小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

乗船

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 搭乗ゲートの前まで来た結城ゆうきは、横に控えていた係員に人数分のチケットを渡した。
 人が見ればただの長方形に切られた白紙の紙だが、特殊なスキャナーにかけることで、肉眼では不可視のバーコードとシリアルナンバーがモニターに表示され、それを専用のソフトが読み取って受付が完了する。
 クイーン・アグリッピーナ号を秘匿するための措置は、チケット一枚に至るまで徹底されていた。裏を返せば、それだけ名のある上客が乗り、大金が動くからこその徹底振りといえる。
 金属探知ゲートをくぐれば、あとは搭乗用の仮説エスカレーターで船内へと直通だった。
「おぉ……」
 船内に足を踏み入れた結城は、驚きが一回転して、小さく感嘆の声を上げた。
 最初に目に飛び込んできたのはロイヤルプロムナード。様々な店舗が立ち並び、船の中に入ったというより、どこかのデパートに来たのではないかと錯覚してしまった。
 先に乗船していた客たちは、店舗のウインドウから商品を眺めたり、カフェで飲み物を購入してリラックスしていたりと、思い思いにくつろいでいる。
「ユウキ、まずは部屋にチェックインしましょう」
「はっ! あ、はい。そうですね」
 船のメインストリートに圧倒されていた結城は、アテナの声で我に返った。
「え~と部屋番号は……」
 結城はポケットから、乗船する前に係員から渡された黒いカードを取り出した。説明では部屋のカードキーになっている他、船内におけるクレジットカードの代わりとなっているらしい。
「Fの23、か」
 カードに書かれた部屋番号を確認し、結城たちはそれぞれがあてがわれた部屋に向かうことにした。

「やっほーい!」
 部屋に着くなり、媛寿えんじゅはベッドに盛大にダイブした。バネもマットレスも相当に柔らかいのか、媛寿は飛び込んだ勢いのまま何度も跳ね上がっていた。まるでトランポリンで遊んでいるような媛寿を、クロランが不思議な様子で見つめている。
 F23の部屋は、結城、媛寿、クロランの三人で宿泊することとなった。
「ふう~」
 結城はソファに力なく座り込むと、大きく息を吐いた。
 船の大きさにも圧倒されたが、内部に入ってからも驚かされっぱなしだ。先程のプロムナードもそうだったが、気が遠くなるような廊下を移動し、エレベーターで部屋のある階まで上がり、延々と連続しているドアの中から自室を探すだけでも一苦労だった。
 メンタルが一般庶民の結城にとっては、クイーン・アグリッピーナ号は移動だけで神経を擦り減らされる思いである。
 部屋の中も並みのホテルよりずっと優れているように感じる。
 いま座っているソファは手触りも柔らかさも充分で、媛寿とクロランが遊んでいるベッドは大人三人が川の字になっても余裕がありそうだった。
 ここと同じ部屋があといくつ船に収まっているのかと考えようとしたが、想像するだけでも目を回しそうになったので、結城は諦めてバルコニーの方をぼんやりと眺めた。
 当然もう夕方から夜にさしかかる時間帯なので、夕陽の色が失われて闇色が濃くなってきている。
(何だかもうすでにクタクタになっちゃった気分。だけど……)
 結城はバルコニーからベッドに目を向けた。媛寿と一緒になってクロランもベッドの上を跳ね回っている。
(クロランのためでもあるし)
 ソファの背もたれから上体を起こすと、結城は両手で軽く顔を叩いた。
「よしっ!」
 恵比須えびすからの依頼の達成、そしてクロランの素性について探るべく、結城は自分に気合を入れて気を持ち直した。
 そこへドアをノックする音が聞こえた。
「ユウキ、良いですか?」
「あ、アテナ様。どうぞ」
 部屋に入ってきたアテナは、ベッドで騒いでいる媛寿を見つけると、つかつかと歩み寄って襟腰を掴んだ。
「ふえっ? あてなさま?」
「エンジュ、くつろぐ前に預けていた私たちの荷物を出しなさい」
 乗船の際に危険物は持ち込めないことになっていたので、当然アテナたちの武具も引っかかってしまう。なので媛寿が『四次元そでの下』に一旦隠し、部屋に着いてから取り出して引き渡す算段になっていた。
「まずは私の部屋。次にマスクマンの部屋、最後はシロガネの部屋です」
「う~……わかった」
「それからパーティーの前に衣装が乱れるようなことはしなさい」
「は~い」
 襟腰を猫のように持ち上げられた媛寿は、微妙にふてくされながらアテナに連れていかれた。
 その光景を苦笑いしながら見ていた結城だったが、部屋のドアが閉まる直前、廊下を通り過ぎる人物が目に留まりハッとなった。
「え!?」
 結城は急いでドアを開け、廊下を見渡してみるが、そこにいたのはアテナと、アテナに連れられた媛寿だけだった。
「ユウキ、どうかしましたか?」
「ゆうき、どしたの?」
「あ、いえ、何でもないです」
 思い過ごしかと考え、結城は部屋に引っ込んでドアを閉めた。
(気のせい、かな? キュウ様に似た人がいたような……)

 結城がドアを閉め、媛寿を連れたアテナが部屋に入っていった後、誰もいなくなった廊下に人の輪郭がぼんやりと現れた。ただしそれは、獣の耳と九本の尾を揺らめかせている。
「ふっふっふ~。これは~、と~っても愉しくなりそうですね~」
 ふちに毛皮単語ファーがあしらわれた扇で口元を隠し、狐耳を頂いた美女は静かに微笑わらった。
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