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化生の群編
奇襲
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暴走した千冬を悪路王にあてがった雛祈は、次の行動に移ることにした。
悪路王の目的は、朱月灯恵を含めた螺久道村の全ての人間を抹殺し、村を跡形もなく消滅させること。だからこそ、灯恵を連れ出されてしまうのは非常に都合が悪いのだろう。
結城は動機自体は滅茶苦茶ではあっても、灯恵を村の外に連れ出そうとする行為は、あながち的外れではなかった。そうなれば、灯恵と悪路王が立てた企ては、確実に妨げられてしまうからだ。
本格的に悪路王を倒して事態の収拾を図るなら、やはり時間が必要だ。その時間を稼ぐ意味でも、朱月灯恵をこの場から連れ出すのが最良、と雛祈も読んでいた。
ならば、結城に協力するのが一番の得策だった。まだ全てを認めたわけではないが、理屈や合理性に囚われず、事件に対して真っ直ぐに向き合う結城の信念は、雛祈も評価する気になっていた。
だからこそ、危険な賭けに出る覚悟も決まったわけだ。
いま灯恵は結城とマスクマンの応急処置を受けている。あとは雛祈と桜一郎が加われば、アテナたちの相手で余裕のない悪路王を出し抜いて脱出が適うかもしれない。
雛祈は結城たちに合流するため駆け出そうとした。
だが、視界の端に一瞬映り込んだものに反応して足を止めた。
それを見た雛祈は目を見開いた。そこに立っているはずのないものがいたからだ。
「灯恵さんは? 助かりそう?」
「SΛ4↓BΣ(かなり原始的な方法で傷を塞いだからな。血も相当な量を失くしてる。助かるかどうかは灯恵の体力次第だな)」
マスクマンは灯恵の火傷部分に濡れた布を当てながら結城に答えた。
悪路王が噛み付いた傷口を火で焼くことで塞ぎ、出血を止めたはいいが、火傷による弊害が起こる可能性は大きい。さらには出血もひどい状態だった。
(MΞ6↑1Q(傷から流れ出た量よりも、あの悪路王って化け物に吸われた分が多いな。何のために吸いやがったんだ?))
そもそもの傷を負う原因となった悪路王の行為が疑問だったが、あまり考え込んでいる時間はなかった。アテナたちが悪路王を食い止めている間に、灯恵をこの場から連れ出さなければならないのだ。マスクマンは結城に顔を向けた。
「EΘ5→GΦ1Y(応急処置は済んだから、これから灯恵を連れて村を出る。だが、おそらく途中であの化け物が気付いて追って来るだろうから、その時は俺が足止めをする。そうなった後は結城、お前の役目だ。行けるな?)」
念を押してくるマスクマンに、結城は力強く頷いて応えた。もとより灯恵を助けると決めたのは自分自身だ。どんなに危険な役目であろうと、どれだけ震えるほどの恐怖があろうと、その目的を果たすために進む覚悟はできていた。
いつも共に居てくれる神霊たちが、これだけ道を照らし、導いてくれようとしているからには、何より己自身がその足で進まなければ意味がない。結城の心には、幾度も感じてきた熱い力が湧き起こり、指先に至るまで満ち満ちていた。悪路王の殺意に当てられた震えなど、もう微塵もない。
「灯恵さん、ちょっとごめんね」
松明の火を押し当てられ、気を失ってぐったりする灯恵を、結城は抱き起こそうとした。
だが、結城たちのすぐ傍で重い足音が響き、結城もマスクマンも体を硬直させた。
悪路王はアテナたちが抑えこんでいる。そうそう簡単にこちらに来ることはできないはずだった。
事実、少し距離を取ったところでアテナたちと悪路王が戦っている気配がありありと感じられる。
なら、この足音の主は誰なのか。結城は足音がした方へ首を巡らせた。
結城たちを見下ろすように立っていたのは、人の部分と妖の部分が醜く混ざり合った斑の怪物、なりそこないの邪鬼だった。それもアテナと千夏にとうに倒されていたはずの個体だった。
おそらく千夏が倒した方だと思われるが、金砕棒を叩き込まれた頭部は、首の根元まで潰れ、無残に拉げている。かろうじて片目だけが原型を留めており、それで結城たちを認識しているようだった。
もはや脳が破壊されているにも関わらず、活動できていることにも驚嘆するが、それ以上に結城は危機感を覚えた。
それは灯恵を連れて脱出する直前だということだ。ここで襲われては灯恵を危険に晒すことになる。かといって灯恵を守ろうとすれば、結城が防御手段を取れなくなる。
最悪のタイミングで予想外の刺客が現れてしまった。
邪鬼は肥大した腕を振り上げた。至近距離での爪撃を、結城に防ぐ術はない。
「くっ!」
避けることも適わないなら、背中を盾にして灯恵を守るしかないと、結城は背を向けて目を固く閉じた。
次の瞬間には鮮血が舞った。だが、それは結城の血でも、灯恵の血でもなかった。
爪が振り下ろされていないことを不可解に思った結城は目を開け、背にしていた方を振り返った。
邪鬼が振り上げていた腕は、地面に落ちて血溜まりを作っていた。腕が繋がっていた肩口からは、どす黒い血飛沫が吹き荒れている。
そして、その腕を切断せしめたのは、雷神さえも斬って鎮めたとされる伝説の名剣、雷切のレプリカの刃だった。
結城が目を開けて最初に見たのは、見事な袈裟斬りで邪鬼の腕を落とした雛祈の姿だった。
「桜一郎!」
呼ばれて宙へと躍り出た桜一郎は、大鉞を肩担ぎに構えた。空中から重力を味方につけて振り下ろされる鬼の斬撃は、さながら強力な重機に匹敵する威力を誇る。
肩担ぎから大上段へ、そこから振るわれた鉞の刃は、まるで邪鬼の頭から股間までを素通したようにも見えた。
勢い余った鉞が土に叩きつけられると同時に、邪鬼の醜い肉体はゆっくりと分かたれ、倒れ伏した。
「あ、あなたは―――」
「早く! その人を連れて行きなさい!」
「は、はい!」
窮地を救ってくれた雛祈に対して何か言う暇もなく、結城はその場を離れるように強く促され、いそいそと灯恵を抱えて立ち上がろうとした。
しかし、いざ脚に力を入れようとした時、結城は立ち上がることができなかった。脚に問題があったわけではない。背中に氷の板を押し当てられたような、ひどい悪寒を感じたからだ。
「YΠ(結城)!」
慌てたマスクマンが結城の襟首を掴み、急いで後ろに引っ張った。
「あっ!」
その反動で、結城は灯恵から腕を離してしまう。
直後、結城と灯恵の間に開いた1メートル弱の間隔に巨木が倒れ込んできた。
「なっ!?」
唐突に現れた倒木に結城は面食らった。結城たちが居た場所の近くに、そんな木は生えていなかったはずだった。
「NΓ9↓Z11Δ(ちっ、心臓が無くなっても動けるのか。化け物め)!」
「?」
結城はマスクマンが見ている方へ目を向けた。倒木の根元、何かが木を抱え込むように腕を回している。
アテナに心臓を一突きにされたはずの、もう一体の邪鬼だった。周辺にあった木を引き抜き、武器の代わりにして結城を押し潰そうとしたのだ。
「あっ! しまった!」
目を丸くしていたのも束の間、結城は重大なことを思い出した。マスクマンに引っ張られた際に、灯恵から手を離してしまっていた。
幸い灯恵は倒木の下敷きにはなっていない。結城とは倒木を挟んだ反対側に倒れ込んでいた。しかし、早く正式な治療を受けなければ危険な状況ではある。
「灯恵さん!」
結城は素早く腰を上げると、倒木の反対側にいる灯恵に手を伸ばそうとした。
これが、結城にとって最大の悪手だった。
「WΩYΠ(待て、結城)!」
マスクマンが制止しようとしたが遅かった。邪鬼は結城のいる方向へ倒木を思い切り振り抜いた。
「ぐあっ!」
太い木の幹が結城の胴に激突した。すさまじい衝撃に脳までが揺さぶられる。
恐ろしい力で振るわれた木に圧し切られ、結城の体は宙に舞い上がった。
「あああっ!」
叫び声とともに、結城は高々と弾き飛ばされた。その声を聞いた誰もが、一瞬結城の方へ目を向けた。
「ゆうき!」
使えそうな道具を模索していた媛寿もまた、飛ばされていく結城を宙に認めて声を上げた。
結城は大きく放物線を描き、半壊していた社の屋根に墜落した。媛寿の砲撃で崩れかかっていた社は、結城の衝突に耐え切れず、あえなく瓦礫の山と化す。
結城は、その下敷きとなった。
「ゆ、ゆうきー!」
媛寿の悲痛な叫びが、結界内の空間に響き渡った。
悪路王の目的は、朱月灯恵を含めた螺久道村の全ての人間を抹殺し、村を跡形もなく消滅させること。だからこそ、灯恵を連れ出されてしまうのは非常に都合が悪いのだろう。
結城は動機自体は滅茶苦茶ではあっても、灯恵を村の外に連れ出そうとする行為は、あながち的外れではなかった。そうなれば、灯恵と悪路王が立てた企ては、確実に妨げられてしまうからだ。
本格的に悪路王を倒して事態の収拾を図るなら、やはり時間が必要だ。その時間を稼ぐ意味でも、朱月灯恵をこの場から連れ出すのが最良、と雛祈も読んでいた。
ならば、結城に協力するのが一番の得策だった。まだ全てを認めたわけではないが、理屈や合理性に囚われず、事件に対して真っ直ぐに向き合う結城の信念は、雛祈も評価する気になっていた。
だからこそ、危険な賭けに出る覚悟も決まったわけだ。
いま灯恵は結城とマスクマンの応急処置を受けている。あとは雛祈と桜一郎が加われば、アテナたちの相手で余裕のない悪路王を出し抜いて脱出が適うかもしれない。
雛祈は結城たちに合流するため駆け出そうとした。
だが、視界の端に一瞬映り込んだものに反応して足を止めた。
それを見た雛祈は目を見開いた。そこに立っているはずのないものがいたからだ。
「灯恵さんは? 助かりそう?」
「SΛ4↓BΣ(かなり原始的な方法で傷を塞いだからな。血も相当な量を失くしてる。助かるかどうかは灯恵の体力次第だな)」
マスクマンは灯恵の火傷部分に濡れた布を当てながら結城に答えた。
悪路王が噛み付いた傷口を火で焼くことで塞ぎ、出血を止めたはいいが、火傷による弊害が起こる可能性は大きい。さらには出血もひどい状態だった。
(MΞ6↑1Q(傷から流れ出た量よりも、あの悪路王って化け物に吸われた分が多いな。何のために吸いやがったんだ?))
そもそもの傷を負う原因となった悪路王の行為が疑問だったが、あまり考え込んでいる時間はなかった。アテナたちが悪路王を食い止めている間に、灯恵をこの場から連れ出さなければならないのだ。マスクマンは結城に顔を向けた。
「EΘ5→GΦ1Y(応急処置は済んだから、これから灯恵を連れて村を出る。だが、おそらく途中であの化け物が気付いて追って来るだろうから、その時は俺が足止めをする。そうなった後は結城、お前の役目だ。行けるな?)」
念を押してくるマスクマンに、結城は力強く頷いて応えた。もとより灯恵を助けると決めたのは自分自身だ。どんなに危険な役目であろうと、どれだけ震えるほどの恐怖があろうと、その目的を果たすために進む覚悟はできていた。
いつも共に居てくれる神霊たちが、これだけ道を照らし、導いてくれようとしているからには、何より己自身がその足で進まなければ意味がない。結城の心には、幾度も感じてきた熱い力が湧き起こり、指先に至るまで満ち満ちていた。悪路王の殺意に当てられた震えなど、もう微塵もない。
「灯恵さん、ちょっとごめんね」
松明の火を押し当てられ、気を失ってぐったりする灯恵を、結城は抱き起こそうとした。
だが、結城たちのすぐ傍で重い足音が響き、結城もマスクマンも体を硬直させた。
悪路王はアテナたちが抑えこんでいる。そうそう簡単にこちらに来ることはできないはずだった。
事実、少し距離を取ったところでアテナたちと悪路王が戦っている気配がありありと感じられる。
なら、この足音の主は誰なのか。結城は足音がした方へ首を巡らせた。
結城たちを見下ろすように立っていたのは、人の部分と妖の部分が醜く混ざり合った斑の怪物、なりそこないの邪鬼だった。それもアテナと千夏にとうに倒されていたはずの個体だった。
おそらく千夏が倒した方だと思われるが、金砕棒を叩き込まれた頭部は、首の根元まで潰れ、無残に拉げている。かろうじて片目だけが原型を留めており、それで結城たちを認識しているようだった。
もはや脳が破壊されているにも関わらず、活動できていることにも驚嘆するが、それ以上に結城は危機感を覚えた。
それは灯恵を連れて脱出する直前だということだ。ここで襲われては灯恵を危険に晒すことになる。かといって灯恵を守ろうとすれば、結城が防御手段を取れなくなる。
最悪のタイミングで予想外の刺客が現れてしまった。
邪鬼は肥大した腕を振り上げた。至近距離での爪撃を、結城に防ぐ術はない。
「くっ!」
避けることも適わないなら、背中を盾にして灯恵を守るしかないと、結城は背を向けて目を固く閉じた。
次の瞬間には鮮血が舞った。だが、それは結城の血でも、灯恵の血でもなかった。
爪が振り下ろされていないことを不可解に思った結城は目を開け、背にしていた方を振り返った。
邪鬼が振り上げていた腕は、地面に落ちて血溜まりを作っていた。腕が繋がっていた肩口からは、どす黒い血飛沫が吹き荒れている。
そして、その腕を切断せしめたのは、雷神さえも斬って鎮めたとされる伝説の名剣、雷切のレプリカの刃だった。
結城が目を開けて最初に見たのは、見事な袈裟斬りで邪鬼の腕を落とした雛祈の姿だった。
「桜一郎!」
呼ばれて宙へと躍り出た桜一郎は、大鉞を肩担ぎに構えた。空中から重力を味方につけて振り下ろされる鬼の斬撃は、さながら強力な重機に匹敵する威力を誇る。
肩担ぎから大上段へ、そこから振るわれた鉞の刃は、まるで邪鬼の頭から股間までを素通したようにも見えた。
勢い余った鉞が土に叩きつけられると同時に、邪鬼の醜い肉体はゆっくりと分かたれ、倒れ伏した。
「あ、あなたは―――」
「早く! その人を連れて行きなさい!」
「は、はい!」
窮地を救ってくれた雛祈に対して何か言う暇もなく、結城はその場を離れるように強く促され、いそいそと灯恵を抱えて立ち上がろうとした。
しかし、いざ脚に力を入れようとした時、結城は立ち上がることができなかった。脚に問題があったわけではない。背中に氷の板を押し当てられたような、ひどい悪寒を感じたからだ。
「YΠ(結城)!」
慌てたマスクマンが結城の襟首を掴み、急いで後ろに引っ張った。
「あっ!」
その反動で、結城は灯恵から腕を離してしまう。
直後、結城と灯恵の間に開いた1メートル弱の間隔に巨木が倒れ込んできた。
「なっ!?」
唐突に現れた倒木に結城は面食らった。結城たちが居た場所の近くに、そんな木は生えていなかったはずだった。
「NΓ9↓Z11Δ(ちっ、心臓が無くなっても動けるのか。化け物め)!」
「?」
結城はマスクマンが見ている方へ目を向けた。倒木の根元、何かが木を抱え込むように腕を回している。
アテナに心臓を一突きにされたはずの、もう一体の邪鬼だった。周辺にあった木を引き抜き、武器の代わりにして結城を押し潰そうとしたのだ。
「あっ! しまった!」
目を丸くしていたのも束の間、結城は重大なことを思い出した。マスクマンに引っ張られた際に、灯恵から手を離してしまっていた。
幸い灯恵は倒木の下敷きにはなっていない。結城とは倒木を挟んだ反対側に倒れ込んでいた。しかし、早く正式な治療を受けなければ危険な状況ではある。
「灯恵さん!」
結城は素早く腰を上げると、倒木の反対側にいる灯恵に手を伸ばそうとした。
これが、結城にとって最大の悪手だった。
「WΩYΠ(待て、結城)!」
マスクマンが制止しようとしたが遅かった。邪鬼は結城のいる方向へ倒木を思い切り振り抜いた。
「ぐあっ!」
太い木の幹が結城の胴に激突した。すさまじい衝撃に脳までが揺さぶられる。
恐ろしい力で振るわれた木に圧し切られ、結城の体は宙に舞い上がった。
「あああっ!」
叫び声とともに、結城は高々と弾き飛ばされた。その声を聞いた誰もが、一瞬結城の方へ目を向けた。
「ゆうき!」
使えそうな道具を模索していた媛寿もまた、飛ばされていく結城を宙に認めて声を上げた。
結城は大きく放物線を描き、半壊していた社の屋根に墜落した。媛寿の砲撃で崩れかかっていた社は、結城の衝突に耐え切れず、あえなく瓦礫の山と化す。
結城は、その下敷きとなった。
「ゆ、ゆうきー!」
媛寿の悲痛な叫びが、結界内の空間に響き渡った。
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