小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

作戦開始前

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「ふ~……」
 部屋に戻った結城ゆうきは蝶ネクタイを緩めると、糸の切れた人形のようにソファに体を預ける。まだくだんのオークションで受けた精神的ショックは抜けきっていなかった。
「ゆうき。はい、『れぼびたんぜっと』」
「ああ、ありがとう媛寿えんじゅ
 気が弱っている結城を心配し、媛寿は持参していた栄養ドリンク『Revoレボビタンゼット』の小瓶をそっと手渡した。
 結城は小瓶のキャップを外すと、少しずつ染み込ませるように中身を飲み干した。
 いつものはドリンクこれを飲み終わると、『ファイトー!』、『いっぱーつ!』と媛寿と一緒に掛け合いをするのだが、さすがに結城の状態をかんがみてか、媛寿は何も言わずに空の小瓶を受け取った。
「ごちそうさま」
 代わりに笑顔でそう言うと、媛寿も安心したのか、結城に淡く微笑ほほえみ返した。
「ユウキ、大事たいじありませんか?」
 ドリンクを飲んで一心地ついた結城の前に、アテナが近付いてきて顔を覗きこんだ。
「だいぶ落ち着いてきました。それに―――」
 一度目を閉じてから呼吸を整え、
「あまりモタモタしてるわけにはいきませんから」
 結城は見えない敵を睨むように、力のこもった目で言った。
「その意気は良いですが、無理をしてはいけません。戦いに臨むのであれば、万全の状態を整えてから行くべきです」
「……そうですね。ちょっと気持ちが急いじゃってました」
「BΓ9↓ST。Aω4←TO(しかしまぁ、エグいことやってやがったな、この船は。もっとも、俺の元いた大陸とこでも似たようなことはあったが)」
「結城、この船、斬る?」
 船内の探索を任されていたマスクマンとシロガネも、結城の部屋に集合し、行われていたオークションに対してそれぞれの感想を述べていた。シロガネについては感想より先の行動を指し示していたが。
「……シロガネ、物騒なことは無しでお願い。そういうのはさっき懲りたんだ。恵比須えびす様の話では、この船はまだまだ悪いことをしているらしい。だからその証拠を掴んで、佐権院さげんいん警視たちに送る。僕たちのやることは、それだけでいい」
「おそらくこの船には相応のコンピューターと送受信用の設備があるでしょう。それを使って証拠を送り、船が帰港したところを一網打尽にしてもらいます」
 結城に続けて、アテナがここからの動向を補足した。
「そういうことで、マスクマンとシロガネには引き続き船を調べてもらいたいんだ。何か法律に触れるような物とか」
「YΨ1→。JΔ3↑(ああ、分かった。ちょうど怪しげな区画を見つけたところだったしな)」
「了、解」
「二人とも、ありがとう」
 探索を引き受けてくれたマスクマンとシロガネに、結城は笑みを浮かべて礼を言った。
「ゆうき。えんじゅは? えんじゅは?」
「媛寿は、え~と……」
 袖を引っ張って聞いてくる媛寿に、結城は何の役を振ろうか考えを巡らせた。が、
「ユウキ、エンジュ、あなたたちにはこれから闘技場に向かってもらいます」
「へ?」
「と、闘技場?」
 アテナの唐突な発言に、媛寿と結城はそろって目を丸くした。
「あの、アテナ様。闘技場って何の―――」
「昨夜、アームレスリング大会の折りに申し出を受けました。二日目の夜に選りすぐりの腕自慢が集まり、トーナメントが開かれるのでどうか、と」
「ト、トーナメント、ですか」
「そうです。トーナメントです」
 説明するアテナの目には、すでに闘志が静かに燃え始めていた。いかにも今から楽しみと言わんばかりに。
「そ、それで、僕と媛寿が参加させられる、とか?」
「? 何を言っているのですか? 参加するのは私です」
 アテナは自身を親指で指し示して、結城の勘違いを正した。
「今朝そのむねが書かれた書類にサインしたではありませんか」
「…………あっ!」
 記憶の糸を手繰っていた結城は、アテナに言われてサインした書類のことを思い出した。英語で書かれていたので、内容は全く読めなかったが。
(あれってそういうヤツだったの!?)
「私はあなたの従者ということになっていますので、参加するためにはあなたの許可が必要でした。あの書類は私が参加することを認め、試合の結果について一切の異議申し立てはしないことを誓約するものです」
「そ、そうだったんですか……」
 聞く機会を逸してしまっていたとはいえ、もう少し何の書類なのかを聞いておくべきだったと、結城は微妙に後悔していた。アームレスリング大会の時同様、アテナはこういうイベントに際してはちょっと、いや、かなり張り切ってしまう性分だったからだ。
 アームレスリング大会の結果は詳しく聞いていないが、おそらくアテナの勝ち星イコール腕を折られた人数であることは想像に難くない。それが本格的な闘技大会にもなれば―――――
(うっ、寒気が……)
 その先はすでに結城の想像を超える領分だったので、思い浮かべるよりも先に背筋に悪寒が走った。
「さぁ、時間が押し迫ってきました。ユウキ、エンジュ、ここからの動きを手早く説明しておきます」
 別の意味で顔が青ざめてきている結城をよそに、俄然がぜんやる気がみなぎってきているアテナは、結城たちにトーナメント開始からの作戦を話し始めた。 
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