小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
上 下
163 / 418
化生の群編

新生

しおりを挟む
 目の前で起こったその光景に、結城ゆうきはただただ驚愕するだけだった。
 灯恵ともえが持っていた鬼の首によって、倒したはずの鬼の体が蘇ったこともそうだが、その鬼が灯恵の肩に噛み付いたことも衝撃的だった。
 そんな場面を見ても、結城は声をかけることさえできなかった。
 誰かに危害が及ぼうとしていれば、助けようとするのが常であるが、結城には不思議と灯恵が危機的状況にいるとは認識できなかった。
 笑っていたのだ。肩口に牙が深々と刺さり、肉や骨が軋み、血が啜り取られながら、灯恵は悲鳴どころか恍惚とした表情で笑っていた。鬼に喰われることが至上の喜びであるかのように。
 そんな灯恵の姿に、結城は鬼を前にした時とは別の恐怖を感じた。人の形をしているだけの、恐ろしい怪物がそこにいる、と。
 灯恵の腕がだらりと垂れ下がった頃、鬼は灯恵の肩から口を離すと、そのまま灯恵の体を丁寧に横に寝かせた。その扱い方は慈しみすら感じられたが、それで油断できるような相手ではないことは、その場にいる全員が承知している。
 何ら言葉を発することなく、鬼は周囲をゆっくりと見回す。
 一通り目を通した後で、鬼と結城の目線が交差した。結城にとって、その一瞬は時間の概念が壊された一時だったかもしれない。ほんの一瞬であるはずが、異様に時間の感覚が遅くなった気がしたからだ。
 鬼から向けられたのは、他の感情の一切を排した純粋な殺意だった。
 結城は今までも、相手からの敵意を浴びる機会はあった。だが、それらとは明らかに違った。ただただ『相手の命を奪う』という、それだけを抽出した意思をぶつけられた。
 そこまで純粋な破壊の意思を受けたことがなかったために、結城は肉薄してきた鬼に対して何の反応もできなかった。もっとも、それはすでに人の反応が追いつくような速度ではなかったが。
 結城の目前に迫っていた鬼の左爪は、耳に響く金属音とともに阻まれた。
「!?」
 その金属音を聞いて、結城も我に返った。アテナが寸でのところで爪の延長線上に神盾アイギスを挟み込み、結城の鼻先で止めきっていた。
 その光景を見て、結城は腰が抜けたようにへたり込んだ。我に返ったと同時に時間の感覚も戻り、自身が晒されていた状況を一気に理解したのだ。
 アテナの守りがなかったならば、結城は微動だにしないまま死んでいた。
「くぅ!」
 アテナも無理な体勢で攻撃を防いだためか、わずかに苦悶の表情を浮けべていた。鬼の強烈な爪撃を、実質左腕のみで防いだからだ。アテナの膂力の方が鬼よりは勝っていたが、その力はパワーダウンした最強の戦女神に迫るものがあった。骨を折るまでにはいたらずとも、左腕には相当な負荷がかかっていた。
 鬼は今度は右の爪を振り上げた。狙っているのはアテナの二の腕だった。腕を落として盾を持てなくしようとしている。
 反撃しようにも、神盾を支える力と鬼の左腕の力は拮抗していた。この均衡を崩せば、次の攻撃で結城を守ることはできない。
 ならば、腕が落とされると同時に右手の槍を喉笛に叩き込むか。アテナは鬼との押し比べを継続しつつ、槍の刺突を見舞うべく穂先を構え直した。
 だが、鬼の右爪が振り下ろされるよりも前に、鬼の背後に躍り出る者がいた。金砕棒かなさいぼうを背中に届くほどに振りかぶった千夏ちなつだった。
「てぇやっ!」
 最大の遠心力を加えた金砕棒は、鬼の後頭部を強打し重い金属音を鳴らした。
「くっ!」
 得物こそ折れたりしなかったが、千夏の両腕は打撃の際の衝撃で痺れが疾った。
(頭蓋骨まるまる砕いてやるつもりでぶん殴ったのに、コイツは!)
 アテナに比肩する豪腕を持つ千夏ですら、新生した鬼の堅牢な肉体を砕けなかった。
「うわっ!」
 後方の敵を察知し、鬼は振り下ろすはずだった右腕を即座に動かし、千夏の胴を鷲掴みにした。
「こんの! 離、せ!」
 掴んできた手を外そうとするも、鬼は重機に匹敵する力で千夏の肋骨と腹部を締め上げた。
「ぐ、ああ!」
 鬼神の末裔である千夏の頑健さも、純粋な鬼の力には一歩適わず、喉から苦悶の声が漏れる。
悪路王あくろおう……だと!? ふざ、けるな! そんな名前の鬼は、いないはずだろ!」
 身を締め上げられながら放った千夏の言葉を聞いてか、鬼は千夏に向けて首を巡らせた。
「そうだ。『悪路王』という鬼はいなかった。『俺』が現われるまでは」
 千夏と目線を合わせた鬼、悪路王の口から、重く低い声が放たれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...