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化生の群編
岸角碩左衛門
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「じゃあ送り主の村長については? あなたのことだから、そこも調べたあるんでしょ?」
『二十八家』のことも気にかかるが、これから会う村長について何も知らないのでは都合が悪いと思い、雛祈は稔丸に聞くことにした。今回の仕事において、雛祈は事件のこと以外はあまり重要視していなかったので、螺久道村に関してはさわり程度しか調べていなかった。
「ざっと調べた限りだと、1938年7月20日生まれ。別段目立ったこともなく、近隣の高等学校を卒業後、十八歳で螺久道村の村長を継いで、それからは特に何もなし」
「……つまらないくらいに何もないわね」
「最近のことなら一つあるよ。二年前に国土交通省の役人に近隣の交通網の整備を許可したってさ。反対してたのをあっさりと」
「? なんでいきなり許可したのよ」
「これまでの開発担当責任者のプランが気に入らなかったらしいんだよ。それが責任者が変わってプランも変更になって、その新しい開発計画なら許可するって話になったんだって」
「ふ~ん」
おそらく私有地の切り崩しか何かで揉めていたところを、再編された計画では解消されたので許可を出したというところだろうと、雛祈は読んでいた。そのおかげで周辺の交通網が潤沢になり、螺久道村もリゾート地としてそれなりの名声を得たのだから、ウィンウィンの結果だ、と。
そこまで考えて、雛祈はそれ以上は深くは追求しなかった。いまの雛祈にとっては、事件解決が目下最優先である。小林結城よりも先駆けて事件を解決し、実力の差を見せつける。その勝利の勲章として、最強の戦女神の加護を祀凰寺家にもたらすこと。
個人としても、祀凰寺家の人間としても、雛祈にとっては一世一代の大勝負にも思えていた。
そろそろ丘の頂上に着く。
雛祈は後ろを歩く桜一郎と千冬に目を向けた。今日は二人とも、主武装である鉞も袖絡も携行していない。村長から話を聞くだけなので、警戒心を煽らないよう、普通の従者として振舞わせるつもりでいた。それでも目立たない程度の武器は持たせているので、いざ荒事になった時の備えも施している。
心配事があるとすれば、桜一郎に少々疲労の色が濃くなっているところだろうか。今朝も一懇楼の売店で栄養ドリンクを買って飲んでいた。
それと反比例するように、千冬はえらく肌艶が良くなっている。心なしか浮き浮きとした気分さえ感じる。
おそらく昨夜もまた千冬が桜一郎を搾り取っていたのだろうと、雛祈はすぐに看破していた。仕事の上で戦闘の機会が多い時は、千冬は興奮を持て余す癖があることを、雛祈もよく知っている。
あまり従者のプライベートに口を出すのもどうかと思うが、桜一郎が疲労困憊するのも後で問題になるので、千冬に注意するべきか真剣に検討していた。
雛祈がそう思案しているうちに、丘の上には建造物の屋根が見えてきた。
まず年季の入った瓦の屋根が見え、漆喰の壁や木の柱、障子がはめられた窓などが現れてくる。年数は経っていそうだが、瓦や漆喰に破損箇所はなく、相当手入れに気を配っていると分かる日本家屋がそこにあった。表札には『岸角』の姓が書かれている。
「螺久道村の村長の家系は代々ここに住んでるんだってさ」
稔丸は頂上に着くなり、すたすたと玄関に歩いていって引き戸を開けた。
「ごめんくださ~い!」
まるで近所の子どもが訪ねてきたような声色を、稔丸は屋内に響き渡らせた。
声が通った後はしばらく静まり返っていたが、やがて板張りの廊下を軋ませ、足音が少しずつ近付いてきた。
「誰だ?」
そう言って曲がり角から現れたのは、着流しに羽織を纏った老人だった。禿頭と蓄えられた白髭がいかにも年齢を感じさせるが、それ以外は背筋が伸びた姿勢の良さと、鋭い眼光が老齢に見合わぬ貫禄を放っている。
聞くまでもなく、その老人が螺久道村の村長、岸角碩左衛門だった。
村一つの統率者として充分すぎる威厳を持った老人を、雛祈は『フェルト帽と着物の名探偵』の推理小説に出てきそうだと思った。
岸角は訪ねてきた稔丸と雛祈たちをギロリと一睨みしたが、
「これの件で」
という稔丸の言葉とともに出された例の紙を見て、目を大きく見開いた。
その反応から、岸角が差出人であることは明白だった。
「こちらへ」
岸角は手で奥の方を示すと、音の鳴る廊下を歩き出した。どうやら稔丸や雛祈を『二十八家』の遣いであると認めたらしい。稔丸が目配せし、雛祈はそれに無言で頷いた。
岸角に後れを取らないよう、稔丸は素早く靴を脱いで廊下を歩き出した。雛祈たちも玄関でさっと靴を脱ぎ、廊下を行く岸角の背を追いかける。
廊下には調度品の類はほとんどなく、殺風景とさえ言える内装だった。あるいは古い日本家屋特有の雰囲気を重んじているのかもしれないと雛祈は思ったが、それにしても寂しい光景だった。まるで建てられてから何も手を加えていないか、自決を前に身辺整理をした人間の部屋のようだった。
そんな違和感を抱きながら曲がり角に差しかかった雛祈は、下手な調度品以上に目立つ物を目にして面食らった。
廊下を進んでいく岸角の後ろを、いつの間に現れたのか、巨大な段ボール箱が追っていた。1立方メートルほどの箱の側面四辺には、覘き穴と思しき穴が開けられている。おそらく中に潜んでいるであろう者は、そこから外の様子を見ながら移動しているのだろう。
どういう発想からそんな偽装をしているのかは謎だったが、雛祈はそこでふと冷静になって考えた。
これほど変てこで目立つ物体がありながら、周りの者は誰一人それを気に留めていない。まるで見えてもいないように、その物体に目を向けることさえしていなかった。
ならば雛祈を除く誰もが、本当に見えていないのだろう。そんな芸当が可能な存在に、雛祈は心当たりがあった。あまり考えたくもなく、思い出したくもない相手だったが。
「? どしたの、雛祈ちゃん?」
雛祈の様子を不審に思った稔丸が、一旦足を止めて振り返った。
雛祈はそれに答えることなく、稔丸を押し退けて前へ出た。岸角になるべく気付かれないように、段ボール箱をさっと持ち上げた。
「あっ!」
案の定、想定していた輩がその中にいた。声を上げたのは雛祈にとっての怨敵、小林結城。そしてもう一人はもちろん座敷童子の媛寿だったが、なぜか媛寿は黒い眼帯と鉢金を身に着けた格好だった。
段ボールと媛寿の風貌については全く理解できなかったが、雛祈はいま一番会いたくない二人との遭遇に眉をひくつかせていた。
『二十八家』のことも気にかかるが、これから会う村長について何も知らないのでは都合が悪いと思い、雛祈は稔丸に聞くことにした。今回の仕事において、雛祈は事件のこと以外はあまり重要視していなかったので、螺久道村に関してはさわり程度しか調べていなかった。
「ざっと調べた限りだと、1938年7月20日生まれ。別段目立ったこともなく、近隣の高等学校を卒業後、十八歳で螺久道村の村長を継いで、それからは特に何もなし」
「……つまらないくらいに何もないわね」
「最近のことなら一つあるよ。二年前に国土交通省の役人に近隣の交通網の整備を許可したってさ。反対してたのをあっさりと」
「? なんでいきなり許可したのよ」
「これまでの開発担当責任者のプランが気に入らなかったらしいんだよ。それが責任者が変わってプランも変更になって、その新しい開発計画なら許可するって話になったんだって」
「ふ~ん」
おそらく私有地の切り崩しか何かで揉めていたところを、再編された計画では解消されたので許可を出したというところだろうと、雛祈は読んでいた。そのおかげで周辺の交通網が潤沢になり、螺久道村もリゾート地としてそれなりの名声を得たのだから、ウィンウィンの結果だ、と。
そこまで考えて、雛祈はそれ以上は深くは追求しなかった。いまの雛祈にとっては、事件解決が目下最優先である。小林結城よりも先駆けて事件を解決し、実力の差を見せつける。その勝利の勲章として、最強の戦女神の加護を祀凰寺家にもたらすこと。
個人としても、祀凰寺家の人間としても、雛祈にとっては一世一代の大勝負にも思えていた。
そろそろ丘の頂上に着く。
雛祈は後ろを歩く桜一郎と千冬に目を向けた。今日は二人とも、主武装である鉞も袖絡も携行していない。村長から話を聞くだけなので、警戒心を煽らないよう、普通の従者として振舞わせるつもりでいた。それでも目立たない程度の武器は持たせているので、いざ荒事になった時の備えも施している。
心配事があるとすれば、桜一郎に少々疲労の色が濃くなっているところだろうか。今朝も一懇楼の売店で栄養ドリンクを買って飲んでいた。
それと反比例するように、千冬はえらく肌艶が良くなっている。心なしか浮き浮きとした気分さえ感じる。
おそらく昨夜もまた千冬が桜一郎を搾り取っていたのだろうと、雛祈はすぐに看破していた。仕事の上で戦闘の機会が多い時は、千冬は興奮を持て余す癖があることを、雛祈もよく知っている。
あまり従者のプライベートに口を出すのもどうかと思うが、桜一郎が疲労困憊するのも後で問題になるので、千冬に注意するべきか真剣に検討していた。
雛祈がそう思案しているうちに、丘の上には建造物の屋根が見えてきた。
まず年季の入った瓦の屋根が見え、漆喰の壁や木の柱、障子がはめられた窓などが現れてくる。年数は経っていそうだが、瓦や漆喰に破損箇所はなく、相当手入れに気を配っていると分かる日本家屋がそこにあった。表札には『岸角』の姓が書かれている。
「螺久道村の村長の家系は代々ここに住んでるんだってさ」
稔丸は頂上に着くなり、すたすたと玄関に歩いていって引き戸を開けた。
「ごめんくださ~い!」
まるで近所の子どもが訪ねてきたような声色を、稔丸は屋内に響き渡らせた。
声が通った後はしばらく静まり返っていたが、やがて板張りの廊下を軋ませ、足音が少しずつ近付いてきた。
「誰だ?」
そう言って曲がり角から現れたのは、着流しに羽織を纏った老人だった。禿頭と蓄えられた白髭がいかにも年齢を感じさせるが、それ以外は背筋が伸びた姿勢の良さと、鋭い眼光が老齢に見合わぬ貫禄を放っている。
聞くまでもなく、その老人が螺久道村の村長、岸角碩左衛門だった。
村一つの統率者として充分すぎる威厳を持った老人を、雛祈は『フェルト帽と着物の名探偵』の推理小説に出てきそうだと思った。
岸角は訪ねてきた稔丸と雛祈たちをギロリと一睨みしたが、
「これの件で」
という稔丸の言葉とともに出された例の紙を見て、目を大きく見開いた。
その反応から、岸角が差出人であることは明白だった。
「こちらへ」
岸角は手で奥の方を示すと、音の鳴る廊下を歩き出した。どうやら稔丸や雛祈を『二十八家』の遣いであると認めたらしい。稔丸が目配せし、雛祈はそれに無言で頷いた。
岸角に後れを取らないよう、稔丸は素早く靴を脱いで廊下を歩き出した。雛祈たちも玄関でさっと靴を脱ぎ、廊下を行く岸角の背を追いかける。
廊下には調度品の類はほとんどなく、殺風景とさえ言える内装だった。あるいは古い日本家屋特有の雰囲気を重んじているのかもしれないと雛祈は思ったが、それにしても寂しい光景だった。まるで建てられてから何も手を加えていないか、自決を前に身辺整理をした人間の部屋のようだった。
そんな違和感を抱きながら曲がり角に差しかかった雛祈は、下手な調度品以上に目立つ物を目にして面食らった。
廊下を進んでいく岸角の後ろを、いつの間に現れたのか、巨大な段ボール箱が追っていた。1立方メートルほどの箱の側面四辺には、覘き穴と思しき穴が開けられている。おそらく中に潜んでいるであろう者は、そこから外の様子を見ながら移動しているのだろう。
どういう発想からそんな偽装をしているのかは謎だったが、雛祈はそこでふと冷静になって考えた。
これほど変てこで目立つ物体がありながら、周りの者は誰一人それを気に留めていない。まるで見えてもいないように、その物体に目を向けることさえしていなかった。
ならば雛祈を除く誰もが、本当に見えていないのだろう。そんな芸当が可能な存在に、雛祈は心当たりがあった。あまり考えたくもなく、思い出したくもない相手だったが。
「? どしたの、雛祈ちゃん?」
雛祈の様子を不審に思った稔丸が、一旦足を止めて振り返った。
雛祈はそれに答えることなく、稔丸を押し退けて前へ出た。岸角になるべく気付かれないように、段ボール箱をさっと持ち上げた。
「あっ!」
案の定、想定していた輩がその中にいた。声を上げたのは雛祈にとっての怨敵、小林結城。そしてもう一人はもちろん座敷童子の媛寿だったが、なぜか媛寿は黒い眼帯と鉢金を身に着けた格好だった。
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