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化生の群編
多頭蛇を討つ刃
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「へっ、ざまぁみろ」
ドクドクと血が流れる腿に、緋袴から千切った切れ端を巻きながら、千夏は不敵に破顔した。
「いっ……たたた~。ち、千夏姉さま、さすがにいきなりは痛かったですよ~」
千冬もメイド服のスカートから千切った布を包帯代わりに、槍が刺さっていた腿の傷を縛っていた。出血で少し血の気が引いたのか、暴走状態から元に戻っている。
「けど悪路王に一発かませたんだから、ちょっとはスッキリしただろ?」
「そ、それは~……ちょ、ちょっと、気持ちよかったです」
千夏に聞かれて少し言いよどんだが、千冬は太腿を擦り合わせながら赤面で答えた。
アテナの槍で腿を串刺しにされていた千夏と千冬は、煙玉が撒かれた際、咄嗟に槍を押し込むことで強引に槍の拘束から抜け出した。
もちろん脱出するためではなく、悪路王に一矢報いるためだった。
煙幕に包まれたとしても、悪路王は仕留められるまで黙って待っているはずがない。
そこで悪路王がいるであろう位置に向かって、槍と袖絡を投擲し、注意を逸らそうと考えたのだ。
当たらなかったとしても悪路王を混乱させられれば良し。当たればなお良し。千夏たちにとってはどちらになっても溜飲が下げられる寸法だった。
(絶対に悪路王を仕留めろよ、結城、メガミサマ。でないとあたしたちも、ここまでやった甲斐がないってもんだ)
常人であれば泣き叫ぶほどの痛みを被ってなお、千夏は自慢の八重歯を剥き出して不敵に微笑った。結城とアテナ、二人が伝説の鬼神の首を取ってくれると信じて。
残った右目の視力も失った悪路王は焦燥に駆られていた。煙幕程度なら動かずにいれば対処できると高を括っていたはずが、まさか光を奪われることになろうとは予想外だった。
悪路王の肉体は、アテナ、結城、雛祈と桜一郎の攻撃。千夏、千冬による追撃によってダメージが蓄積し、崩壊する一歩手前まで来ている。
そして、次に結城が仕掛けてくるのが致命的な一撃になることも、悪路王は予見していた。
もはや痛みを感じないことはメリットになり得ない。むしろ、その特性に頼ってしまったからこそ、悪路王はここまで追い込まれてしまった。
最も警戒すべき攻撃を前に視力を失ってしまったことは、最も危機的な状況に陥ってしまったということだ。
悪路王は右目を潰した相手を呪い殺してやりたくなったが、怒りに叫ぶこともなく、歯軋りさえ抑え込んで動きを止めた。
袖絡が当たった際の苦悶の声で、すでに悪路王の居場所は筒抜けになっている。こうなってしまっては、もう視力で結城を捕捉することは適わない。結城が踏み込んでくる瞬間の気配を察して、当たり所を気にせず反撃する他はなかった。
悪路王はどんな些細な気配も逃がすまいと、自身の触覚に精神を集中させようとした。
これが、悪路王にとって最大の悪手だった。
『あなたは痛みを感じなくなったことで、全ての攻撃に耐えうる力を身に付けたと思っていたようですが、それは間違いです』
不意に悪路王はアテナの声を聞いた。聴覚というよりは意識に直接語りかけてくるような感覚だった。
『痛みを感じることがなければ、肉体の危機を知る術もない。たとえ痛みに対する精神が無限の強度を持っていても、肉体の強度は有限を超えられない』
悪路王にはアテナが、ひいては結城がどこにいるのか感じ取ることができなかった。確実に近付かれているはずなのに。
『加えて、痛みを感じなければ触覚も鈍くなる。だからこそ私が……いえ私たちが接近していることさえ気付けなかった。煙に覆われようと、光を奪われようと』
悪路王は愕然となった。煙幕の中、結城とアテナがどこから接近してきたかを察し、そして、そのことをアテナに指摘されるまで全く気付いていなかった自分自身に。
『ずっと目の前にいたというのに』
煙が揺れ動き、一つの影が露になる。雛祈が持ってきていた名剣、雷切を右肩に構えた結城だった。
雷神を切ったという逸話を持つ名剣『雷切』は、この世ならざる者を斬る刃、曇天の上に座す神にすら届く剣という印象を、人々に与えていた。レプリカを製作した際、その想念を宿すことで、九字兼定と同様に、人ならざる者を斬る武器としての能力が付加される。
しかし、人ではない者を斬るという能力は、あくまで雷切の表の能力に過ぎず、もう一つ、隠された裏の能力も存在していた。
それは雷神を斬ったことで、雷神が持つ雷の力の一部が受け継がれていたということだ。
適性のない者が雷切のレプリカを使えば、ただ人ではない者を斬るという能力だけに留まるが、雷の力に高い親和性を持つ者が使えば、雷切に隠された真の力を引き出すことができる。
大木すら両断する、天から振り下ろされる閃光の刃。それが刀剣という形に表れたものこそ、雷切の真の姿だった。
偶然か、それとも必然か、雷切の力を引き出せる者がここにいた。
ギリシャの戦女神、アテナだ。
アテナの父神ゼウスは全知全能の天空神であり、天候を自在に操る権能を持つ。オリュンポスの神々で唯一、雷の力を扱うことができる『雷神』でもある。
その象徴こそが世界すら焼き尽くす威力を秘めた雷の槍、ケラウノス。
雷神ゼウスのみが使うことができるとされる雷槍だが、もう一柱、使うことを許された神がいた。
それこそが女神アテナだった。
ゼウスから愛娘として格別の信頼を得ていたアテナは、一時的にケラウノスを使用することが許されていた。いわば、雷神の権能の一部を分け与えられているのだ。
雷神の力が込められた刀と、雷神の力の一部を有する戦女神。果たして何の巡りあわせか、この場において最適な組み合わせが揃っていた。
そして今、女神アテナが融合した結城が、雷電を発する伝説の一振りを手に、現代に復活した邪鬼の王と対峙していた。
アテナという最高の使い手を見つけた雷切は、刀身の至るところから小さな稲光をバチバチと鳴らしている。
日本刀の切れ味と、雷撃の破壊力が合わさった、剽悍無比の必殺剣。それが怨嗟の鬼を斬り裂くべく振るわれようとしていた。
『さあ、受けなさい』
アテナの言葉に続くように、結城は刀を大きく掲げた。融合状態が解けるまで残り5秒。
だが、それだけでも充分だった。
『熾天闘刃流―――』
その技は瞬きの間、刹那の瞬間だけで事足りる。一度放てば、無限に首を再生する大蛇でさえ屠る、闘神の絶対奥義。
『多頭蛇討撃!』
振り下ろされた剣が、まず袈裟切りに軌道を描く。すかさず剣を止めることなく、右薙ぎに振りぬかれる。次は刀を少し下げ、左切り上げが疾る。今度は大上段から頭頂に唐竹割りが見舞われる。さらに返す刀で逆風に斬る。再び上に持ち上がった刃は、逆袈裟に落とされた。脇に構えなおされた剣は、左薙ぎで腹部を通り抜け、また刀身を下げて右切り上げに振るわれる。
最期に大きく持ち上がった刀の切っ先を、敵の鳩尾めがけて突き立て、背中まで貫き通す。
この間わずか半秒足らず。刀剣によって可能な全ての攻撃が、鬼神の肉体に一気に襲いかかった。
九つの斬撃が終わると、あまりの剣速に煙幕が全て吹き飛ばされた。
鳩尾に深々と刺さった雷切が、左手を添えられてゆっくりと引き抜かれる。
振り返り、最期に血振りを一閃。それが合図であったかのように、悪路王の体の九箇所から、一斉に血が吹き出した。
ドクドクと血が流れる腿に、緋袴から千切った切れ端を巻きながら、千夏は不敵に破顔した。
「いっ……たたた~。ち、千夏姉さま、さすがにいきなりは痛かったですよ~」
千冬もメイド服のスカートから千切った布を包帯代わりに、槍が刺さっていた腿の傷を縛っていた。出血で少し血の気が引いたのか、暴走状態から元に戻っている。
「けど悪路王に一発かませたんだから、ちょっとはスッキリしただろ?」
「そ、それは~……ちょ、ちょっと、気持ちよかったです」
千夏に聞かれて少し言いよどんだが、千冬は太腿を擦り合わせながら赤面で答えた。
アテナの槍で腿を串刺しにされていた千夏と千冬は、煙玉が撒かれた際、咄嗟に槍を押し込むことで強引に槍の拘束から抜け出した。
もちろん脱出するためではなく、悪路王に一矢報いるためだった。
煙幕に包まれたとしても、悪路王は仕留められるまで黙って待っているはずがない。
そこで悪路王がいるであろう位置に向かって、槍と袖絡を投擲し、注意を逸らそうと考えたのだ。
当たらなかったとしても悪路王を混乱させられれば良し。当たればなお良し。千夏たちにとってはどちらになっても溜飲が下げられる寸法だった。
(絶対に悪路王を仕留めろよ、結城、メガミサマ。でないとあたしたちも、ここまでやった甲斐がないってもんだ)
常人であれば泣き叫ぶほどの痛みを被ってなお、千夏は自慢の八重歯を剥き出して不敵に微笑った。結城とアテナ、二人が伝説の鬼神の首を取ってくれると信じて。
残った右目の視力も失った悪路王は焦燥に駆られていた。煙幕程度なら動かずにいれば対処できると高を括っていたはずが、まさか光を奪われることになろうとは予想外だった。
悪路王の肉体は、アテナ、結城、雛祈と桜一郎の攻撃。千夏、千冬による追撃によってダメージが蓄積し、崩壊する一歩手前まで来ている。
そして、次に結城が仕掛けてくるのが致命的な一撃になることも、悪路王は予見していた。
もはや痛みを感じないことはメリットになり得ない。むしろ、その特性に頼ってしまったからこそ、悪路王はここまで追い込まれてしまった。
最も警戒すべき攻撃を前に視力を失ってしまったことは、最も危機的な状況に陥ってしまったということだ。
悪路王は右目を潰した相手を呪い殺してやりたくなったが、怒りに叫ぶこともなく、歯軋りさえ抑え込んで動きを止めた。
袖絡が当たった際の苦悶の声で、すでに悪路王の居場所は筒抜けになっている。こうなってしまっては、もう視力で結城を捕捉することは適わない。結城が踏み込んでくる瞬間の気配を察して、当たり所を気にせず反撃する他はなかった。
悪路王はどんな些細な気配も逃がすまいと、自身の触覚に精神を集中させようとした。
これが、悪路王にとって最大の悪手だった。
『あなたは痛みを感じなくなったことで、全ての攻撃に耐えうる力を身に付けたと思っていたようですが、それは間違いです』
不意に悪路王はアテナの声を聞いた。聴覚というよりは意識に直接語りかけてくるような感覚だった。
『痛みを感じることがなければ、肉体の危機を知る術もない。たとえ痛みに対する精神が無限の強度を持っていても、肉体の強度は有限を超えられない』
悪路王にはアテナが、ひいては結城がどこにいるのか感じ取ることができなかった。確実に近付かれているはずなのに。
『加えて、痛みを感じなければ触覚も鈍くなる。だからこそ私が……いえ私たちが接近していることさえ気付けなかった。煙に覆われようと、光を奪われようと』
悪路王は愕然となった。煙幕の中、結城とアテナがどこから接近してきたかを察し、そして、そのことをアテナに指摘されるまで全く気付いていなかった自分自身に。
『ずっと目の前にいたというのに』
煙が揺れ動き、一つの影が露になる。雛祈が持ってきていた名剣、雷切を右肩に構えた結城だった。
雷神を切ったという逸話を持つ名剣『雷切』は、この世ならざる者を斬る刃、曇天の上に座す神にすら届く剣という印象を、人々に与えていた。レプリカを製作した際、その想念を宿すことで、九字兼定と同様に、人ならざる者を斬る武器としての能力が付加される。
しかし、人ではない者を斬るという能力は、あくまで雷切の表の能力に過ぎず、もう一つ、隠された裏の能力も存在していた。
それは雷神を斬ったことで、雷神が持つ雷の力の一部が受け継がれていたということだ。
適性のない者が雷切のレプリカを使えば、ただ人ではない者を斬るという能力だけに留まるが、雷の力に高い親和性を持つ者が使えば、雷切に隠された真の力を引き出すことができる。
大木すら両断する、天から振り下ろされる閃光の刃。それが刀剣という形に表れたものこそ、雷切の真の姿だった。
偶然か、それとも必然か、雷切の力を引き出せる者がここにいた。
ギリシャの戦女神、アテナだ。
アテナの父神ゼウスは全知全能の天空神であり、天候を自在に操る権能を持つ。オリュンポスの神々で唯一、雷の力を扱うことができる『雷神』でもある。
その象徴こそが世界すら焼き尽くす威力を秘めた雷の槍、ケラウノス。
雷神ゼウスのみが使うことができるとされる雷槍だが、もう一柱、使うことを許された神がいた。
それこそが女神アテナだった。
ゼウスから愛娘として格別の信頼を得ていたアテナは、一時的にケラウノスを使用することが許されていた。いわば、雷神の権能の一部を分け与えられているのだ。
雷神の力が込められた刀と、雷神の力の一部を有する戦女神。果たして何の巡りあわせか、この場において最適な組み合わせが揃っていた。
そして今、女神アテナが融合した結城が、雷電を発する伝説の一振りを手に、現代に復活した邪鬼の王と対峙していた。
アテナという最高の使い手を見つけた雷切は、刀身の至るところから小さな稲光をバチバチと鳴らしている。
日本刀の切れ味と、雷撃の破壊力が合わさった、剽悍無比の必殺剣。それが怨嗟の鬼を斬り裂くべく振るわれようとしていた。
『さあ、受けなさい』
アテナの言葉に続くように、結城は刀を大きく掲げた。融合状態が解けるまで残り5秒。
だが、それだけでも充分だった。
『熾天闘刃流―――』
その技は瞬きの間、刹那の瞬間だけで事足りる。一度放てば、無限に首を再生する大蛇でさえ屠る、闘神の絶対奥義。
『多頭蛇討撃!』
振り下ろされた剣が、まず袈裟切りに軌道を描く。すかさず剣を止めることなく、右薙ぎに振りぬかれる。次は刀を少し下げ、左切り上げが疾る。今度は大上段から頭頂に唐竹割りが見舞われる。さらに返す刀で逆風に斬る。再び上に持ち上がった刃は、逆袈裟に落とされた。脇に構えなおされた剣は、左薙ぎで腹部を通り抜け、また刀身を下げて右切り上げに振るわれる。
最期に大きく持ち上がった刀の切っ先を、敵の鳩尾めがけて突き立て、背中まで貫き通す。
この間わずか半秒足らず。刀剣によって可能な全ての攻撃が、鬼神の肉体に一気に襲いかかった。
九つの斬撃が終わると、あまりの剣速に煙幕が全て吹き飛ばされた。
鳩尾に深々と刺さった雷切が、左手を添えられてゆっくりと引き抜かれる。
振り返り、最期に血振りを一閃。それが合図であったかのように、悪路王の体の九箇所から、一斉に血が吹き出した。
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