小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

喫茶・砂の魔女

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 朝食を終えた結城ゆうきたちは、リビングで思い思いに過ごしていた。
 結城とアテナはソファに座って朝のニュースを見ている。媛寿えんじゅはニュースが退屈なので、少し離れたところで『ウルトラヨーヨー』で難度の高い技をいくつも繰り出している。マスクマンは食後のココナッツミルクを飲み、シロガネは獲物を解体するナイフを研いでいた。
 そしてクロランは結城の横に座り、一緒にニュースを映しているワイドの液晶画面を眺めていた。
 クロランが来てから一週間が経つも、まだクロランの失語症は回復していなかった。
 結城の傍らを離れたがらないのは相変わらずだったが、古屋敷ふるやしきの面々への反応は軟化しつつあった。
 最初はアテナたちを怯えた目で見ていたクロランも、今では結城の陰に隠れることもなくなっている。
 まだ完全に心を開いているとは言いがたいが、少しずつ危険はないと解ってきているようだった。
 そのきっかけを作ったのは、ある意味で媛寿だった。
 テレビを見ていたクロランの足元に、ヨーヨーが一個転がってきた。
「?」
「くろらん、とってとって」
 ヨーヨーは媛寿のものだった。どうやら『ロケット』をやって受け損ねたらしい。
 クロランがヨーヨーを手に取ると、媛寿が駆け寄ってきた。そして媛寿にヨーヨーを差し出す。
「ありがと、くろらん」
「……」
 笑顔でヨーヨーを受け取ろうとする媛寿だったが、その一瞬を見逃さず、目を光らせた。
「すきありっ!」
「!?」
 クロランがヨーヨーを手渡すほんの一瞬をついて、媛寿はクロランの胸に手を当てた。隙を見せて胸を揉まれたことで、クロランの顔が真っ赤に染まる。
「きょうもえんじゅのかっちー!」
「~! ~!」
 勝ち誇って跳ね回る媛寿を、クロランがむくれて追いかけ回す。ここ最近は、これが朝のお決まりだった。
 三日前あたりから、媛寿はクロランに隙を見てはセクハラをするのが日課となっていた。
 初めはクロランも戸惑うばかりだったが、次第に媛寿への対抗心のようなものが芽生えたのか、今ではちょっとした追いかけっこをするまでになった。
 媛寿とクロランが何だかんだで仲良くなったのはいいのだが、結城としては媛寿のセクハラまがいのスキンシップはどうなのだろうかと、扱いに苦慮するところではある。
(女の子同士だし、いい……んだろうか?)
 放っておいて良いのか悪いのか、結城は困った顔で媛寿とクロランの追いかけっこを眺めていた。
「あっ」
 不意にナイフを研いでいたシロガネが声を上げた。
「どしたの、シロガネ」
「な、い」
「? ないって、何が?」
「冷蔵庫の、中身」
 シロガネはキッチンの冷蔵庫に顔を向け、結城も釣られて顔を向ける。
「あ~、そういえば全然買出しに行ってなかったね」
 クロランが来てからの一週間、基本的には古屋敷とごく周辺しか行動していなかったので、キッチンの大型冷蔵庫の中身も底を突こうとしていた。ちなみに、その大型冷蔵庫も媛寿と町を歩いていて拾得した品である。誰がどうやって落としたのかは全くの謎だが。
「マスクマン、今日って山で何か獲れそう?」
「HM£5←ST。LΞ2→N(獲物も山菜もこの前獲ったところだからな。もうしばらくはダメだ)」
「そっか。じゃあ皆で買出しに出かけようか」
「ゆうき! おでかけ? おでかけ?」
 追いかけっこをしていたはずの媛寿が、買出しと聞いてソファの背もたれに飛び乗ってきた。
「そうだけど、お菓子ばっかりは買わないよ」
「みっつ! みっつまで!」
「みっつは……ちょっと多いんじゃない?」
「じゃあふたつ! ふたつまで!」
「ふたつ……ならいいか」
「やったー!」
 今度は歓喜でリビングを跳びまわる媛寿。素直に喜びを表現する媛寿を見ていると、結城も不思議と嬉しい気持ちになった。
 そこへ結城の近くにクロランが立った。なにやら目線を泳がせながら、体をもじもじとさせている。それが何を言いたいのか、結城にも一目瞭然だった。
「クロランも行こう。大丈夫。皆いっしょだから怖くないよ」
 結城の言葉を聞くと、クロランは結城の胸に顔を埋めて額を擦り付けてきた。どうやら嬉しさを表現しているらしい。
「あっ、くろらんずるい! えんじゅも! えんじゅも!」
 クロランに負けじと、媛寿は服の襟元から結城の上着の中に入り込もうとする。
「あっ、ちょっと媛寿! なんで僕の服の中に入ろうと―――あはは! ちょっ! くすぐったい!」
「このまえのおかえし~!」
「あはは! ま、待って! 降参―――わは~!」
 媛寿とクロランにじゃれつかれる結城を横目に、アテナは何事か考えを巡らせていた。
 しばらく黙考した後、アテナは静かに口を開いた。
「ユウキ、買い物の後はあそこに立ち寄りましょう」
「え? あそこって?」
「『砂の魔女』です」

 スーパーでの買出しは存外に早く終わり、結城たちはそのまま昼食までの時間つぶしと、渇いた喉を潤すために、ある喫茶店に赴いた。
 『喫茶・砂の魔女』。谷崎町たにさきちょうに半世紀以上前から存在している老舗の喫茶店である。戦後すぐに開店して以来、今なお営業を続けている歴史ある店なのだが、一度も雑誌やテレビで取り上げられたことはない。
 そういったメディア展開に『店主』が消極的ということもあるが、それでも知る人ぞ知る名店として、『その筋』では名が通っていた。
 結城たちもまた、ある一件から『砂の魔女』の存在を知り、以降は時折足を運ぶ顔なじみとなっている。
「久しぶりねぇ、小林くん。しばらく来てなかったけど、また何か難しい依頼でも受けてたの?」
 トレーに人数分の水とメニュー表を持ってきた人物は、ボックス席に座る結城に微笑みかけた。三角帽から伸びる灰色の長髪と、帽子と合わせた黒のマーメイドドレスを纏う泣き黒子ぼくろの美女。その人物こそが『喫茶・砂の魔女』を営む店主、カメーリア・アルヴス・雪洲ゆきしまだった。
「こんにちは、カメーリアさん。ちょっと外に出づらかったことがあっただけですよ」
「ふ~ん……それってお隣に座ってる赤毛の可愛いのせいかしら?」
 カメーリアは、結城に寄り添うように、もとい隠れるようにしているクロランにねっとりとした視線を向けた。
「その娘とイロイロしていたから、外に出るのが億劫になってた、とか?」
「え? ああ、確かにこの娘に付きっ切りだったんですよ。ちょっと事情のある娘みたいなんで」
「……そういう意味で聞いたわけじゃないんだけど」
「カメーリア、それよりもお水とメニューをいただけますか?」
 結城に絡んでいるカメーリアに、アテナがジト目を向けた。
「もう、アテナ様のせっかちさん。久しぶりに来てくれたんですから、このくらいの挨拶はお許しあそばされても」
 少しむくれながら、カメーリアはグラスに入った水を配っていった。
「では、ご注文は?」
「媛寿、クロラン、何にする?」
 結城は左右に座る媛寿とクロランに見えるように、大きくメニュー表を開いた。
「えんじゅ、きゃらめるぱふぇ!」
「今から食べて大丈夫? まだお昼ご飯の前だよ?」
「だいじょうぶ!」
 心配する結城に、媛寿は胸を張って断言した。
 媛寿は性格や振る舞いは子どもだが、食べ物の好き嫌いや食べ残しが一切ない。以前、結城がそのことを疑問に思って尋ねてみたら、媛寿は大飢饉が起こった時代や食べ物が手に入りづらかった時代を見てきているので、食べ物を粗末にしないよう心がけているらしい。
 媛寿がそう言うなら昼食も大丈夫だろうと、結城はキャラメルパフェの注文を承諾した。
 続いてクロランはというと、メニュー表を見つめながら困った顔をしていた。
(あっ)
 それを見た結城は思い当たることがあった。クロランは、メニュー表に何と書いてあるか読めないのだ。
 一週間、面倒を見てきて分かったのは、クロランは日本語を理解していても、読み書きができないということだった。
(お箸の使い方は教えたらすぐにできるようになったけど、一体どこに住んでたんだろ)
「クロラン、とりあえずオレンジジュースでも頼も―――」
「くろらんもきゃらめるぱふぇたべる」
 頭にいきなり媛寿がのしかかってきたので、結城は言葉は途中で遮られてしまった。
「いや~媛寿、クロランは媛寿みたいにたくさん食べれるタイプじゃないと思うけど―――いたたたた! 髪ひっぱらないで!」
「えんじゅ、おおぐらいじゃないもん。じゃあ、はんぶんこ」
「は、半分ずつなら平気かな」
「くろらんもそれでいい?」
 媛寿にそう聞かれ、クロランはこくこくと頷いた。
「きっまり~!」
「じゃあカメーリアさん、キャラメルパフェ一つと、僕はアップルジュースを」
「相変わらず賑やかね。かしこまりました、っと。そちらは?」
 カメーリアは向かいの席に座るアテナ、マスクマン、シロガネにも注文を取る。
「特製チーズケーキとホットコーヒーを」
「I☆1↑CD(俺はココナッツミルクドリンク)」
「グリル、フランクフルト」
「かしこまりました。では、少々お待ちください」
「カメーリア」
 伝票を持ってカウンターへ戻ろうとしたカメーリアを、アテナが呼び止めた。
「今日ここへ来たのは、もう一つ用があってのことです」
「ん~、もしかして、その赤毛の娘のことで?」
 カメーリアの問いに、アテナは神妙な顔で頷いた。

 時を同じくして、『喫茶・砂の魔女』を鋭い目で見つめる者がいた。
「こちらシーカー5。F‐06を発見。キャプチャーの出動を要請する」
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