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化生の群編
精霊の判断
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「Sω4→(あ~、臭いの元はここか)」
茂みの中から現れた人物に、雛祈は驚いて目を見開いた。
まるで耳慣れない言語を話しながら、その意味が明確に解る声。楕円形に真一文字の切れ込みで表現された目と、乱杭歯が並ぶ口を持つ仮面を頂く容貌。
今は革製のジャンパーとズボンを着た出で立ちだが、間違うはずもない。谷崎町の古屋敷にいたメンバーの一柱である謎の精霊だった。たしかマスクマンと呼ばれていたが、今の雛祈はそのことを思い出せるほどの余裕はなかった。
「ξ? YΨ3↓(お? お前らも来てたのか)」
体についた木の葉を払いながら、マスクマンは雛祈たちの姿を認めた。桜一郎はさほど驚かず、千冬は相変わらず小動物のようにふるふると震えている。そして当の雛祈はというと、予想外の登場を果たしたマスクマンに対し、顔を引きつらせていた。
「ど、どうしてここに?」
「TΛ1↑。AΣ2→(この森をちょいと調べていたら、血のにおいが漂ってきてな。それでついでに立ち寄ってみようと思ったんだよ。ここで人殺しがあったらしいな)」
雛祈の問いにあっさりと答えたマスクマンは、キョロキョロと辺りを見回した。
雛祈は心の中で歯噛みした。まさかこのタイミングでマスクマンが現れるなど、夢にも思っていなかった。
別に意識してこの殺人事件のことを結城たちに教えていなかったわけではない。特に聞かれなかったから、こちらの目的を開示しなかっただけで、そもそも結城の依頼とこの事件とが確実に結びつくと断定できたものではなかった。
とはいえ、結城が事件のことを知らないならば、それはそれでアテナとの賭けに有利と考えていたが、結城と関わりのあるマスクマンが来てしまったならば、もはや隠し通せはしないだろう。
雛祈は観念して、自分たちの目的も話すことにした。
「ええ、そうです。私たちもこの場所の調査に来てました」
雛祈は半ばヤケクソ気味に答えるが、当のマスクマンは、
「F→(ふ~ん……)」
と、その態度を歯牙にもかけずに、現場を注意深く観察している。
精霊とはいえ、特に相手にされていないような反応を示され、雛祈は少なからず苛立ったが、ここで感情的になっては勝負に支障が出ると思い、ぐっと怒気を飲み込んだ。
「MΞ4←SS(お前ら、もしかしてこの事件のこと黙ってたのか?)」
雛祈は『そら来た』と思った。遅かれ早かれ、指摘されると予想していたからだ。
「黙っていたわけではありません。聞かれなかったから、答えなかっただけで。それに、そちらの依頼とやらとは関係ないだろうと思いましたので」
「……OΠ(……まっ、いいだろ)」
少し疑うような目を――マスクマンの顔は仮面なので表情は定かではないが――向けてから、マスクマンは興味を失ったように、それ以上の追求はしてこなかった。
「TΛ7↑(ところでお前、アテナと賭けをしたそうだな?)」
マスクマンが切り出してきた話題は、雛祈がアテナと交わした約束のことを示していた。そのこととは関わりが薄そうなマスクマンから問われて意外に思ったが、
「その通りですけど、それが何か?」
雛祈はそう返答した。特にやましいこともなく、純粋な約束事だったからだ。
「F→(ふ~ん……)」
「……何か?」
なぜか値踏みするように上から下までを見てくるマスクマンに、少々苛立った雛祈は思わず険のある声を出してしまった。
「NΦ7↑(いや、アテナがお前をそこまで気に入るもんかなって思っただけだ)」
その物言いに、いよいよ雛祈は怒りが込み上げてきた。マスクマンの言葉は、要は雛祈が戦女神の加護を受けるに値するかを疑っているものだった。それは、結城と比べて雛祈は不充分だと言われているに等しい。
いくら相手が精霊といえども、侮辱を受けては雛祈も黙っているわけにはいかない。拳を握って前へ出ようとしたが、傍に控えていた桜一郎に『お嬢』と小さく制され、わずかに冷静さを取り戻した。
「あなたから見て、私はアテナ様にそぐわないと? では、あなたはなぜあの男の元に留まっているのですか? 私から見れば、あの男の方がよほど神の寵愛を受けるに相応しくないと思いますけど?」
自分でも嫌になるくらい嫌みったらしい物言いになってしまったが、そうでも言わなければ雛祈も腹の虫を抑えることができなかった。せめてもの攻撃、ちょっとした憂さ晴らしだった。
「Iχ8↑(そりゃ面白いからに決まってる)」
あっさりと言ってのけたマスクマンに、雛祈は怒りも一瞬忘れた。
「お、面白い?」
「Yη(ああ)」
それこそ雛祈には理解できなかった。小林結城という人物に二度会ったが、到底面白いという表現は当てはまらないと思っていたからだ。
「精霊から見て、あんなのが高尚な部類の人間だとでも!?」
「……Pε4←(……そのへん何か誤解してんじゃないか?)」
そう言うとマスクマンは腰のペットボトルホルダーからボトルを取り、中身をぐいっと一口煽った。仮面の口は胸元にあるので、飲んでいるには変なポーズだったが、それを突っ込む者は誰もいなかった。
「MΣ6↓SB(精霊ってのは言うなれば、自然現象の管理者だ。それぞれ司るものが違うし、その現象が世界の中でうまくバランスが取れるように調整するのが役割だ)」
雛祈は黙ってマスクマンの話を聞いていた。マスクマンが語っているのは、霊能者たちの間で通説の、今さら語られるまでもない内容だったが、それが小林結城にどう繋がるのかを聞いてみたかった。
「IΓ9↑RL(オレは今でこそ雨と雲の精霊ってことになってるが、オレ……いや、オレたちが実際に活動していた頃は何の精霊かなんて決まっていなかった。オレたちはある大地を作り、そこに根付いた人間たちに知識を与えた。それでオレたちの役目は終わっちまったんだ)」
空を見上げ、その先にあるであろうものを見ようとしているマスクマンは、少し寂しそうな様子だった。大地を作ったと容易く言っているが、それは時間に例えればどれほどの大昔だったのか。
「ZΠ1←N(事が済めば、オレたちは元の世界に帰ることになった。ほんの一部はこっちに留まったが、今でも存在できているのか怪しいな。オレは帰ることにした組だが、失敗したって思ったよ。なにしろ何にもやることがなかったんだからな)」
両手を残念そうに広げ、マスクマンはさもうんざりしたように言った。
「NΨ5↓Q(オレたちが元いた場所ってのも、何もないところだったからな。少なくともオレは、やることなくてホント困り果てたぜ。だが、ある時オレはこっちの世界に繋がることができたんだ。コレのおかげでな)」
マスクマンはそう言って自分の顔、もとい仮面を人差し指で軽く叩いた。
「Wμ8→TH(誰かが雨乞いのために作ったコレが、たまたまオレを呼び寄せる依り代になった。そっからオレは世界を観察するのを楽しみにするようになった。オレたちが与えた知識を人間たちがどう使ってるのか、結構興味あったからな)」
表情こそ分からないものの、意外にも饒舌に喋り続けるマスクマンを見た雛祈は、随分と嬉しそうに語っていると感じられた。それはマスクマンが人間の営みを何よりの楽しみにしているという証左だった。
「Oφ4↓YP(一時期かなり退屈なこともあったが、いろいろあって結城のところに流れ着いた。あいつを見た時は驚いたぜ。家神や戦神を従えてるわけじゃなく、自分で呼び込んだわけでもない。たまたま逢ったから一緒にいるって感じで過ごしてやがった。神や精霊ってのは大抵、人間の方が用事があって呼び出されるか、こっちが成り行きや勝手で干渉するかのどっちかだ。なのに結城の奴はそのどっちでもなかった。あいつは偶然オレたちみたいなのと出会い、それを利用するでもなく、追い出すでもなく、好きにさせてるってスタンスだった。おまけにオレたちを必要以上に敬うようなことをせず、下に見るでもない。普通に接してきやがった。まるで無邪気に友達に話しかけるみたいにな)」
嬉々として話を続けるマスクマンに、雛祈はいよいよ理解に難色を示し始めた。
言わんとしていることは分かる。ただ、心情が分からない。無論、人の身である雛祈では、神霊の思惑など知る由もない。
しかし、いま目の前にいる謎の精霊の、その話の内容を信じるならば、小林結城は元来人間が神霊に対して持っているような固定観念を、一切持っていないように見受けられた。
神や精霊は、人間から畏敬を以って奉られる存在と、雛祈も認識している。それが古来より続く、人間と神との在り方であり、関わり方でもあった。
だが、小林結城にはそれがない。自身の周りに集った者たちが、どんな存在かは認識していても、普通の人間が取るような態度を表していない。
それを神霊たちは気に入っている。そう思った時、また雛祈は理不尽に対する怒りが込み上げてきた。
「Aσ3→EZ(おまけにあいつの所には、どういうわけか奇妙なことが舞い込んできやがる。そして、あいつはそれを突っ返すことなく、自分からそれに関わっていく。今回の依頼だってそうだ。退屈しないんだよ、あいつと一緒にいると)」
マスクマンはそう締め括り、それが結城の元にいる根本的な理由なのだと雛祈も悟った。
その理由は、雛祈にはまったくもって納得できないものだった。要は偶然気に入られただけで、小林結城という男はあれほどの神霊を味方につけているだけのことだ。そのくせ素人が現場に勝手に踏み入って、やりたい放題やっている。そんな理不尽と好き勝手が許されてなるものか。
雛祈の結城に対する怒りは、ここまでのマスクマンの話を聞いてさらに肥大しつつあった。
「それが……そんなのが……あの男が加護を受ける理由だと!?」
「Pε5↑S(少なくともオレはそうだな。媛寿もアテナもシロガネも、似たり寄ったりだと思うぜ?)」
マスクマンはあっさりと言い切り、それを聞いた雛祈は怒りで拳を震わせていた。
雛祈は何も、自分こそが神に寵愛を受けるべき、などと傲慢な考えは持っていない。だが、そうでなくても、結城があれほどの神霊たちに肩入れされている事実は受け入れがたいものがあった。
ここまで耳にした小林結城という人間の人となりを推し量るならば、間違いなく一般人であり凡人。不信心者というわけではないが、格別に信心深くもない。さらにはお人良しという言葉では片付けられないほどの愚か者。
そんな者が神霊たちの信認を得ているなど、人としても霊能者としても、そのような異例は認めたくはなかった。
本人に対して直接糾弾し、制裁を加えられれば、どれほど溜飲が下がることか。しかし、それは神霊たちが見過ごすわけはないだろう。だからこそ、雛祈はほとんど意味がないと分かっていても、愚痴という手段でしか感情を発散できなかった。
「あんな……あんな無価値で無能な男に負けてたまるものですかっ! 私は! 私はっ!」
「!」
雛祈が激情に駆られてそう叫んだ後、マスクマンは素早い動作で腰のベルトに挟んでいたブーメランを手に取った。
マスクマンのその様子を見て、雛祈は『しまった』と思った。仮にも神霊が気にかけている人間を侮辱してしまったのだ。それは神霊の怒りを買うに充分だったかもしれない。
「お嬢!」
「お嬢様!」
マスクマンが戦闘態勢に入ったと見て、桜一郎と千冬は雛祈の前へ出る。
布に包まれた各々の武器を構えようとしたが、マスクマンは真後ろに振り返り、手に持ったブーメランを森の中に投擲した。
マスクマンの予想外の行動に、身構えていた雛祈、桜一郎、千冬は唖然となった。
やがてブーメランは木々の間を素通すように返ってくると、マスクマンの手に再び収まった。
「Bσ↓(避けられたか)」
そう言うとマスクマンは革のジャンパーを捨て去り、空いた手に石斧を構えた。
そこに来てようやく、雛祈は何かしらの敵が迫っていると勘付いた。
「CΔ↓(来るぜ)」
茂みの中から現れた人物に、雛祈は驚いて目を見開いた。
まるで耳慣れない言語を話しながら、その意味が明確に解る声。楕円形に真一文字の切れ込みで表現された目と、乱杭歯が並ぶ口を持つ仮面を頂く容貌。
今は革製のジャンパーとズボンを着た出で立ちだが、間違うはずもない。谷崎町の古屋敷にいたメンバーの一柱である謎の精霊だった。たしかマスクマンと呼ばれていたが、今の雛祈はそのことを思い出せるほどの余裕はなかった。
「ξ? YΨ3↓(お? お前らも来てたのか)」
体についた木の葉を払いながら、マスクマンは雛祈たちの姿を認めた。桜一郎はさほど驚かず、千冬は相変わらず小動物のようにふるふると震えている。そして当の雛祈はというと、予想外の登場を果たしたマスクマンに対し、顔を引きつらせていた。
「ど、どうしてここに?」
「TΛ1↑。AΣ2→(この森をちょいと調べていたら、血のにおいが漂ってきてな。それでついでに立ち寄ってみようと思ったんだよ。ここで人殺しがあったらしいな)」
雛祈の問いにあっさりと答えたマスクマンは、キョロキョロと辺りを見回した。
雛祈は心の中で歯噛みした。まさかこのタイミングでマスクマンが現れるなど、夢にも思っていなかった。
別に意識してこの殺人事件のことを結城たちに教えていなかったわけではない。特に聞かれなかったから、こちらの目的を開示しなかっただけで、そもそも結城の依頼とこの事件とが確実に結びつくと断定できたものではなかった。
とはいえ、結城が事件のことを知らないならば、それはそれでアテナとの賭けに有利と考えていたが、結城と関わりのあるマスクマンが来てしまったならば、もはや隠し通せはしないだろう。
雛祈は観念して、自分たちの目的も話すことにした。
「ええ、そうです。私たちもこの場所の調査に来てました」
雛祈は半ばヤケクソ気味に答えるが、当のマスクマンは、
「F→(ふ~ん……)」
と、その態度を歯牙にもかけずに、現場を注意深く観察している。
精霊とはいえ、特に相手にされていないような反応を示され、雛祈は少なからず苛立ったが、ここで感情的になっては勝負に支障が出ると思い、ぐっと怒気を飲み込んだ。
「MΞ4←SS(お前ら、もしかしてこの事件のこと黙ってたのか?)」
雛祈は『そら来た』と思った。遅かれ早かれ、指摘されると予想していたからだ。
「黙っていたわけではありません。聞かれなかったから、答えなかっただけで。それに、そちらの依頼とやらとは関係ないだろうと思いましたので」
「……OΠ(……まっ、いいだろ)」
少し疑うような目を――マスクマンの顔は仮面なので表情は定かではないが――向けてから、マスクマンは興味を失ったように、それ以上の追求はしてこなかった。
「TΛ7↑(ところでお前、アテナと賭けをしたそうだな?)」
マスクマンが切り出してきた話題は、雛祈がアテナと交わした約束のことを示していた。そのこととは関わりが薄そうなマスクマンから問われて意外に思ったが、
「その通りですけど、それが何か?」
雛祈はそう返答した。特にやましいこともなく、純粋な約束事だったからだ。
「F→(ふ~ん……)」
「……何か?」
なぜか値踏みするように上から下までを見てくるマスクマンに、少々苛立った雛祈は思わず険のある声を出してしまった。
「NΦ7↑(いや、アテナがお前をそこまで気に入るもんかなって思っただけだ)」
その物言いに、いよいよ雛祈は怒りが込み上げてきた。マスクマンの言葉は、要は雛祈が戦女神の加護を受けるに値するかを疑っているものだった。それは、結城と比べて雛祈は不充分だと言われているに等しい。
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「あなたから見て、私はアテナ様にそぐわないと? では、あなたはなぜあの男の元に留まっているのですか? 私から見れば、あの男の方がよほど神の寵愛を受けるに相応しくないと思いますけど?」
自分でも嫌になるくらい嫌みったらしい物言いになってしまったが、そうでも言わなければ雛祈も腹の虫を抑えることができなかった。せめてもの攻撃、ちょっとした憂さ晴らしだった。
「Iχ8↑(そりゃ面白いからに決まってる)」
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「お、面白い?」
「Yη(ああ)」
それこそ雛祈には理解できなかった。小林結城という人物に二度会ったが、到底面白いという表現は当てはまらないと思っていたからだ。
「精霊から見て、あんなのが高尚な部類の人間だとでも!?」
「……Pε4←(……そのへん何か誤解してんじゃないか?)」
そう言うとマスクマンは腰のペットボトルホルダーからボトルを取り、中身をぐいっと一口煽った。仮面の口は胸元にあるので、飲んでいるには変なポーズだったが、それを突っ込む者は誰もいなかった。
「MΣ6↓SB(精霊ってのは言うなれば、自然現象の管理者だ。それぞれ司るものが違うし、その現象が世界の中でうまくバランスが取れるように調整するのが役割だ)」
雛祈は黙ってマスクマンの話を聞いていた。マスクマンが語っているのは、霊能者たちの間で通説の、今さら語られるまでもない内容だったが、それが小林結城にどう繋がるのかを聞いてみたかった。
「IΓ9↑RL(オレは今でこそ雨と雲の精霊ってことになってるが、オレ……いや、オレたちが実際に活動していた頃は何の精霊かなんて決まっていなかった。オレたちはある大地を作り、そこに根付いた人間たちに知識を与えた。それでオレたちの役目は終わっちまったんだ)」
空を見上げ、その先にあるであろうものを見ようとしているマスクマンは、少し寂しそうな様子だった。大地を作ったと容易く言っているが、それは時間に例えればどれほどの大昔だったのか。
「ZΠ1←N(事が済めば、オレたちは元の世界に帰ることになった。ほんの一部はこっちに留まったが、今でも存在できているのか怪しいな。オレは帰ることにした組だが、失敗したって思ったよ。なにしろ何にもやることがなかったんだからな)」
両手を残念そうに広げ、マスクマンはさもうんざりしたように言った。
「NΨ5↓Q(オレたちが元いた場所ってのも、何もないところだったからな。少なくともオレは、やることなくてホント困り果てたぜ。だが、ある時オレはこっちの世界に繋がることができたんだ。コレのおかげでな)」
マスクマンはそう言って自分の顔、もとい仮面を人差し指で軽く叩いた。
「Wμ8→TH(誰かが雨乞いのために作ったコレが、たまたまオレを呼び寄せる依り代になった。そっからオレは世界を観察するのを楽しみにするようになった。オレたちが与えた知識を人間たちがどう使ってるのか、結構興味あったからな)」
表情こそ分からないものの、意外にも饒舌に喋り続けるマスクマンを見た雛祈は、随分と嬉しそうに語っていると感じられた。それはマスクマンが人間の営みを何よりの楽しみにしているという証左だった。
「Oφ4↓YP(一時期かなり退屈なこともあったが、いろいろあって結城のところに流れ着いた。あいつを見た時は驚いたぜ。家神や戦神を従えてるわけじゃなく、自分で呼び込んだわけでもない。たまたま逢ったから一緒にいるって感じで過ごしてやがった。神や精霊ってのは大抵、人間の方が用事があって呼び出されるか、こっちが成り行きや勝手で干渉するかのどっちかだ。なのに結城の奴はそのどっちでもなかった。あいつは偶然オレたちみたいなのと出会い、それを利用するでもなく、追い出すでもなく、好きにさせてるってスタンスだった。おまけにオレたちを必要以上に敬うようなことをせず、下に見るでもない。普通に接してきやがった。まるで無邪気に友達に話しかけるみたいにな)」
嬉々として話を続けるマスクマンに、雛祈はいよいよ理解に難色を示し始めた。
言わんとしていることは分かる。ただ、心情が分からない。無論、人の身である雛祈では、神霊の思惑など知る由もない。
しかし、いま目の前にいる謎の精霊の、その話の内容を信じるならば、小林結城は元来人間が神霊に対して持っているような固定観念を、一切持っていないように見受けられた。
神や精霊は、人間から畏敬を以って奉られる存在と、雛祈も認識している。それが古来より続く、人間と神との在り方であり、関わり方でもあった。
だが、小林結城にはそれがない。自身の周りに集った者たちが、どんな存在かは認識していても、普通の人間が取るような態度を表していない。
それを神霊たちは気に入っている。そう思った時、また雛祈は理不尽に対する怒りが込み上げてきた。
「Aσ3→EZ(おまけにあいつの所には、どういうわけか奇妙なことが舞い込んできやがる。そして、あいつはそれを突っ返すことなく、自分からそれに関わっていく。今回の依頼だってそうだ。退屈しないんだよ、あいつと一緒にいると)」
マスクマンはそう締め括り、それが結城の元にいる根本的な理由なのだと雛祈も悟った。
その理由は、雛祈にはまったくもって納得できないものだった。要は偶然気に入られただけで、小林結城という男はあれほどの神霊を味方につけているだけのことだ。そのくせ素人が現場に勝手に踏み入って、やりたい放題やっている。そんな理不尽と好き勝手が許されてなるものか。
雛祈の結城に対する怒りは、ここまでのマスクマンの話を聞いてさらに肥大しつつあった。
「それが……そんなのが……あの男が加護を受ける理由だと!?」
「Pε5↑S(少なくともオレはそうだな。媛寿もアテナもシロガネも、似たり寄ったりだと思うぜ?)」
マスクマンはあっさりと言い切り、それを聞いた雛祈は怒りで拳を震わせていた。
雛祈は何も、自分こそが神に寵愛を受けるべき、などと傲慢な考えは持っていない。だが、そうでなくても、結城があれほどの神霊たちに肩入れされている事実は受け入れがたいものがあった。
ここまで耳にした小林結城という人間の人となりを推し量るならば、間違いなく一般人であり凡人。不信心者というわけではないが、格別に信心深くもない。さらにはお人良しという言葉では片付けられないほどの愚か者。
そんな者が神霊たちの信認を得ているなど、人としても霊能者としても、そのような異例は認めたくはなかった。
本人に対して直接糾弾し、制裁を加えられれば、どれほど溜飲が下がることか。しかし、それは神霊たちが見過ごすわけはないだろう。だからこそ、雛祈はほとんど意味がないと分かっていても、愚痴という手段でしか感情を発散できなかった。
「あんな……あんな無価値で無能な男に負けてたまるものですかっ! 私は! 私はっ!」
「!」
雛祈が激情に駆られてそう叫んだ後、マスクマンは素早い動作で腰のベルトに挟んでいたブーメランを手に取った。
マスクマンのその様子を見て、雛祈は『しまった』と思った。仮にも神霊が気にかけている人間を侮辱してしまったのだ。それは神霊の怒りを買うに充分だったかもしれない。
「お嬢!」
「お嬢様!」
マスクマンが戦闘態勢に入ったと見て、桜一郎と千冬は雛祈の前へ出る。
布に包まれた各々の武器を構えようとしたが、マスクマンは真後ろに振り返り、手に持ったブーメランを森の中に投擲した。
マスクマンの予想外の行動に、身構えていた雛祈、桜一郎、千冬は唖然となった。
やがてブーメランは木々の間を素通すように返ってくると、マスクマンの手に再び収まった。
「Bσ↓(避けられたか)」
そう言うとマスクマンは革のジャンパーを捨て去り、空いた手に石斧を構えた。
そこに来てようやく、雛祈は何かしらの敵が迫っていると勘付いた。
「CΔ↓(来るぜ)」
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