小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

商業神の依頼

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 媛寿媛寿えんじゅ、アテナ、シロガネ、そしてクロランは、それぞれの顔を真剣な表情で見つめていた。
 一瞬の油断が敗北を招く。まさに寸毫すんごうの見逃しも許されない、そんな緊張感がひしひしと放たれていた。
 最初に耐えかねたのはクロランだった。押しの強くないクロランでは、そのヒリヒリとした戦場には長く留まれなかった。
 残るは媛寿とアテナとシロガネ。それぞれが一切退くつもりはない。
 ならば、ここが勝負の決め時だった。高く掲げられていた手が、今ゆっくりと下へ降ろされた。
「あっ!」
「……、むぅ」
「ふふふ」
 戦いの女神、アテナが笑った。
「私の勝ちです」
 アテナが持っていたのは、クラブのジャックだった。
「まけたー!」
「負け、た」
「では掛け金をいただきますよ」
 勝者の余裕でもって、アテナは賭け金用の皿から、チョロルチョコ、魚肉ソーセージ、クッキーを自分に皿に移した。
「む~、つぎでぜんぶとりかえす! さんこかける!」
 媛寿は賭け金用の皿にチョロルチョコを三個載せた。
「ワタシ、も」
 シロガネも次いで魚肉ソーセージを三本出した。
「では私は五個賭けるとしましょう」
 アテナは手持ちのベベチーズを五個賭け金とした。
「くろらんも、はやくはやく」
 媛寿に促され、クロランは慌てながら賭け金を出そうとするが、もうクッキーは一個しか残っていなかった。
「……」
「くろらん、これ」
 悲しそうに俯くクロランに、媛寿が自分の持っていたチョロルチョコを分け与えた。
「はやくかけて、はやくかけて」
 ぱっと明るい表情になったクロランが、こくこくと頷きながらクッキー一個とチョコ三個を賭けた。
「じゃ、せーのっ!」
 賭け金が定まったところで、それぞれがカードを一枚額に当てた。

(なんか楽しそうにしてるな)
 リビングの一番広い場所でインディアンポーカーをしている媛寿たちを、結城ゆうきは遠巻きに見ていた。
 夕食後、特にめぼしいテレビ番組もなかったので、媛寿たちは各々が賭ける物を持ち寄り、それをチップ代わりにインディアンポーカーを始めていた。
「Yω5←(お前は参加しないのか?)」
 風呂から上がってきたマスクマンが、タピオカドリンク・ココナッツミルク仕立てを飲みながら聞いてきた。
「前にやったらパンツまで取られたよ。マスクマンこそ参加しないの?」
「WΛ9↓NP。BΣ2→IT(勝っても負けてもエラい目に遭ったからな。もうやらねぇよ。それよりどうすんだ? それ)」
「う~ん」
 結城がソファに座って睨み合っているのは、テーブルに置かれたチケット袋だった。恵比須えびすが預けていった、豪華客船クイーン・アグリッピーナ号の乗船チケットが封入されているものだ。

「この船に乗る……ですか?」
 結城は目をしばたたかせながら、恵比須の言ったことを繰り返した。
「そやそや。あっ、それと乗る時はドレスコードも守ってや。ビシッときめていかなあかんで」
「それで?」
 軽い口調で話す恵比須に対し、アテナは少し険しさの混じった声で聞いた。
「ただ遊覧して来い、ということではありませんね? この船に乗せて、結城に何をさせようというのですか?」
 アテナに問い質された恵比須は、わずかに悩むように唸ると、
「簡単に言うとやな、その船ブッ潰してほしいんやわ」
 と、あっけらかんと答えた。
「へ? ぶっつぶ……え?」
 恵比須の言葉の意味が汲み取れず、結城は客船の写真と恵比須を交互に見た。
「あぁ、スマンスマン。ブッ潰す言うても物理的に沈めてほしいってわけやないんや。なんちゅーかアレや、警察に突き出して二度と悪さできんようにするとか、そーゆー意味や」
 恵比須にそう言われても、結城はまだ依頼内容が把握できなかった。ただ、『警察』という単語が出てくるからには、その豪華客船は良からぬことをしている、というところまでは察していた。
「詳しく話しなさい、エビス。受けるか否かは別として、話は聞く約束です」
「おおきに、アテナちゃん。やっぱ話わかるなぁ」
 促してくれたアテナに礼を言うと、恵比須は一つ咳払いをして居住いを正した。
「実はこの船な、フツーやったら存在してること自体誰も知らんけど、知っとるモンからしたらエラい人気の船なんや」
「? 誰も知らないのに人気なんですか?」
「まっ、コレ持っとる連中のこっちゃ」
 首を傾げる結城に、恵比須は親指と人差し指で輪を作ってみせた。いわゆる金銭を現すジェスチャーだった。
「そのような手合いに持てはやされているということは……」
「お察しの通りやで、アテナちゃん。要はこの船、太平洋クルージングに見せかけた、裏のアミューズメントパークっちゅうヤツや。目ん玉飛び出るような金額かけるカジノやら、えげつないくらいエロエロなサービスやら、裏ルートから引っ張ってきた品物を競売するやら、そらもう表立ってできんような遊び詰め込んどるんや」
「うわぁ……」
 恵比須の話を聞いているだけで、結城は姿勢が引き気味になった。裏社会の危険な匂いは、完璧くらい根が一般人の結城にとっては衝撃が強すぎた。
「けどまぁ、そんくらいやったらワシも別に目くじら立てることもないんやけどな」
「へ? どうしてですか?」
 恵比須の意外な発言に、結城は思わず疑問を口にした。
「コバちゃん、ワシ商売の神様かみさんやで? かねに見合ったモノやサービスが取引されるっちゅーなら、そらワシが目ぇかける分野ってもんや。形がどうあれ金が回るんやったら、それは世の中のいろんなトコに行き渡るさかいな。そーゆーんが恵比須ワシの仕事やで」
「……それで良いのですか商業の神」
 恵比須の言い分に少し苦言を呈したアテナだったが、それでも必要以上に責めることはしなかった。同じ神として、守り支えていくべき領分があるというのは理解しているからだ。
「ワシも多少のことは大目に見るけど、限度っちゅーもんがある。近頃この船、ちぃーっとヤバいことやり始めよったからな」
「ヤバいこと?」
 結城が聞き返すと、恵比須は珍しく顔をしかめた。
「危ないクスリ持ち込んだり、取引したらアカン武器売ったり、果てには人身売買まがいの真似し腐っとる。ワシも日本の神様やさかいな、この国に余計なモン入れたないんや。そこでや―――」
「ユウキに依頼すると? エビス、それは警察の仕事ではありませんか?」
「そらごもっともやで、アテナちゃん。ただな~、警察に行かせるだけやと十中八九返り討ちに遭うんや」
「警察だと返り討ちに遭う……ってことは」
 そこまで聞いて、結城もようやく恵比須が依頼に来た理由が分かった。
「そや。人の世の外にあるモン、それが今度この船で売り捌かれるんや」
 人の世の内にあることならば、人の力で事は足りる。しかし人の世の外にある存在が絡むなら、それ相応の力を持つ者でなければ抗することはできない。
 違法なクルーズ船を壊滅させるという依頼を持ってきた恵比須に、結城は戦慄を、アテナは納得を覚えていた。
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