小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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化生の群編

女神からの賜わりもの

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 雛祈ひなぎは盾を持った手の先を目で追った。アテナが神盾アイギスを携えていたので、てっきりアテナが攻撃を防いでくれたのだと思ったが、その予想は外れていた。
 指ぬきグローブをはめた手首から後ろは、プロテクターを備えた革の袖が伸びていた。腕の太さもアテナの細くしなやかな腕ではなく、一般人より少し筋肉質という程度の男の腕だった。
 雛祈の脳裏にあまり信じたくない予感が浮上した。肩から先を追っていくと、案の定、雛祈から見れば間抜けとしか評価できない顔があった。
 古屋敷の実質的な主、小林結城こばやしゆうきである。
 雛祈は顔で驚き、心でげんなりした。
 事件の核心には、確かに結城が先に辿り着き、雛祈は敗北を認めた。
 しかし、結城の実力そのものまで認めたわけではない。勝負には負けたが、それでも祀凰寺しおうじ家の者として、出現した鬼を征伐する意気込みはあった。それが劣勢に追い込まれ、まさか格下と見ていた結城に助けられるとは、自分で自分に情けないと言ってやりたくなってしまった。
(?)
 雛祈はふと目の前の光景に疑問を持った。結城は盾を持っているとはいえ、鬼の攻撃を受けきっていた。普段から桜一郎おういちろう千冬ちふゆのような鬼族の力を見ているので、雛祈は鬼の腕力についてよく知っている。
 そこを踏まえれば、結城は盾で防いでいたとしても、腕が保つはずがない。
 雛祈の見立てでも、結城の腕は多少鍛えられていても、鬼の力を受けきれるほどの耐久力があるようには見えない。
(ど、どうなってるの?)
「アテナ様! 千夏ちなつさん!」
 困惑する雛祈をよそに、結城は合図とばかりに名を呼んだ。
「ハアッ!」
「っりゃあっ!」
 アテナの神盾が腹部を、千夏の大金砕棒かなさいぼうが頭部を、それぞれ捉えて強烈な一撃を見舞った。
 さすがに結城たちを相手にしていては避けられなかったのか、鬼はアテナと千夏の打撃を受けて弾き飛ばされた。地面を削る勢いで転がり、十メートルほど先で止まった。
「お、お嬢。大丈夫か」
「お嬢様~、ご、ご無事ですか~」
 飛ばされた位置から戻ってきた桜一郎と千冬が、雛祈の身を案じて近寄った。
「え、ええ。一応、大丈夫、よ」
 桜一郎たちに顔を向けながらも、雛祈は目だけは結城に向けていた。
 影になって見えづらかったが、結城はプロテクター付きのライダースーツのような服を身に付けていた。
 そして両手には盾と剣を持っている。そのどちらもが、あまり見慣れない代物だった。
 まず盾は見た目がお世辞でも美しいとは言えなかった。表面には装飾やレリーフの類はなく、真っ黒に染め上げられた円盾まるたてだった。黒いのは単に塗装されているのではなく、よく見れば黒い革が貼られていると分かる。鬼の爪が当たったと思しき部分には傷があり、そこから何層も革を破って金属部分が覗いている。金属製の盾に何枚も黒革を貼り付けて補強した、かなり不恰好な防具だった。
 剣にしても既存の刀剣の概念とは違っていた。見た目と刃渡りは脇差程度の物なのだが、日本刀の反りとは逆向きに反り、まるで中途半端な曲がり方をした鎌のようだった。ショーテルという盾の裏を攻撃する曲剣があると聞いたことはある雛祈ではあるが、それとも少し違うように見えた。
 一体どんなセンスでそんな武器をチョイスしたのか、雛祈は難解に思ったが、槍と盾を構えるアテナを見て、いつか聞いた記憶が蘇ってきた。
(なっ!? ま、まさか、あの武器は!?)

「待ちなさい、ユウキ」
 結界内に入る直前、結城はアテナに呼び止められた。
 結城が朱月灯恵あかつきともえの正体に気付き、その凶行を阻止するために動き出そうとした時、アテナと媛寿えんじゅはそれを止めようとした。命に別状はないとはいえ、結城が負った頭部の傷は決して浅いというわけではない。もしも荒事に突入しようものなら、人並み以上の身体能力も頑健さも持たない結城では、負傷によるハンデがもとで命を危うくするかもしれない。
 アテナも媛寿も、結城の守護神として看過することはできなかった。
 それでも結城は退くことはなく、仕方なく朱月灯恵の説得に行くことを承諾したのだった。
 呼び止められたのは、てっきり思い止まらせようとしてのことだと結城は勘繰ったが、
「エンジュ、預けていたものを」
 アテナは傍らにいた媛寿にそれだけを告げた。
 媛寿はまだ納得していない顔をしているが、右手を左袖に突っ込み、何かをごそごそと探り始めた。
 しばらくして取り出されたのは三つ。ライダースーツに似た服。黒革が貼られた円盾。逆反りの剣だった。
「ユウキ、どうしても行くというのなら、これらを身に付けなさい」
「え? は、はい」
 アテナの真剣さに圧され、結城は渡された三つを装備した。
「アテナ様、これは?」
 結城は着用したライダースーツのような服を見た。合成皮革の生地に、体の各部を守るためのプロテクターが装着されている。結城の憶えでは、『丸2ガンツー』に登場したパワードスーツに近いイメージだった。
「私が製作した特製の防御スーツです。受けた衝撃を限界まで吸収する構造で、たとえカタパルトの岩石弾が直撃しても耐えうることができます」
 アテナは工芸も権能に含まれているので、どのような衣服でも詳細が分かるのならば、雑誌で見ただけで再現してしまうことができた。結城の普段着やシロガネのメイド服など、古屋敷における衣類の九割が、実にアテナのお手製だった。
「サイズもピッタリですね。我ながら良い仕事をしました」
 防御スーツを纏った結城を見ながら、何度も頷くアテナ。数週間前、唐突に服を脱ぐように言われ、体のサイズを測られたのは、これを作るためだったのだと結城は納得した。
「ゆうき、『火点かてんライダー』みたい」
「個神的には『結闘士・麗矢ジョイント・レイヤ』の『聖鎧パノプリア』のようにしたかったところですが―――」
「そ、それはさすがに……」
 アテナはギリシャ神話を元にした『聖鎧』に選ばれた『結闘士ジョイント』たちが闘うバトル漫画、『結闘士・麗矢』の愛読者である。その物語中に登場する煌びやかな『聖鎧』を着せられたのでは、結城のとって馬子にも衣装どころの話ではない。
「え~と、アテナ様。じゃあこの盾と……剣は?」
「それはアイアースが持っていた盾のレプリカで、その剣はヘルメスのハルペーのレプリカです」
「アイアース……ハルペー……あっ」
 その名前を聞いて、結城は以前にアテナから聞いたことを思い出した。
 アテナは酒に弱いわけではなかったが、少し深く酔うと全盛期の頃の思い出話をしたり、閃いた鍛錬法を急に試そうとするなど、ちょっとした癖があった。その際、ギリシャ神話にあまり詳しくない結城に様々な伝説を語って聞かせていたのだが、結城はいつかの時に『アイアース』と『ハルペー』に関して聞いた憶えがあった。
 アテナが話した中で特に長かったことの一つ、『トロイア戦争』の話の中に、アイアースという戦士が即席で盾を強化して、トロイア側の英雄の攻撃を受けきったと話していた。
 それは青銅の盾に七枚分の牛の革を貼ったと聞いていたので、渡された盾を見て、言われてみれば確かにまんまだと結城は思った。
 そしてアテナが特に応援した英雄の一人、異母弟であり怪物退治で名を馳せた『ペルセウス』の冒険譚の中で、『ハルペー』という武器を与えたと言っていた。
 ヘルメスに願い出てペルセウスに貸し与えたもので、たとえ不死身の生命を持っていても倒すことが適う無敵の曲刀だったという。
「そのレプリカ……なんですか?」
「ヘファイストスが完全同一の品を作ろうとしたのですが、アイアースとヘルメスから自分たちの沽券に関わると抗議があったので、やむなく質を落としてレプリカにしたそうです」
 ヘファイストスはとある一件からアテナに多大な負い目があるので、百年単位でアテナの誕生日に特別製の道具を作って贈っていた。アイアースの盾とヘルメスのハルペーもその一つだった。アテナ自身は当時のことは諸々の事情から、すでに水に流しているのだが、ヘファイストスの方はまだアテナが恨んでいるのではないかと戦々恐々としていた。
「ですがアイアースの盾は七回までならどんな攻撃からも守りますし、ハルペーは一回だけなら敵が不死であろうとも倒します。これならば何者が相手でも恐れることはありません」
「……なんだか、スゴく物々しいですね」
「ユウキ」
 アテナは結城の鼻先にズイッと顔を近付けてきた。
「負傷をおしてこの場に赴くことを許可したのです。万一に備えるならば、これでもまだ不足なほどです。くれぐれも蛮勇に走らぬよう、慎重に行動なさい」
「過保護な姉」
「何か言いましたか、チナツ?」
「いんや、なんにも」
「よいですね、ユウキ?」
「は、はい……」
「よろしい」
 真剣そのものの目で念を押してくるアテナは、結城の返事を聞くといつもの柔和な笑みを浮かべた。気迫に気圧されたのもあるが、結城はアテナに急接近されたことの方が心臓をドキドキさせられていた。
 小林結城、二十五歳。童貞である。
「ではユウキ、かのニホンの英雄のように、オニ退治に行きましょう」
(前にJAPAN昔話で観た桃太郎のことかな?)
「はい!」
「でもゆうき、きびだんごもってない」
「はは、きび団子は持ってないけど、三匹の家来が目じゃないくらい心強い味方がたくさんいてくれるから、全然怖くないよ、媛寿」
 そう言って結城はいつものように媛寿に笑いかけ、媛寿も満面の笑みを返した。
「アテナ様、これ、ありがとうございます」
「ユウキ、いざとなれば退避することを考えておきなさい。死へ向かうことだけが戦いではありません」
「はい」
 今度は気圧されることなく、結城はアテナに力強く頷いて見せた。
「千夏さん、今回いろいろ手伝ってくれてありがとうございます。こんなところまでついてきてもらって」
「ほとんどあたしが勝手について来たようなモンだから気にすんな。それより気が変わったらいつでも相手してやるからな」
「そ、それは、ちょっと……」
 白衣びゃくえの胸元を開いて見せてくる千夏に、結城は顔を赤くしてうろたえた。
「シロガネ、本当に危ない状況になるまでは、なるべく灯恵さんを傷つけないようにお願い」
「了、解」
 結城の指示に、シロガネはガーターベルトから抜いたナイフを見せて応えた。
「マスクマンたちもそろそろ追いついてくるかな。それじゃあ―――」
 全ての準備を終えた結城は、結界によって守られた禁域に足を踏み出した。
「鬼退治の前の、鬼の説得です」
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