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化生の群編
猛攻
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「グッ!?」
鳩尾に抉り込んだアテナの拳は、痛みをものともしないはずの悪路王に膝をつかせた。強靭な筋肉を通り越し、内臓にまで届きえた拳撃は、さすがに痛覚を無視して耐えられる衝撃ではなかった。まして、アテナ全力のボディブローともなればなおさらだ。
「ふっ!」
肉に深々とめり込んだ右手を、アテナは勢いよく引き抜いた。
悪路王は膝立ちのまま、荒い呼吸を続けている。アテナの攻撃は確実に効いているが、当のアテナはより一層警戒を強めていた。
(拳を砕くつもりで撃ち込んでも臓物一つ破壊できなかった。やはりこのオニ、倒すには時間がかかる)
悪路王はダメージを負ったが、アテナもまた右手を犠牲にする覚悟で攻撃したため、拳を傷めてしまっていた。使用不能とまではいかないまでも、再度同じボディブローを見舞うことはできない状態になっていた。
「ぐっ……やってくれたな……この女どもが!」
やはり大きなダメージになっていなかっただけに、悪路王は即座に立ち上がろうとした。右腕を槍で貫かれ、片目を抉られ、鳩尾に拳を突き入れられても、極端な痛みへの耐性からか、回復も異常に速い。
「っと、おとなしくしてろ。いま脳ミソ引きずり出してやるから」
「ガッ!?」
千夏が眼孔に刺し込んだ手をさらに深めたため、悪路王は肩膝立ちで止まってしまった。
「痛みに関心が薄い分、周りが見えづらくなってるんだよ、お前は」
「クッ!」
だが、悪路王も無抵抗なままではいなかった。片目に刺し込まれている千夏の腕を握り、一気に力を込めて尺骨を粉砕した。
「あぐっ!」
千夏が痛みに悶え、腕の力が緩んだ隙に、悪路王は眼孔から手を引き抜いた。
そのまま振り回し、地面に叩きつけて全身の骨を砕こうとしたが、
「まだだぁっ!」
千夏は悪路王の首を締め上げていた右腕に、持てる力の全てを集中させた。今度はただ締め上げるのではなく、頚椎もろともへし折るつもりで。
「ウッ……この……」
予想外の力で首を絞められ、悪路王も千夏を振り回すはずだった腕を止めた。
そこに生まれた膠着状態こそが、かの女神にとって最大の好機となった。
「チナツ、そのまま抑えていなさい」
またも悪路王は正面に立つアテナのことを失念していた。
千夏が指摘したように、悪路王は痛みへの耐性が高い代わりに、敵からの攻撃に対して警戒心が低い。女神や鬼神の末裔を圧倒するだけの能力を持ちながら、痛覚という要素を欠いているために、戦闘能力が非常に偏ってしまっていたのだ。
それこそが、凶悪な鬼神との絶対的な差を埋められる勝機でもある。
「ふうぅ―――」
アテナはゆっくりと息を吸い込み、下腹と足腰に力を溜めた。
そして悪路王の全体像を眼に移し込む。武術においての極意の一つ。一点ではなく全体を捉えることで、相手のどんな動作も見逃すことなく対応する『遠山の目付』、または『八方目』。
いまアテナは悪路王の全身を余すことなく把握していた。それは防御のためではなく、持てる全てを攻撃に転化するため。
「はああぁっ!」
気迫が轟くと同時に、アテナの嵐のような猛攻が悪路王に浴びせられた。すさまじい速さで乱打しているように見えるが、本質はより一層苛烈だった。
アテナは悪路王の体全体を捉え、そこに存在するありとあらゆる人体急所に息つく間もなく突き込んでいた。
拳を代償にするならば、悪路王に明確なダメージを与えることはできる。しかし、それではアテナも身がもたない上に、痛みに対して強い悪路王が最終的に有利になる。
ならば、攻撃力を別の形で補って撃ち込み、悪路王の肉体を破壊せしめる。アテナは人体急所のみに狙いを定め、悪路王にダメージを蓄積させる戦法を試みたのだ。
『北闘の拳』を読んで東洋武術における人体急所に興味を持ったアテナは、『BOOK OF』で入手した武術関連の書籍を読破して、あらゆる急所を網羅していた。
悪路王の肉体が人の形のままであるならば、人の肉体に存在する急所も有効となる。それは鳩尾に撃ち込んだ際に確認済みだった。
間断なく撃ち込まれるピンポイント攻撃の数々は、並みの者なら数十回は失神していてもおかしくない。悪路王はそれでも意識を失わずに立っているが、一撃一撃の連なりが速すぎて、反撃に転ずることができないでいた。
その隙に、結城はアテナと悪路王のいる場所を大回りして、灯恵が倒れているところに向かっていた。
アテナは攻撃を仕掛ける前、ほんの少しだけ振り返って結城に目配せしていた。
ほぼ一瞬のことで、普通は見逃してもおかしくない程だが、様々な事件に挑み、共に解決してきたからこそ、結城はアテナの目配せも、その意味も解った。
『悪路王を押さえ込んでいる間に、灯恵を安全な場所まで連れて行け』
叩きつける猛攻は悪路王に対する有用な戦法であると同時に、結城に灯恵を連れ出す時間を作るための囮でもあった。
朱月灯恵の人生を悲惨な終わり方にさせないという、結城の願いを叶えるために。
そして結城は戦女神が与えてくれた機会を逃すことなく、灯恵の元へと急いだ。ひたすら目立つことなく、音も立てず、呼吸も最小限にしながら。
鳩尾に抉り込んだアテナの拳は、痛みをものともしないはずの悪路王に膝をつかせた。強靭な筋肉を通り越し、内臓にまで届きえた拳撃は、さすがに痛覚を無視して耐えられる衝撃ではなかった。まして、アテナ全力のボディブローともなればなおさらだ。
「ふっ!」
肉に深々とめり込んだ右手を、アテナは勢いよく引き抜いた。
悪路王は膝立ちのまま、荒い呼吸を続けている。アテナの攻撃は確実に効いているが、当のアテナはより一層警戒を強めていた。
(拳を砕くつもりで撃ち込んでも臓物一つ破壊できなかった。やはりこのオニ、倒すには時間がかかる)
悪路王はダメージを負ったが、アテナもまた右手を犠牲にする覚悟で攻撃したため、拳を傷めてしまっていた。使用不能とまではいかないまでも、再度同じボディブローを見舞うことはできない状態になっていた。
「ぐっ……やってくれたな……この女どもが!」
やはり大きなダメージになっていなかっただけに、悪路王は即座に立ち上がろうとした。右腕を槍で貫かれ、片目を抉られ、鳩尾に拳を突き入れられても、極端な痛みへの耐性からか、回復も異常に速い。
「っと、おとなしくしてろ。いま脳ミソ引きずり出してやるから」
「ガッ!?」
千夏が眼孔に刺し込んだ手をさらに深めたため、悪路王は肩膝立ちで止まってしまった。
「痛みに関心が薄い分、周りが見えづらくなってるんだよ、お前は」
「クッ!」
だが、悪路王も無抵抗なままではいなかった。片目に刺し込まれている千夏の腕を握り、一気に力を込めて尺骨を粉砕した。
「あぐっ!」
千夏が痛みに悶え、腕の力が緩んだ隙に、悪路王は眼孔から手を引き抜いた。
そのまま振り回し、地面に叩きつけて全身の骨を砕こうとしたが、
「まだだぁっ!」
千夏は悪路王の首を締め上げていた右腕に、持てる力の全てを集中させた。今度はただ締め上げるのではなく、頚椎もろともへし折るつもりで。
「ウッ……この……」
予想外の力で首を絞められ、悪路王も千夏を振り回すはずだった腕を止めた。
そこに生まれた膠着状態こそが、かの女神にとって最大の好機となった。
「チナツ、そのまま抑えていなさい」
またも悪路王は正面に立つアテナのことを失念していた。
千夏が指摘したように、悪路王は痛みへの耐性が高い代わりに、敵からの攻撃に対して警戒心が低い。女神や鬼神の末裔を圧倒するだけの能力を持ちながら、痛覚という要素を欠いているために、戦闘能力が非常に偏ってしまっていたのだ。
それこそが、凶悪な鬼神との絶対的な差を埋められる勝機でもある。
「ふうぅ―――」
アテナはゆっくりと息を吸い込み、下腹と足腰に力を溜めた。
そして悪路王の全体像を眼に移し込む。武術においての極意の一つ。一点ではなく全体を捉えることで、相手のどんな動作も見逃すことなく対応する『遠山の目付』、または『八方目』。
いまアテナは悪路王の全身を余すことなく把握していた。それは防御のためではなく、持てる全てを攻撃に転化するため。
「はああぁっ!」
気迫が轟くと同時に、アテナの嵐のような猛攻が悪路王に浴びせられた。すさまじい速さで乱打しているように見えるが、本質はより一層苛烈だった。
アテナは悪路王の体全体を捉え、そこに存在するありとあらゆる人体急所に息つく間もなく突き込んでいた。
拳を代償にするならば、悪路王に明確なダメージを与えることはできる。しかし、それではアテナも身がもたない上に、痛みに対して強い悪路王が最終的に有利になる。
ならば、攻撃力を別の形で補って撃ち込み、悪路王の肉体を破壊せしめる。アテナは人体急所のみに狙いを定め、悪路王にダメージを蓄積させる戦法を試みたのだ。
『北闘の拳』を読んで東洋武術における人体急所に興味を持ったアテナは、『BOOK OF』で入手した武術関連の書籍を読破して、あらゆる急所を網羅していた。
悪路王の肉体が人の形のままであるならば、人の肉体に存在する急所も有効となる。それは鳩尾に撃ち込んだ際に確認済みだった。
間断なく撃ち込まれるピンポイント攻撃の数々は、並みの者なら数十回は失神していてもおかしくない。悪路王はそれでも意識を失わずに立っているが、一撃一撃の連なりが速すぎて、反撃に転ずることができないでいた。
その隙に、結城はアテナと悪路王のいる場所を大回りして、灯恵が倒れているところに向かっていた。
アテナは攻撃を仕掛ける前、ほんの少しだけ振り返って結城に目配せしていた。
ほぼ一瞬のことで、普通は見逃してもおかしくない程だが、様々な事件に挑み、共に解決してきたからこそ、結城はアテナの目配せも、その意味も解った。
『悪路王を押さえ込んでいる間に、灯恵を安全な場所まで連れて行け』
叩きつける猛攻は悪路王に対する有用な戦法であると同時に、結城に灯恵を連れ出す時間を作るための囮でもあった。
朱月灯恵の人生を悲惨な終わり方にさせないという、結城の願いを叶えるために。
そして結城は戦女神が与えてくれた機会を逃すことなく、灯恵の元へと急いだ。ひたすら目立つことなく、音も立てず、呼吸も最小限にしながら。
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