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化生の群編

鬼子母神

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朱月灯恵あかつきともえは君に感謝してたと思うよ」
「……」
 結城ゆうき九木くきの言葉にすぐに答えなかった。
 最終的に結城は、灯恵の復讐を阻止することを決めた。
 だが仮に、灯恵が復讐する理由を知っていたら、果たして螺久道村らくどうむらの人間たちを助けようと思っただろうか、と。
 螺久道村で行われていた因習は、結城から見ても絶対に許せるものではなかった。どんな理由や目的があろうとも、子どもを生け贄にしていいはずはなく、その先に待ち受けているのは、おびただしい血に染め上げられたおぞましい何かだろう、と。
 結城の脳裏に、二体の邪鬼と、悪路王あくろおうの姿が思い起こされた。
 もしかしたら、あれが螺久道村の人間たちや、灯恵の心を反映した姿だったのかもしれない。
 人の心は過ちを犯し続ければ、あんなにも醜く、悲しい怪物になってしまう。
 結城は恐怖と憐憫を抱かずにいられなかったが、それでも少し安心することができた。
 見捨てるのではなく、助けるという選択をしたこと。負の感情の具現である邪鬼と対比して、結城はまだ人の側にいられたのだと自覚できたからだ。
「螺久道村の……人たちは……どうなるんですか?」
「村は全焼しちゃったから、しばらく別の場所にいてもらうかな。それと少し記憶をいじることになると思う。もう二度と生け贄なんか出さないようにね」
 シロガネが瘴気しょうきを丸ごと斬ったおかげで、村の土地は瘴気のよる汚染を免れていた。怨念の炎は村を焼き尽くすと、役目を終えて消滅した。
 あとは稔丸ねんまる多珂倉たかくら家の力を使って村を再建し、稔丸の従者の一人である枕返しの半妖怪に暗示で村の因習を意識から取り去れば、螺久道村はただの村へと変わることができる。
 形は違えど、螺久道村とそこに息づく因習の消滅という、朱月灯恵の望みは叶うことになる。もう二度と、『鬼』は現れないだろう。
「灯恵さんの……依頼は……これで果たせた……のかな」
「あっ、そのことなんだけど、どうやら依頼主は朱月灯恵じゃなかったみたいだよ」
「えっ!?」
 九木の発言に結城は思わず素っ頓狂な声を出して驚いた。
 あの夜、灯恵は手紙を書いたことを確かに認めていた。思い返してみても、それは間違いないはずだった。
「なんで……手紙は……灯恵さんが」
「君んとこに来た手紙を書いたのは朱月灯恵で間違いないよ。けど、どうやら手紙を書いただけで、手紙を出したわけじゃないらしいんだ」
「じゃあ……誰が……」
「たぶん朱月成磨あかつきせいまなんじゃないかってさ」

「ところで小林くんたちのことだが」
 ひとしきり泣いて落ち着いてきた灯恵に、佐権院さげんいんはもう一つ質問をした。
「どこで聞いて知ったんだ? 彼らの普段の活動圏を考えると、螺久道村は遠すぎる。どこで彼らの噂を聞いた?」
 結城たちに依頼の手紙を書いたのは灯恵だと判明しているも、どんな伝手で情報を知ったのかは気になっていた。
 今は佐権院や雛祈が管理する地域で活動している結城たちも、あまり噂が拡まれば、『二十八家にじゅうはっけ』の厄介な家系の者たちに気付かれる。それを警戒してのことでもある。
「小林さんたちが? 活動?」
 灯恵の反応に佐権院は違和感を覚えた。
「手紙を書いたのだろう? 自分の復讐を暗に止めてほしいと」
「手紙は……書いた。でも、あれは誰に出す手紙でもなかった」
「手紙を、出してない?」
「螺久道村を壊すことを決めてから、ずっと心の中に黒いモノがわだかまってた。寝ても醒めても。それが私の原動力になってたけど、すごく気持ち悪いモノだって思ってた。ある時、耐えられないくらいに気分が悪くなって……苦し紛れ、だったのかな……夜遅くに気付いたらあの文章を書いてた」
「『鬼が出るから助けてほしい』という内容かね? それで、その後は?」
 佐権院の問いに、灯恵は首を横に振った。
「書いたら少し気分が楽になって、ただの気の迷いだと思ったから、机の引き出しに入れて、そのまま……」
「では誰がそれを手紙として出したと?」
「……たぶん成磨だったんじゃないかな。あの夜、成磨と一緒に寝てて、私が起きたのは気付いていたはずだから。ひょっとしたら私が机にもたれかかりながら、あれを書いていたところを見られてたのかも」
 灯恵の証言は佐権院の想定とは大きく外れていた。
 ここまできて灯恵が嘘を言っているとは思えないが、証言が正しければ結城たちに依頼をしたのは朱月成磨ということになる。
 ならば、朱月成磨はどこで結城たちのことを知ったのか。
「成磨も子どもを生け贄にしたことをすごく怒ってくれてた。だから私が村を壊すって決めた時、力を貸すって言ってくれた。鬼を造るのがうまくいかなかったから、最後には自分が鬼になるって。朱月家の次に鬼の血が濃いのは蒼守あおもり家だったから。でも……もしかしたら成磨は反対だったのかも……」

「……」
 結城が思うに、朱月成磨は表面的にはぶっきらぼうに見えたが、話してみれば決して悪人ではないと分かる人物だった。
 最初に会った時も、最後に会った時も、余所者である結城を遠ざけるような物言いをしていたが、いま考えれば螺久道村で起こることに巻き込まないように配慮していたのだろう。
(灯恵さんのことを大切に想っていたから、復讐に協力したけど、本当は復讐をやめさせたかったのかな)
 結城には、灯恵の復讐心を止められないと知りつつ、そのじつ灯恵を苦しみから救いたいと葛藤していた成磨の心情が窺えるようだった。
 『村に鬼が出ようとしています。助けて下さい』と書かれただけの、差出人の名前がない手紙。
 実際に成磨が、結城たち古屋敷ふるやしきのことを聞いて手紙を出したのかは知る由もない。
 さながら瓶に入れた手紙を海に流すように、灯恵の復讐を止めてくれる誰かが現れてくれるのを願った、ほんの小さな抵抗だったのかもしれない。
 ただ、結城には手紙が古屋敷のポストに届いたことが、ある種の運命であり、成磨が見知らぬ結城たちに託した願いだったのだと思えてならなかった。

 九木は特に話の中で触れなかったが、螺久道村の村長・岸角碩左衛門きしかどせきざえもんもまた、意識不明の状態から回復していた。
 結城にそのことを話さなかったのは、佐権院からまだ話すべきではないと口止めされていたからだ。
 それというのも、村長から少し不穏な証言が出てきたのだ。
 灯恵の事情聴取が終わった後、佐権院が続けて村長の事情聴取を行った。

 岸角碩左衛門は螺久道村では珍しく、養子として村の一員に加わっていた。村の成立から村長を担っている岸角家が子に恵まれなかったことから、仕方なく外部から跡継ぎを迎え入れたとのことだった。
 しかし、元から螺久道村に住んでいた人間と違い、碩左衛門は幼少期から村の異様さに気付き、常々恐れていた。村長の地位を継いでからは、村が行ってきた裏の所業も知るところとなり、いよいよ恐れが顕著になっていた。
 逃げ出したいと思いつつ、それでも村長として数十年も村に居続けたのは、下手な素振りを見せれば人面鬼心の村人たちがどんな動きを見せるか分からなかったからだ。また表の仕切りだけとはいえ、村長である岸門家も村では目立つ存在であるため、逃げるのは容易ではなかった。
 そんな折、かねてから周辺の交通網の整備を打診していた国土交通省の担当者が交代し、新しい開発プランを持ってきた。これまでは結界の森の開発が含まれるプランだったため、碩左衛門は絶対に許可するわけにはいかなかった。碩左衛門にとってはすぐにでも消し去りたいおぞましい場所だったが、もし結界の森に何かがあれば、村人たちが黙っているわけがない。開発を許可した碩左衛門もまた、どんな目に遭うか想像に難くない。
 だが、新しいプランは森を大きく迂回した開発計画だった。それなら村人たちから反感を買うこともない。そして、碩左衛門には一つのチャンスでもあった。
 開発のために村の所有する土地の一部を国に売ることになる。その売却金を逃走資金として、村の人間の手の届かない場所まで逃走する計画を思いついたのだ。自らの死を偽装した上で。
 計画は着々と進んでいたのだが、ある時、朱月灯恵が訪ねてきた。碩左衛門は計画が発覚したかと焦ったが、灯恵から告げられたのは、『これから少し騒がしくなりますけど、鬼神様のためですから』と、暗に静かにしていろという密命だった。
 計画は露呈していなかったが、碩左衛門には不都合だった。おいそれとは動けなくなってしまったからだ。
 それから螺久道村では一気に行方不明者が出たり、猟奇殺人が起こったりと、これまで以上に凄惨な出来事が起こり始めた。
 碩左衛門は頭を抱えた。これでは逃走どころか、ついには自分の命も脅かされるかもしれない。
 眠ることもできないほどに追い込まれていた時、ある男が現れた。
「その男は、この国を裏側から支えてきた者たちなら、村のことを何とかできるかもしれないと言ってきた。助力を求めるための通信手段も教えてきた。ただし、全てが明らかになれば、村も、わしも咎められることになりうる、と。わしは迷ったが、繋ぎを取ることにした。あの忌まわしい化生けしょうむらから、解放されたかったんだ」
 佐権院はこの証言から、碩左衛門が『二十八家』に古い通信手段で連絡を取ってきた経緯を知った。
 そしておそらくではあるが、朱月成磨は碩左衛門とその男が話しているのを、偶然聞いてしまったのではないか、とも思った。直接聞いたわけではなかったので、通信手段を誤ってしまい、何らかの形で結城たちの元に手紙が届いてしまった、と。
 どのような運命の悪戯や気まぐれによって成されたのか分からないままだが、それよりも佐権院は碩左衛門に接触してきた男が気がかりでならなかった。
 『二十八家』の存在を知り、なおかつ螺久道村が長年隠してきた因習を知り、さらには朱月灯恵の復讐計画も知っていた可能性がある。
 自らが動くのではなく、碩左衛門から動くように仕向け、『二十八家』が螺久道村で起こる事件に関わるように画策していた。
 果たして何が目的だったのか、それ以上の具体的なアクションがなかったので、佐権院もその男の思惑を測れなかった。
 正体を突き止めようにも、直接会ったはずの碩左衛門からは、『男であったことは憶えているが、どんな容姿だったのか全く憶えていない』という証言しか出てこなかった。
 怪我による記憶の混乱ではなく、おそらく姿を幻惑する何らかの術を使っていたと推察できた。
 友宮ともみや家に裏で協力していた勢力のこともあり、いずれにせよ、日本において暗躍している『何か』が存在していると、佐権院は目していた。はっきりとした正体を見せず、しかして強大な『何か』が。

「まっ、だいたい事件の全容はこんな感じかな」
 結城たちの元に来た手紙の裏事情を話し終えた九木は、一息つくように言った。
 結城は少しの間、ここまで聞いた話を反芻した。
 灯恵、燈架とうか、成磨のそれぞれの関係。螺久道村の真実。灯恵が復讐の果てに見たもの。
 そのどれもが衝撃的すぎて、頭の理解が追いつかなかった。たとえ頭の中で理解ができても、心が理解を拒むだろうと結城は思った。
 一体どんな縁で結城たちが螺久道村に来ることになったのか、手紙の送り主である成磨がいなくなってしまったのでは分からずじまいである。
 だが、結城たちが来たことで、灯恵の復讐は完遂せず、残りの村人も命が助かり、もう螺久道村で生け贄は二度と出なくなった。
 それはそれで良かったと言えなくもない。もし結城たちが関わらなければ、今ごろ螺久道村は灯恵の恨みとともに、この世から消滅していたことだろう。
 ただ、結城はどちらが良くてどちらが悪かったのか、未だに決められないでいた。
 灯恵の復讐を止めたいと思ったのは、完全に結城の我が侭だった。灯恵に言われた通り、復讐に目を瞑って引き返すという選択肢も取れたはずだった。
 それを拒み、灯恵の恨みと憎しみの象徴である悪路王を倒したのは、結城が灯恵のやり方に納得できなかったにすぎない。たとえどれほど同情できる理由があったとしても。
 悪路王を倒す道を選んだからこそ、灯恵は復讐のじつを悟るに至り、結城に感謝の言葉を呟いていた。
 しかし、もし灯恵の復讐を是として、止めない道を選んでいたらどうなっていただろう。
 もしかすると、それはそれで灯恵にとって幸せだったのではないのだろうか。
 全てが終わった後で、むしろ終わった後だからこそ、結城の頭の中ではそんな考えがぐるぐると回っていた。
 だからこそ、聞くのは恐いが、結城は聞かなければならなかった。
「灯恵さんの……最期は……どんなでした?」
「ん? ああ……」
 結城が確かめたいことをそれとなく察し、九木は再び口を開いた。

「協力を感謝する。事情聴取はこれで終わりだ……」
 佐権院はそれ以上言葉を続けることができなかった。 朱月灯恵は一命を取り留めたといっても、って数日の命しか残されていない。どう別れの挨拶を切り出しても、空しいような気がしたからだ。
「私……」
 言葉を継げずにいた佐権院に代わって、灯恵が静かに口を開いた。
「私って死んだらどうなるのかな」
 あまりに平然と言ってきた灯恵の様子は、悲嘆に暮れているようでも、達観しているようでもない。ただ普通に疑問に思ったので口にした、といった風だった。
「……螺久道村の人間を全滅させなかったとはいえ、君自身の罪は軽くない。死後、君の魂があまり良い待遇を受けることはないだろう」
「地獄に堕ちるの?」
「……」
「そう……」
 灯恵は小さく息をするように言うと、少し間を置いてから、『よかった』と呟いた。
「私はもう、どうしたってこの世で裁いてもらえない。けど、死んじゃったら全部楽になれるなんて思うのは、きっと卑怯な考え方よね。悪いことをしたなら、その分ちゃんと罰が与えられないといけないもの。地獄に堕としてもらえるなら、願ったり叶ったりだわ。もしかしたら成磨に会えるかもしれないし」
 佐権院は力なく笑う灯恵を見て、心なしか事情聴取を始めた時より晴れ晴れとしている気がしていた。
「これから瘴気に蝕まれる痛みも地獄に匹敵するそうとうなものと思うが?」
 灯恵は首を横に振った。
「私はそのくらいで許されちゃいけないと思う。全部私が納得づくでやったことだけど、やっぱり悪いことをしたんだって、落ち着いた今なら分かるから。だから……全部受け止めていく。生きてる間も、死んだ後も……」
 灯恵の目にはある種の決意のようなものが宿っていた。
 己の罪にこれほどまで真摯に向き合える者は少ない。警察官として多くの犯罪者を見てきた佐権院には、灯恵の心のあり様は神々しくさえ映っていた。
「では失礼する」
 これ以上何も言うまいと、佐権院は踵を返して早々はやばやと部屋を後にした。
 たとえどんなに深い事情があろうとも、罪人に同情はしない。が、朱月灯恵に接していると、その信条が揺らぎそうになったからだった。

「いじましいねぇ~」
 灯恵の病室を出た佐権院に声をかけてきたのは、少し苦笑気味な表情を浮かべた多珂倉稔丸だった。
「あの見てると、何だか『鬼子母神きしぼじん』を思い浮かべちゃおうよ」
「『鬼子母神』? 彼女は子を失って鬼へと堕ちた。『鬼子母神』とはむしろ重ならないと思うが?」
「お釈迦しゃか様が『鬼子母神』の子どもを隠したことで、『鬼子母神』は子を奪われる親の気持ちを理解し改心した。そこを言えば逆かもしれないけどさ、悪行の限りを尽くした鬼が、悲哀を知って神の一柱に昇華する。今のあの娘の心は、鬼が反転して神域に達してるんじゃないかな?」
「……」
 稔丸の見解に、佐権院は不思議とすんなり納得してしまった。実際に佐権院も、 朱月灯恵の罪に向き合う姿勢は、眩しく感じられるほどだったからだ。
「でも、ボクとしてはそれもどうかな~って思うけどね」
「? 彼女が間違っていると?」
「そうじゃないけどさ、ボクは人間の表と裏っていうのをいろんな意味で知ってる。人の心って鬼と同じくらい外道に落ちることもあるけど、神様かってくらいの聖人君子になれたりもするんだよね。でもそれはどっちの意味でも人間を逸脱してるってことなんだ。そこを考えると、人間は良くも悪くも人間のままで終われた方が幸せなんじゃないかって。まっ、ボクの勝手な価値観なんだけどね」
「朱月灯恵がそうだと?」
「今だってあの娘、瘴気に蝕まれて喋ることさえ苦痛なはずだよ。君だってこれ以上症状が進行すると話もできなくなるから、無理を言って事情聴取したんだろ? それであんな悟りきった顔できるなんて、ボクからしたら人間をとっくに超えてるよ」
 稔丸は祝福とも非難ともつかない、実に複雑な表情で語っていた。朱月灯恵の辿り着いた境地を評価できても、人として幸福であるかが断定できない。それが『二十八家』の中でしがらみに囚われず活動し、様々な視点から物事を見てきた稔丸の価値観であることは、佐権院もよく分かっていた。
 朱月灯恵の心が鬼から神に変わったとして、それもまた等しく人ではないものになってしまったという意味に変わりない。最後まで螺久道ひとではないものがすむ村から解放されなかったということになるかもしれない。
 稔丸が憐れんでいるのは、その点なのだろうと佐権院は思った。
 ただ―――
「もしも……」
 佐権院の視点から言えることもあった。
「もしも小林くんたちが関わらなかったら、彼女の心は鬼と化したままで終わっていたことだろう」
「小林って……ああ、例の」
「経緯がどうあれ、彼女の人の心が救いを求め、小林くんの元へ届いた。だから彼女は完全に鬼へと堕ちることなく、罪も罰も受け入れる道を選ぶことができた。復讐が成就してしまうよりは、よほど良い結末だったと思う」
「『終わりよければ全てよし』、か。まっ、いっか。別に悪い終わり方じゃないからね。それより―――」
 稔丸は一度言葉を切って、また表情を変えた。口元では意地の悪い笑みを浮かべているが、目は真剣勝負に臨んでいるかのような鋭い眼光を放っている。
蓮吏れんり、君があの連中を野放しにしてるっていうのはチョット意外だったよ」
「……小林くんたちのことか?」
「ボクも雛祈ひなぎちゃんから聞いたし、少~しだけ探らせてもらったけど、けっこう危ないんじゃないかい? 一般人がそれとは知らずに核爆弾の入ったケースを持ち運んでるような感じだよ」
「……一般人が核爆弾、か。言いえて妙だな」
 表現が突飛だが、稔丸の言っていることはそう外れているわけではない。佐権院も九木から伝え聞いた時は、内心仰天したことを憶えている。
「ただしその核爆弾は意思を持っている。持ち主に危害を加えようとするならば、何ら遠慮することなく炸裂するだろう。稔丸、君がそれを知っていても、押さえつけようとするかね?」
「いや~、ごめん被るね。変に手を出したくない」
 結城に付いている神霊たちは、そのどれもが潜在的に非常に強い神通力を持っている。それがたった一人のところに四柱も集まっているのは異常事態なのだ。
 佐権院が結城たちを放置しているのは、中心人物である小林結城が、霊能力者として完全な素人だからだった。
 もしも最初から神霊たちについて知っており、その力を悪用する可能性があるならば―――その場合は神霊たちも協力しないかもしれないが―――『二十八家』の一つとして放っておくわけにもいかない。
 だが、小林結城の人物や経歴をいくら内偵しても、悪逆の徒になるような影は微塵も見受けられなかった。
 それでも完全に放任するには危険な存在であることに変わりない。
 佐権院は監視対象としつつも、過度にならぬように接触を図り、少しずつコントロールしやすい関係を構築していくという方針を定めた。
 あまり手綱を握ろうとすると神霊たちの方が黙っていないかもしれないので、放置することなく、しかして反感を買うこともない、ギリギリの距離感を取るのが最良策だった。
 結城たちが活動拠点としているのが、主に佐権院家の管理する土地であったことも、佐権院にとっては幸運だった。他の『二十八家』にあまり知られるようなことがあっては、問題の火種になるのは明らかだからだ。特に過激な性分を持っている家系には。
「『触らぬ神に祟りなし』ということだ。台風や竜巻と同種のものと思っておくしかない」
「けど『風が吹けば桶屋が儲かる』って言うよね? 蓮吏、それ狙ってないかい?」
ことわざに諺で返してくるとは」
「従者に一人、諺好きがいてね。で、どうなの?」
「……否定はしない。が、私も『二十八家』の一つとして、役目を見失うことはない」
「私利私欲には使わない、か。まっ、君は昔からそういうタイプじゃないからね」
「この話はここまでにしてもらいたいな。それと、小林くんたちのことはあまり拡めないで置いてくれ。私も、他の家も、君の資金源については言及していないだろ?」
「分~かってるよ。ボクだって『二十八家』だ。心得てるさ」
「ありがとう。では」
「じゃ」
 話が終わったところで、佐権院は廊下を歩いて村長の病室へと向かった。その姿が曲がり角で見えなくなった頃に、稔丸も朱月灯恵の病室の前から去っていった。
 そうして静まり返った廊下には、もう一人、別の人物は居座っていた。清酒『酒呑しゅてんごろし』の一升瓶を傾けながら。
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