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化生の群編
発現
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「ユウキ、さすがに危ういところでしたよ」
「ギリギリまで説得するから待っててほしいって、お前もけっこう無茶やるよな」
異形の怪物二体を瞬殺したアテナと千夏が振り返る。アテナは甲冑一式に槍と神盾、千夏は巫女装束に手甲脚甲と大金砕棒の完全武装した出で立ちだった。
「ごめんなさい。できれば話し合いで解決したかったんですけど……」
戦いで解決しようとすることは容易いが、それを常套手段にしてしまうことを結城は良しとしない。対話や説得で事を終結させられるなら、それに越したことはないが、耳を傾けてくれる人間ばかりとも限らない。
灯恵と成磨のように復讐を心に誓った者ほど、言葉での解決は難しくなると結城は知っている。それでも、力で押し通すよりは、まず会話で挑むことを結城は選んだ。
結城自身も、灯恵や成磨も、人間であると信じたかったからだ。
「やっぱり失敗作程度ではダメみたいね。小林さんのお連れさん、強すぎるもの」
異形の怪物が二体ともあっさり倒されても、灯恵は言うほど残念そうには見えなかった。
「失敗作?」
「そう。鬼の首から『鬼』の造り方を教わって、二回ほど造ってみたけど、どっちも中途半端な怪物になるだけで『鬼』にはならなかった」
灯恵はアテナと千夏に倒された怪物の亡き骸に目を遣り、結城もそれに釣られて目を向けた。結城や雛祈が遭遇したその怪物たちこそ、『鬼』になれなかった存在だったのだ。
(なるほど。まだ『鬼』になっていない人間。それなら私の結界は封印の対象として認識しない)
雛祈は灯恵の言葉を聞き、最初の森での遭遇戦を思い出して得心した。結界が封じることができるのは、あくまでこの世ならざる邪悪な者のみ。まだ人間としてのカテゴリーから抜け出ていない存在は、どんなに邪悪でも結界で縛れない。
肉体の大半が異形へと変わってしまっても、『それ』らがまだ『人間』だったという事実に、雛祈は生理的嫌悪感に似たおぞましさを覚えた。
「この『人』たちが失敗だったってことは、成磨さんが?」
「ええ。成磨は朱月家の次に『鬼』に縁のある家系の出。そして私と同等の怨嗟を持っている。あとは選び抜いた村人を八人殺して……」
灯恵は白装束の袖から小さな柄杓を取り出し、鬼の酒瓶の中から一杯分の酒を掬い上げた。
「これを飲ませれば……」
「そこまでよ!」
柄杓を渡そうとした灯恵に待ったをかけたのは、成り行きを見守っていた雛祈だった。
「ああ……たしか森をコソコソと嗅ぎまわっていた人たち」
「コソコソは余計よ! やっぱりあの時の襲撃は―――」
雛祈が最初に森を捜索していた際、タイミングよく鬼の成り損ないが襲いかかってきた。その時のことが雛祈は引っかかっていたが、灯恵の反応で確信した。森に入った時点で目を付けられていたのだ。
「失敗作から見慣れない人たちが森を探っていると連絡を受けたから、警察か何かの関係者と思って。あまり探りまわってほしくなかったから、大怪我でもして帰ってもらおうとしたけど、そっちも上手くいかなかったわね」
灯恵は目を細め、冷たい視線で雛祈を射抜いた。灯恵の眼もまた、人としての光ではなく、人外へと堕ちた化生の闇が宿っていた。
「私たちがやられっぱなしで終わるものですか! 祀凰寺家の者として、あなたの凶行はここで食い止めさせてもらうわ!」
灯恵の視線に怯むことなく、雛祈は人差し指を突きつけ、堂々と宣告した。
「ふっ……」
だが、雛祈たちが現れても、灯恵は何ら動揺することはない。あとは手に持った柄杓一杯分の酒を渡すだけ。たったそれだけで灯恵の悲願は成就するのだから。
成磨に向き直り、灯恵は柄杓を差し出そうとする。そこへ空気を裂いて飛来する物があった。それは的確に柄杓の持ち手を貫き、曲物は地面を転がった。当然、入っていた酒も土に染み込んだ。
結城はゆっくりと後ろを振り返った。そこには右手を前に出したシロガネが立っている。いつも見ている、得意のスローイングナイフを放った後のポージングだった。
シロガネに対して小さく頷くと、結城は再び灯恵を見据えた。
「灯恵さん、成磨さん、ここからは僕たちも実力行使になります。思いとどまってくれませんか?」
そう勧告したところで灯恵たちが止まらないことを、結城は重々承知していた。無意味と分かっていても説得を試みるのは、やはり当人の意思で復讐を止めてほしいと願わずにはいられないからだ。どれだけ正当な理由があろうとも、復讐はまた違う罪になるだけと知っているからだ。
結城が灯恵たちの前に立ちはだかるのは、まさにその真理ゆえだったが、復讐心は一度動き出してしまえば、自らの意思で否定しても止めることはできない。
結城の思いは届かなかった。
成磨は地面に置かれた酒瓶を取ると、おもむろに中身を飲み下ろした。
「っ!?」
それを見た全員が、成磨の暴挙に目を見開いた。柄杓一杯どころではない。瓶に溜められていた全ての酒が飲み干されてしまった。
「小林さん、ありがとう。最後の最後まで私たちの『人の心』を信じてくれて。でも、ここまで来た以上、私たちは必ず村を滅ぼさなきゃいけないの」
成磨は瓶の酒を飲み尽くすと、瓶を灯恵の手に託し、結城たちの前に歩み出てきた。
「あんたらが俺たちを止めたいってんなら、もう俺たちを殺すしか手は無いぜ……ぐっ!」
その言葉を最後に、成磨の声は呻き声に変わった。
「ギリギリまで説得するから待っててほしいって、お前もけっこう無茶やるよな」
異形の怪物二体を瞬殺したアテナと千夏が振り返る。アテナは甲冑一式に槍と神盾、千夏は巫女装束に手甲脚甲と大金砕棒の完全武装した出で立ちだった。
「ごめんなさい。できれば話し合いで解決したかったんですけど……」
戦いで解決しようとすることは容易いが、それを常套手段にしてしまうことを結城は良しとしない。対話や説得で事を終結させられるなら、それに越したことはないが、耳を傾けてくれる人間ばかりとも限らない。
灯恵と成磨のように復讐を心に誓った者ほど、言葉での解決は難しくなると結城は知っている。それでも、力で押し通すよりは、まず会話で挑むことを結城は選んだ。
結城自身も、灯恵や成磨も、人間であると信じたかったからだ。
「やっぱり失敗作程度ではダメみたいね。小林さんのお連れさん、強すぎるもの」
異形の怪物が二体ともあっさり倒されても、灯恵は言うほど残念そうには見えなかった。
「失敗作?」
「そう。鬼の首から『鬼』の造り方を教わって、二回ほど造ってみたけど、どっちも中途半端な怪物になるだけで『鬼』にはならなかった」
灯恵はアテナと千夏に倒された怪物の亡き骸に目を遣り、結城もそれに釣られて目を向けた。結城や雛祈が遭遇したその怪物たちこそ、『鬼』になれなかった存在だったのだ。
(なるほど。まだ『鬼』になっていない人間。それなら私の結界は封印の対象として認識しない)
雛祈は灯恵の言葉を聞き、最初の森での遭遇戦を思い出して得心した。結界が封じることができるのは、あくまでこの世ならざる邪悪な者のみ。まだ人間としてのカテゴリーから抜け出ていない存在は、どんなに邪悪でも結界で縛れない。
肉体の大半が異形へと変わってしまっても、『それ』らがまだ『人間』だったという事実に、雛祈は生理的嫌悪感に似たおぞましさを覚えた。
「この『人』たちが失敗だったってことは、成磨さんが?」
「ええ。成磨は朱月家の次に『鬼』に縁のある家系の出。そして私と同等の怨嗟を持っている。あとは選び抜いた村人を八人殺して……」
灯恵は白装束の袖から小さな柄杓を取り出し、鬼の酒瓶の中から一杯分の酒を掬い上げた。
「これを飲ませれば……」
「そこまでよ!」
柄杓を渡そうとした灯恵に待ったをかけたのは、成り行きを見守っていた雛祈だった。
「ああ……たしか森をコソコソと嗅ぎまわっていた人たち」
「コソコソは余計よ! やっぱりあの時の襲撃は―――」
雛祈が最初に森を捜索していた際、タイミングよく鬼の成り損ないが襲いかかってきた。その時のことが雛祈は引っかかっていたが、灯恵の反応で確信した。森に入った時点で目を付けられていたのだ。
「失敗作から見慣れない人たちが森を探っていると連絡を受けたから、警察か何かの関係者と思って。あまり探りまわってほしくなかったから、大怪我でもして帰ってもらおうとしたけど、そっちも上手くいかなかったわね」
灯恵は目を細め、冷たい視線で雛祈を射抜いた。灯恵の眼もまた、人としての光ではなく、人外へと堕ちた化生の闇が宿っていた。
「私たちがやられっぱなしで終わるものですか! 祀凰寺家の者として、あなたの凶行はここで食い止めさせてもらうわ!」
灯恵の視線に怯むことなく、雛祈は人差し指を突きつけ、堂々と宣告した。
「ふっ……」
だが、雛祈たちが現れても、灯恵は何ら動揺することはない。あとは手に持った柄杓一杯分の酒を渡すだけ。たったそれだけで灯恵の悲願は成就するのだから。
成磨に向き直り、灯恵は柄杓を差し出そうとする。そこへ空気を裂いて飛来する物があった。それは的確に柄杓の持ち手を貫き、曲物は地面を転がった。当然、入っていた酒も土に染み込んだ。
結城はゆっくりと後ろを振り返った。そこには右手を前に出したシロガネが立っている。いつも見ている、得意のスローイングナイフを放った後のポージングだった。
シロガネに対して小さく頷くと、結城は再び灯恵を見据えた。
「灯恵さん、成磨さん、ここからは僕たちも実力行使になります。思いとどまってくれませんか?」
そう勧告したところで灯恵たちが止まらないことを、結城は重々承知していた。無意味と分かっていても説得を試みるのは、やはり当人の意思で復讐を止めてほしいと願わずにはいられないからだ。どれだけ正当な理由があろうとも、復讐はまた違う罪になるだけと知っているからだ。
結城が灯恵たちの前に立ちはだかるのは、まさにその真理ゆえだったが、復讐心は一度動き出してしまえば、自らの意思で否定しても止めることはできない。
結城の思いは届かなかった。
成磨は地面に置かれた酒瓶を取ると、おもむろに中身を飲み下ろした。
「っ!?」
それを見た全員が、成磨の暴挙に目を見開いた。柄杓一杯どころではない。瓶に溜められていた全ての酒が飲み干されてしまった。
「小林さん、ありがとう。最後の最後まで私たちの『人の心』を信じてくれて。でも、ここまで来た以上、私たちは必ず村を滅ぼさなきゃいけないの」
成磨は瓶の酒を飲み尽くすと、瓶を灯恵の手に託し、結城たちの前に歩み出てきた。
「あんたらが俺たちを止めたいってんなら、もう俺たちを殺すしか手は無いぜ……ぐっ!」
その言葉を最後に、成磨の声は呻き声に変わった。
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