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化生の群編
襲撃者
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破壊された壁から粉塵が外へ追いやられ、まず目に入ったのは、天井近くまで高らかと持ち上げられた村長だった。抵抗しようと試みているようだが、首を締め上げる手は一向に緩むことはなく、結果頸部がより圧迫されて呻き声を上げるだけになってしまっている。
その村長を締め上げている存在こそが、雛祈をはじめ、その場にいる全員に衝撃を与えた。
一言で表現するならば、それは『継ぎ合わされた』者だった。村長を吊るし上げている左腕、畳を踏みしめている両脚は、間違いなく異形のもの。形態は黒に近い赤と色こそ違っていたが、手指や爪の特徴は雛祈たちが森で遭遇した妖怪に酷似していた。
そして、それ以外の部分、頭部から右腕にかけては、人間のものだった。顔は左耳と左頬が異形化しているが、森にいた個体と比べるとはっきり人相が確認できた。破れてズタズタになった衣類を身に付けているので、全体が見えているわけではないが、それを見た全員の印象は、人間と異形を斜めに切って継ぎ合わせたように思えていた。
「桜一郎! 村長を!」
「応っ!」
驚愕したのも束の間、雛祈はすぐに気を持ち直し、 桜一郎に村長救出を命じる。
桜一郎は両手を腰に回し、ジャケットの内側に隠していた武器を装着する。太い棘があしらわれた、拳全体をカバーする拳鍔。それを装備した桜一郎は、畳を蹴って異形に突撃しようとした。
だが、異形の方が早く動いた。左腕で吊るしていた村長を力の限り放り投げてきたのだ。
すでに意識を失っていた村長の体はゴム人形のようにしなり、異形の腕力と反動も合わさって飛んでくる。
異形がそれを狙ったのか、投げ放たれた村長は雛祈たちには当たらず、その後ろの土壁に激突した。村長は声も上げずに壁を突き破り、外へ勢いのまま転がり、止まった。
直撃を覚悟していた面々は一瞬、壁に叩きつけられた村長に目が行ってしまった。それが完全な隙を生んだ。桜一郎が気付いた時には、もう異形の振り払いが避けられないところまで来ていた。
巨大にして長大な左腕を受け、桜一郎も横の土壁に叩き込まれた。
「ガアアアッ!」
異形は左腕を今度は上に振り上げ、下方へと叩きつけようとする。その餌食になろうとしているのは雛祈だった。
剛腕が振り下ろされようとする寸前、異形の頬に棘の付いた鉄球がめり込んだ。千冬がスカート内に隠していた柄付きの脱穀棍を振るったのだ。鬼の腕力で振るわれた打撃武器の威力は、異形を頭から畳に突っ込ませた。
「お嬢様っ!」
その隙に千冬はスカートに収納していたもう一つの武器を雛祈に渡す。
60cm程度の木製の杖らしき物を受け取り、雛祈はその一端を引き抜いた。細身の刀身が露になり、切っ先を異形に向けて正眼に構える。
直後、異形が体勢を立て直して再度攻撃を仕掛けてきた。雛祈はすれ違いざまに異形の横腹を左薙ぎに斬った。刀身を通して重い抵抗が返ってくる。
「グガアッ!」
斬られた痛みに異形が咆える。雛祈が薙いだところには、真一文字の傷が入っていた。
茎に毘沙門天の梵字が刻まれた仕込み杖。ごく一部ながら武神の加護を受け、この世ならざる魔を滅する力を宿す。森で遭った固体には結界が効かなかったため、この異形にも霊力の類は通じないかもしれないが、単純な刀剣としての攻撃は有効だった。
「グアアッ!」
傷の恨みとばかりに、異形は体を捻って雛祈に爪を見舞おうとする。
「させませんっ!」
振るわれようとした異形の左腕に、千冬が脱穀棍を叩き込んだ。棘鉄球が命中した部分の、肉と骨が生々しい音を立てて潰れた。
「ガァッ!」
「もう一発!」
呻く異形に二撃目を与えようと脱穀棍を持ち上げる千冬。しかし、二撃目を放つ前に千冬の体は急激に前へ引っ張られた。異形がダメージを受けていない右腕で千冬の胸元を掴み、雛祈に向かって投げ飛ばした。
「千冬!」
飛ばされてきた千冬を正面から受け止める雛祈。しかし、勢いまでは相殺できず、もつれ込んで畳みの上に倒れてしまった。
(まずい!)
雛祈は焦った。倒れた状態では碌な反撃も防御もできない。異形が仕掛けてくれば、その先は必死だった。
「くっ!」
千冬がぶつかったダメージで重くなった体を無理に動かし、雛祈は防御体勢を取ろうとする。が、遅かった。異形はすでに雛祈の前に立ち、爪を振りかざしていたのだ。
極限の緊張状態の中で起こる、これまでの人生の走馬灯が浮かびそうになった時、
「お嬢!」
桜一郎が渾身の左ストレートを異形の脇腹に叩き込んだ。
「ゴフッ!」
異形が怯んだ隙に桜一郎は右腕を取り、それを背に回して動きを封じた。間接技の応用だった。
「グウゥ!」
(こいつ、なんて力だ)
腕を固めているにも関わらず、異形は恐るべき腕力で桜一郎の極め技を押し返そうとしてくる。鬼神の末裔である桜一郎でさえ、このままでは押し負けると思い、冷や汗をかいた。
「そのままだ、桜一郎くん!」
突如、稔丸の声が響き渡り、桜一郎は押し返されかかった腕に力を込めた。
桜一郎が抑えていた右腕を、一筋の光が通り過ぎた。稔丸が握った小刀の刃が閃いた跡だった。
次の瞬間には、右腕が鮮血を撒き散らし、本体から離れた。
「ッ!? ギャアアッ!」
あまりにも鋭い斬撃だったのか、異形は右腕が離れたことを視認してから叫び声を上げた。
「やっぱ『村正』の切っ先は切れ味イイなぁ―――くっ、ヤバッ」
妖刀として名高い『村正』の切っ先で作った小刀。人であろうと妖魔であろうと抜群の切れ味を誇る代わりに、使用者の精神を容赦なく侵食する。早々に決着を付けなければ、稔丸が刀に乗っ取られてしまう諸刃の剣。霊能力では他家に劣る多珂倉家の攻撃手段の一つだった。
「グッ!」
腕が切り落とされたことで桜一郎の関節技から逃れ、妖刀からの精神支配に稔丸が怯んだことで、異形は絶対的な反撃の機会を掴んだ。左腕の爪を深々と畳に突き立て、足場を全て巻き込む勢いで振り抜いた。
「わあぁ!」
居間が床下もろともひっくり返され、戦っていた全員がバランスを崩し、瓦礫とともに外に出された。居間の間取りは完全に破壊され、屋敷の一角がぽっかりと無くなってしまった。
外に弾き出された雛祈たちに、異形は恐怖を煽るようにゆっくりと近付いてくる。
すぐに動こうとしたが、外に弾き出された際に脳震盪を起こしたのか、雛祈の体は言うことを聞かない。他の面々も同じなのか、起き上がろうとしている動きが鈍い。
そうしている間にも、異形は雛祈たちに接近してくる。右腕を喪失しているからか、相手も動きが鈍っているが、脳震盪を起こしている雛祈たちよりは優位にありそうだ。
森で遭った個体よりも、その異形の力は上だった。雛祈は自身と桜一郎たちの主武装を整えてくるべきだったと、今さらながらに後悔した。
異形はあと数メートルの距離まで迫る。
その時、ゴトンと重い物が落下する音を聞き、雛祈は音がした場所に目をやった。異形の後ろ1、2メートルほどのところに『金槌』が落ちている、ように見えた。木製の柄に金属の槌が付いている、オーソドックスなタイプの金槌と思ったが、それにしては槌の部分に幅がなく、円筒状になっている。
雛祈は危機的状況ながらもコンマ数秒ほど、その金槌について考えを巡らせ、解答を得た時には全く別の意味で仰天した。
第一次もしくは第二次大戦をテーマにした映画で見たことがある、柄突き手榴弾だった。
「うわっ!」
咄嗟に頭を庇い、地面に伏す雛祈。そのタイミングで、異形の後方1メートルで手榴弾が炸裂した。
居間が破壊された時と同じかそれ以上の爆発と衝撃が辺りに拡がった。
「ケホッ! ケホッ! な、なんで手榴弾が!?」
伏せていたおかげで爆発による被害は受けなかったが、雛祈は発生した土煙にむせ返っていた。
再び視界が効かない状況に追い込まれ、周囲の警戒をしつつ、雛祈は立ち上がった。ようやく脳震盪によるダメージも緩和されてきた。
雛祈は四方を土煙で囲まれる中、なんとか桜一郎たちを探そうと周りに目を凝らす。
次第に煙が晴れていき、雛祈の前に何者かの影が現れた。
(桜一郎?)
そう思い目をさらに凝らすが、煙が晴れた時、雛祈の前にいたのは継ぎ合わせの異形だった。手榴弾によるダメージか、体のところどころから血が滴っている。
雛祈は血の気が引いた。仕込み杖はとうに手元を離れている。異形とは数歩分の距離しかない。一瞬先には、雛祈の体は切り裂かれていてもおかしくなかった。
「たああー!」
「とおおー!」
雛祈が死を覚悟しそうになる前に、二人分の大きな掛け声が近付いてきた。
立ち込めていた煙を割って突撃してきたのは、極太の木刀を構えた結城と、『ひゃくまんきろ』とマジックで書かれた掛け矢を振りかざした媛寿だった。
「とうっ!」
まず結城が異形の後頭部に木刀を叩き込み、
「ひかりになれ~!」
次いで宙空に跳び上がった媛寿が、掛け矢を異形の頭頂部に振り下ろした。
「グ……ウゥ……」
若干媛寿の一撃の方が小気味良い音を立てていたが、最大効果域で爆発した手榴弾と合わせて頭部に二撃も受けては、さすがの異形も意識が朦朧としてしまったらしい。千鳥足で数歩分を歩くと、事切れたように地面に倒れた。
「ゆうきゆうき!」
結城の元に戻ってきた媛寿が、結城に右手を差し出しながらぴょんぴょんと跳ねた。
その意味を察した結城もまた、少し身を屈めて媛寿に右手を差し出す。
「いえーい!」
「いえーい」
媛寿としてはハイタッチのつもりだったらしい。
そんな場違いに長閑な光景を、雛祈は唖然としながら見つめていた。
その村長を締め上げている存在こそが、雛祈をはじめ、その場にいる全員に衝撃を与えた。
一言で表現するならば、それは『継ぎ合わされた』者だった。村長を吊るし上げている左腕、畳を踏みしめている両脚は、間違いなく異形のもの。形態は黒に近い赤と色こそ違っていたが、手指や爪の特徴は雛祈たちが森で遭遇した妖怪に酷似していた。
そして、それ以外の部分、頭部から右腕にかけては、人間のものだった。顔は左耳と左頬が異形化しているが、森にいた個体と比べるとはっきり人相が確認できた。破れてズタズタになった衣類を身に付けているので、全体が見えているわけではないが、それを見た全員の印象は、人間と異形を斜めに切って継ぎ合わせたように思えていた。
「桜一郎! 村長を!」
「応っ!」
驚愕したのも束の間、雛祈はすぐに気を持ち直し、 桜一郎に村長救出を命じる。
桜一郎は両手を腰に回し、ジャケットの内側に隠していた武器を装着する。太い棘があしらわれた、拳全体をカバーする拳鍔。それを装備した桜一郎は、畳を蹴って異形に突撃しようとした。
だが、異形の方が早く動いた。左腕で吊るしていた村長を力の限り放り投げてきたのだ。
すでに意識を失っていた村長の体はゴム人形のようにしなり、異形の腕力と反動も合わさって飛んでくる。
異形がそれを狙ったのか、投げ放たれた村長は雛祈たちには当たらず、その後ろの土壁に激突した。村長は声も上げずに壁を突き破り、外へ勢いのまま転がり、止まった。
直撃を覚悟していた面々は一瞬、壁に叩きつけられた村長に目が行ってしまった。それが完全な隙を生んだ。桜一郎が気付いた時には、もう異形の振り払いが避けられないところまで来ていた。
巨大にして長大な左腕を受け、桜一郎も横の土壁に叩き込まれた。
「ガアアアッ!」
異形は左腕を今度は上に振り上げ、下方へと叩きつけようとする。その餌食になろうとしているのは雛祈だった。
剛腕が振り下ろされようとする寸前、異形の頬に棘の付いた鉄球がめり込んだ。千冬がスカート内に隠していた柄付きの脱穀棍を振るったのだ。鬼の腕力で振るわれた打撃武器の威力は、異形を頭から畳に突っ込ませた。
「お嬢様っ!」
その隙に千冬はスカートに収納していたもう一つの武器を雛祈に渡す。
60cm程度の木製の杖らしき物を受け取り、雛祈はその一端を引き抜いた。細身の刀身が露になり、切っ先を異形に向けて正眼に構える。
直後、異形が体勢を立て直して再度攻撃を仕掛けてきた。雛祈はすれ違いざまに異形の横腹を左薙ぎに斬った。刀身を通して重い抵抗が返ってくる。
「グガアッ!」
斬られた痛みに異形が咆える。雛祈が薙いだところには、真一文字の傷が入っていた。
茎に毘沙門天の梵字が刻まれた仕込み杖。ごく一部ながら武神の加護を受け、この世ならざる魔を滅する力を宿す。森で遭った固体には結界が効かなかったため、この異形にも霊力の類は通じないかもしれないが、単純な刀剣としての攻撃は有効だった。
「グアアッ!」
傷の恨みとばかりに、異形は体を捻って雛祈に爪を見舞おうとする。
「させませんっ!」
振るわれようとした異形の左腕に、千冬が脱穀棍を叩き込んだ。棘鉄球が命中した部分の、肉と骨が生々しい音を立てて潰れた。
「ガァッ!」
「もう一発!」
呻く異形に二撃目を与えようと脱穀棍を持ち上げる千冬。しかし、二撃目を放つ前に千冬の体は急激に前へ引っ張られた。異形がダメージを受けていない右腕で千冬の胸元を掴み、雛祈に向かって投げ飛ばした。
「千冬!」
飛ばされてきた千冬を正面から受け止める雛祈。しかし、勢いまでは相殺できず、もつれ込んで畳みの上に倒れてしまった。
(まずい!)
雛祈は焦った。倒れた状態では碌な反撃も防御もできない。異形が仕掛けてくれば、その先は必死だった。
「くっ!」
千冬がぶつかったダメージで重くなった体を無理に動かし、雛祈は防御体勢を取ろうとする。が、遅かった。異形はすでに雛祈の前に立ち、爪を振りかざしていたのだ。
極限の緊張状態の中で起こる、これまでの人生の走馬灯が浮かびそうになった時、
「お嬢!」
桜一郎が渾身の左ストレートを異形の脇腹に叩き込んだ。
「ゴフッ!」
異形が怯んだ隙に桜一郎は右腕を取り、それを背に回して動きを封じた。間接技の応用だった。
「グウゥ!」
(こいつ、なんて力だ)
腕を固めているにも関わらず、異形は恐るべき腕力で桜一郎の極め技を押し返そうとしてくる。鬼神の末裔である桜一郎でさえ、このままでは押し負けると思い、冷や汗をかいた。
「そのままだ、桜一郎くん!」
突如、稔丸の声が響き渡り、桜一郎は押し返されかかった腕に力を込めた。
桜一郎が抑えていた右腕を、一筋の光が通り過ぎた。稔丸が握った小刀の刃が閃いた跡だった。
次の瞬間には、右腕が鮮血を撒き散らし、本体から離れた。
「ッ!? ギャアアッ!」
あまりにも鋭い斬撃だったのか、異形は右腕が離れたことを視認してから叫び声を上げた。
「やっぱ『村正』の切っ先は切れ味イイなぁ―――くっ、ヤバッ」
妖刀として名高い『村正』の切っ先で作った小刀。人であろうと妖魔であろうと抜群の切れ味を誇る代わりに、使用者の精神を容赦なく侵食する。早々に決着を付けなければ、稔丸が刀に乗っ取られてしまう諸刃の剣。霊能力では他家に劣る多珂倉家の攻撃手段の一つだった。
「グッ!」
腕が切り落とされたことで桜一郎の関節技から逃れ、妖刀からの精神支配に稔丸が怯んだことで、異形は絶対的な反撃の機会を掴んだ。左腕の爪を深々と畳に突き立て、足場を全て巻き込む勢いで振り抜いた。
「わあぁ!」
居間が床下もろともひっくり返され、戦っていた全員がバランスを崩し、瓦礫とともに外に出された。居間の間取りは完全に破壊され、屋敷の一角がぽっかりと無くなってしまった。
外に弾き出された雛祈たちに、異形は恐怖を煽るようにゆっくりと近付いてくる。
すぐに動こうとしたが、外に弾き出された際に脳震盪を起こしたのか、雛祈の体は言うことを聞かない。他の面々も同じなのか、起き上がろうとしている動きが鈍い。
そうしている間にも、異形は雛祈たちに接近してくる。右腕を喪失しているからか、相手も動きが鈍っているが、脳震盪を起こしている雛祈たちよりは優位にありそうだ。
森で遭った個体よりも、その異形の力は上だった。雛祈は自身と桜一郎たちの主武装を整えてくるべきだったと、今さらながらに後悔した。
異形はあと数メートルの距離まで迫る。
その時、ゴトンと重い物が落下する音を聞き、雛祈は音がした場所に目をやった。異形の後ろ1、2メートルほどのところに『金槌』が落ちている、ように見えた。木製の柄に金属の槌が付いている、オーソドックスなタイプの金槌と思ったが、それにしては槌の部分に幅がなく、円筒状になっている。
雛祈は危機的状況ながらもコンマ数秒ほど、その金槌について考えを巡らせ、解答を得た時には全く別の意味で仰天した。
第一次もしくは第二次大戦をテーマにした映画で見たことがある、柄突き手榴弾だった。
「うわっ!」
咄嗟に頭を庇い、地面に伏す雛祈。そのタイミングで、異形の後方1メートルで手榴弾が炸裂した。
居間が破壊された時と同じかそれ以上の爆発と衝撃が辺りに拡がった。
「ケホッ! ケホッ! な、なんで手榴弾が!?」
伏せていたおかげで爆発による被害は受けなかったが、雛祈は発生した土煙にむせ返っていた。
再び視界が効かない状況に追い込まれ、周囲の警戒をしつつ、雛祈は立ち上がった。ようやく脳震盪によるダメージも緩和されてきた。
雛祈は四方を土煙で囲まれる中、なんとか桜一郎たちを探そうと周りに目を凝らす。
次第に煙が晴れていき、雛祈の前に何者かの影が現れた。
(桜一郎?)
そう思い目をさらに凝らすが、煙が晴れた時、雛祈の前にいたのは継ぎ合わせの異形だった。手榴弾によるダメージか、体のところどころから血が滴っている。
雛祈は血の気が引いた。仕込み杖はとうに手元を離れている。異形とは数歩分の距離しかない。一瞬先には、雛祈の体は切り裂かれていてもおかしくなかった。
「たああー!」
「とおおー!」
雛祈が死を覚悟しそうになる前に、二人分の大きな掛け声が近付いてきた。
立ち込めていた煙を割って突撃してきたのは、極太の木刀を構えた結城と、『ひゃくまんきろ』とマジックで書かれた掛け矢を振りかざした媛寿だった。
「とうっ!」
まず結城が異形の後頭部に木刀を叩き込み、
「ひかりになれ~!」
次いで宙空に跳び上がった媛寿が、掛け矢を異形の頭頂部に振り下ろした。
「グ……ウゥ……」
若干媛寿の一撃の方が小気味良い音を立てていたが、最大効果域で爆発した手榴弾と合わせて頭部に二撃も受けては、さすがの異形も意識が朦朧としてしまったらしい。千鳥足で数歩分を歩くと、事切れたように地面に倒れた。
「ゆうきゆうき!」
結城の元に戻ってきた媛寿が、結城に右手を差し出しながらぴょんぴょんと跳ねた。
その意味を察した結城もまた、少し身を屈めて媛寿に右手を差し出す。
「いえーい!」
「いえーい」
媛寿としてはハイタッチのつもりだったらしい。
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