上 下
131 / 407
化生の群編

二十八家

しおりを挟む
 螺久道村らくどうむらの中でも北東方面と南西方面は、ほとんど手付かずの自然が残ったままとなっている。雛祈ひなぎたちが謎の妖怪と遭遇したのは北東方面の森林地帯であり、現在、稔丸ねんまるを筆頭に進んでいるのは南西方面の丘陵地帯だった。藪が生い茂り、樹木が密生している小高い丘の上に、螺久道村の村長が住居を構えているというのだ。
 稔丸が村長に会いに行くというので、雛祈はそれに同行することを決めた。あまり表立った動きを覚られたくなかったが、状況が不可解な方向に進んでいる気がするので、より深い情報を確保する必要があった。
 村長であれば、村自体やその近隣について、詳しい情報を有している可能性は大いにある。あるいは、件の妖怪の正体にも見当が付くかもしれない。
 そのために雛祈は多珂倉稔丸たかくらねんまるに同道することにしたのだが、
「? どしたの?」
「……なんでもないわよ」
「そ。まっ、もう少しで着くと思うからさ」
 稔丸は相変わらず飄々とした態度で、申し訳程度に設けられた小道を進んでいく。こんな時でも仕立ての良いスーツで赴くあたり、どこまで本気でどこまで冗談なのか、判断が難しい。
 実際に旧知の仲であるところの雛祈でさえ、稔丸は謎の多い人物だった。
 護国鎮守を司る家系には、何かと他家に秘している裏がある。
 例えば祀凰寺家しおうじけに関して言えば、伝説に残る鬼神の末裔を式神として雇い入れ、仕えさせている。妖しの者を戦力として抱えること自体は禁じられていないが、あまり強すぎる戦力を保有することは、他家とのパワーバランスを崩しかねない。事その点を気にする家系に漏れれば、余計な圧力を招いてしまうこともある。なので桜一郎おういちろう千冬ちふゆの存在は、祀凰寺家と関わりの深い家系のごく一部にしか知られていないのである。
 同じような事情は他の家系も保持しており、深く触れることはなく、しかし状況によっては協力と信用の元、開示するという慎重な駆け引きが成されていた。
 そこに照らし合わせれば、とりわけ多珂倉家は分厚いベールに包まれていると言えた。
 豊富な資金源でバックアップを完璧にこなすも、果たしてどんな方法でそれだけの財を成しているのか、どの家系も知り得なかった。独自の経済論によって代々財を築いているという話だが、付き合いの長い雛祈は、到底それだけでは足りないレベルだと、随分前から察している。
 そんな多珂倉家の中でも、稔丸は特に怪しい噂が絶えなかった。
 その中で最も目を引くのが、闇マーケットで奴隷を購入しているという噂だ。それも売買が固く禁じられている希少種の妖怪や妖精を買い漁り、自身の屋敷に侍らせているのだという。さらに悪い噂になってくると、稔丸が毎夜奴隷たちと酒池肉林の宴を催して愉しんでいるというものもある。
 酒池肉林はともかく、奴隷を購入しているという話はそれほど誤りでないことを雛祈は知っている。稔丸は時々、フード付きのケープを羽織った従者を数名連れていることがあった。顔や姿は一切晒さなかったが、見慣れない術や能力を行使するところを目にしたことがあり、それが噂の奴隷たちだと勘付いていた。
 そこまで黒い噂があるにも関わらず、稔丸がお咎めを受けていないのは、ひとえにその手腕にあった。事前準備に事後処理、交渉に折衝、あらゆる面で他家の仕事を完璧にバックアップしていた。多珂倉家の恩恵があったからこそ、困難な任務を達成できたという家系は非常に多く、それだけに稔丸が違法行為をしていても罰するには至らなかった。
 目の前を歩く一見能天気でありながら、黒い影も持つ男の背中を、雛祈は複雑な気分で見ていた。善人とは言えなくとも外道ではなく、本心は明かさなくとも嘘は言わない。混沌とした性質ではあっても、仕事については真摯なので、その点は雛祈も稔丸には信頼を置いていた。
 そうでなければ、たとえ『二十八家にじゅうはっけ』へのコンタクトを持ってきたとはいえ、簡単に追いていこうとはしない。
「それで? その村長は『二十八家』に一体どんな用があるっていうの?」
 谷崎町の古屋敷までの道程ほどではないが、村長である岸角碩左衛門きしかどせきざえもんの住居までの道は、ちょっとしたハイキングのようなものだった。山とは言わないまでも、平地と比べればやや高い丘の傾斜はそれなりの勾配があり、体力も時間もかかる移動を強いられている雛祈は少し苛立っていた。
「いやぁ、ボクも知らないんだよね」
「はぁ!?」
 稔丸から返ってきた答えは、雛祈を余計に苛立たせた。屈託なく答えた稔丸の態度と相まって、さらに神経が逆撫でられる。
「知らないってどういうことよ?」
「『コレ』が入っていた封筒には、宛先の他には送り主の住所と氏名しか書いてなかったんだよ。つまり、この螺久道村から岸角碩左衛門って人が送ってきたってことしか分からないってこと」
 稔丸は懐から取り出した『二十八』の文字が書かれた紙をひらひらと揺らして見せた。
 稔丸が話していることを聞きながら、雛祈は何となく結城に送られてきた手紙に酷似したものを感じていた。もっとも、あちらは内容は書かれていても送り主が分からず、こちらは送り主は分かっても内容が分からないわけだが。
「けど『コレ』を送ってくるってことは、相当ヤバくなるってことだよ。『二十八家』が直接動かなきゃいけなくなるっていう、ね」
 その意見には雛祈も無言で同意した。
 雛祈、稔丸、蓮吏れんりを含めた護国鎮守を司る家系の者たちは、対外的には『二十八家』という通称で呼ばれていた。その名に深い意味はなく、単にそれを任ぜられた家系が二十八あっただけの理由だった。
 社会的な認知は皆無だが、闇の世界に関わっていけば、いずれその存在を知ることになる。世の裏側、人ならざる者たちや、それらを利用して厄災を招く人間たちを取り締まるのも、『二十八家』に課せられた主任務であるからだ。
 そんな一般には知られぬ裏の者たちだが、かつて関わりを持った、もしくはその存在が言い伝えとして受け継がれている場所から、稀に便りが届く場合がある。それはいずれも人の手に余る奇怪な出来事が絡んだ内容についてだった。
 それらの解決を『二十八家』に要請する符合として、二十八の文字を紙に書き、国の中枢に送るという通信手段が設けられていた。
 もっとも、『二十八家』を知る者が近代では激減し、とうに廃れた連絡方法でもある。だからこそ、それを受け取った稔丸も、それが送られたことを知った雛祈も、驚くと同時に訝しんでいた。
 『二十八家』は互いの深部までは明かしていないまでも、それなりの協力や情報交換は行われている。その中で、螺久道村に関わったという情報は今までにない。ならば、符号を送りつけてきた村長は、どこで『二十八家』のことを知ったのか。その疑問は雛祈も稔丸も共有していた。
 そのことを、村長が『二十八家』にどのような用があるのかを聞くとともに、問いただす必要がある。雛祈はそう思いながら、また一歩傾斜を踏みしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

処理中です...