上 下
222 / 378
豪宴客船編

プールサイドにて その1

しおりを挟む
 船上に設けられた公園エリア『セントラルガーデン』よりもさらに上のデッキ。そこには大小いくつものプール施設が造られており、様々な水遊びが楽しめるようになっていた。
 結城ゆうきたちが選んだのは、シンプルな遊泳のためのメインプールではなく、周りにデッキチェアが配置されたビーチプールの方だった。
「ぷはっ!」
 プールの底まで潜っていた結城は、水面に顔を出すと大きく息継ぎした。
「ぷあっ!」
「っ!」
 続いて媛寿えんじゅとクロランも水面から顔を出して息を吐いた。
 昨夜にシャワーを浴び損なっていた結城たちは、アテナの奨めで船内のプール施設にやって来た。どうせなら朝食の前に一泳ぎしてさっぱりしようということだった。
 水着は持参していなかったが、クイーン・アグリッピーナ号では水着のレンタルサービスがある。結城はトランクスタイプの水着を、媛寿とクロランは揃いのワンピースタイプの水着を借り、朝の遊泳を楽しんでいた。
「う~ん、媛寿もすごいけど、クロランもけっこう息が長く続くんだなぁ。僕が一番たなかったよ」
「えっへへ~、えんじゅとくろらんのかち~」
「っ」
 水の中の息止め競争に勝った媛寿はクロランとハイタッチした。
 媛寿に笑顔で応じるクロランを見て、結城はクロランの精神的回復が見込めていることを喜ばしく感じていた。最初に古屋敷ふるやしきに来た時に比べれば、充分に良い方向に向かっている。
「ゆうき、もっかいもっかい!」
「あ~、ごめん、媛寿。僕そっちで少し休むよ」
 結城に再戦をせがむ媛寿だったが、二回連続はさすがに厳しいので、結城はやんわり断った。
「ん~、わかった。くろらん、ぼーるかりてきてばれーやろ」
「っ」
 結城に断られて少し残念そうな媛寿だったが、クロランと水中バレーをするためのビーチボールを求めてプールサイドへ泳いでいった。
 結城は逆方向のプールサイドに上がり、整然と並べられているデッキチェアの一つに背中を預けた。
「ん~……ふ~」
 思い切り体を伸ばし、そして脱力しながら息を吐く。
 朝風呂に入るというのは一懇楼いっこんろうに泊まっていた時に体験したが、朝からプールで泳ぐというのは初めての経験だった。
(これはこれで別のサッパリ感があるな)
「YYΩ1↑。NΞ8←(よぉ、結城。昨夜はよく眠れたか)」
「おは、よう」
 朝プールの清涼感を味わっていた結城のところに、アテナの誘いを受けたマスクマンとシロガネが到着した。
「あっ、マスクマン、シロガネ、おはよ―――うっ!?」
 首を反らせて二人を見た結城は、思わず声を上ずらせた。
 マスクマンが借りたのは、水着として着る側面はあるが、あまりお目にかからない着用物、ふんどしだった。それも真っ赤な赤フンだった。
「な、なんで褌?」
「IΘ5←。Nω7←(俺が元いた土地の人間たちは、だいたいこういう格好だったんだよ。ちょっと懐かしくなってな)」
「そ、そう」
 マスクマンの回答に微妙に納得しきれていない結城は、次にシロガネに目を向けた。
 黒のセパレート水着というのは別に変ではないのだが、白いフリル付きのカチューシャとショートエプロンを身に付けているので、なぜかイケナイ雰囲気が醸し出されていた。少なくとも結城にとっては。
「結城、興奮、した?」
「え!? いや、その~」
 アテナほど出るところは出ていないが、シロガネもそれなりにスタイルが良いので、そういう格好をされると結城も目のやり場に困ってしまった。
「ふっふっふ~。朝から楽しそうですね~」
 結城がシロガネへの返答に困っていると、すぐ隣から聞き知った声が聞こえてきた。
 だが、隣のデッキチェアには誰もいなかったはず。結城は反射的に横を見た。
「おはよ~ございま~す、結城さ~ん」
 耳と九本の尾こそないが、サングラスを上げてウインクしてきた美女の顔には見覚えがあり過ぎた。
 伝説の妖狐キュウが、隣のデッキチェアに寝そべっていた。大胆な白のビキニを身に纏って。
「キュ、キュウ様!? な、何で!?」
「何ではヒドいじゃないですか~? 昨夜はたくさんたくさん楽しんだじゃないですか~」
「へ? 昨夜……はっ!」
 昨夜の断片的な記憶の中に、確かにキュウがいたことを、結城は即座に思い出した。
 あまりにも後の出来事が脈絡がなかったので夢と思っていたが、キュウの言葉で夢ではなかったと確信した。
「た、たくさんって……ま、まさか」
「うっふ~」
 キュウは艶っぽく微笑むと、自身の胸や下腹部をゆっくりと撫で回した。
「と~っても良かったですよ~。結城さんの~―――」
「趣味の悪い冗談はそこまでにしなさい、キュウ」
 結城とキュウの間に、凛とした声が割って入った。こちらも結城にとっては聞き慣れた声だ。
「アテナさ―――ま!?」
 アテナの声を聞いて振り返った結城だったが、またも危うく鼻血を吹きそうになり、すんでのところで口元を押さえた。
 水着を入念に選んでいたアテナが着てきたのは、背中が大きく開いた紺の競泳水着だった。それもハイレグタイプである。
 普通に見れば競技用と割り切ってしまえそうだが、抜群のプロポーションを持つアテナが着用しては威力がありすぎる。おかげで結城の鼻腔の血管は、はち切れる寸前になっていた。
「ぼ、僕もう一泳ぎしてきます!」
 キュウの白ビキニとアテナの競泳水着に挟まれては、あまり長く保ちそうになかったので、結城は慌ててプールに戻っていった。
「キュウ、ユウキに魔手を伸ばすのはやめるように言ったはずですが?」
 結城を見送ったアテナは、少し険しい目でキュウに向けた。
「手なんて出してませんよ~。ちょっとからかっただけじゃないですか~」
「あなたはユウキにとって悪影響に思えてなりません」
「まあまあ~」
 怒りで拳を握りそうになっていたアテナの後ろに、霧のようにキュウの姿が現れた。すでにデッキチェアにはキュウの姿はない。
「そんなに目くじら立てないで~、少しお話しましょうよ~」
 キュウはアテナの背中を軽く押して、さっきまで結城が腰掛けていたデッキチェアにアテナを座らせようとした。
「あなたと話し合うことなど―――」
「まあまあ~、せっかくですし~」
 キュウに抗議しようとするアテナだったが、のらりくらりとしたキュウの態度に、なし崩し的にデッキチェアに座らされてしまった。
「……それで、何を話し合うというのですか」
 キュウのペースに乗せられて席に着かされたアテナは、当然の如く不機嫌だった。
 ちなみに最強の戦女神と最強の大妖狐が一対一で話すというので、マスクマンは『SΠ9→(俺もちょっと泳いでくるわ』と言い、シロガネは『ワタシ、も』と席を外した。いざ大決戦に発展した時、巻き込まれないためである。
「アテナ様に~、聞きたいことがあったんですよ~」
 再びデッキチェアに座ったキュウは、どこから取り出したのか、朝食代わりのいなり寿司をつまみつつ、にやにやしながらアテナを見た。
しおりを挟む

処理中です...