小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

カジノその2

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「え~と……ロイヤルストレートフラッシュ」
「ウソ!?」
「え~と……五光ごこう
「何で!?」
「ん~と、ちょうです」
「ちょっと待て! サイコロに細工してたオレが何で負けるんだよ!? あっ、しまった……」
 『LIBERTY BELLリバティ・ベル』のジャックポットを叩きだした結城ゆうきの元には、一対一の対決を挑んでくるギャンブラーたちが詰めかけていた。
 ある者は単純に勝負するため。ある者は結城の獲得したメダルを巻き上げるため。またある者は媛寿えんじゅとクロランを目当てで勝負を仕掛けてくる者もいたが、全員が結城―――とともにいる座敷童子ざしきわらし―――に惨敗して身ぐるみ剥がされる結果となった。
 カジノ中央にある特設スペースでは、結城と挑戦者の勝負を見ようと、人だかりがぐるっと囲っていた。ここまでの勝負はポーカー、花札、丁半ちょうはん博打と変遷しているが、いずれも驚くほどの高得点で勝利を収めている。おまけに単に勝つのではなく、相手に有利な波を作ってから、一気に最強の手で巻き返すという流れを作っているので、見物している客たちも勝負の行方を感心したように観ていた。
「あのロリコン勝負師ギャンブラー、なんて強運だ」
「挑んでるヤツ全員惨敗だぞ」
「イカサマしたヤツまでコテンパンだ」
「ギャンブルの女神でも憑いてんじゃねぇのか?」
 見物しているカジノ客たちは口々に結城の話をしているが、当の結城は、
(何だか変な噂を立てられている……気がする。というより、やっぱりこうなっちゃった! どうしよう、媛寿が座敷童子だってパレたらどうしよう)
 と、顔を引きつらせながら冷や汗を流していた。
「ちょっと失礼」
 かちこちに緊張して席に座っていた結城に、横から話しかけてくる者がいた。
 結城は『また挑戦者だろうか』と思いながら、且つうんざりしながら声の主の方を見ると、その人物はこれまでとは少し出で立ちが違っていた。
 仕立ての良いスーツを纏っているのは同じなのだが、他と比べると派手さを抑えたフォーマルな印象を受ける。ただ、印象的なのはスーツよりも、顔を覆い隠している金色のアイマスクの方だった。声もフロッグボイスでも使っているのか、少し甲高い。
 船内を歩いていると、正体を隠すために仮面を着用している客もちらほら見ていた結城だが、これほど徹底している人間は初めてだった。
(どこかのスゴい偉い人なのかな?)
「次はボクと勝負してもらっていいですか? あれで」
 金色マスクの人物は、特設スペースから少し離れたテーブルを指差した。回転する円盤の中をボールが転がり、数字の書かれたポケットへと収まる。カジノの女王、ルーレットだった。
「一対一の一回勝負。ボクは一千万を賭けます」
「い、いっせんまん!?」
 提示された金額に、結城は思わず腰が浮き上がりそうになった。代わりに膝に座っていた媛寿とクロランの腰がちょっとだけ浮いた。
 これまでの挑戦者たちも数百万単位を賭けてきたが、一千万を一度に持ち出されては驚きもする。数百万単位でも結城の神経はギリギリなのだ。
「い、いや~、さすがにそれは。ぼ、僕たちもそろそろお開きにしようと思ってたところでして……」
 一千万が懸かった勝負となれば、もう神経がたなくなりそうなので、結城は適当な理由を付けて逃げようとした。
 だが、金色マスクの人物の、唇の動きが結城の背筋を凍らせた。
『その座敷童子の女の子を賭けてでは安すぎましたか?』
 声には出していない、結城だけが読み取れたその言葉は、結城を確実にテーブルに着かせるほどの威力があった。
 金色マスクの人物は、媛寿の正体を知っている。座敷童子である媛寿を賭けて勝負しろと言ってきているのだ。断れば全てを白日の下へ晒す、と。
 結城には、暗にそう言われている、気がした。
「わ、分かりました。お、お受けしましょう」
 震える声で金色マスクの人物からの勝負を受けた結城を尻目に、カジノ客たちの間で波紋が拡がりつつあった。
「おい、黄金男爵ゴールドバロンが動いたぞ」
「こりゃ大勝負になる」

 ルーレットのテーブルに着いた結城と黄金男爵は、ディーラーの鳴らしたベルを合図に、テーブル上に黒のカードを差し出した。
「ボクは一千万。赤の1」
「ぼ、僕も一千万で。え~と、黒の13に」
 ちなみに、これまでの結城の勝ち分を計算すると、ちょうど一千万円がカードに入っていた。よって結城も一千万を掛け金にすることになった。
 双方のベットが完了し、ディーラーはノブを捻ってホイールを回転させた。ヨーロピアンスタイルのルーレットの回転が最高に達すると、ディーラーはボールを投入した。
 どちらも追加のベットはない。それを確認すると、
「No more bet」
 ディーラーの覚獲かくえはベットの終了を宣言した。
 ここからはボールがどのポケットに入るか、見極めるだけである。
「黄金男爵が一対一で勝負を挑むって、今まで一度もなかったぞ」
「しかもいきなり一千万。毎度のハイローラーっぷりだな」
「ルーレットの一対一で一発勝負の一目賭けって、ホントとんでもない勝負するよな」
「てかロリコン勝負師は何で黒の13なんて賭けてんだ? 普通あんな縁起の悪いトコ賭けないぞ」
 結城と黄金男爵の勝負を見物するカジノ客たちのざわめきはより大きくなっており、すぐ傍らにいる媛寿とクロランの耳元にも届いていた。ちなみに媛寿とクロランはこの勝負の前に結城の膝の上から降りていた。
 それでも媛寿はクロランの手を握りながら、特に結城が負ける心配はしていない。結城から離れる際、事前にどこのポケットに賭ければいいか耳打ちしてきたからだ。
 後は普通に結城が勝って戻ってくるのを待っていればいいだけだったのだが、あることに気付いて媛寿は眉をひそめた。
 それは媛寿としては最も見逃せないことだったので、一つ対抗策を取ることにした。
 口の中に残っていた『あるもの』を指で摘み、宙に向かって親指で弾いた。
 あまりに小さすぎる『それ』について、カジノ客の誰も気付く者はいなかった。

 ディーラーの覚獲は誰にも見られないようにほくそ笑んだ。この後の展開を想像すると、どうしても笑いがこみ上げてきてしまう。
 覚獲の何よりの愉しみは、順調に勝っているカジノ客が大勝負に乗り出した時、大負けして膝から崩れ落ちる様を見ることだった。この世の全てを手に入れたような表情から一転して全てを失う絶望の顔を見るのが、ディーラーとして最大級の快感だった。
 そのためにテーブルのいくつかには細工を施している。ルーレットのテーブルも然りだった。
 テーブルの裏にある隠しボタンを押せば、特定のポケットの高さを変えることができる。今回は赤の1を少し低くし、その他のポケットを少し高くする。これで勝率は一気に黄金男爵に傾くという寸法だった。
 果たして結城は悔し涙を流しながら拳を床に打ちつけるか。それとも放心状態となってくず折れるか。覚獲は結城が大敗する時を、今からあれこれと想像して愉しんでいた。
 ホイールとボールの回転に勢いがなくなってきた。スリットから零れたボールは、重力に従っていずれかのポケットに落ちるのみ。
 しかし、覚獲の細工によって赤の1以外のポケットは、より位置を高く変えられてしまっている。
 圧倒的に黄金男爵の方に勝率があった。
 よってボールは深さを増した赤の1のポケットに入――――――――――らなかった。
(なっ!?)
 覚獲は目を疑った。確かにボールは赤の1に入ろうとしていたのだ。が、入ったと確信した瞬間、ボールが小さく跳ねた。
 ポケットを二つ飛ばしで跳ねていったボールが、勢いをなくして止まった先は、黒の13のポケットだった。
「あっ」
 賭けたポケットにボールが入るのを見届けた結城は、少し間抜けた声を漏らした。
(な、何でだ!? いったい何で!?)
 覚獲は気取られないように視線を動かし、なぜイカサマが大はずれしたのか探ろうとした。
(!)
 そうして見つけたのは、赤の1のポケットに乗っていた、葡萄ぶどうの種だった。
 いつの間にかポケットに葡萄の種が付着していたために、赤の1に入ったボールが弾かれてしまったのだ。
(な、何でこんなところに葡萄の種が!?)
 目を見開いて驚愕する覚獲に対し、媛寿は密かにあっかんべーをしていた。
「う~ん、残念。負けてしまったか。ディーラー、こちらに配当をお渡しして」
「あ~、いや、あの~」
「これ以上『余計な』手間でわずらわせないでくれるかな? ボクが怒らないうちに」
「は、はい!」
 黄金男爵に促され、覚獲は慌てて結城のカードに、黄金男爵のカードから入金処理をして返還した。
「勝負を受けてくれてありがとう。今度は『邪魔』の入らないところで勝負したいところだけど……聞いてないか」
 カードを受け取って結城に別れの挨拶をしようとした黄金男爵だったが、結城がそれどころではなさそうだったので、そのまま去ることにした。一千万を賭けた大勝負に勝ってしまった結城は、驚きと緊張の糸が切れたせいで、半ば放心状態で座っていた。黒の13のポケットを見つめたままで。

 結城と黄金男爵の勝負に話題が沸騰するカジノ客たちを背に、当の黄金男爵はバーラウンジへと足を運んでいた。
 そこで黄金男爵を待っていたのは、オフショルダーのパーティードレスに身を包んだ金髪の少女だった。エメラルドグリーンの瞳が、同色のドレスによく似合っている。
「随分と手を抜いたナ。最初から手に入れるつもりはなかったのカ?」
「なぁに、座敷童子の強運がどの程度のものかって、ちょっと試したくなっただけ」
「そのために一千万も捨て金にしたのカ。『金に糸目はつけぬ』でも、少しやり過ぎダ」
「たとえ勝負に勝ったとしても、あの座敷童子はボクのところには絶対に来てくれないね。むしろボクを滅ぼして悠々と元の場所に収まるだろうし。それに」
「それニ?」
「勉強代兼『貸し一つ』としては、一千万は妥当だよ、シトローネ」
 怪訝な顔をして首を傾げるシトローネに、黄金男爵こと多珂倉稔丸たかくらねんまるはにやりと笑って見せた。
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