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化生の群編

病室での目覚め

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 暗がりの中、結城ゆうきは気配を感じて後ろを振り返った。
「うわあっ!」
 そこには般若面はんにゃめんを被った白装束の怪人が立っていた。恐怖に慄き逃げようとするが、般若面は驚くべき力で結城の肩を掴み、離そうとしない。
 般若面の右手が大きく掲げられる。つられて見ると、その手には肉厚の鉈が握られていた。
「ああっ! うわあぁっ!」
 あらん限りの力で体を揺さぶるも、結城はその手から逃れることはできない。恐怖ばかりがどんどん膨れ上がっていく。
 やがて般若面の面紐が外れ、その素顔が露になる。
 結城は血が凍りついた気がした。般若の仮面の奥にあったのは、仮面と寸分違わぬ恐ろしい形相。鋭い牙が剥き出し、飛び出さんばかりの血走った眼球が輝き、髪は独立した生き物のようにうねっている。
 その正体を見た結城は、もう逃げる気力も失い、その場にへたり込んだ。
 無抵抗の結城の頭頂に向かって、般若の化け物は鉈を振り下ろした。

「はっ!?」
 般若に頭蓋を割られたと思った瞬間、結城は目を開いて飛び起きた。
「こ、ここは?」
「病院ですよ、ユウキ」
 目覚めたばかりの結城が声の聞こえた方を見ると、パイプ椅子に座ったアテナがいた。戦闘時のキトンに甲冑を纏った姿ではなく、白のブラウスとジーンズという服装で本を読んでいたようだった。
「アテナ様……いっ!? たたた~」
 アテナの存在に気付いた直後、結城の頭部を鈍痛が襲った。
「あまり動いては傷に障りますよ」
 アテナは読んでいた本を脇に置くと、立ち上がって結城の頭部に両手を添えた。そして額に手を当てたり、後頭部を注視したりと、結城の容態を注意深く診た。
 アテナが間近に寄ってきていることに少し照れくささを感じつつ、結城はその間に目だけを動かして周りを窺った。
 簡素な造りの壁や床に、医療用のベッド。アテナが言うように、自分が病院にいることを結城は確かめた。と、同時に怪我をした前後の記憶が蘇ってきた。
「発熱もなく、傷口も開いていませんね。あまり興奮しないようにして安静に―――」
「あっ! そうだった! アテナ様、実は―――あいたたた~」
「安静にするように。おおよその事情はエンジュから聞きました」
媛寿えんじゅから? あれ? そういえば媛寿は?」
 結城が室内を見渡して媛寿を探していると、不意に病室のドアが開かれた。
 開いたドアの方を見ると、洗面器を両手で抱えた媛寿が目に映った。
「ゆうき!」
 ベッドから起き上がっている結城を見た媛寿は、持っていた洗面器を取り落とし、それを省みることもなく駆け出した。飛び込むようにベッドに上がると、結城の胴にしっかりとしがみ付いた。
「ゆうき……ごめん……ごめんなさい……」
「え、媛寿?」
 いきなり抱きついてきたと思えば、胸に顔を埋めて謝ってくる媛寿の姿に結城は当惑した。いつも明るく悪戯好きな座敷童子ざしきわらしがそんな態度を取るのが珍しかったこともあるが。
「敵を深追いしたために、あなたに怪我を負わせた責任を感じているようです。先程から付きっきりであなたの看病をしていましたよ」
 アテナのその言葉を聞き、結城は胸板に張り付く媛寿を見た。小刻みに震え、しゃくり上げている様子は、心の底から心配してくれていたことを物語っている。
「媛寿、気にしなくても大丈夫だよ」
 媛寿の気持ちを落ち着かせるため、結城は媛寿の髪を手櫛でいた。
「こうして帰ってくることができたのも、媛寿が助けてくれたおかげなんだから」
「ひっぐ……ほんと?」
「うん、ほんとほんと。ありがとう」
 媛寿は胸板から顔を離して結城を見上げた。まだ両目は涙を溜めているが、少し落ち着いてきたようで、結城もホッと胸を撫で下ろした。
(でもアレって何を使って助けてくれたんだろ? また花火玉でも使ったのかな? それにしては威力が……だめだ、思い出せない)
 逃げるのに必死で記憶が曖昧になっているため、結城は降り注ぐ砲弾の雨についてはそれ以上追及することはできなかった。媛寿が旧日本軍のバズーカ砲を使ったことは闇の中である。
「しかしながら、ユウキが傷を負う要因になったことは事実。エンジュ、あなたは一週間駄菓子禁止とします。良いですね?」
「うっ……うぅ~」
 アテナの裁定にがっくりとうな垂れる媛寿。特に抗議をしないあたり、すんなりと罰を受け入れるつもりのようだ。
 仕方ないとはいえ、少し不憫に思った結城は、再び媛寿の頭を撫でて慰めた。
「TΛ1↑、NΞ44↓(おっ、目が覚めたか―――って、何でここ水浸しになってんだよ、媛寿!」
 病室に入ろうとしたマスクマンが、媛寿が取り落とした洗面器のせいで濡れている床に文句を言う。
「結城、よかった」
 シロガネもマスクマンに続いて病室に入ると、結城の姿を見て安堵していた。持っているトレーに載った注射器や羽箒については結城は見なかったことにした。
 悪夢から醒めてようやく仲間たちと再会し、喜びを噛みしめていたのも束の間、
「アテナ様、実は―――」
 結城は森林地帯で何を見てきたのか、憶えている限りで話し始めた。
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