221 / 405
豪宴客船編
二日目の朝
しおりを挟む
「うぅ……ん……はっ! ア、アテナ様、違うんです! 決して覗こうとしたわけじゃ―――あれ?」
眠りの中から飛び起きた結城は、なぜか自室のベッドで寝ていたことに首を傾げた。
(ど、どうして? 確かシャワーを浴びようとしたら先にアテナ様が入ってて……ん? その前にキュウ様に迫られて……え? あれ?)
考えれば考えるほど、意識を失う直前の出来事が支離滅裂であり、結城は軽いパニック状態に陥りそうになっていた。キュウがいた痕跡もなく、謎のトロフィーもテーブルになく、そもそも結城の部屋でアテナがシャワーを浴びているというのが辻褄の合わない状況なので無理もないが。
(も、もしかして僕けっこう欲求不満になってるのかな。だからあんな夢を見ちゃった、とか?)
どう考えても脈絡のないことの連続だったので、結城はいずれも夢であったのではないかと結論付けようとしていた。意識を失っている間の事情を知らないので、これも無理もない。
部屋を見回すと、室内灯がいらないくらいに明るくなっていた。いろいろあったが、クイーン・アグリッピーナ号での二日目の朝を迎えていた。
ベッドを見ると、まだ媛寿とクロランがすやすやと眠っていた。
いま乗っている船には、裏の世界に蔓延る悪徳者たちが一同に会している。昨晩はいろいろと振り回されているうちに終わってしまい、それを意識することはなかった。
だが、一晩経ってから改めて考えると、やはり結城の感覚ではおぞましさや恐怖が出てきてしまい、気が気でない。
そんな中、二人の穏やかな寝顔は、結城にとって心の癒しとも呼べるものだった。
(この船に乗ってるのは、たぶん誰も彼もが『いい人』とは言えないんだろうな。気を付けていかなくちゃ……あれ?)
結城はふと、カジノで会った黄金男爵のことを思い出した。
(昨日は緊張しててそれどころじゃなかったけど、あの人どこかで会ったことがあるような……)
仮面で顔は判然としなかったが、結城は黄金男爵の声と体格に見覚えがある気がしていた。それも割と最近に。
「う~ん……」
「目を覚ましましたか、ユウキ」
「っ!?」
ベッドに座って考え込んでいた結城は、唐突に聞こえてきた声の方を、半ば反射的に向いた。
よく聞き慣れた声の主は、やはりアテナだった。それはまだいい。
問題だったのは、アテナがシャワー室から出てきて、髪をバスタオルで拭きながら結城の傍に歩いてきたことだった。一糸纏わぬ姿で。
「ア、アテナ様!? なんで!? どうして!? 何して!?」
まともに見てしまうと鼻血を吹きそうになったので、結城は慌てて顔を背けた。
「なぜと問うならば、私がこの部屋に泊まったからです。何をしているかと問われれば、朝の湯浴みをしていたのです」
「そ、そうじゃなくて! そもそも何で僕の部屋で寝泊りしてたんですか! アテナ様の部屋ちゃんとあったはずですよね!?」
「……あなたを守護するためです、ユウキ。この船には『よからぬ者』が乗っていますから」
それ自体は嘘ではないが、アテナとしては昨夜のキュウの一件は、あまり結城の耳に入れるべきではないと考えていた。詳しい内容を話して結城がショックを受けないようにという配慮だった。
「ふあぁ~」
結城が騒いでいたせいか、体を起こした媛寿は寝惚け眼で小さくあくびをした。
「おはよ~、ゆうき~。あれ? あてなさま、なんで~?」
目を擦りながら結城に挨拶すると、媛寿もまた当然の疑問を口にした。
「僕たちが寝てる間、アテナ様が守ってくれてた……らしい?」
「ふ~ん……あっ、くろらんもはやくおきる」
「うぅ……むぅ……」
結城の返答にあまり興味なさそうな媛寿は、横で寝ていたクロランに気付いて起こしにかかった。なぜか胸を揉みしだいて。
「媛寿、その起こし方どうなの?」
どうにも複雑な気分になっている結城をよそに、クロランもようやく目を覚ました。
「ユウキ。起きて早々ですが、この書面にサインをしてもらえますか?」
「え? 書面?」
バスタオルを体に巻いたアテナは、バインダーに収まった一枚の書類を結城に差し出した。
「いまの私はあなたの従者という扱いになっているので、決定権のあるあなたの許可が必要なのだそうです。その書面の一番下の欄にサインをしてください」
「一番下の……と、ここですね」
書類下部にあったnameという字の横にある欄を確認し、結城はバインダーに付属していたボールペンで名前を書いた。
「これでいいんですか?」
「……確かに。ユウキ、感謝します」
結城からバインダーを受け取り、サインを確認すると、アテナは上機嫌に微笑んだ。
「あの~、それっていったい何が書いてあるんですか? 英語で書かれてるから内容が―――」
書類の内容について聞こうとしていた結城だったが、
「あっ!」
突然聞こえた媛寿の声に遮られてしまった。
「ゆうき、たいへんたいへん!」
「ど、どうしたの、媛寿!?」
何かに気付いて声を上げた媛寿に、結城も驚いて聞き返すと、
「えんじゅたち、きのうおふろはいってない」
「へ?」
媛寿の次の一言で、結城は目が点になってしまった。
思い返してみれば、媛寿とクロランは結城に撫でられている間にうたた寝してしまったし、結城もそのままの格好で眠っていたわけなので、シャワーを浴びずに就寝してしまっている。
厳密には結城はシャワーを浴びようとした矢先に、アテナの裸身を見て鼻血を吹いて気を失っているのだが。
「ん~、じゃあ僕たちもアテナ様に倣って朝シャワーを―――」
「ユウキ、ちょうど良いものがあります」
朝シャワーを提案しようとしていた結城を、室内に置かれた案内表を見ていたアテナが制止した。
「ちょうどいいものって、大浴場とかあるんですか?」
「これです」
アテナは開いていたページを結城たちに見えるように裏返した。
「おぉ」
「ゆうき! これいこ! いきたいいきたい!」
「っ! っ!」
ページに載っていた写真を見て、結城は感嘆し、媛寿とクロランもすっかり乗り気になっていた。
「では決まりですね」
アテナも嬉しそうに口角を上げながら、案内表をぱたりと閉じた。
眠りの中から飛び起きた結城は、なぜか自室のベッドで寝ていたことに首を傾げた。
(ど、どうして? 確かシャワーを浴びようとしたら先にアテナ様が入ってて……ん? その前にキュウ様に迫られて……え? あれ?)
考えれば考えるほど、意識を失う直前の出来事が支離滅裂であり、結城は軽いパニック状態に陥りそうになっていた。キュウがいた痕跡もなく、謎のトロフィーもテーブルになく、そもそも結城の部屋でアテナがシャワーを浴びているというのが辻褄の合わない状況なので無理もないが。
(も、もしかして僕けっこう欲求不満になってるのかな。だからあんな夢を見ちゃった、とか?)
どう考えても脈絡のないことの連続だったので、結城はいずれも夢であったのではないかと結論付けようとしていた。意識を失っている間の事情を知らないので、これも無理もない。
部屋を見回すと、室内灯がいらないくらいに明るくなっていた。いろいろあったが、クイーン・アグリッピーナ号での二日目の朝を迎えていた。
ベッドを見ると、まだ媛寿とクロランがすやすやと眠っていた。
いま乗っている船には、裏の世界に蔓延る悪徳者たちが一同に会している。昨晩はいろいろと振り回されているうちに終わってしまい、それを意識することはなかった。
だが、一晩経ってから改めて考えると、やはり結城の感覚ではおぞましさや恐怖が出てきてしまい、気が気でない。
そんな中、二人の穏やかな寝顔は、結城にとって心の癒しとも呼べるものだった。
(この船に乗ってるのは、たぶん誰も彼もが『いい人』とは言えないんだろうな。気を付けていかなくちゃ……あれ?)
結城はふと、カジノで会った黄金男爵のことを思い出した。
(昨日は緊張しててそれどころじゃなかったけど、あの人どこかで会ったことがあるような……)
仮面で顔は判然としなかったが、結城は黄金男爵の声と体格に見覚えがある気がしていた。それも割と最近に。
「う~ん……」
「目を覚ましましたか、ユウキ」
「っ!?」
ベッドに座って考え込んでいた結城は、唐突に聞こえてきた声の方を、半ば反射的に向いた。
よく聞き慣れた声の主は、やはりアテナだった。それはまだいい。
問題だったのは、アテナがシャワー室から出てきて、髪をバスタオルで拭きながら結城の傍に歩いてきたことだった。一糸纏わぬ姿で。
「ア、アテナ様!? なんで!? どうして!? 何して!?」
まともに見てしまうと鼻血を吹きそうになったので、結城は慌てて顔を背けた。
「なぜと問うならば、私がこの部屋に泊まったからです。何をしているかと問われれば、朝の湯浴みをしていたのです」
「そ、そうじゃなくて! そもそも何で僕の部屋で寝泊りしてたんですか! アテナ様の部屋ちゃんとあったはずですよね!?」
「……あなたを守護するためです、ユウキ。この船には『よからぬ者』が乗っていますから」
それ自体は嘘ではないが、アテナとしては昨夜のキュウの一件は、あまり結城の耳に入れるべきではないと考えていた。詳しい内容を話して結城がショックを受けないようにという配慮だった。
「ふあぁ~」
結城が騒いでいたせいか、体を起こした媛寿は寝惚け眼で小さくあくびをした。
「おはよ~、ゆうき~。あれ? あてなさま、なんで~?」
目を擦りながら結城に挨拶すると、媛寿もまた当然の疑問を口にした。
「僕たちが寝てる間、アテナ様が守ってくれてた……らしい?」
「ふ~ん……あっ、くろらんもはやくおきる」
「うぅ……むぅ……」
結城の返答にあまり興味なさそうな媛寿は、横で寝ていたクロランに気付いて起こしにかかった。なぜか胸を揉みしだいて。
「媛寿、その起こし方どうなの?」
どうにも複雑な気分になっている結城をよそに、クロランもようやく目を覚ました。
「ユウキ。起きて早々ですが、この書面にサインをしてもらえますか?」
「え? 書面?」
バスタオルを体に巻いたアテナは、バインダーに収まった一枚の書類を結城に差し出した。
「いまの私はあなたの従者という扱いになっているので、決定権のあるあなたの許可が必要なのだそうです。その書面の一番下の欄にサインをしてください」
「一番下の……と、ここですね」
書類下部にあったnameという字の横にある欄を確認し、結城はバインダーに付属していたボールペンで名前を書いた。
「これでいいんですか?」
「……確かに。ユウキ、感謝します」
結城からバインダーを受け取り、サインを確認すると、アテナは上機嫌に微笑んだ。
「あの~、それっていったい何が書いてあるんですか? 英語で書かれてるから内容が―――」
書類の内容について聞こうとしていた結城だったが、
「あっ!」
突然聞こえた媛寿の声に遮られてしまった。
「ゆうき、たいへんたいへん!」
「ど、どうしたの、媛寿!?」
何かに気付いて声を上げた媛寿に、結城も驚いて聞き返すと、
「えんじゅたち、きのうおふろはいってない」
「へ?」
媛寿の次の一言で、結城は目が点になってしまった。
思い返してみれば、媛寿とクロランは結城に撫でられている間にうたた寝してしまったし、結城もそのままの格好で眠っていたわけなので、シャワーを浴びずに就寝してしまっている。
厳密には結城はシャワーを浴びようとした矢先に、アテナの裸身を見て鼻血を吹いて気を失っているのだが。
「ん~、じゃあ僕たちもアテナ様に倣って朝シャワーを―――」
「ユウキ、ちょうど良いものがあります」
朝シャワーを提案しようとしていた結城を、室内に置かれた案内表を見ていたアテナが制止した。
「ちょうどいいものって、大浴場とかあるんですか?」
「これです」
アテナは開いていたページを結城たちに見えるように裏返した。
「おぉ」
「ゆうき! これいこ! いきたいいきたい!」
「っ! っ!」
ページに載っていた写真を見て、結城は感嘆し、媛寿とクロランもすっかり乗り気になっていた。
「では決まりですね」
アテナも嬉しそうに口角を上げながら、案内表をぱたりと閉じた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる