167 / 405
化生の群編
死の間際
しおりを挟む
灯恵は相当な出血量ではあったが、かろうじて意識は残っていたので、結城の言葉をおぼろげながら聞いていた。
結城があれほどまでに復讐を止めようとしたのは、殺戮と破壊に彩られた終生にしないため。
その理由を灯恵は当初理解できないでいた。どれほど血と罪に塗れても、胸の奥に渦巻く黒い情動に従い、全てを壊して逝けるなら本望と考えていた。心の清算を済ませて死ねるなら、そこに救いがあると信じていた。
だが、結城はそれを否定した。復讐を遂げてこの世を去るのは、幸福も救済もないと断言した。
偶々車に当たりそうになり、偶々川に落ちたところを助け、偶々少し会話しただけの青年。単なる通りすがり、袖擦り合うのも多少の縁、その程度の関係性だったはずだった。
それがいつの間にか端々の過程で現れるようになり、いよいよ無視できないところまで接近し、ついには復讐の土壇場に踏み入られた。
いったい小林結城という男は何者なのか。灯恵の人生経験では、まるで答えの出ない疑問だった。
ただ、悪路王に肩口の肉を食いちぎられ、多量の血が流れ出て、いま死に瀕した灯恵には、これまでなかった思いが芽生えていた。
そのきっかけを作ったのは、結城の言い放った言葉だった。
『誰かを憎んで、誰かを殺して、それで終わる人生なんて悲しすぎる』。
『せめて最期に笑えなければ、良い人生だったと言えない』。
死が間近に迫ってこれらの言葉を聞いた時、灯恵は改めて死後のことを思い直した。思い直してしまった。
今まさに、灯恵の復讐は最後の大詰めまで来ている。忌むべき螺久道村が始まる元凶となった鬼、悪路王が復活した時点で、もう灯恵でさえ止めることはできなくなっていた。
このままいけば、悪路王は螺久道村を無に還してくれる。それで全てが終わる。
だが、結城の言葉を聞いた灯恵の脳の片隅に、小さな疑問が生まれた。
未だ復讐心は治まることなく燃え続けている。それを果たすことに躊躇はない。
そのはずなのに、復讐が終わった後はどうなるのか、と考えてしまった。
村人全てが死に絶え、村そのものも世界から消えてなくなる。そうなることを望んでいたが、そうなった後に、果たして晴れ晴れとした気分で逝けるのか。清々しさに満ち足りて、人生を終えられるのか。
結城の言葉に触発され、灯恵は今さらながらに人生について見つめ直す羽目になってしまった。復讐を願った時点で、血に塗れ、罪に押し潰されることも飲み込んだはずだったのに。
こんな終端で気付かされるくらいなら、いっそ最初から知り合わなければ良かったとさえ思った。川に逆さに突っ込んでいたところを見過ごしていればよかったと、灯恵はとめどなく後悔した。
しかし、それも遅い。すでに灯恵の出血量は、生命維持に支障を来たすまで流れ出た。
後はもう悪路王が村を破壊するのみ。灯恵は忍び寄る死の誘いに身を任せようとした。
重くなる目蓋を閉じようとしたが、そこに何者かが現れた。
灯恵の霞んだ視界にあっても、その異様な風体は印象的だった。細長い楕円形に真一文字の目蓋と乱杭歯で表現された口が施された仮面。最初に失敗作の鬼と戦った大柄の怪人、マスクマンだった。
「YΘ5↑G7(あんたには悪いとは思うが、どうやらあんたを生かしておいた方が結城にとって良さそうだからな)」
仮面の怪人が喋った言語は全く意味不明だったが、灯恵はなぜかその意図するところが解った。
マスクマンは傍に落ちていた篝火の焚き木を一本手に取った。その先端にはまだ火が煌々と燃えていた。
「NΣ6↓SS(いま使えるのはこんな荒療治だけだ。我慢しろよ)」
どこか申し訳なさそうに告げると、マスクマンは灯恵の傷口に火を押し当てた。
結城があれほどまでに復讐を止めようとしたのは、殺戮と破壊に彩られた終生にしないため。
その理由を灯恵は当初理解できないでいた。どれほど血と罪に塗れても、胸の奥に渦巻く黒い情動に従い、全てを壊して逝けるなら本望と考えていた。心の清算を済ませて死ねるなら、そこに救いがあると信じていた。
だが、結城はそれを否定した。復讐を遂げてこの世を去るのは、幸福も救済もないと断言した。
偶々車に当たりそうになり、偶々川に落ちたところを助け、偶々少し会話しただけの青年。単なる通りすがり、袖擦り合うのも多少の縁、その程度の関係性だったはずだった。
それがいつの間にか端々の過程で現れるようになり、いよいよ無視できないところまで接近し、ついには復讐の土壇場に踏み入られた。
いったい小林結城という男は何者なのか。灯恵の人生経験では、まるで答えの出ない疑問だった。
ただ、悪路王に肩口の肉を食いちぎられ、多量の血が流れ出て、いま死に瀕した灯恵には、これまでなかった思いが芽生えていた。
そのきっかけを作ったのは、結城の言い放った言葉だった。
『誰かを憎んで、誰かを殺して、それで終わる人生なんて悲しすぎる』。
『せめて最期に笑えなければ、良い人生だったと言えない』。
死が間近に迫ってこれらの言葉を聞いた時、灯恵は改めて死後のことを思い直した。思い直してしまった。
今まさに、灯恵の復讐は最後の大詰めまで来ている。忌むべき螺久道村が始まる元凶となった鬼、悪路王が復活した時点で、もう灯恵でさえ止めることはできなくなっていた。
このままいけば、悪路王は螺久道村を無に還してくれる。それで全てが終わる。
だが、結城の言葉を聞いた灯恵の脳の片隅に、小さな疑問が生まれた。
未だ復讐心は治まることなく燃え続けている。それを果たすことに躊躇はない。
そのはずなのに、復讐が終わった後はどうなるのか、と考えてしまった。
村人全てが死に絶え、村そのものも世界から消えてなくなる。そうなることを望んでいたが、そうなった後に、果たして晴れ晴れとした気分で逝けるのか。清々しさに満ち足りて、人生を終えられるのか。
結城の言葉に触発され、灯恵は今さらながらに人生について見つめ直す羽目になってしまった。復讐を願った時点で、血に塗れ、罪に押し潰されることも飲み込んだはずだったのに。
こんな終端で気付かされるくらいなら、いっそ最初から知り合わなければ良かったとさえ思った。川に逆さに突っ込んでいたところを見過ごしていればよかったと、灯恵はとめどなく後悔した。
しかし、それも遅い。すでに灯恵の出血量は、生命維持に支障を来たすまで流れ出た。
後はもう悪路王が村を破壊するのみ。灯恵は忍び寄る死の誘いに身を任せようとした。
重くなる目蓋を閉じようとしたが、そこに何者かが現れた。
灯恵の霞んだ視界にあっても、その異様な風体は印象的だった。細長い楕円形に真一文字の目蓋と乱杭歯で表現された口が施された仮面。最初に失敗作の鬼と戦った大柄の怪人、マスクマンだった。
「YΘ5↑G7(あんたには悪いとは思うが、どうやらあんたを生かしておいた方が結城にとって良さそうだからな)」
仮面の怪人が喋った言語は全く意味不明だったが、灯恵はなぜかその意図するところが解った。
マスクマンは傍に落ちていた篝火の焚き木を一本手に取った。その先端にはまだ火が煌々と燃えていた。
「NΣ6↓SS(いま使えるのはこんな荒療治だけだ。我慢しろよ)」
どこか申し訳なさそうに告げると、マスクマンは灯恵の傷口に火を押し当てた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる