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豪宴客船編
幕間・マスクマンとシトローネ
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結城と黄金男爵単語が一対一の勝負をしている様子を、エルフのシトローネは離れたバーラウンジから眺めていた。あまり面白くなさそうな様子で。
シトローネもまた、日本の座敷童子という家神については聞かされていた。憑いた家に幸運をもたらすとされる存在は、妖精種の中にもいくらか似た者がいるので、それ自体は驚いてはいない。
ただ一つ釈然としないのは、黄金男爵こと多珂倉稔丸が、その家神が憑いている相手にわざわざ勝負を仕掛けたということだ。一千万という大金をほぼ捨て金にしてまで。
「I☆7↑TM(面白いことするんだな、あの男)」
カルーアミルクが入ったグラスを傾けようとしていたシトローネの隣に、不思議な言語を使う者が並んできた。
褐色肌に黒髪を一つに束ねた背の高い青年。燕尾服に白手袋を付けているところから、執事か何かだとシトローネは思った。
だが、聞いたことのない言語である割には、なぜか意図することが理解できる。シトローネは警戒心を強めた。
「どこかで会ったカ?」
シトローネが少し睨むような目を向けると、青年は顔を拭うように右腕を持ち上げた。
腕が顔を通過すると、厳しい表情が木製の仮面に変わった。
「っ!?」
仮面の造形に見覚えがあったシトローネは目を丸くした。稔丸の指示で螺久道村から結城たちを助けた際、一緒にいた仮面の精霊、マスクマンだった。
マスクマンは今度は左腕で仮面を拭うと、また青年の顔に戻った。
「RΘ6←AG(螺久道村の時にトラックに乗ってた妖精だろ? においで分かった)」
「お前、あの時の変な精霊カ」
マスクマンに螺久道村でのことを指摘されたシトローネは、さらに鋭く目を細めた。
「いったい何の用ダ?」
「NΨ2→LL。RΞ6↓SK(いやなに、お前も変わった人間の傍にいるみたいだからな。ちょっと近いものを感じて話しかけたまでだ)」
そう嘯くマスクマンに対し、シトローネはまだ懐疑的な目を向けているが、ひとまず敵意はなさそうだったので、
「カルーアミルクをもう一ツ」
バーのマスターに改めてカクテルを注文した。
「お前、どこの精霊なんダ? そんな仮面で表される精霊、見たことないゾ」
「FΠ9→OJ。MΞ1↓R。OΓ8←K。(仮面は雨乞い用に作られたオリジナルで、二つとない代物だ。俺たちは口を開いたら雨が降るって言われているみたいなんでな。大抵の俺たちを表した物は、口なんて作られてないんだ)」
「……」
マスクマンの言葉を聞きながら、シトローネは新しく差し出されたグラスを取って一口飲んだ。まだマスクマンへの疑念が晴れたわけではない。
妖精種と精霊種は元々近似する部分があり、精霊種は自然現象をより強く司るため、非常に超然とした、平たく言えば役目に対するストイックさがある印象だった。少なくともシトローネの認識からすれば。
しかし、その観点からすれば、マスクマンは役目に縛られた様子がなく、人間臭さの方が目立つ存在だった。それが最もシトローネが怪しむ要因でもある。
「Wω7→(名前は一応あるが、名乗っておくか?)」
「……聞ク」
「☆Ξ1IΩΛ」
マスクマンが口にした名前を聞いたシトローネは、マスクマンの余計に困惑しそうになった。マスクマンが使っている言語もそうだが、それに輪をかけて意味を理解できない発音だったからだ。
「何て言ったんダ?」
「FΨ2↓MM(妖精でも聞き取れないか。じゃあマスクマンでいい)」
「?」
マスクマンのよく分からない振る舞いに、シトローネは眉根を寄せた。
件の小林結城についている神霊たちは、そのどれもが規格外であり、あまつさえ扱いづらい存在だとは知らされていたが、中でもマスクマンはさらに別枠のようだった。そもそも精霊が何の契約術式もなしに、一人の人間にここまで肩入れしている時点で、シトローネにとっては信じがたいことである。
(コイツ、いったい何のつもりダ?)
シトローネが再び疑問を抱いた時、カジノ中央の特設スペースから歓声が上がった。
「Dξ0→BA(勝負がついたか。じゃあ、またな)」
結城と黄金男爵の対決が終わったことを察したマスクマンは、あっさりとバーラウンジから去っていった。
マスクマンが姿を消した方向を見つめながら、シトローネは残っていたカルーアミルクを飲み干し、グラスをカウンターに戻した。
(あの精霊、警戒しておいた方がいいのかもしれなイ)
マスクマンの謎の行動に翻弄されまいと心構えしつつ、シトローネはバーラウンジに足を向けてくる黄金男爵に目を向けた。
シトローネもまた、日本の座敷童子という家神については聞かされていた。憑いた家に幸運をもたらすとされる存在は、妖精種の中にもいくらか似た者がいるので、それ自体は驚いてはいない。
ただ一つ釈然としないのは、黄金男爵こと多珂倉稔丸が、その家神が憑いている相手にわざわざ勝負を仕掛けたということだ。一千万という大金をほぼ捨て金にしてまで。
「I☆7↑TM(面白いことするんだな、あの男)」
カルーアミルクが入ったグラスを傾けようとしていたシトローネの隣に、不思議な言語を使う者が並んできた。
褐色肌に黒髪を一つに束ねた背の高い青年。燕尾服に白手袋を付けているところから、執事か何かだとシトローネは思った。
だが、聞いたことのない言語である割には、なぜか意図することが理解できる。シトローネは警戒心を強めた。
「どこかで会ったカ?」
シトローネが少し睨むような目を向けると、青年は顔を拭うように右腕を持ち上げた。
腕が顔を通過すると、厳しい表情が木製の仮面に変わった。
「っ!?」
仮面の造形に見覚えがあったシトローネは目を丸くした。稔丸の指示で螺久道村から結城たちを助けた際、一緒にいた仮面の精霊、マスクマンだった。
マスクマンは今度は左腕で仮面を拭うと、また青年の顔に戻った。
「RΘ6←AG(螺久道村の時にトラックに乗ってた妖精だろ? においで分かった)」
「お前、あの時の変な精霊カ」
マスクマンに螺久道村でのことを指摘されたシトローネは、さらに鋭く目を細めた。
「いったい何の用ダ?」
「NΨ2→LL。RΞ6↓SK(いやなに、お前も変わった人間の傍にいるみたいだからな。ちょっと近いものを感じて話しかけたまでだ)」
そう嘯くマスクマンに対し、シトローネはまだ懐疑的な目を向けているが、ひとまず敵意はなさそうだったので、
「カルーアミルクをもう一ツ」
バーのマスターに改めてカクテルを注文した。
「お前、どこの精霊なんダ? そんな仮面で表される精霊、見たことないゾ」
「FΠ9→OJ。MΞ1↓R。OΓ8←K。(仮面は雨乞い用に作られたオリジナルで、二つとない代物だ。俺たちは口を開いたら雨が降るって言われているみたいなんでな。大抵の俺たちを表した物は、口なんて作られてないんだ)」
「……」
マスクマンの言葉を聞きながら、シトローネは新しく差し出されたグラスを取って一口飲んだ。まだマスクマンへの疑念が晴れたわけではない。
妖精種と精霊種は元々近似する部分があり、精霊種は自然現象をより強く司るため、非常に超然とした、平たく言えば役目に対するストイックさがある印象だった。少なくともシトローネの認識からすれば。
しかし、その観点からすれば、マスクマンは役目に縛られた様子がなく、人間臭さの方が目立つ存在だった。それが最もシトローネが怪しむ要因でもある。
「Wω7→(名前は一応あるが、名乗っておくか?)」
「……聞ク」
「☆Ξ1IΩΛ」
マスクマンが口にした名前を聞いたシトローネは、マスクマンの余計に困惑しそうになった。マスクマンが使っている言語もそうだが、それに輪をかけて意味を理解できない発音だったからだ。
「何て言ったんダ?」
「FΨ2↓MM(妖精でも聞き取れないか。じゃあマスクマンでいい)」
「?」
マスクマンのよく分からない振る舞いに、シトローネは眉根を寄せた。
件の小林結城についている神霊たちは、そのどれもが規格外であり、あまつさえ扱いづらい存在だとは知らされていたが、中でもマスクマンはさらに別枠のようだった。そもそも精霊が何の契約術式もなしに、一人の人間にここまで肩入れしている時点で、シトローネにとっては信じがたいことである。
(コイツ、いったい何のつもりダ?)
シトローネが再び疑問を抱いた時、カジノ中央の特設スペースから歓声が上がった。
「Dξ0→BA(勝負がついたか。じゃあ、またな)」
結城と黄金男爵の対決が終わったことを察したマスクマンは、あっさりとバーラウンジから去っていった。
マスクマンが姿を消した方向を見つめながら、シトローネは残っていたカルーアミルクを飲み干し、グラスをカウンターに戻した。
(あの精霊、警戒しておいた方がいいのかもしれなイ)
マスクマンの謎の行動に翻弄されまいと心構えしつつ、シトローネはバーラウンジに足を向けてくる黄金男爵に目を向けた。
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