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化生の群編

露天風呂での衝撃

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 食事の席では結城ゆうきたちがなぜ一懇楼いっこんろうに来ることになったのか、なぜ千夏ちなつが同行することになったのか、その経緯が説明された。
 依頼の手紙にあった『鬼』について、結城たちはどんな対策を取ればいいのか判断できなかった。
 鬼と一口に言っても、実力、外見、能力もピンからキリであり、一概にこれといった対応策が決まっているわけではない。そもそも鬼という存在自体、生まれ方からして千差万別であるのだから、それが違えば特性も弱点も異なってくるのは当然だった。まして、その手の知識については素人の結城にとっては、思いつかないのはなおさらだった。
 そこで一番身近にいる鬼にアドバイスをもらうため、結城たちは金毛稲荷神宮こんもういなりじんぐうを訪れた。大江山の鬼たちを統率した首魁、伝説の鬼神の末裔、天坂千夏あまさかちなつを頼ったのだった。
 手紙とそれが差し出された住所を見た千夏は、難しい顔をした。というより、何か納得できないという表情をした。
 そうして何事か考えた後、
『あたしも一緒についてっていいか?』
 と提案された。
 現地を視察してより的確なアドバイスがもらえるなら、それに越したことはないと思い、結城は千夏に同行を願った。
 そして、その話をしていた時に現れたのが、金毛稲荷神宮のオーナーもとい主祭神、白面金毛九尾はくめんこんもうきゅうびことキュウだった。
 千夏が結城たちの仕事のアドバイザーとしてついていく旨を聞き、行き先の螺久道村らくどうむらの住所を知ると、
『その近くに~、知り合いがやってるお宿がありますよ~。結構イイお宿だったので~、私が頼んでおきますね~』
 と言って一懇楼の部屋をリザーブしたのだった。
『お礼は~、結城さんのキッスでいいですよ~。ね~っとりした感じでしましょうね~』
 などと言われ少し困った結城だったが、遠出した土地での仕事がやりやすくなったのは幸運だった。
 そんなわけで結城たちは螺久道村での依頼を解決するべく、一懇楼に数時間前に赴いたのだった。

 食事の席で一通りの説明を終え、夕食もお開きになった頃、結城は誰もいない露天風呂で大きく息を吐いていた。それは温泉の湯加減に対する感嘆であると同時に、置かれた状況への嘆息でもある。
 結城にとっても、雛祈ひなぎとの再会はあまり快いものではなかった。初対面の際は、事情がよく分からないままアテナがまとめてしまったので、結城から見れば雛祈は『取っ付きづらい騒がしい人』という印象しか残らなかった。
 どういう偶然でバッタリ会ってしまったのかは測りかねるし、裸を見てしまった負い目もあるが、食事の間ほとんど睨まれていては結城も心労が溜まる。
 明日からは螺久道村で依頼人と、手紙に書かれていた『鬼』の探索を開始することになるが、雛祈たちとまた鉢合わせするのではないかと思うと、余計に気が重い。
 ただ、今だけは温泉の温かさに心を委ねることにした。キュウが言っていたように、一懇楼は確かに質の良い旅館だと結城は実感していた。こと第十六号店は温泉付きということもあって格別だった。キュウの口利きもあって、追加サービス以外の基本料金は割引価格にしてもらえたおかげで、お財布事情も助かっている。
 宿を取ってくれたキュウには感謝感激ではあるが、
(報酬がキス……どうしよう……)
 実際にどこまで本気なのかは知らないが、明言された報酬に、結城は少しだけ悩んでいた。
 女性経験どころか、ファーストキスさえ未だかつて無い。それどころかモテたことすら無い。よって異性に迫られることに慣れてない。
 小林結城二十五歳。童貞である。
「う~ん……」
 雛祈のこととは別の問題で唸り声を上げていると、露天風呂と屋内風呂を仕切る引き戸が開かれた。
「ユウキ、入っていたのですか?」
 その凛と響く声が耳に届き、結城の心臓は電気ショックを当てられたようにビクリと震えた。
 何かとてつもないことが起こると予感しながら、おそるおそる首を後ろへと向ける。
「ゆうき、み~っけ!」
「結城、いた」
「ちょっ! なんでこの男が入ってるのよ!」
「お、お嬢様、お、落ち着いてください」
「よぉ、結城。見ないと思ったら先に浸かってたのか」
 結城の予感は的中どころか、さらに上を行っていた。露天風呂に入ってきたのはアテナだけではなく、媛寿えんじゅ、シロガネ、雛祈、千冬ちふゆ、千夏の六人揃い踏みだった。
 しかも、雛祈と千冬については結城の存在を認識して、寸でのところでタオルで隠したが、アテナとシロガネはいつもの通り、全く隠そうとしていない。千夏も隠すつもりがないのか、タオルは右手に持って肩に掛けたままである。
 その光景があまりに衝撃的すぎたために、結城の頭の中は真っ白になっていた。
「ユウキ、どうしました?」
 まるでメデューサに睨まれた憐れな被害者のように、結城は石の如く硬直したまま動かなかった。それどころか白目まで剥いている。
「ゆうき? どしたの?」
 温泉に浸かり、首を後ろに向けたまま動かない結城に、近寄ってきた媛寿は額をペシペシと叩いた。
 それがバランスを崩すきっかけとなり、結城は静かに、ブクブクと水泡を立てながら温泉の底へと消えていった。

 一方その頃、マスクマンと桜一郎おういちろうは遊技場の横に設けられた、マッサージチェアのコーナーに並んで座っていた。
 マスクマンは湯殿で起こるであろう騒ぎに巻き込まれないために、桜一郎はあるじが温泉に行っている間に自身のリフレッシュをするために、である。
「DΞ1↓(ふ~、夢心地、夢心地)」
「極楽、極楽」
 最新式のマッサージチェアに身を委ねながら、二人は感嘆の吐息を漏らしていた。
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