小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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化生の群編

不覚

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 アテナの人体急所のみを狙った連続攻撃は、拳だけに留まらず、掌、肘、指関節、爪の先、膝、足裏、踵、額に至るまで、攻撃に使える部位をいかんなく駆使したものだった。流れるように急所に撃ち込み、その時点ですでに次の急所を決めている。一部の隙もなく繰り出される打撃の嵐は、まさに電光石火と呼ぶに相応しかった。
 これだけ間断なく急所を攻められては、敵は数秒経過するまでには意識を失っていてもおかしくない。
 だが、痛みに対して強い耐性を持つ悪路王あくろおうは、未だに両足で立ち続けていた。
 一切のダメージがないわけではない。肉体的な痛覚をほとんど受け付けない性質になっていようとも、物理的に破壊できないという意味ではない。それはアテナが槍を刺して実証済みだった。
 痛みを感じていなくとも、悶絶必死の人体急所を雨あられと攻め続けられれば、いずれどこかが破壊される。まして、アテナは人体破壊に最も効果的な急所を重点的に攻撃しているのだ。
 いかに無痛の悪路王といえども、このままでは分が悪くなるのは目に見えていた。
 しかし、アテナの猛攻はまるでペースが落ちる気配がない。コンマ数秒さえも惜しむようなアテナの攻撃には、悪路王も反撃の機会を見出せなかった。
 さらには悪路王の首は千夏ちなつが絞め上げ続けている。右腕だけなので絞め落とされるほどではないが、常人ならとうに窒息しているほどの力でしがみ付かれているので、こちらも悪路王の動きを制限していた。
(!)
 悪路王は不気味に微笑わらった。思いついたのだ。戦女神の猛攻を打ち破れる方法を。

 アテナは身体能力、五感、知力と、おおよそ持てる力のほとんどを捻出して悪路王に挑んでいた。痛みを感じないという稀有な性質を持つだけに厄介ではあるが、アテナには生まれてからこれまでの戦いで得た経験と、吸収し続けてきた知識があった。
 力は大幅に落ちてもアテナは戦いの女神である。戦法、戦術、戦略でも右に出る者はなく、たとえどれだけ時間と労力がかかっても、勝てない敵など存在しない。
 視認できる全ての人体急所を的確な方法で突き、悪路王が反撃しそうな気配を感じれば、千夏が潰した左眼の側へと逸れつつ、また急所を突く。これによって悪路王からの反撃を未然に防ぎ、急所への超連続攻撃を継続することが可能になっていた。もちろん千夏が首を抑え込んでいることも一助となっているが。
 このまま攻撃を続ければ、いかに堅牢な悪路王の肉体でもいずれは壊れる。痛みを感じないことと、外部からの衝撃を受け続けて壊れないこととは違うからだ。
 しかし、アテナの第一目標は悪路王の打倒ではない。結城ゆうきとマスクマンが朱月灯恵あかつきともえを村の外に連れ出す、そのための時間を稼ぐことだからだ。
 結城は灯恵が憎悪と復讐に塗れて生涯を閉じるを良しとしなかった。それは結城の抱く正義ではあっても、灯恵の抱く想いを無視した言い分であることは、結城自身が最も理解している。
 理解した上で、結城はその復讐を否とした。たとえ邪鬼に堕ちても遂げたい怨嗟があったとしても、人として最後に微笑むことができる生き方を守りたい。結城は復讐鬼と化した灯恵に賛同せず、まだ人である灯恵を信じて立ち向かう道を選んだ。
 全ての事情を知り、個人としての判断が正しくないと自覚していても、あえて間違いを取って進み出た。まさに大矛盾と言えるところ、結城はそれすら飲み込んで悪路王に抗った。
 見込んだ戦士がこれほどまで力強い一歩を踏み出したのなら、その背を見守る戦女神もまた、最大級の後押しをせずして何とする。アテナの身の内には、巨人大戦単語ギガントマキアやトロイア戦争の時のような戦いで感じていた、高揚感と熱意が渦巻いていた。
 あわよくば悪路王を破壊せしめ、それが適わないなら結城たちを脱出させた後に一旦引き揚げてから、今度は万全の態勢を整えて再戦を挑む。その二通りの道を見定めつつ、アテナは手数も速さも落とすことなく攻め続けた。
 一方で結城たちの行動も常に把握している。『八方目はっぽうもく』を使ったのは悪路王の人体急所の全てを認識するだけでなく、結城たちの脱出を見守るためでもあった。
 いま結城が灯恵の元に到着したことを確認したアテナは、次の急所を突くべく人差し指を繰り出した。狙うは右頬の一点、『独古どっこ』。悪路王ほどの頑健さがなければ、突くどころか貫いていてもおかしくないほどの指撃が撃ち込まれようとしていた。
 だが、それは悪路王が待っていた一撃だった。悪路王はそのタイミングで体勢を崩した。もちろんわざと。
 片膝を少し下げる程度の動きであれば、アテナの猛攻の中でも行うことができた。そして、その部分の急所にのみ注意を払っていたならば、ある程度の軌道を読むこともできる。悪路王が身体を傾けたことで、アテナの指撃が向かう先は―――
(!)
 瞬きよりも短い時間の中で、アテナは先に起こることを予測した。悪路王の右頬を狙った人差し指は、打点がずれたことで首元に向かうことになる。悪路王の首には、まだ千夏の右腕が巻きついていた。このままでは千夏の腕に指を刺してしまう。
(くっ!)
 予測と判断を一瞬のうちに終えたアテナは、突き出しかけていた指を引っ込めた。千夏に余計なダメージを負わせないよう配慮したのだが、それは悪路王の思う壺だった。
 悪路王は左手で千夏の腕を握った。骨を粉砕するほどではなく、少しだけ強めの力で。
(やばっ!)
 千夏は左の尺骨のように、また骨を砕かれるのではないかと警戒し、思わず悪路王の首を絞めていた右腕を解こうとした。さすがに両腕の骨を砕かれるのは戦闘に支障が出るので避けようとしたのだが、それもまた悪路王が見越したとおりだった。
 悪路王は首から離れようとした千夏の右腕もろとも、千夏を大きく振り回した。ただ放り投げるのではなく、一方向へと狙いをつけて。
 前方のアテナに向かって、千夏をぶつけるべく投げ飛ばしたのだ。
「かはっ!」
「ぐっ!」
 最大限の膂力で投げ飛ばされた千夏は、背中からアテナの胴に激突した。掠れた呻き声を発した二人は、衝突の力を殺しきれず、盛大な土煙を立てて地面を転がった。
 アテナと千夏の妨害を払いのけた悪路王は、とどめを刺そうと二人に歩み寄ろうとしたが、そこで結城の姿がどこにも見えないことに気付いた。
 あれだけの大言を吐いておきながら逃げたとは考えにくいと思い、辺りを見回すと、ふと目の端に飛び込んだ光景があった。
 倒れている灯恵の傍に屈み込んでいる結城とマスクマンだった。
 悪路王は全てを察した。結城が灯恵の元にいる意味、アテナが正面からあれだけの猛攻を加えてきた理由。灯恵をこの場から連れ出そうとしているのではないか、と。
「何をしているかー!」
 悪路王は結城に向かって猛然と駆け出そうとした。その勢いのまま、結城の首を爪で切り飛ばしてしまうつもりでいた。
 だが、悪路王が踏み出したその場所。そこに足が置かれるのを、文字通り手ぐすね引いて待っていた者がいた。
「よっ、と」
 媛寿えんじゅは手に持っていた釣り糸を引いた。糸は悪路王が踏みしめた地面まで伸びており、糸の先に付いていたものを引き抜いた途端、打ち上げ花火が地上で破裂したような爆発が起こった。
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