が、軒並みを上げてしまうとは」
 オスタケリオンは室内を見回して肩をすくめた。部屋には他にも数名の娼婦がいたが、皆一様に骨を抜かれてしまったように倒れていた。痙攣と呼吸音が聞こえているので、死んでいるわけではないようだ。
「これではもう娼婦としては再起不能だな。君の相手をした女は大半がこうなる」
「何の用だ? 俺はつまらない相手だったら応じないと言っておいたはずだが?」
「もちろんだ。そういう契約だからな。これを見て納得しないようなら出場しなくていい」
 ベッドに腰かけてにらんでくる男に、オスタケリオンはタブレット端末を手渡した。ディスプレイには一回戦と二回戦の映像が流れている。
 合わせて十分じゅっぷん足らずの映像だったが、それを見た男の顔からは不機嫌さが薄れ、真剣な面持ちへと変わっていった。
「……この女が今回の特別枠か?」
「そうだ。容姿、実力、ともに申し分ないと思うが?」
 アテナとの対戦をしてくるオスタケリオンに、男は黙考しつつ再びディスプレイに目を落とした。一時停止させたブラウザには、ストレッチで腕を伸ばしているアテナが映っている。
 男は映像の中のアテナに対し、鋭く目を細めた。
「俺が勝ったらその場でこの女をっていいんだな?」
「もちろん結構だ。特別枠はそういう趣向も含まれている」
「後で観客どもの番になったとして、この女はまともな状態ではなくなっていると思うが?」
「最悪でも生きていれば問題ない」
「……いいだろう」
 男はベッドから立ち上がると、シャワールームへと歩いていった。
「ウォーミングアップはなるべく早くしてくれ。おそらく決勝までそう時間はかからないだろうからな」
 シャワールームへ入った男にそれだけ声をかけ、オスタケリオンはきびすを返した。
「いい試合を期待しているよ。原木本楠二郎ばらきもとくすじろう
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