小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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化生の群編

雛祈たちの休息

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『では、螺久道村らくどうむらは何か重要なことを隠しているというのかい?』
「ええ。村長の様子から見ても、表に出せないようなことがあるのは確かよ。というより、あんな見たこともない妖怪が二体も出てきた時点で、もうただの村で済ませられないわね」
 一懇楼いっこんろうの自室に戻った雛祈ひなぎは、スマートフォンで佐権院さげんいんに連絡を取っていた。螺久道村が見舞われている事態が想像以上に重いと考え、ここ数日で起こったことを報告し、その上で調べ物を頼みたかったからだ。
「村長は『百五十年前』と言いかけていたわ。つまり百五十年前の出来事が、今回の螺久道村の事件に繋がっている可能性は高い」
『分かった。百五十年前にその近辺で何かなかったか調べてみよう』
「それと稔丸ねんまるを通して送った物も大至急調べて。むしろそっちの方が私としては正体を知りたいから」
『ああ。届き次第、こちらで抱えているチームに分析させる』
「じゃあ……ふぅ~」
 スマートフォンの通話を終了した雛祈は、座椅子に腰を落とすと深々と息を吐いた。
「だ、大丈夫ですか、お嬢様?」
 早速お茶を用意してきた千冬ちふゆが、心配そうに雛祈の顔を覗いた。
「大丈夫……と言いたいところだけど、ちょっと疲れてるわね。何だか一日が徒労に終わったような気がして……」
 村長・岸角碩左衛門きしかどせきざえもんに話を聞くはずが、謎の異形が襲来したためにご破算となり、村長は負傷。おまけに偶々居合わせた結城ゆうきたちに窮地を救われ、手がかりになりそうだった異形は奪い返され、村長は意識不明の重態。唯一の救いは無事に生還できたという点だが、それでも雛祈にはあまり面白くない一日だったことに変わりない。
「早く温泉に浸かって眠りたいわ」
 右手を目元に当てながら、左手で湯呑みを持ってお茶を啜る雛祈。すぐにでも湯船に沈んでしまいたかったが、その前に待たなければいけないことがあった。
「お嬢」
 部屋の襖を開けて桜一郎おういちろうが入ってきた。手には一懇楼の名前が入った包装紙で包まれた箱が携えられている。
「言われたとおり売店で一番高い温泉饅頭を買ってきた。これでいいのか?」
「ありがと桜一郎。これで何とかなればいいんだけど……」
 螺久道村の秘密や村長の容態も気になるところではあるが、それよりも雛祈には直近で危惧すべき問題があった。座敷童子ざしきわらし媛寿えんじゅのことだ。
 村長宅でうっかり媛寿の持っていた段ボール箱を台なしにしてしまったので、雛祈はその恨みを回避することが急務になってしまった。高位の座敷童子を怒らせたとなれば、後で被る仕返しは考えるだに恐ろしい。ということで、村長の入院手続きや事後処理、佐権院への報告をできるだけ早く済ませ、桜一郎に謝罪の菓子折りを用意させたという次第だった。当の媛寿は結城にお腹を撫で擦ってもらっている頃には、そんなことはすっかり忘れてしまっていたわけだが。
「二人とも今日はご苦労さま。もう休んでいいわ。明日は一日オフにして、明後日また再開よ」
「分かった。自分も今夜くらいはのんびり温泉に浸かって休みた―――」
「桜一郎さん」
 腕を上げて軽く伸びをしていた桜一郎の袖を、千冬がくいくいと引いてきた。桜一郎の脳裏に嫌な予感が走った。
「さっき女中さんから聞いたんですけど、一懇楼には予約制の『秘密風呂』があるみたいですよ?」
 いよいよ桜一郎の嫌な予感は現実味を帯びてきた。
「……それで?」
「今は誰も予約を入れてないと言われたので、私が予約を入れました」
「……千冬、自分は今日ぐらいはゆっくり温泉に入って気持ちよく眠りにつきたいのだが―――」
「とっても『キモチよく』なれるそうですよ、『秘密風呂』」
「……全く違う意味合いに聞こえるが?」
「まぁまぁ、せっかく予約できたんですから行きましょ」
 千冬は軽く言っているように聞こえるが、桜一郎には分かっていた。手首を握ってくる千冬の力が異様に強いということを。むしろ痛いほどであるということを。そして千冬の息がどんどん荒くなり、頬が紅潮しているということを。村長宅で異形と戦った際の興奮がまだ残っているらしいということを。
 そうして渋る桜一郎を半ば強引に連れて、千冬は部屋を後にした。
 二人が退室する様を横目で見ていた雛祈は、また桜一郎が千冬に搾り取られるのだろうと見越していた。戦闘が絡む案件では、千冬が興奮を引きずって桜一郎を付き合わせるのは恒例だが、今回は少々頻度が高い。桜一郎が消耗しすぎて使い物にならなくなる前に注意しておくべきかと、雛祈は真剣に思案していた。
「はあ~~~……」
 一人きりになった室内で、雛祈は座卓に突っ伏して盛大に溜め息を吐いた。
「なんなのよ、も~」
 雛祈の想定では、螺久道村の案件はもっと早くに解決できているはずだった。何者かが『蟲毒こどくの法』を使って良からぬことをしようとしているので、それをさっと突き止めて犯人を捕縛してしまえばいいはずだった。
 そのはずが結城たちとの遭遇、謎の異形たちの出現、『二十八家にじゅうはっけ』への嘆願書、村が隠している秘密と、予期していなかったことが多すぎる。しかも、どれもが直接結びつかないような要素ばかりで、一向に核心が見えてこない。それなりに難しい仕事は今までもこなしてきた雛祈だが、これほど真相が見えない事件は受け持ったことはなかった。
 顔だけ起こして座卓の上を見回すと、包装紙に包まれた温泉饅頭の箱が目に付いた。
 媛寿のご機嫌取りのために用意させた菓子折りを、この後持って行くという仕事がまだ残っている。菓子折りを見つめていると、雛祈の中に沸々と怒りが込み上げてきた。
(元はと言えば全部あいつのせいで……)
 そもそも今回のことは、結城と会ったところから始まっていた。谷崎町たにさきちょうに住む結城に会いに行って、佐権院との食事をすっぽかし、その埋め合わせで螺久道村の事件を請け負うことになってしまったのだ。そう思えば、今ここまで苦労させられているのは、全部結城のせいのように雛祈は思えてきた。もっとも、結城に文句を言うために会いに行くことを決めたのは雛祈であり、そのために佐権院との食事をすっぽかしたのも雛祈なのだが。
「ふ~~……」
 怒りのボルテージが上がりかかったところで、雛祈は間の抜けた声を出して再び座卓に顔をつけた。
(ダメ、なんかもう怒るのも疲れる)
 螺久道村に来てから今日までで、雛祈もさすがに疲労が溜まっていた。本来なら風呂好きの雛祈にとって至高である温泉も、ここ数日気分良く入れた記憶がない。そう思うと途端に悲しい気持ちになってきた。
「…………温泉行こ」
 座卓に身を預けながら数分間沈黙した後、雛祈は温泉に浸かりに行くことを決めた。このままもったいなく時間を過ごしているよりは、何も考えずに温泉に入って疲れを洗い流す方が有意義と思ったからだ。
 桜一郎と千冬は例の『秘密風呂』に行ってしまったので、自分で入浴の用意をして、雛祈は湯殿へと歩いていった。どちらにせよ、村長の意識が回復するか、佐権院と稔丸に頼んだことの結果が出ないうちは、次の一手は打てない。
(少しくらい骨休めをしてもバチは当たらないでしょ。むしろそうしないと流石にツラい)
 本当ならスキップしながら湯殿に向かいたいところ、ふらふらと幽霊のようにおぼつかない足取りで雛祈は廊下を歩いていった。
 この後、露天風呂で血まみれ(鼻血)の結城を見て仰天し、媛寿が浴衣に仕掛けたタランチュラのオモチャに絶叫して気絶することになるとは、一切知る由もなかったが。
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