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化生の群編

取引

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 岸角きしかどに通された六畳の居間で、雛祈ひなぎは顔にこそ出さなかったが、非常に機嫌が悪かった。
 現在居間には、奥に岸角が座り、対面する形で稔丸ねんまる、雛祈、桜一郎おういちろう千冬ちふゆがいるわけだが、あと二人、招かれざる客がいたからだ。
 なぜかダンボール箱を被って村長宅に侵入していた結城ゆうき媛寿えんじゅだった。
 座敷童子ざしきわらしとしての能力の影響下で、結城ともども姿が見えない状態にあるのは、雛祈にとっては一目瞭然だった。それなら一定以上の霊視能力を持つ者でなければ、看破することは難しい。事実、邸内に入った時、雛祈を除く全員が結城と媛寿の姿を捉えられていなかった。
 稔丸は遅れて気付いた。廊下の途中で雛祈の取った行動に疑問を持ち、霊視が可能になるサングラスを使って二人の存在を認めた時はギョッとしていた。雛祈の様子から知り合いだろうとは予想できたが、岸角に話を聞く直前であり、なにより雛祈の機嫌の悪さが尋常ではなかったので、後回しにせざるを得なかった。
 正座した岸角の前に、稔丸、雛祈が座り、桜一郎と千冬は居間の入り口付近に控えている。そして段ボール箱に隠れた結城と媛寿はというと、ステルス状態のまま雛祈の横に居座っていた。
「何しに来たんですか? しかもその格好は何ですか?」
 努めて冷静に、且つ誰にも聞こえないくらいの小声で、雛祈は結城たちが隠れている箱に話しかけた。
「いや、その、何ていうか……」
 箱の中で雛祈の怒気に当てられながら、結城は気まずく言いよどんだ。雛祈たちが村長の邸宅にいたのは予想外で、その雛祈に見破られたのも予想外。おまけに潜入の格好が段ボール箱というのも、どう説明していいものかと、脂汗まで出てきてしまう始末だった。
 
 千夏ちなつから螺久道村らくどうむらの村長の情報を得た結城は、村長の様子を探ることにした。
 その際、媛寿の持ち前の能力で、村長の家に潜入してきてほしいと頼んだわけだが、媛寿は二つの条件を出してきた。
 一つは結城も一緒に行くこと。これは絶対だと言われた。結城としてはあまり泥棒みたいな真似はしたくないのだが、自身で調べることを決めた手前、承諾しないわけにもいかない。媛寿一人に押し付けるのも悪いという気もあったが。
 二つ目は大きめの段ボール箱を用意してほしいというものだった。結城はこれを聞いてすぐに思い当たった。
 最近ブック・オブのワゴンセールで買ったゲームソフト『超鋼忍伝ちょうこうにんでんコウ』の影響だと。潜入という言葉を聞いて、媛寿は主人公『へび』が箱型の忍具を使って姿を消すという術を実践してみたくなったのだろう。案の定、『蛇』のトレードマークである黒い眼帯と鉢金はちがねまで身に付けている。
 そうして岸角碩左衛門きしかどせきざえもんの家に潜り込んで、今に至るわけだが、誰がどう聞いたとしても悪ふざけにしか聞こえない。
 さらには結城は古屋敷での一件以来、雛祈に何となく苦手意識があった。雛祈が結城たちの活動に腹を立てている理由は一応解っているが、話した限りでは雛祈は決して結城たちのことを認めないだろうと踏んでいた。
 結城もこれまで様々なものを見てきたので、人を見る目は多少なりとも養われていた。そこから判断すると、雛祈のように確固たる信念なりプライドなりを持っている人間は、梃子てこでも意見や主張を曲げたりしないと、結城はひしひしと感じていた。
 そんないわおのような性質で、明らかに敵意を向けてくる人間が、まだ気の弱い部分のある結城にとっては好めないタイプだった。
 そんな風に雛祈が結城を威圧し続けている中、稔丸は一つの違和感に気付いた。
 村長である岸角が、居間に自分たちを通して座ったまま、何一つ話そうとしていないのだ。ちらりと腕時計を見れば、すでに座ってから十分は経過しようとしている。
 稔丸は岸角の表情を見てみるが、相変わらず厳しい顔をしていた。
 ただ、初対面で睨んできた時とは違い、わずかに眉根を寄せている。そして、注視しなければ分からない程度だが、汗もかいているようだった。
(何か……迷っている)
 岸角の様子は、明らかに開口することを躊躇していた。話してしまいたいという気持ちとは裏腹に、話してしまうことに強い抵抗を持っている。
 それが村長としての立場ゆえか、村そのものの根幹に関わることなのかはまだ定かではないが、それほどに話しづらく、秘しておきたいことが螺久道村にはあると、稔丸は見抜いていた。
「村長さん」
 このまま沈黙が続くのでは話が進まないので、まず稔丸が最初の一手を打つことにした。
「コレを出したのは村長さんで間違いない、ですね?」
 稔丸は玄関先でも見せた『二十八』と書かれた紙を畳に置いた。それを見た岸角は、やはり険しい表情を取る。
「何かボクらに話さなくちゃいけないこと、あるんじゃないですか?」
 さらに深く切り込む稔丸。それによって岸角はいよいよ目に見えて汗をかき出した。
「今この村で起こってる事件について、知ってることがあるなら全部話してもらえませんか? もし洗いざらい話してくれるんなら、国に掛け合ってそう悪いことにならないように処理してもいいですよ? たとえ法に触れることがあったとしても……ね」
 稔丸のその言葉を聞いて、岸角はついに体を小刻みに振るわせ始めた。
 それを見た稔丸は、もう一息だと確信していた。呼びつけておいてこれほど躊躇するのは、話してしまえば村にとって後ろ暗いことまで明るみになるからだ。そういう手合いは後に追及される罪状を恐れているので、罪の軽減や免除を餌にチラつかせれば落としやすい。
 状況を客観的に掴む状況把握能力と、相手の状態から心理状態を読むコールドリーディングは、交渉事に長ける多珂倉家の得意とするところであり、稔丸にとっては朝飯前だった。自白させるにはもう一つ餌が必要と考えた稔丸は、
「この村で何が行われていて、それを聞いた上で事件を解決しても、別に政府は村の利益を損なうようなことはしませんよ。ただし、ものによっては『二十八家ボクら』の手が入るというのをお忘れなく。そこんトコは裏のことなんで、表には出ません。絶対に……」
 最後に少し脅しを含んだ条件を提示した。
 稔丸が言っているのはあくまで全て白状した場合の条件ばかりで、話さなかった場合の条件はほとんど明示していない。そうすることで岸角は、話さなかった場合の条件を勝手に想像する。このまま黙秘していれば、自身や村にとって最悪の状況が待っているかもしれないと。
 人間は二択を迫られれば、それが両方最悪の選択肢であっても、まだマシだと思える方を選ぶ。選択肢が内包する悪性の度合いに差が大きいほど、より最悪な結末になるよりはと思い、まだダメージの少ない方にしがみつく。
 稔丸は岸角が沈黙を続ける状況を利用し、先に次々と白状した場合の条件を提示することで、最悪な選択肢はどちらかを暗に示した。
 これでもう時間の問題だった。
「……こ……」
 震えていた岸角の口元が、ようやく言葉を捻り出した。
「この村が……長年やってきたことを……世間に公表するのは避けてほしい!」
 搾り出すような重い口調で出た言葉は、稔丸の読み通り、村の暗部を裏付けるものだった。岸角が話し出したことで、雛祈もステルス状態の段ボール箱を睨んでいた目を岸角に向けた。
「公にするようなことはしませんし、刑法で裁かれることもないでしょう。でもさっき言ってように、ものによっては『二十八家ボクら』の手が入ることはお忘れなく」
 確認と念押しを兼ねた稔丸の言葉に、岸角は何事か観念したように表情を緩めた。『憑き物』が落ちたような顔、といってもいい。
「百五十年前、この村は―――」
 岸角がそう語り始めた途端、居間の壁が強い衝撃によって破壊された。
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